こみみが死んだ。
癌だった。13歳。
2度ほど手術をしたが、悪性癌の増殖の速度に追いつけず、2度目の手術より3ヶ月を待たずに他界した。
その前の10月23日に白猫のユキを、そのまた前の7月11日に雀雄を癌で亡くしていた。最近癌発生率が高いが、これはうちのほとんどの猫たちが10歳を超えているのだから仕方がないのかもしれない。数年前には腎不全で立て続けに3匹失ったこともある。しかし、癌はキツイ。お金もかかるし、見ていてとても辛い。
そのことは落着いてから書こうと思っていたが、その前にこみみを失ってしまった。
こみみのことは前にもここで書いたが、最後の記録以外は改めてそれを転載しようと思う。
悲しすぎて新たに書き始めることが出来ないので。いろいろ思い出してしまうのは辛い。
しかし、ごみ箱に捨てられていた子猫が間一髪で救われ、13年間生き延びたということを改めて知ってほしいのだ。
こみみのこと(元記事)
この子は、10数年前にウチの母に拾われました。拾われた時はすごく悲惨な状態で発見されたそうです。
冷たい大雨が降る夜のことでした。母はマンションの管理人をしていました。また、妹は私が残業がちだったので、母の管理人部屋に入りびたっていました。その日はゴミ収集の日だったので、雨の中、ゴミ置き場の整理に行きました。
するとどこからともなく子猫の鳴き声がしました。必死で鳴き続けています。それは尋常な鳴き方ではなかったので、雨の中を母と妹は懸命にその声の主を探しました。雨はますます激しく降りますが、なかなか見つかりません。声はだんだんか細くなっていきます。あきらめかけたその時、妹がとうとう子猫を見つけだしました。なんと、ジュースの自販機の空き缶用ゴミかごの中に、掌に乗るよりもなお小さい子猫がコンビニ袋に入れられて捨てられていたのでした。
袋の中は既に雨水で満たされ、小さい身体はすっかり冷え切っていました。発見がもう少し遅れたら、命は無かったでしょう。母と妹はすぐに部屋に連れてかえり、子猫の身体を乾かし暖めてやりました。子猫はなんとか元気を取り戻しました。
私は、その捨て方を聞いてすごくショックを受けました。子猫を生きたままゴミかごに捨てる。そこには何の感情も感じられません。殺す訳でもなく、誰かに拾われてほしいと願う気持ちもなく、ただゴミとして捨てただけ。その上に空き缶を投げ捨てられ何度も痛い目にあうとか、そのままゴミ収集車に投げ込まれ、生きたまま潰されてしまうとか、それを狙ったのか、そういう想像力がなかったのかは知るところではありませんが、いずれにしろ、罪の意識もなく、生命に対する尊厳も微塵もないのでしょう。この子が拾われたのは全くの偶然であり、天候の状況からして助かる確率はほとんど無かったでしょう。運の良い子でした。
一命をとりとめたその猫は、先住猫のミミミの名にあやかって、「こみみ」という名前がつけられ、母のところで飼われる事になりました。今はそのミミミは天国に行ってしまいましたが、こみみは母と一緒に我が家に帰ってきて、今も元気に暮らしています。すっかりおデブになって・・・。
元気になったこみみ(元記事)
こみみに癌が出来ていることがわかり、手術をした。
とりあえず手術は成功。癌は場所的に完全には摘出できなかったが、ずいぶん元気になった。太宰府犬猫病院の先生に感謝。
もう年寄り猫なので人間と同じように癌の進行も遅いかもしれない。とにかく今はすっかり元気だ。2度も拾われた命をがんがってイ㌔こみみ。
とりあえず、いい加減私に噛み付くのはカンベンしてください。
※写真は手術後2週間くらいのこみみ。手術跡がまだ痛々しくも、本猫は平気な様子。カメラに威嚇するのはやめなさいって。
再発そして・・・。
その後、癌の再発を確認、予想以上に増殖をしているので、9月に思い切って再手術をしたが、すでに癌はおなか全体に広がっており、大変時間がかかったらしい。とりあえず手術は終わったが、やはりすべて摘出出来なかった。おそらく再発は免れないだろうということで、抗腫瘍剤を飲ませることにした。それからしばらくはよかったので、ひょっとしたらとかすかな期待を持ってしまった。しかし、甘かった。
ひと月ほどして、すでに癌が広がっていることを確認。しかし、もう手術で取ることは出来ない。それから延命に勤めた。しかし、ユキが死んだあたりから食事が出来なくなってきた。それで、手術後等に食べさせる高カロリー高栄養の缶詰を、朝晩口にいれてやることが私の日課になった。しばらくの間は、嫌がりながらも口に入るとおいしそうに食べていたが、だんだん嫌がるようになった。足がむくんできて、左足が倍以上はれ上がり、ついには足先から水分がにじみ出るようになった。しまいには猫トイレで用を足すことも出来なくなった。
11月15日夜。風邪までひいてしまったのか、それとも肺まで転移したのか、呼吸の仕方がおかしくなった。目に力がまったくなくなっていた。薬も食事も飲み込むことが出来なくなっていた。私はとうとう投薬と給餌を断念した。これ以上無理強いは出来なかった。
翌日、私は出掛けに母に言おうと思っていた。「今日はこみみについていてあげて。」と。しかし、言えなかった。それはもうだめだと母に伝えることになるからだった。しかし、私はすぐにそれを後悔することとなった。
昼休み、妹からこみみが死んだというメールが届いた。
直ぐに母に電話すると、母が来客を相手にしている間に逝ってしまったらしい。最後は抱きしめて看取ってやりたかったと母は号泣していた。
しかし、私は思うのだ、彼女はとても幸せだったと。ものすごい確立でゴミ箱から救われた手のひらに乗るほどの子猫が13年間生き延び、母から愛され一生を終えた。彼女はラッキーだった。最後は苦しかったけれども。
こみみ、最後までよくがんばったね。おまえはゴミ箱の中でも、今回の闘病でも必死に生きようとした。もう痛くも苦しくもないね。今頃は、ひと足先に虹の橋に行った耳美と駆け回っているんだろうね。
今にも動き出しそうな遺体の前で、私はこっそりとつぶやいた。
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