2.急転 (8) 講演会
20XX年10月5日(土)
由利子と葛西は、11時半頃T神の街に来て、駅近くのファミレスで早めの昼食をとっていた。
二人だけで外食するのは初めてで、うっかり由利子が「なんかデートみたいだね」と言って、葛西に複雑怪奇な表情をさせてしまった。
食後のコーヒーを飲みながら、由利子と葛西はテーブルの真ん中にリーフレットを置いて眺めていた。A4の紙に片面印刷で、内容も公演に趣旨から日時と場所、そして開催プログラムの掲載されたシンプルなものだった。さらには下の方に「FSC認証紙」と「ノンVOCインキ」のマークが印刷されていた。
「環境に配慮されてるねえ。流石」
「『裏面はメモ等に使ってください』とも書いてありますね」
「やばいカルトは粗末に扱うなって怒りそうだけど、まあまともそうだね」
「どんな人たちが来て、どのような講演になるんでしょうか。なんか怖いなあ」
「一応敵陣に乗り込むんだしね」
「『敵陣』と思ってるのは、僕たちだけのような気もしますが」
「確かにそうやね。あちらさんは私たちの存在すら知らないんだもんね」
そんな呑気な会話をしている二人なのだったが、のちにそれ間違いだったと思い知ることとなる。
入場時間が迫ってきたので、二人はファミレスを出て講演会会場に向かった。
会場はけっこうな人出で、一昨日のテレビ番組の影響が感じられた。すでに席はかなり埋まっており、二人は後ろの方の席に座った。
近辺から「今日はいつもよりさらに女性が多いわねえ」というような、常連らしき人の声や
「この前のテレビでなんか気になっちゃって」
「私も環境問題に興味を持っちゃって。今まで気にも留めなかったのにねえ」という、番組の影響を受けた人たちの声もちらほらと聞こえている。二人はなんか緊張して顔を見合わせ、それを解くようににっこりと笑った。
開演時間になり、室内が暗くなった。
「そろそろですね」
「うん」
由利子がやや緊張して答える。
テロにかかわっているかもしれない謎の教団。美葉が囚われているかもしれない。そんな組織の中に今、自分はいる。緊張した由利子は膝の上で両手をぎゅっと握りしめた。葛西の方をうかがうと、非常灯に横顔のシルエットにメガネの縁の反射のみで表情こそはわからなかったが、やはり緊張しているのがわかった。
すると舞台左手にスポットライトが当たり、白いスーツの女性が開会の挨拶をした。
「みなさん、こんにちはぁ〜。今日は碧珠善心教会の講演会においでいただき、ありがとうございます。楽しい時間をお過ごしください」
第一声のライトさに由利子は驚いた。これでは子供用番組のノリである。もっと重々しいものを想定していた由利子は、拍子抜けしてしまった。しかし、トークの内容は軽くありふれたものだったが、女性が自己紹介した時の名前に、由利子は驚愕し女性の顔に注目した。
「私(わたくし)は、司会を務めさせていただく、天雪と申します。実は、私は数ヶ月前まで黒岩を名乗っておりました」
「黒岩……」
由利子がかすれた声で呟いたのを聞いて、葛西が心配そうな表情で彼女を見て言った。
「由利子さん、黒岩って……」
「ぐ、偶然だよね。偶然同じ苗字……だったんだよね」
由利子の不安をよそに、女性はトークを続けた。
「私は、過去に夫を略奪されたことがありまして、でも、旧姓に戻るのが悔しくて、黒岩のまま生きて参りました」
由利子は思わずつぶやいた。
「たまたま……だよね」
黒岩るい子の話との類似性に、由利子の表情に動揺の色が濃く現れている。
「でも、略奪なんてするものではありません。彼女は数か月前に事故に遭い亡くなりました。私はそのころには黒岩という名字を持て余していました。もはや悪縁でしかなかったからです。長兄さまは、私のそのような本心を見透かしておられました。長兄さまは、おっしゃいました。そんな辛い思いをして執着するべきではないと。そして、私に新しい名前を授けてくださったのです。天雪 眞輝慧。これが、いただいた名前です。長兄さまは、新しい名前で、新たな素晴らしい人生を歩みなさい、とおっしゃってくださいました」
女性の言葉に、由利子は混乱した。きっと偶然だ。黒岩という名字はありふれてはいないけど、珍しい名前でもない。でも、もしも、この女性が黒岩るい子の夫の元妻だとしたら、そして、この教団がテロに関わっていたとしたら……。そこから導き出される答えに由利子はゾッとした。
そのあと司会の女性は、この講演についてのルールやタイムテーブルなどを説明して去っていった。
葛西は、由利子の顔から血の気が引いているのをみて心配したが、黒岩の過去を知らない葛西には、女性とテロを結びつけることはできなかった。
女性の説明が終わると、漫才師コンビが姿を現した。一人は、あの番組の司会をやっていた金木星サターンだった。
二人「みなさーん、こんにちは!」
会場「こんにちは〜」
サ「金木星サターンでーす」
ム「水火日ムーンでーす」
「二人合わせて『戸惑いウイーク』でーす」
会場拍手
サ「私、『ディスカッション0(ゼロ)』という番組の司会をさせていただいているんですけれど」
ム「うんうん。自分だけ」
サ「うるせえよ」
会場笑い声
サ「あ、失礼しました。それで、一昨日の放送で、長兄さまや月辺陽花さんとのご縁ができまして、今回、前座というか、僕らの漫才をご披露させていただくという、大変光栄なお役目をいただきまして」
ム:威張ったポーズで「サターン君、営業ありがとう!」
サ「何様だよ!」
ム:さらに大げさに胸を張って「お月さまだ」
二人「お後がよろしいようで」
サ「…って、終わらせんな」
とムーンをハリセンで軽くはたく。
ム「お前もノッたやんか。てかそんなもんどこに持ってたんだよ」
サ「耳の中だよ」
ム「嘘つけ! 孫悟空かよ」
会場笑い。
サ「実は僕たちも環境問題には危機感を覚えているんです」
ム「そう、僕たち環境活動頑張ってるんです。道端のごみを拾ったり、海岸の清掃をしたり、イルカ漁の邪魔をしたり」
サ、え?という表情になる。
ム「肉イベントに抗議のグロイ看板を立てたり、畜産農家の妨害をしたり、名画にインクをかけたり…」
サ「ストーップ! 途中から趣旨が違ってない? 特に最後の名画なんて関係なくない?」
ム「スポンサー募集中です」
サ「スポンサー、ショッカーかよ」
サ、真面目な表情に戻って
「実はね、ああいう迷惑環境パフォーマンスする団体には、マジでガチなスポンサーがついているんですよ、ショッカーじゃなく。それに、彼ら、ピーやピーみたいなヤバそうなレッドな国がいくら環境破壊してても抗議しないでしょ? 戦争や内戦なんて究極の環境破壊なのに、なんで戦車に落書きしたり、ヤバ、いや、えらい人の銅像や肖像画にペンキかけたりしない。(一際大声で)何故かと問いたい!」
ム「おーい、熱くなんなよ。しかも、やばそうなとこに自主的に声で『ピー』入れんなよ!」
二人の環境ネタトークが続き、由利子がお腹いっぱいになった頃、「えー加減にせぇ!」のお約束で終わった。
由利子が膝に手を伸ばした状態で背伸びをしながら言った。
「やっと終わった〜」
「結構面白かったじゃないですか」
「うん。でも途中から妙に説教くさくなってさー」
「まあ、前説みたいなものですから」
二人がこそこそ話していると、壇上に天雪が現れた。
「みなさん、戸惑いウイークさんのお話、お楽しみいただけたでしょうか?」
会場から「はーい」という声と拍手が上がった。
「戸惑いウイークのお二人に、もう一度盛大な拍手をお願いいたします」
壇上の左端カーテンから、二人が姿を現し礼をすると、会場から拍手が沸き起こった。二人は向きを変えながら数回お辞儀をしてから、カーテンの中に姿を消した。
「次は、T大学より、環境変化の植物への影響を研究されている鈴木光太郎教授をお迎えして、お子様からお年寄りまでわかる植物のお話をしていただきましょう」
司会の天雪が紹介すると、舞台袖にスポットライトがあたり紹介された鈴木教授が現れ、講演台に向かった。
その後、有識者からの公演が続き、最後に教主の講演が告げられると、会場では多くの人々が、まだ見ぬ教主の尊顔が拝めると期待して壇上に集中した。天雪は会場の様子を見渡すと、少し厳しい表情に変わり言った。
「最初にお願いいたしましたが、この講演会は撮影NGです。特に長兄様を撮影することは許されません。もし、そのような行動をされた場合、強制退場させていただくことになります。くれぐれも、いいですね、くれぐれもご注意ください」
天雪が念を押し退場すると、急に室内が漆黒の闇に包まれた。会場が一瞬静まり返り、その後あちこちがざわめき始めた。ざわめきが部分的なのは、初めてこの教団の講演会に来た新参者たちで、落ち着いているのは信者や常連たちなのだろう。
由利子たちも例にもれず、若干動揺し、お互い小声で話しかけていた。
「ねえ、まさかだけど、私たち……」
「ありえません。落ち着いて」
由利子は葛西の返答をアレクみたいだなと思いながら、改めて椅子に落ち着いて座り直した。すると、暗闇の中にハープの静かで美しい音色が聴こえ、壇上に希望のような一筋の光がさした。その光の中に男性のシルエットが浮かび上がる。
「みなさん」
あの、心を揺さぶるような、安心させるような、そして、心地よい声が会場に響いた。
「我が教団主催の講演会に、よくおいでくださいました。とても嬉しく思います」
会場の一部からため息が湧いた。それは主に信者席と思われる、最前席に一ブロックほど設けられた場所から聞こえた。
「私はこの教団の教主で、全ての信徒は我が父である教祖の子である故、全ての信徒の兄として長兄と呼ばれております。よろしければ信徒以外の皆様も、私を長兄とお呼びください」
会場から割れんばかりの拍手が起こり、何箇所からも「長兄さまぁ!」という声が上がっていた。ただし、それは信者席以外から聞こえており、冷やかしも混じっているように思えた。
「さて、今回は私の講話ではなく、有識者の方々をお招きして、環境危機についてお話しいただきました。初見の方々にも信徒の皆さんにも、興味深い時間だったのではないでしょうか?」
そう言うと、教主は会場を見回した。
「おやおや、みなさんそんなに緊張さなさらないで。では、今日は初見の方々が多いようなので、何かご質問があれば、お答えしましょう」
教主はそのあと、笑顔で再び会場を見回した。
一時会場は沈黙したが、一人意を決したように手を挙げ立ち上がった。
「はい、なんでしょうか?」
「あ,あの、なんでも聞いていいですか?」
「もちろんです。何でも聞いてください」
「えっと、ちょ……ちょうけいさま?は、おやすみの日はなにをさていますか?」
「お休みの時は、お勉強をしたり、散歩したり、畑で信徒の皆さんと作業をしたりしています」
「ネズミーランドとかは、いかないんですか?」
「私は、ああいった人工的な施設は行かないのですよ」
「そうなんですか……」
「でも、うんと小さい時には、両親と三人で行きました。楽しい思い出です」
それを聞いて少女はほっとした表情をした。
「た、楽しいですよね」
「はい、楽しかったです、本当に」
と、教主は少し思い出に浸るような表情をした。
「あのっ、はたけのさぎょうって、楽しいですか?」
「もちろん楽しいですよ。蒔いた種が芽を出し、すくすく育ってくれて、できた野菜や果物などを信徒の皆さんと収穫します。何よりも楽しいひと時です」
笑顔で本当に楽しそうに話す教主を見て、少女もキラキラとした瞳になっていた。
「ちょうけいさま、わたしもこんど、おばあちゃんの畑をてつだいます! ありがとうございます」
「ありがとう。えっと、鈴菜ちゃんですよね。また来てくださいね」
少女は自分の名前を言い当てられて驚いて母親の顔をみあげ、母は誇らしそうに娘を見ていた。
少女の質問に触発されたのか、会場の何箇所からか手が上がった。教主は順番に質問者を指し、質問に答えていた。そのほとんどが他愛無い質問だった。
葛西は由利子にこっそり耳打ちをして聞いた。
「教主を見た感じ、どうですか? あのCD-Rの男だと思いますか?」
「遠くてわからない……」
由利子が寝ぼけたような声で答えた。顔はぼうっと壇上を見つめている。
「由利子さん?」
葛西が異変に気づいて百合子の肩を強めにゆすった。
「ご、ごめん。またぼっとしてた。でも、ほんとにわからないんだ。普段ならこの距離でもある程度判断出来るのに」
その時、会場がざわついた。質問者の男が、教主に激しく問うていたのだ。彼は信者席の後ろのブロックの前席で、ほぼ教主の正面に居た。
「あなたは、環境破壊を批判し、地球? 碧珠? を守ることを説いている。ご立派なことだよ。だがな、そのご高説に惑わされてあんたの教団に傾倒し家族を捨てた者もかなりの数いるんだよ! 家族を、絆を破壊しておいて地球を守るだと? あんた、その碧珠とやらの窮状を目の当たりにしたのか? どうせ教主という立場でなんの不自由もなく、ぬくぬくと生活をしているんだろう? 笑わせるな!! 莉々那(りりな)! そっちにいるんだろ? 帰ってこい!」
男は語気荒く怒鳴った。しかし、教主は落ち着いて言った。
「あなたはどなたでしょうか?」
「俺か? 俺は大谷莉々那の婚約者だよ。お前らにたぶらかされて行方をくらました女の婚約者だ!」
「ああ、あなたが一ノ瀬充学(あつたか) さんですか。莉々那さんは、今、こちらで充実した生活を送られています。決して無理な修行みたいなものはさせていません。毎日を穏やかに暮らしておられますよ」
「きれいごとを言うな! ならば、何故、1年以上音信不通なんだ?」
「それは、莉々那さんのお父様が、莉々那さんに虐待をしておられたからですよ」
「え?」
充学は、驚いて気の抜けた受け答えをした。
「ご存じなかったのですね。そうですね。目立たない場所を虐待していましたから。なんなら後で教団の医師が書いた診断書をお見せしますよ」
「そんな身内の診断書など、信用できるか! 莉々那、いるんだろ? 出ておいで。一緒に帰ろう。お父さんが怖いなら、誰も知らない場所で一緒に暮らそう」
充学は、渡されたマイクに嚙みつかんばかりの勢いで叫んだ。
「充学さん、莉々那さんは、私たちのところで幸せに暮らしているんです。わかってあげてください」
「うるさい! 莉々那を返さないなら、力づくで取り返す!」
彼はそう叫ぶと、何か不格好なものを構えた。葛西はすぐにその正体に気が付いた。
「やばい、3Dプリンターで作った銃だ!」
男は銃口を教主に合わせていた。
「莉々那を返せ! さもないと……」
「あっちゃん、やめて!!」
舞台袖側から女性が飛び出してきて、教主の前で両手を広げ立ちふさがった。
「莉々那さん、私は大丈夫ですから、隠れていなさい」
「嫌です。長兄さまに害があってはなりません。あっちゃん、改めて連絡するから、ここはおとなしく帰って」
「莉々那、お父さんに虐待されてたなんて、なんで教えてくれなかったの?」
「言ったじゃない! 何回も言ったよ! なのにあっちゃんはお父さんたちに言いくるめられて、そんなはずないよとか、妄想だから病院に行こうとか言って、全然本気にしてくれなかったじゃない!」
「そんなはずは……」
「あっちゃんもパパもママも、保身ばっかり! 私のことなんか道具にしか思ってないんだよ! 私は絶対に帰らないよ。ここで配偶者も見つけて穏やかに暮らしたいの。わかって!」
「莉々那さん、いいから舞台裏に帰りなさい。私は本当に大丈夫だから」
「うるさい、似非教主が! てめえが諸悪の根源なんだよ。この世から消してやる!」
充学は、完全に我を見失っていた。引き金にかかった指に力が入る。教主は最悪の展開を予測し、莉々那を抱くようにしてかばった。その姿が余計に充学の狂気を刺激した。
「死ね! クソ教主!!」
あわや、発砲というときに、誰かが充学にとびかかり、確保した。葛西だった。葛西は充学に気取られないように、ゆっくりと近づいていたのである。と、同時に充学の横に座っていた男を、黒スーツの女が取り押さえていた。手にはスマートフォンが握られていた。
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