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3.深淵(1)カウントダウン

20XX年10月7日(月)

 まだ夜も明けきらない早朝、武邑はK市にある、教団の経営する『碧珠総合病院』に向かった。そこの地下には教団のラボがあり、感染発症した結城俊こと東堂誠一が被検体として収容されていた。
 スタッフ用出入口から入ると、ちょうど近くを歩いていた若い看護師に声をかけられた。
「あら? 
武邑さん、おはようございます。遥音先生は昨日から長兄さまたちと、講演で東京まで行っておられますよ」
「ああ、いいんだ。ちょっと元同職だった先輩のお見舞いに来たんだ」
 と、武邑はこともなげに言った。
「結城さんに? そうですか? こんな朝早くから
? でも、あまり病状はよくないですよ。さっきまで松田先生が診ておられましたが、厳しいお顔をなさっておられました」
 看護師はそういうと眉をひそめた。結城の感染理由はごく一部の人間しか知られていない。松田医師はともかく、この看護師は何も知らず純粋に看護しているのだろう。武邑は出来るだけ神妙な表情で答えた。
「予後が良くないと聞いて慌てて来たんだ。少しでも生きる気力を与えたくてね」
「あら、そうでしたの」
 彼女は武邑の言い分を信じたようだった。
「どうか、力づけてあげてくださいね。結城さん、見る影もなく絶望していらっしゃいますから」
 というと、彼女は会釈をしていそいそと去っていった。おそらく夜勤明けで疲れているのだろう。
 武邑は、勝手知ったるという感じで廊下をスタスタと歩いて行った。
 地下の厳重に管理された病棟の一室に結城こと東堂の病室があった。武邑は防護服もつけずに病室の前に立った。空気感染をしないウイルスとはいえ、よほど感染しない自信があるのだろう。ノックもせずにゆっくりとドアを開け、中に入ると、結城が力なく目を開けて侵入者の方を見た。
「やあ、結城…いえ、東堂さん。はじめまして。おっと、お会いするのは二度目でした。その節はお世話になりました
」
 童顔に屈託のない笑みを浮かべて、武邑は室内に入った。
「覚えてませんか? 美葉さんのマンションのエントランス」
 それを聞いて、結城の目が戸惑いから恐怖に変わった。
「あの時は三途の川を渡りそうになりましたよ。改めて自己紹介をしましょう。僕は、長沼間の部下で、武邑と申します。そして、あなたと同じく長兄さま直属のガーディアンの一人です」
 武邑は笑顔のまま、ベッドサイドまで近づくと、さらににっこりと笑って自己紹介をした。

 由利子は、例のごとく早朝ジョギングに出ていた。後ろから、軽快な足音がして由利子に追いついて声をかけて来た。
「おはようございます。良い朝ですね」声の主は三之丸だった。毎日の護衛で、今では三之丸とはさりげない、簡単なあいさつや世間話が出来るようになっていた。
「あ、おはようございます。今日は秋晴れになりそうですね」
 由利子も笑顔でそれにこたえる。三之丸はすこし声のボリュームをおとして言った。
「今日から新しい業務に入るんですって?」
「ええ。そうなんです」
 由利子はもう情報が行っているんだと思い、やや苦笑いを浮かべて答えた。
「初めての『任務』なんで、不安と期待が入り混じっていて」
「葛西部長たちと一緒なら、きっと大丈夫ですよ。警察官とはちがう、篠原さんらしい視点でがんばってください」
 三之丸は由利子を励ましてから、タッタッタと軽やかな足取りで由利子を追い抜き、去っていった。
 由利子は(『警察官とはちがう』だけずいぶんと小声だったな。それでも、あえて言いたかったんだろうなあ)などと思いながら、さりげなく自分を気にかけてくれる三之丸の存在をありがたく感じ始めていた。

 由利子は、いつものようにお迎えの車で、県警本部に向かった。今日からしばらくギル研ではなく県警のSV対策室に通うことになったのだ。なので送迎もしばらくの間、葛西のみの担当となる。ギルフォードはちょいとおかんむりだったが、しかたがないと諦めたようだった。
 対策室に着くと、すでにギルフォードと紗弥が来て、窓際に立って何か話していた。彼は、二人の姿を見つけると嬉しそうな笑顔で「おはよう♡」と言った。紗弥も「おはようございます」とうっすら笑顔で言う。
「おはようございます!」
「おはようございまーす。二人とも早いねえ」
 葛西と由利子も笑顔で答える。
「それにしてもアレク、いつもよりご機嫌みたいだけど、良いことあったの?」
 と、由利子が聞くと、ギルフォードは柔和な笑顔で答えた。
「はい、昨日、古い友人から久しぶりにメールをいただいたので」
「古い友人?」
 と、葛西が聞き返す。
「はい。ほら、僕と一緒にアフリカで感染して死にかかった彼です(※)」
「ああ、あの時の男性だね。感対センターで私や紗弥さんと入れ違った」
 由利子がすぐに思い出して言った。
「そうですそうです」
「私も会いたかったのに、残念だったなあ。で、なんて書いてあったの?」
「他愛もない近況ですよ。あの時以来、二回ほどメールをもらったのですが。二度目は僕のメンタルが最悪な時で、おざなりな返事をしてしまって……。向こうも海外出張などで忙しかったそうで、その後の体調などを心配してくれました。近いうちに食事でも、ということでした。そうそう、この前会えなかった君たちも良かったらご一緒に、と」
「社交辞令でしょうか?」
 葛西が怪訝そうに言った。
「そうかもしれないけど、本心なら、私は会ってみたいな」
「僕も一回会ったきりなので、ゆっくり会って話したいです。短時間しか話していないので。顔をはっきりと覚えていないんですよ」
 それを聞いて、紗弥が少しあきれたように言った。
「では、由利子さんはご一緒された方がよさそうですね。この調子では、二回目に会っても顔を覚えられないかもしれませんもの」
「サヤさん、さすがに覚えると思いますよ」
「では、さっそく
先方の予定をお聞きして、席の用意などを……」
「サヤさん、気が早すぎです」
「いえ、その方は、言わば教授にとっての古い戦友ですもの。おもてなししなくては」
「おいおい、なんか盛り上がっているな」
 パーテーションで仕切られている隊長室のドアが開いて、髪バサバサの頭を抑えながら早瀬が現れた。
「隊長、いらっしゃってたんですか」
 由利子と葛西が同時に言った。早瀬が軽く伸びをしながら言った。
「ああ、実は昨夜はここに泊まってな。よれよれで申し訳ない」
「おはようございます!!」
 葛西がハッとして姿勢を正し挨拶をした。由利子も続いて挨拶をする。
「おはようございます。アレク、隊長がおられるってこと、ちゃんと教えてよ」
「あ、どうもスミマセン」
「申し訳ありません。仮眠をとっておられたので……。でも、その旨はお伝えするべきでした。騒がしくして隊長を起こしてしまいました」 
 ギルフォードに続いて紗弥が頭を下げるのを止めて、早瀬が言った。
「いやいや、固いことはいいよ。朝礼があるんで、
どうせそろそろ起きようと思ってたんだし。それより……」
 早瀬がそこまで言った時、隊長室からアラームが聞こえた。グリークの有名な『ペール‣ギュント』の『朝』という曲だった。起きようと思っていたのは本当らしい。一同がなんとなく朝のさわやかな気持ちになったところで、早瀬が先ほど言いかけた質問をした。
「ギルフォード先生、その『古いご友人』について、私は初耳なのですけれど」
「あ、すみません。非常に個人的な話だと思い、お伝えすることはないと思って……」
「しかし、このいわゆる(※※)セキシ病が、先生がアフリカで死にかかった感染症と同じものという疑いが出てきた今、そのご友人もまったく無関係とは言い難いのではないでしょうか?」
「たしかに、そうです。最初に会った時とは状況が変わってきました」
「感対センターで出会ったということは、出入り業者か患者の身内ってところですね」
「はい、彼はツヅキさんと言って……」
 そう言いながら、ギルフォードはスマートフォンをジャケットのポケットから取り出して、早瀬に保存した名刺を見せた。
「『都築M&L商会、専務、都築翔悟』医療機器販売業者ね。……ほう、専務ですか」
「はい。お兄さんが社長さんだそうです」
「なるほど。と、いうことは、感対センターの出入り業者に登録されているはずだな。たしか、うちのサーバにもリンクしているはずだ」
「はい、そう思いますが、なにか引っかかることでも?」
 早瀬は少し考えてから言った。
「いや、単なる興味、ですよ。先生の古いご友人ということですから。君たちも興味あるだろう?」
 そう言うと、早瀬は笑顔で周囲を見回した。もちろん由利子たちに異存があるはずはない。三人の即答が返ってきたのだった。
 その後、きっちりと身なりを整えいつもの凛々しい姿になった早瀬は、葛西たちと朝礼に向かい、ギルフォードたちは対策室に残された。

 長兄こと碧珠善心教会教主、白王翔悟は、都心の某ビル内にある教団の教会で、ある大物議員と会談をしていた。
「もちろん、次の選挙の公約には、必ず長兄さまのご希望通り環境保護を入れるつもりでございます。その節には何卒……」
 議員がそこまで言いかけた時、ドアがノックされた。教主がちらりと議員の方を見ると、彼は笑顔で「どうぞ、どうぞ」と身振りで示した。
教主は軽く礼をすると、ドアに向かって言った。
「お入りください」
 教主の許しとともに、月辺(げつべ)が室内に入り教主の耳元で何かを伝えた。教主は立ち上がると「少しの間、失礼いたします」と客人に告げ、応接室を出て言った。残された議員はやや不満そうな表情で座っていた。

 教主は自室に戻ると、ソファに座って月辺の報告を聞いた。ソファには、月辺についてきたであろう、彼の長女、耀花が座っており、慌てて立ち上がると、恭しく礼をし、改めて座りなおした。
「何か朗報はありましたか?」
「はい、各地の信者の合意を得ました。N国からは合意とともに、オールドタイプの病原体の提供の了承を受けました」
「それは重畳。それらが手に入れば、新たな再振興病原体の作成も可能ですね。そろそろ潮時でしょう」
「はい」
「では、このまま計画を進行させてください」
「ついに、この碧珠を救うことが出来るのですね」
 月辺は感極まった様子で言った。それを見て、教主はソファから離れ彼の前に立ち問うた。
「時に月辺、この計画は人を選びません。何人であろうと。貴方も例外なく感染し、苦しんで死ぬやもしれません。恐ろしくはありませんか?」
 その質問に、月辺は教主に跪き首を垂れて答えた。
「わたくしも同じヒトであり、平等に罪を負っております。それが運命なら、粛々とそれに従いましょう」
「月辺、よく言ってくださいました」
 教主は月辺の前に膝をついて彼の両手を取りながら言った。
「さあ、共に美しい碧珠を取り戻しましょう」
「光栄にございます」
 その父親の姿を、耀花は見つめていた。しかし、その目は心なしか冷やかな光を宿していた。

 朝礼を終え帰ってきた早瀬は、隊長室に戻りギルフォードを呼んだ。しかし、二分もたたないうちにギルフォードがドアから顔を出し、由利子たちを手招きした。
 由利子は葛西たちどころかほかの隊員も来ないので、不思議に思って聞いた。紗弥も同じことを思っていたらしく、怪訝そうな表情をしている。
「隊長、葛西君たちや富田林さんほかの皆さんは?」
「ああ、葛西ペアは事務方に呼ばれて行ったよ。経費について何か打ち合わせがあるらしい。ほかの隊員はそれぞれの持ち場に向かった。そのあたりは気にする必要はない。篠原さん、あなたは今日の聞き込みについて集中してほしい。で、だ。とりあえず、先ほど話題になった、アレク先生の古い知り合いのデータは見たくないか?」
 由利子に反論があるはずがない。そこで、隊長室にあるPCの大画面モニターで、都築M&L商会の登録情報を見ることになった。

「医療機器販売……。セントラルモニター、CT、感染対策用品各種……ふうむ、けっこう感対センターの機器を扱っているようだな」
 概要を見ながら早瀬が言った。
「で、これが社長の都築守里生」
 と、プロフィール写真をクリックすると、写真が拡大された。ほぼ白髪でグレーになった髪を七三に分け、軽くオールバックに流した、口髭のある上品な壮年男性だった。センスの良いスーツを着て、苦み走った伊達男といった風情である。
「うわ、ドストライクなイケオジやん」
「由利子さん、語彙が……」紗弥がクスッと笑う。「でも、優しそうで素敵な男性ですこと」
 ギルフォードが感心して言った。
「ユリコはともかく、サヤさんが褒めるなんて珍しいですね」
「あらそうなの? 名残惜しいかもしれないけど、次ね」
 と言いながら、早瀬が画面をスクロールした。
「あー、ネットと違って誘導広告がないってノーストレスだわ~」
 モニターを見ながら由利子が言ったので、ギルフォードが聞いた。
「誘導広告?」
「記事の途中で『続きを読むならこちらをクリック』とかいって、でっかい字で、いかにもこっちが続きだよって広告や別サイトに誘導するやつ」
「確かに、紛らわしくて鬱陶しいですわね」
「たまに地雷に当たった日には、もうね」
「同感ですが、対策出来ないのでしょうか?」
 と、ギルフォード。早瀬が苦笑いをして言った。
「まあ、ネットあるあるとして、江戸の火事みたいなもんだと思ってスルーすることね」
「火事と喧嘩は江戸の花、ですか」
 これにギルフォードが即答すると、由利子が不満そうに言った。
「江戸の火事だってそんなにしょっちゅう起きないよ。まあ、今はスルーしてるけど、ネット初心者のころはよくうっかり引っかかってたなあ」
「まあ、それは置いといて、件(くだん)の専務さんがこれだ。専務理事、都築翔悟」
 早瀬はそういうと、サムネール写真をクリックした。画面に中年というにはかなり若風な男性の顔が現れた。優しそうな笑みを浮かべた、眼鏡の三十歳前半くらいの男性で、髪をきちんと七三にセットし、いかにも営業マンといった風情だった。兄弟だけあって、雰囲気こそ違え、弟もとびきりの好男子だが、何故か、やや印象が薄い。
「ギルフォード先生」
 改めて早瀬が訊いた。
「アレクでいいですよ」
「えっと、アレク先生、お顔は思い出されましたか?」
「うーん、なんとなく。ただ、ワタカ国で会った時のイメージが強すぎて、なんか有耶無耶というか、ピンと来ないというか……」
「篠原さんはどう思う? あなたの記憶に合致する人いた?」
「ユカリさん、ユリコは直接会っていませんから……」
「でも、彼が感対センターに来てたら、たまたま見て記憶に残っているかもでしょ? こんな二枚目なんだし」
「二枚目、確かに」
 由利子がやや苦笑しながら言った。
「印象深い人なら、通りすがりでも記憶していることはありますが、この人は、うーん、なんだろ……。もちろん、覚えたんで実際に会えばわかりますよ」
「いつもと比べて、妙に自信なさげね」 
「なんだろ、なんか調子悪い。ただ、自分でも意外に思うけど、強いて言えばこの人、なんか、アレクに似てる」
「僕にですか?」
「うん、なんか醸し出す雰囲気というか。全然違う顔なのに変だよね」
「ワタカ国での出来事が関係しているのかもしれませんね。彼も、僕も、筆舌に尽くし難い思いをしましたから」
 ギルフォードの口から『筆舌に尽くし難い』という慣用句が出たことに感心しながら、由利子は彼の言ったことの重さにも思いを馳せた。
「そうかもしれないね。落ち着いたら、都築翔悟さんと会ってゆっくり話したらいいよ」
「はい、そうしたいです」
 ギルフォードが、少し辛そうな笑みを浮かべて答えた。
「じゃあ、この辺にしておこうか」
 早瀬は言いながら画面を閉じ、PCの電源を落とした。
「いちいち電源を落とすんですね」
 と、由利子が感心して言った。
「ああ、これも君たちの貴重な税金だからね、ちゃんと節電しないと。もちろん、重要なコンピュータは常接しているけどね」
 都築商会についての確認が終わったので、ギルフォードたちは早瀬を隊長室に残して対策室に戻った。
 少しすると、早瀬が隊長室から出てきた。
「少し出かけてくるから」
 早瀬は一言告げるとスタスタと出口に向かい、ドアに手をかけながら振り返ってギルフォードに言った。
「先生、葛西ペアが戻るまでよろしく。篠原さんがまとめた聞き込みのプランを見て、先生なりのアドバイスを頼む」
「了解しました」
「行ってくる」
 早瀬はそういうとドアを閉めた。カツカツという規則正しい足跡が響く。由利子はまだきがつかなかったが、紗弥はギルフォードの表情のかすかな変化に気が付いていた。 

 これより二時間ほど前。 碧珠総合病院の裏にある、森の中の道路に車が止まっていた。
 運転席には武邑が座って、スマートフォンを眺めていた。と、バックミラーに近づいてくる男の姿が映った。男は薄い色のサングラスとマスクをつけていて、やや心もとない足取りで武邑の車に近づき、運転席の窓をたたいた。
 武邑は無表情でドアを開け、車外に出た。
「やあ、よく出られましたね」
「俺はその気になれば、どこからでも脱出出来る」
「今日、ターゲットはF県警に居ます。すべて、あなたの采配にお任せします。ただし、ターゲットの生命に危害を与えることは許されません」
「わかった。では、まず抗ウイルス薬をいただこうか」
「車内にあります。ご自分で打ってください」
「それを打てば助かるんだな?」
「ええ。ただし、間を開けてもう度打たねば効果は期待できません。でも、症状はかなり治まると思います」
「2度目の分も車内にあるのか?」
「いえ、それは成功報酬になります。無事に依頼を完遂した時にお渡ししましょう」
 東堂、いや、今は『結城』と呼ぶべきだろう。その男はすこし不満な表情をしたが、よほど辛かったのだろう、仕方なく納得したようだった。「症状が緩和されるなら良しとしよう。今の状態では歩くのも辛いからな」
「では、この車をお使いください。マイカーなので大丈夫です。
薬は途中にあるコンビニ『ケヤキ』のごみ箱に捨ててください。手の者が回収しますから」
「わかった」
 そう言って、さっさと車に乗り込もうとする結城を武邑が止めた。
「あ、その前に、あの時のように僕の頭を殴ってください。そこら辺の石でいいですから」
「なんだって?」
「僕はスタンドプレーであなたを見張っていた。そして察したあなたに、またもや殴られた、いいですね。でも、今度は手加減してくださ……」 
 武邑が言い終わらないうちに、 後頭部に衝撃を感じ、武邑は倒れた。
 結城は素早く車に乗り込むと、抗ウイルス薬を探した。後部座席に某大手パティスリー店の紙袋が無造作に置かれていた。袋を手に取り乱暴に開くと中にクッキー缶があり、その中にペン型注射器が入っていた。結城はそれを左腕に打ち、数分後に車を走らせ、森から出て行った。

 しばらくして、頭を押さえながら武邑が起き上がった。
「くそっ、手加減してこれかよ。まあ、また頭を割られなくてよかった」
 よろよろと立ち上がり、近くの木にもたれかかってから時計を見た。殴られてから1時間近くたっていた。
(あの体では、今までのように迅速な行動は出来ないだろうが、そろそろ長沼間に連絡した方がいいだろう。奴さん、どんな顔をするか見てみたかったが)
 武邑は、童顔に屈託のない笑みを浮かべ、スマートフォンを取り出し電話をかけた。すぐに馴染みの不愛想な声がした。
「長沼間だ」
「すみません」武邑は弱弱しい声で言った。「結城を見張っていて、車を奪われて」
「ばッ……」
「申し訳ありません……」
「勝手なことをするな!! ケガは!」
「また頭を……」
「わかった、誰かそっちに向かわせる。動くな。奴がどこへ向かったかわかるか?」
「おそらく県警の方へ……」
「なんだと!」
 その一言で、電話は切れた。武邑はくすりと笑い、木にもたれかかったままその場に座り込んで目を閉じた。
「あの馬鹿、余計なことを……!」
 長沼間は、毒吐(つ)きながら、自分の指示で碧珠総合病院の周辺を探っていた三之丸に、武邑の回収を命じ、急いで県警に向かった。

(※)第三部第二章十一話参照
(※※)いつの間にか使われ始めた俗称。ポーの小説にでてくる赤死病に赤視をかさねてネットから広まった。

 

 

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