2.急転(9)深まる疑惑
講演会が終わり、二人は駅近くの公園の中をそぞろ歩いていた。
葛西はなにか納得できないという表情をして黙っている。由利子はそんな彼と歩きながら自分も黙っていたが、我慢できずに話しかけた。
「なんか、煙(けむ)に巻かれたみたいだよね」
「はあ……」
それに応える代わりに葛西はため息をついた。由利子は敢えて挑発的に尋ねた。
「どうした? 降参するか?」
「いいえ、とりあえず、教主様に御目文字できたわけですし」
「葛西君、それ、女性言葉」
「あ、そうか。まあ、お目通りが叶ったわけですし」
「私らは信者じゃないから、ほんの挨拶だけだったけどね」
「それで、どうでした? 疑惑の人と対面して、なにか思うところはありましたか?」
「う~ん、テレビやHPのスナップ写真を見た時のような違和感は感じなかったというか、むしろ普通の人っぽかったというか」
「そうですか」
「それより、カーテン? 緞帳? の奥に隠れてから去っていくまでの空気の方が、なんか怖かったというか」
「そうですか。僕は特に何も」
「まあ、一般人に顔出しNGが教義じゃしかたないよね。ほんとに特別扱いしてくれたんだ」
「うーん、むしろ、どうして特別扱いしてくれたんでしょう? 由利子さんの能力を知らなかったとはいえ」
「そうだね。覚えちゃったから、雑踏にいてもわかるようになっちゃったもんね」
「それにしても、レゴブロックと3Dプリンター製の銃を見間違うなんて、参りました」
「暗かったんだから仕方ないよ。でも、葛西君は発砲可能な銃だって思ったんでしょ?」
「ええ。だからとっさに体が動いて……」
「葛西君はそういう仕事なんだから、当然じゃん。それに、ひょっとしたら、教主がすり替えたのかもしれないし」
「そんな。もしそうだったとしたら……」
「まあ、だったらなんでそんなことしたんだってなるわな」
「ですよね。さらに、なんですり替えるようにレゴ銃をもっていたのかってなりますし」
「それにしても、会場を暗くするのって、盗撮防止の意味があったんだ」
「確かに、スマホの光って結構明るいし、デジカメの光も目立ちますからね」
「ただ、アナクロカメラで高感度フィルム使われたら意味ないよね」
「そこは、持ち物チェックでばれますよ。結構おおきいですから」
「そういやそうよね。それに、一番厄介なのはSNSや動画投稿サイトでのアップだからね」
そういうと、由利子は「はぁあ~」とため息をついた。
「せっかく敵の懐に入り込んだかもって思ったら、成果なしか」
「降参しますか?」
「返すな。するわけないやん。あの長沼間のオッサンが、意味なくチラシをくれるわけないし」
「そうですよね。アレクには?」
「車に帰ったら、報告しよう。こんなところで話す内容じゃないし」
「そうですね」
「なんか、気が重いけどね」
この後、しばし会話が途切れ、気とともに足も重くなった二人は、公園内をそぞろ歩くことになった。なんか照れ臭くなって間が持たなくなった由利子が、ついついまた言ってしまった。
「なんか、デートみたいだね」
「あの、僕は一応そのつもりなんですけど」
葛西が、今度はすこし不満そうに言った。
「あ、ごめんごめん。でも、初デートにしちゃコースに問題ありだったね」
「すみません。でも、僕はよい機会だと思ってしまって」
「いやいや、行こうって言いだしたのは私だったし、それなりに面白かったし、興味深い体験もできたし」
「まあ、普段なら敢えてあんなとこへは行きませんよね」
「私たちらしくていいやん」
「懲りずにまたおいでください、って言われちゃったけど」
「ん~、次回はないかな」
「ですよね」
そう言いつつも、葛西は浮かない顔をしている。
由利子は、一歩前に進むとくるりと振り返って言った。
「まだ、さっきのこと悔やんどぅと?」
「ええ、もっと何とかならなかったかなと。さっさと銃を奪っていれば、結果は違ったんじゃないかとどうしても思えて」
「要するに、葛西君はあれが3Dプリンター製の銃に間違いなかったと?
でも、だとしたら、すり替えのおもちゃを用意しているなんて、用意周到すぎない? あの時一ノ瀬君やカノジョが芝居してたとは到底思えなかったし」
「ですよね。はあ、上になんて説明しよう。職業柄、見て見ぬふりは出来ないし」
葛西はまたも「はあ」とため息をついた。由利子は、そんな葛西の方に両手を伸ばして両方の頬にあて、ぎゅっと押した。葛西の頬がへこんで口がにゅっと突き出した。
「何するんですか?」
葛西がとっさに由利子の両手をつかんで、頬から離した。由利子は手をつかまれたまま、笑顔で言った。
「いつまでもぐちぐち言ってるからだよ。少なくとも、疑惑の教団に迫ったことは事実やろ?」
力づけたつもりだったが、葛西は手を離さなかった。
「え~っと葛西君、手を放してくれない?」
しかし、葛西は手をつかんだまま、真剣な表情で由利子の顔を見つめていた。
(やばっ)
由利子は思ったが、見つめあった形になり、自分の意思に逆らって心臓が高鳴り顔が赤らむのを覚えた。そんな時、由利子の携帯電話が鳴った。
「うひゃあ!」
思わず悲鳴を上げる。葛西も我に返ったようで、「すみません!」と言って焦って手を離した。ふと周りを見ると、いつの間にか子供たちのギャラリーができていた。彼らは「なんだ、もう終わりか」「つまんね」「帰ろ帰ろ」「BL見たかったのに、ケチ!」と言いながら去っていった。遠くで保護者たちの声が聞こえた。「何してんだ、馬に蹴られるぞ!」「もう、ませガキなんだから」「失礼でしょ。片方、ちゃんと女性だから!」「帰ったらお仕置きやけんね」
「ごめんなさーい」
という子供たちの声と足音も遠ざかって行った。由利子は最初はあっけにとられていたが、我に返って一言「誰がBLだ!」と言った。
「すみません、由利子さん、すみません」
平謝りをする葛西を放置して電話を見ると、ギルフォードからだった。由利子は慌てて電話に出た。
「はい、篠原です」
「なんか、盛り上がっていそうですが、二人とも、すぐに研究室の方に来れますか?」
「え? なんでわかったの?」
「GPSなめんなよ」
「あ。でも、なんで葛西君が一緒だと……」
「ナガヌマさんが来て、ジュンにチラシを渡して煽っておいたので、今頃二人で潜入しているんじゃないかとハトられまして」
「ハトって」
「まあ、いろいろ言いたいことはありますが、とりあえずこっちに来て報告してください」
「了解。すぐに向かいます」
電話を切りながら由利子が葛西に伝えた。
「ギル研に来いって」
「うわ。バレるの早っ」
「長沼間伝書鳩が来たらしい」
それを聞いて、葛西がボソッとつぶやいた。
「あんのクソおやじ!」
「葛西君でもそんなこと言うんだ」
「とにかく行きましょう」
「そうだね。なんかまたいじけ虫になってるし」
二人は慌てて駐車場へ向かった。
そのころ、碧珠善心教会教主は腹心の部下月辺(げつべ)から小言をくらっていた。
「長兄様、お遊びが過ぎます! 今日こそは月辺は肝が0ケルビンまで冷えましたぞ!」
「絶対零度とは大げさな」
苦笑する教主を無視して月辺が続けた。
「長沼間めを利用して、篠原由利子を講演会に参加させた挙句、挨拶程度であれ、至近距離であやつにお会いになるとは!」
「だが、彼女は気が付かなかった」
「確かに、反応は薄かったですが、気が付かないふりなどいくらでも……」
「いえ、一般人の彼女にそんな腹芸は出来ないでしょう。彼女に会ってみて、私は彼女にさらに興味を持ちました」
「長兄様、お戯れはそろそろ……」
「月辺」月辺の説教を遮るように、教主が言った。
「気づきましたか? 私の思った通り、おそらく、彼女の能力はスーパーレコグナイザーとも違う特殊なものなんですよ」
「はて、それはどういう……?」
「どういうことでしょう?」
「長兄様!」
「さて、次回の講演会には、ギルフォード先生も講師でお招きしたいですね。彼なら我々の教義にぴったりのお話をしてくださいましょう」
「そんなことをしたら、我らの計画に支障をきたす恐れが……」
月辺の心配をよそに、教主は自分の控室にさっさと閉じこもってしまった。
「あの方の気まぐれにも困ったものだ」
月辺はため息をついてつぶやき、振り向いて言った。
「長兄様がああいうご機嫌の時は、しばらく障らない方がよい。武邑、長兄様との面会は日を改めよ」
「御意」
武邑は、最敬礼をして踵を返し、部屋から出て行った。廊下を歩く武邑は、童顔に悔し気な表情を張り付けていた。
「篠原由利子……か」
彼はつぶやくと、無意識に両拳を握りしめていた。
由利子と葛西は、Q大のギルフォード研究室で、応接セットの長い方のソファに居心地悪そうに座っていた。前の席ではギルフォードが腕組をして座っている。
(う~、間がもたねえ~)
由利子がそう思ったところに紗弥がミルクティーを運んできて、それぞれにサーブしてくれた。
「まず、紅茶をいただきましょう」
ようやく笑顔を浮かべたギルフォードが言った。二人は勧められるままに紅茶を飲んだ。
「さて、どうして僕に知らせずに、疑惑の教団主催の講演会へ行ったのですか?」
紅茶を飲み終わって、落ち着いたところでギルフォードが尋ねた。由利子は悪意があったわけじゃないので、堂々と答えることにした。
「それについては、悪かったよ。でもね、ちょっと言い訳聞いてよ」
「言い訳? 聞きましょう」
「葛西君から長沼間さんに例の教団の講演会のチラシをもらった話を聞いたのは、ここを出たあとの帰りの車の中だったし、アレクに伝えるべきか悩んだんだ。でも、アレクは宗教アレルギーでしょ。しかも、□ーランドやG△CKTレベルで目立つし、それに……」
「それに?」
「質問攻めにしたり矛盾指摘したり論破したりして話をややこしくしそうだし」
それを聞いて、由利子たちの後ろに控えていた紗弥が小さく「くふふ」と笑った。ギルフォードは紗弥の方を見ると、すぐに二人の方に向き直り、ばつの悪そうに言った。
「ま、まあ、その心配はわからないではないですが」
「でも、講演会に行くことを言ったら、来るなと言っても調べてでも絶対参加しそうだし、話をややこしくして先方に警戒されたくないって思ったんだ」
「由利子さん、ストレートに言いすぎ」
葛西が注意すると、ギルフォードが咳ばらいをして言った。
「わかりました。それで、事後報告はするつもりだったんですよね」
「もちろん。大したことなければ週明けに、必要とおもったら、講演会終了後に。だから、車に戻ったらすぐに電話しようと話してたんだ」
「で、その前に僕が電話をかけたということですね」
「そうだよ」
「そうですか。では、報告をしてください」
口調から、まだまだおかんむりだなと思いながら、由利子が主に、葛西が補足する形で講演会の説明を始めた。
「そんなことがあったんですか。ジュンの雄姿が見られたのならやっぱり行けばよかった」
珍しく口を挟まず真剣に聞いていたギルフォードが、話の区切りにようやく口を開いた。
「むしろ、僕はアレクがいなくてよかったって思いました。おもちゃの拳銃って言われて、めっちゃ恥ずかしかったし」
葛西が顔を赤くして言うと、三人が一斉に彼を励ました。
「そんなことはないです。ジュンは警察官として当然の行動をしただけでしょ」
「そうだよ」
「そうですわ」
「あ、なんかすいません。てか、ありがとうございます」
「そのあと、ちゃんと説明がありましたか?」
「うん、私たちが会場を出ようとしてたら、『戸惑いウイーク』の二人から声をかけられて……」
「前座をした漫才コンビですね」
「そう。それで、控室の方に案内されて、座って待ってたら教主様が入ってきて……」
教主の姿を見て、二人は反射的に立ち上がり一礼をした。教主は由利子たちの方に歩いてきて、優しい笑みを浮かべて言った。
「お二人とも、緊張なさらずにお座りください。刑事さん、今日はありがとうございました。お連れの方も驚かせて申し訳ありませんでした。せっかく来ていただいたのに……」
「いえいえ、ハプニングには確かに驚きましたが、講演自体は貴重なお話が聞けて、面白かったです」
「僕は、なんか、あの男のせいで色々消し飛んでしまいまして」
「それは、仕方ないでしょう」
教主は、さらに柔らかい笑みを浮かべて言った。
「申し訳ありませんが、信者以外に姿を見せるのは協議に外れますので、大変失礼だとは思いますが、幕越しで会話を続けさせてください」
「ということで、教主サマは緞帳みたいなカーテンの後ろにお隠れになって、そのまま退場なさいました」
「じゃあ、短い間だけど、君たちは教主の顔を見られたんですね」
「そうなんだよ。正直、直に会えるとは思ってなかったんでびっくりしたよ。てっきりほかの人が説明をするって思ってたし」
「例外的に対面したということで、誠意を見せてくれたということですか」
「そういうことなんだろうね」
「ってことは、顔を覚えたんですか?」
「多分、街中で会ったらわかるけど、変なんだ」
「具体的に特徴を言おうとしたら、途端にはっきりしなくなって。だから、多分、似顔絵の協力はできないと思う。悔しいけど」
それを聞いて、葛西が「あっ」という表情をして言った。
「それって、例のCDの顔を見た時と一緒じゃないですか」
「そうだよ。でも、だからと言ってもさ」
「怪しさに拍車がかかりましたが、証拠にはなりませんねえ」
ギルフォードも残念そうに言う。
「とりあえず、そこでどういう話があったか聞かせてください」
「わかった」
そういうと、由利子は続きを話しはじめた。
「教主様が……、そうそう、信者たちが長兄と呼んでいるのでそう呼んでくれといわれたけど、私ら信者じゃないから、教主で通すよ」
「それ、なんか僕みたいな言い方ですねえ」
「あ、そういえばそうだね」
「アレクも、アレクって呼んでが初対面の常套句でしたね。僕たちは慣れましたが」
納得した三人は含み笑いをした。
「その後は、教主からの説明はなく、月辺さんという方から説明があったんだ。銃で脅した一ノ瀬充学という男性と、横でこっそりスマートフォンで撮影していた男についてね。
一ノ瀬は、彼の言った通り彼女を取り戻そうと必死になった挙句、一か八かで教団の講演会に潜り込んで強制的に奪回しようと思ったらしい。ちゃんと説明したら理解してくれて、別室で彼女さんと話し合っているそうよ。
問題なのは彼の横で撮影していた吉野 郷平(よしのきょうへい) って男だったということ。吉野は一ノ瀬の友人で、彼が彼女さんのことで深刻に悩んでいたのを利用して、一緒に講演会に潜り込んで彼が騒ぎを起こすドサクサに紛れて、話題の教主の顔を撮影してようつべにアップしようと画策していたらしい」
「なるほど、所謂『暴露系』・『迷惑系』のYoutuberですね」
「そうそう。で、案の定騒ぎを起こしている一ノ瀬の横でこっそり撮影していたと。巧妙にスマホ画面を最大に暗くして、シャッター音が響かないようライブ撮影に設定して、ビデオ録画音も小さく調整していたらしい」
「盗撮する気マンマンですね」
「スマホを確認させてもらったら、しっかり教主サマの動画がバッチリ撮れてたそうよ」
「どう『確認させてもらった』んだか」
「さあて。彼については、写真や画像をすべて消去して、無罪放免したそうよ」
「すべてって……」
「クラウドからなにから全部だって」
「うわあ」
「まあ、大切な写真だったら、ちゃんとUSBなんかの外付けにバックアップしてるやろ。とにかく、講演会での教主の顔が動画サイトとかに晒されるのを防止したかったんやろね」
「キワミがミチヨの事件の時盗撮していた写真は、長沼間さんがすべて消去していたはずが、すでにメールか何かで転送されていましたからね」
「長沼間さんもツメが甘いよね」
由利子が言うと、何故か葛西が擁護した。
「さすがにあの状況では、メールまで気が回りませんって」
「ま、そうかもね。私はその場にいなかったし。で、話を戻すと、そういう状況だから、若い二人の人生に傷をつけないように、報告を控えてほしいって頭を下げられたよ。あとは自分たちで説得して、再犯はしないようにするからって」
「それで、ジュンはどう対応をしたのですか?」
「そりゃあ、警察官の僕が現場に居合わせてんだから、スルーはできませんよ。しかも、教主自ら公衆の面前で僕のことを刑事だって公表したんですから。だから、一応報告はしますって答えたんです。そうしたら、その月辺って人が意味深な笑みを浮かべて、『承知しました』って言ったんです。なんか嫌な感じでした」
「確かに、嫌な感じがしますね。で、ジュンは報告するのですよね?」
「実は、ここに来る途中、由利子さんに運転をしてもらって、とりあえず、隊長に報告の電話を入れたんです。で、そういう大ごとは早く知らせろと怒られて、教授のところから帰ってでいいから詳しいことを話せと。だから、早くも憂鬱です」
「はは、ユカリさんらしいですね」
「でも、教主はなんで僕が刑事だってわかったんだろう」
と、葛西がまた首を傾げた。ずっと腑に落ちないでいたらしい。
「まあ、あんなふうに制圧できるのは特殊な職業だろうから、教主の思い込みで言ったのを、葛西君の反応で確信した、とか」
「君たちが行くのが判っていた可能性もありますよ」
「えっ?」
ギルフォードが言ったので、由利子と葛西は驚いた。
「実は……」
ギルフォードは、二人に昨夜の松樹との話を聞かせた。
最初、「松樹さんと料亭で会席料理とかうらやましい」などと軽口を叩いていた由利子の表情が、途中で真顔になった。
「3Dプリンターの銃を持った子供?」
ギルフォードの話が終わるや否や、由利子が言った。葛西もそれに続いて言った。
「今時、3Dプリンターも珍しくないとはいえ、なんか偶然とは言い難い気がします」
「しかも、そのクソガキもといガキンチョが持ってた銃は発砲可能だったってことでしょ」
「もといとは」
「アレク、そこ、突っ込まなくていいから。ということは、教主もテロリスト側に狙われてたってこと? 一ノ瀬君をそそのかした吉野ってやつがテロリストの一味とか?」
「その可能性もありますが」と葛西が口をはさむ。「今まで起こったことを考えると、例えば由利子さんの時は映画のロケと騙された連中が襲ってきましたし、一ノ瀬もそそのかされただけの可能性もあります」
「わたくしは、『白いブロックで作られた銃』というのが気になりますわ」
後に立って話を聞いていた紗弥が言った。
「あらかじめ、事件が起きるのを想定してすり替えるつもりだった、とも考えられますもの」
「それは、僕らも疑問に思ってたんです。でも、そんなことをして何になるかって思ったら……」
「あら、そんなこと簡単ですわ。ね、教授?」
と、紗弥はクスクス笑って言った。
「はい。信者や興味本位できた聴衆、特に、例の番組を見て来た方たちには十分すぎるパフォーマンスになりますね」
それを聞いて、葛西はがばっと立ち上がった。
「やはり、あの教団は胡散臭いです。僕は急いで署に戻り、隊長に報告します。申し訳ないけど、アレク、由利子さんを頼みます! 由利子さん、デート途中で退席申し訳ない」
そういうや否や、葛西はギル研を飛び出して行った。
「ちょっと、葛西君!」
由利子が立ち上がって引き留めようとしたが、葛西の階段を駆け下りる音を聞いてため息をついて席に戻った。
残された三人は、少しの間お互いの顔を見あっていたが、まず、ギルフォードが少し不安そうに言った。
「以前と比べて、ジュンは突っ走るようになったような気がします。彼にも思うところがあるのは判りますが……」
「確かに不安ですわ」
と、紗弥も同意し、二人は由利子の方を見た。由利子は両膝を握りしめていたのに気づいて肩の力を抜き、努めて明るく言った。
「大丈夫だよ。だって、無茶しないって約束したからさ。でも、私に捜査権がないのが悔しいよ。この事件の関係者に聞きたいことがいっぱいあるのに……。今日だってさ、一緒に行っただけで何にもできなかったよ。バカみたい……」
明るく言ったつもりがだんだんトーンダウンし、自嘲気味に言う由利子に、ギルフォードが提案した。
「では、君が何を調べたいか、何に疑問を持っているのか文字にして、ジュンに託してみるのはどうですか?」
「そうか、その手があったか。アレク、ありがとう!」
由利子の表情が明るくなったので、ギルフォードと紗弥は安心して笑った。
葛西は、県警にもどるとすぐにSV対の隊長室に向かった。
ノックして許可を得、室内に入ると、早瀬がやや怖い顔をして座っていた。葛西がぎょっとしてドア付近で立ち止まっていると、早瀬は葛西を手招きしてソファに座れと指示した。葛西が指示通り座ると、早瀬が席を立ってゆっくりと歩き葛西の前にドカッと座った。
「やられたよ」と早瀬が吐き捨てるように言った。
「某お偉いさんからお達しがあったらしい。碧珠善心教会の件は、単なる身内の内輪もめなので民事不介入なんだと」
「はあ? お偉いさんって誰なんですか?」
「県警の警部ごときは教えられないらしい。大方、宗教とズブズブの政治屋さんあたりじゃないか?」
「信者なのでしょうか?」
「いや、宗教は政治家にとっても使いようが良いんだ。特に選挙の時に安価な労働力を提供してくれる。はっ、貸しでもつくってやったつもりなんじゃないか?」
「なるほど、教団の月辺とかいう食えなさそうなオッサンが意味深な笑みを浮かべた意味がわかりました」
「そういうことなんで、君は今日の揉め事からは解放されたわけだが、何があったかは、私に詳しく説明してくれ」
「はい!」
葛西は悩みがあっさり解消したことに、戸惑いと安堵を覚えたが、早瀬が興味を持ってくれたことで報われた気がした。
葛西が早瀬と話しているころ、由利子はギル研でギルフォードの仕事が終わるのを待っていた。
とりあえず、今日する仕事はないし(休みの日だから、仕事はするなと言われた)、することもないので、さっき受けたギルフォードのアドバイスに従って、PCのメモ帳に疑問点をランダムに箇条書きしていた。由利子の頭の中で、今日の講演会であったあることがこびりついて離れなかった。天雪 眞輝慧のことである。彼女の『旧姓』と彼女が語った結婚歴が,、黒岩が由利子に話した過去と類似していたからだ。由利子はしばし考えこむと、ふうっとため息をついた。
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