電車の窓の外に見えるモノ
諸星大二郎の初期の短編に、こういうのがあった。主人公は通勤中に狭い車内で新聞を読む人が理解できなかった。しかし、ある日電車の窓外を見ていて不思議な恐ろしいモノを見てしまい、それ以来二度と窓外は見ず、自分も通勤中は新聞を読むようになる、というものだ。
私も、なんで満員電車内で新聞を読むのかなと思う。本はなんぼ大きくてもそれなりのサイズだが、新聞のような大判の読み物はかさばるし非常に迷惑だ。時々端が頭などにあたったりするとキレそうになる。折りたたんで読んでいても、新しい場所を読むたびにいちいち畳み直しており、やはり迷惑だ。中にはこれ見よがしにスポーツ新聞のエロ記事を表に出して見せびらかすような大阿呆もいる。まあ、そーゆー視床下部しか発達していない痴れ者は無視するとして、普通の新聞読みは車内の化粧と同じで、もう少し早起きして読むか会社に着いてから読めばいいのにと思う。
ところで、私は本を読んでない時は退屈なのでやはり窓の外を見て楽しんでいる。まあ、いつもの通勤電車なので、特に変わり映えするものではないが、季節による景色の微妙な変化を楽しんだり、今の時期からは稲が実るまで、田んぼに飛来する沢山の種類の鳥(特にサギ類)を見るのが楽しい。今日はコサギ・ダイサギ・アオサギ・アマサギ等特に沢山のサギがいた。
少し前には、稲を植える前の田圃を耕すトラクターのあとを、コサギとアマサギがちょこちょことついて歩いており、とても可愛かった。耕した土から出てくるごちそうのご相伴にあずかっているのだろう。
だが、時々、マンガにあったように実際に妙なものを見る事がある。
河川敷の藪の絶対人の入れないような場所に、何故かカラフルな謎のパラソルが差してあったり、小型のは虫類(というよりコンピーみたく小型の恐竜っぽい)のような影が畑をうろついていたり、川面に妙な生物がいたり・・・。
もちろん動いている電車から見たものだし、遠くで確認しにくかったりするから、見間違いという事は充分あり得る。っていうか、ほぼ見間違いであろう。それとも、私たちの知らない異世界の出入り口がどこかにあり、そこからたまに「何か」がやって来ているのだろうか。アンバランスゾーンは私たちのすぐそばで口をあけているのかもしれない・・・。
なんてね。
今からは田圃が青々と広がる季節なので、遠くにくねくねでもいないか探してみようかと思う。
私は自動車免許を持ってないので、ずっと電車通勤をしている。しかし、その長い期間、幸いなことに、事故に遭遇してバケツあるいは黒いビニール袋と箸を持った駅員が走る姿は見たことがない。これは一生見ないで良いと思うが。
例によって余談だが、この前恐い話の時に書いたTさんのもとJR職員のご主人が言っておられたらしいが、切断された首は本当に「座る」という。わかりやすく書くと、横に転がらず、首の切断面を下にして鎮座ましました、いわゆる晒し首の状態である。
現役時代に反対路線の電車が人身事故を起こしたことがあったそうだ。ところが連絡が間に合わず危ういところで線路上の遺体を2度轢きするところだったらしい。しかし、線路上に妙なものが見えるので目をこらしてよく見たら、女性の生首がちょこんとこっちを向いている。驚いてブレーキを踏んで事なきを得たらしい。まあ、遺体にとっては「事なき」どころの状態ではなかったろうが。
ほかに怪談めいた話では、トンネル内でぼんやり窓の外を見ていたら、見知らぬ男の顔が映っていたり、ババアが走ってついてきたり(これではもはや妖怪だが)というのがよくある。いずれもご辞退申し上げたいところだ。
ほのぼの系では、私らが幼い頃、関門トンネルを列車で通る度に母が窓の外を指さして「あ、タコが張り付いとるよ。」と、よく言ったものである。今考えたらそんなことはありえない(あった場合はトンネルに海底まで亀裂が入っているということで、一大事である)のだが、子供の頃は本気で探したものだ。
車窓から外の景色を見るのは楽しいものだ。
しかし、時にこの世の境目あるいはこの世ならぬものすら垣間見てしまうことがある。それは走る電車と外界とのホンの僅かな時空のズレがもたらす歪のせいかもしれない。
・・・なんてね。
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