終戦記念日に思う。
まあ、現実は終戦ではなく敗戦なんだけど。
因果関係はともあれ事実上は、アジアに進出した日本が弾みでアメリカにまでケンカを吹っかけたら、完膚なきまでに叩きのめされ、今では立派な杉山だ、ではなくて、立派な前線基地となってしまった訳です。それでも、あの大国を直接攻撃したのは911にアルカイダがテロを仕掛けるまでは、日本だけだったんですね。まあ、本土ではなかったし、そんなことを自慢しても空しいほどに犠牲が出た挙句、未だに戦勝国に頭が上がらないわけですが。結果、アメリカ様の戦略勝ちですね。
案の定といいますか、やっぱりコイズミ首相は15日に靖国神社参拝を決行しましたね。どうせなら最初から公約守ってきっちり15日に参ればいいのに。やはりヘタレです。首相になってから靖国参拝を欠かしてないって、それ以前はやってなかったんですか~。そんな心無いおまいりでは、私の祖父を含む祀られた霊達は喜ぶどころかがっかりするのではないでしょうか。
そもそも祀るとかいっても、私の祖父(インパールで戦死)のように遺髪どころか遺品すら戻ってこない状態の人たちも多いわけで、まあ、祀るのにそういうのは必要ないかもしれませんが、要するに例えどんなに美化しようと戦争とはそういう厳しいものなのです。また、そこに祀られたくないから分祀を望む人たちだっているわけです。うちのじいちゃんだって死ぬ時はきっと靖国なんかより、残してきた妻と5人の子ども達や故郷の風景、そして両親を思い浮かべ、帰りたいと切に願ったことでしょう。「英霊」の帰る場所、そして安らぐ場所は靖国ではなく家族の許だと私は思う。ただし、いわゆる無縁仏を祀る場所は必要だと思いますが。
近代以降の戦争の多くは国対国によるものです。あるときは国境間の争い、あるときはとある国の野望から、またあるときは宗教間での軋轢など理由はいろいろでしょうが、けっきょく「下々の者(一般国民)」の思惑や願いなど関係無しに勃発し、それでいて一番ひどい目に合うのがその一般国民、すなわち普通の人々です。戦いたくないのに駆り出され、あるいは愛するもののために戦いを余儀なくされます。生き残るために人を殺します。
例えば総理大臣が好戦的な人で、国際情勢もそれに味方し日本が戦争できる国になり参戦したとして、実際に命懸けで戦い、あるいは苦しい生活を強いられ爆弾に怯えるのはその総理大臣や議員の皆さんやその家族ではなく、私たち一般国民です。今この時だって世界中の紛争地帯で私たちと同じ普通の人々が戦火に怯えながら不便な生活を余儀なくされています。
ヒトが動物であるからこそ争わずにいることは出来ない、平たく言えば動物の縄張り争いの拡大したものが戦争です。そして、確かにそれは今まで人口爆発の抑制の役割を担っていたでしょう。しかし、近代戦争からはそういう悠長なことは言ってられなくなりました。コトがでかくなり過ぎたからです。核兵器は使い方が難しいのでそうカンタンには使用されないでしょうが、それよりもっと楽に使える兵器でも、最近は相当な威力を持つものがあります。そしてそれらは人類のみならず地球規模で悪影響を及ぼしてしまいます。しかしこの星はヒトのものではなく、私たちは間借して住んでいるに過ぎないのです。それが、我が物顔の狼藉三昧。これではいつか大家に追い出されてしまうでしょう。
最後に映画「妖怪大戦争」での水木御大の名ゼリフで締めます。
「戦争はいけません!ハラが減るだけです。」
・・・そうか、腹の太る人がいるから無くならないのか。
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■Knoun Only Unto God■(ストラングラーズの反戦歌)
くらげねこの雑記帳より
じいさんのトラさん。(千人針などの貴重な資料)
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