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2004年10月16日 (土)

こみみのこと

komimi  この子は、10数年前にウチの母に拾われました。拾われた時はすごく悲惨な状態で発見されたそうです。

 冷たい大雨が降る夜のことでした。母はマンションの管理人をしていました。また、妹は私が残業がちだったので、母の管理人部屋に入りびたっていました。その日はゴミ収集の日だったので、雨の中、ゴミ置き場の整理に行きました。
 するとどこからともなく子猫の鳴き声がしました。必死で鳴き続けています。それは尋常な鳴き方ではなかったので、雨の中を母と妹は懸命にその声の主を探しました。雨はますます激しく降りますが、なかなか見つかりません。声はだんだんか細くなっていきます。あきらめかけたその時、妹がとうとう子猫を見つけだしました。なんと、ジュースの自販機の空き缶用ゴミかごの中に、掌に乗るよりもなお小さい子猫がコンビニ袋に入れられて捨てられていたのでした。
 袋の中は既に雨水で満たされ、小さい身体はすっかり冷え切っていました。発見がもう少し遅れたら、命は無かったでしょう。母と妹はすぐに部屋に連れてかえり、子猫の身体を乾かし暖めてやりました。子猫はなんとか元気を取り戻しました。
 私は、その捨て方を聞いてすごくショックを受けました。子猫を生きたままゴミかごに捨てる。そこには何の感情も感じられません。殺す訳でもなく、誰かに拾われてほしいと願う気持ちもなく、ただゴミとして捨てただけ。その上に空き缶を投げ捨てられ何度も痛い目にあうとか、そのままゴミ収集車に投げ込まれ、生きたまま潰されてしまうとか、それを狙ったのか、そういう想像力がなかったのかは知るところではありませんが、いずれにしろ、罪の意識もなく、生命に対する尊厳も微塵もないのでしょう。この子が拾われたのは全くの偶然であり、天候の状況からして助かる確率はほとんど無かったでしょう。運の良い子でした。
 一命をとりとめたその猫は、先住猫のミミミの名にあやかって、「こみみ」という名前がつけられました。今はそのミミミは天国に行ってしまいましたが、こみみは母と一緒に我が家に帰ってきて、今も元気に暮らしています。すっかりおデブになって・・・。

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