ことばあそび
世の中は、有ると無しとの違いにて、
ハケに毛が有りハゲに毛が無し。
いきなりなんだ、と思われたかも知れない。今日は、ハゲ、もとい、日本語のことばあそびについて書いてみようと思う。上の句はそのつかみである。
よく見ると字数はちゃんと5-7-5-7-7となっており、リズムが良く、内容も深いしかなり得点が高い。有る無しでは、漢字の覚え方で、「瓜にツメあり、爪にツメなし」というのがある。これは祖母もよく言っていたことだが、ウリ(瓜)とツメ(爪)の字の区別の仕方である。確かに瓜にはツメがあるが、爪にはツメがない。
瓜といえば、こんな早口言葉がありますね。
瓜売りが瓜売りに来て瓜売れず瓜売りながら帰る瓜売り
(正しくは「瓜売りが瓜売りに来て、瓜売り残 し、売り売り帰る瓜売りの声」らしい)
言葉遊びとして外せないのはやはりエロ系で思わせぶりなヤツ。
今日母と久しぶりに「なんでも鑑定団」を見てたのだが、芭蕉モノの鑑定依頼があり、松尾芭蕉の説明があった。それを聞きながら、母が芭蕉と一茶は俳句が時々ごっちゃになるねと言ったので、そうやねえ、まあ、一茶の方がかなり庶民的だけどね、と答えた。すると母がこれは一茶やろ、「すずめの子 そこのけそこのけ・・・」と、言いかけたのでつい私は、「あそこの毛」と続けてしまった。母は笑いながら、まったく誰が最初に考えたんやろうねえ、と言っていた。「そこのけどこのけあそこのけ」というのが完成形らしいが、秀逸である。(正しい一茶の句は『雀の子そこのけそこのけお馬が通る』です。2008年11月27日追記)
一茶の句は、小学校5年の時担任が覚えさせたのだが、いくつかはまだ覚えている。その中で特に印象深かったのはこれだ。
はえ笑え ふたつになるぞ 今朝からは
この「はえ」は昆虫のあのハエではなくて「はいはいをしろ」と言う意味だ。念のため。
昔、数え年というものが良くわからなくて、祖母が「満でいくつ」「数えでいくつ」とか、言っていていまいち把握できなかったのだが、この句の説明でやっと謎が解けた。数え年というのは、生まれたその日で1歳で、そのご正月ごとに一歳ずつ年を加算するのだ。だから、極端な話、大晦日に生まれた場合、齢二日で二歳になるのだ。こりゃどだい無理があるような気がする。もっとも大晦日は忙しいので、生まれた日を翌日の正月に繰り越したかもしれない。ということで、この句は正月の句である。
一度祖母に数え年について訊いたことがある。「数え年は満といくつくらい違うの?」と訊いたら、「大体ひとつやけど、人によってはふたつくらい違うかねえ。」といわれ余計混乱した。最初から「数え年はどうやって数えるの?」と訊けばよかったのだ。そしたら、わざわざ江戸時代の人から教わることもなく、疑問が解決しただろう。
内容はほのぼのから艶話にもどるが、よさこい節というのはご存じの方も多いだろう。リンク先のサイトを見ると、
土佐の高知の はりまや橋で
坊さんかんざし買うを見た よさこい よさこい
を1番として10番まである。1番の意味は説明するも野暮だが、髪のない坊主がかんざしを買ってるのを見ちゃった。見つけちゃった見つけちゃったわ~いわい、てなモノだ。事実は悲しい破局で終わったようだが、相手の女性の名前の「お馬」というのは、少々興ざめである。
10番までの中にはないが、こういうのもある。
雷さんは粋なモンだね 何故へそねらう
私だったら 三寸下ねらう
艶というより、オヤジギャグであろう。
子どものころから親しんできたことばあそびに回文がある。回文というのは国語の時間でも習ったと思うが逆から読んでも同じ意味になる文のことである。 かるいきびんなこねこなんびきいるか
というようなモノだ。身近なところでは「しんぶんし」がそうだ。これとは逆に、逆読みをするとまったく違う意味になる文がある。一種のアナグラムだろうか。例えとしてはかなりオゲレツだが、こういうものだ。
気さくなあの子目をとじとじ
失礼しました。
子どもの頃といえば、よくやったのが手袋を「ろくぶて」逆に読ませて6回ぶつ(てゆか叩く)というものだ。非道いヤツは「手袋巡査」を逆読みさせて、36回ぶとうとするフトドキモノもいたが(例えばうちの母)。
面白いのが「ぎなた読み(弁慶読み)」という、区切った場所で意味が変わってしまうもの。弁慶読みのというのはある人が「弁慶が、なぎなたを持って・・・」というのを「弁慶がな、ぎなたを持って・・・」と読んだことかららしい。
ところで、ここで別の疑問が湧いてくるのだが・・・、
「ぎなた」って何?
まあ、それは置いといて、本題。
ここではきものをぬいでください
ここで履き物を脱いで下さい
ここでは着物を脱いで下さい
というのが有名だが、洒落にならないものでは、昔貧乏学生があまりの困窮に困り果て、実家に無心の電報を打ったら、「ノムナ」という返事が来て慌てたというものである。
カネオクレ タノム という文が、電報を受けた人が切り場所を間違えて
カネオクレタ ノム
と送られてしまったかららしい。何でわざわざそんなことを電報で打つ必要があるのかと考えなかったのかとは思うが、本人にとっては死活問題である。
これを上手く利用したのが、つぼイノリオの「金太の大冒険」や「お万の方」という歌である。とはいえ、「金太負けるな」「お万こけるな」じゃぁねぇ、ソッコーで発禁も食らう罠。
金太とお万が出てきたところで、それにまつわる方言(あるいは古語)を。
ぼぼ へっぺ ホーミー チャコ しんじ へのこ
人の名や愛称ではない。全部、女性自身、男性自身の方言である。しかし、漫湖のある沖縄でホーミーがNGってのも面白い話である。だから、日産ホーミーも沖縄ではNGだったらしい。
なんだかんだ言いながら、結局シモネッタさんで終わってしまう私のブログであった。
【2008年11月27日追記】
コメント欄で通りすがりさんから「一茶の句は『雀の子そこのけそこのけお馬が通る』ですよ」とのツッコミが入った。
そういえば、元句を書いていなかったな。知らない人が読んだら、「あそこのけ」ヴァージョンが一茶の句だと思っちゃうかな、ってなことはないと思うが、念のため本文にも追記しておきました。
通りすがりさん、ナイスツッコミありがとうございます。
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コメント
回文、学生時代にタモリのオールナイトニッポンでネタになってて私達のツレの間で一時大ブームになりました。ラジオでは”しらかばはばからし”と”がすですが”が印象に残っています。アホな後輩が作ったのが当時カジマヤという酒屋があり、その看板を見て”かじまやまじか”。鹿児島の先輩が鹿児島弁で作った麻雀回文”おやんたんやお(親のタンヤオの意味)”。私の愚作は”れずたまにまたずれ”、シモネータで失礼しました。
投稿: drac-ob | 2006年7月27日 (木) 22:45
drac-obさん
へぇ、タモリのオールナイトニッポンでそういうネタやってたんですか。タモリもことばあそびが好きみたいですからねえ。空耳アワーもそうだけど、前はボキャブラ、最近はジャポニカロゴスって番組やってますし。
私は回文は考えた覚えはあまりないです。替え歌ならここでもそうですが、たまに密かに作ってましたが。
>”れずたまにまたずれ”
私も「ほも」で作ってみようかな、と思いつつ、「もほ」ってことばあまり聞かないなあ(笑)。
投稿: 黒木 燐 | 2006年7月28日 (金) 12:48
トラックバック、ありがとうございました。
懐かしい言葉遊びの数々、十分楽しみました。
一切合切みな遊び
投稿: Count_Basie_Band | 2006年10月11日 (水) 16:20
Count_Basie_Band さん
ぶいっちゃんの所から遊びに行ったら、記事に「ぎなた読み」のことが書いてあったので、このエントリを思い出してトラックバックをお送りしました。
これからもよろしくお願いいたします。
投稿: 黒木 燐 | 2006年10月12日 (木) 00:10
一茶の句は
「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」
ですよ!
投稿: 通りすがり | 2008年11月25日 (火) 01:21
通りすがりさん
ご指摘どうもありがとうございます。
そう言えば、元の俳句を書き忘れていました。
いえ、決して「あ、そこのけ」が一茶の俳句と思っていたわけではありません。
本文に追記いたしました。
投稿: 黒木 燐 | 2008年11月27日 (木) 12:43