1.禍神 (6)悪魔ふたたび
再開します。
長い間更新しなくてすみませんでした。待ってくれてる人いるかな?
ラストに向かって書いていきます。最後のシーンはずいぶん前から決まってるのですが、そこにたどり着くのが大変です。でもがんばります。よかったら応援コメントをよろしくお願いします。お待ちしております。
20XX年9月25日(水)
最初にサイキウイルスの犠牲者が発見されてから4か月近く過ぎたが、CDCやその他解析を頼んでいる機関からウイルス発見の報告はなかった。ギルフォードはジュリアスの兄クリス・キングに何度もせかしたが、申し訳ないの言葉しか返ってこない状況に若干苛ついていた。
「それにしても、腹が立つのはフォートデトリックですよ。未だあれは新型ラッサ熱だったと言い張ってるんです」
ギルフォードは不機嫌そうに由利子と紗弥に言った。
(あちゃ~、聞くんじゃなかったかな)
由利子は相変わらずギルフォードの研究室に通う毎日だったが、あの自爆事件以来特にサイキウイルス関連の事件らしきものはなく、比較的平和な日々が過ぎていた。すわ、事件が動いたかという事件も直接ウイルスとは関係ないものばかりだった。
「なーんか平和すぎて不気味やねえ。Vシード関連事件やこの前のN鉄電車の騒動もサイキウイルスは出てこなかったし」
由利子がキーボードを打つ手を止め伸びをしながら言うと、紗弥が苦笑交じりに言った。
「由利子さん、ダレ過ぎですわよ。葛西さんたちが色々手がかりを探ってらっしゃいます。きっと何かを掴んでくださいますわ」
「そうだね。でも、なんか今日は特に秋らしいほのぼの天気で、なんか眠気が……」
そう言いながら欠伸をしたところで、電話が鳴った。
「わあ、驚いた」
由利子が椅子からずり落ちそうになり、体勢を整えながら言った。その間に紗弥が電話を取り要件を伺っていた。紗弥はすぐに電話を保留しギルフォードに伝えた。
「早瀬隊長からです。緊急に取り次いでほしいと」
「ユリコ、また忙しくなるかもしれません」
ギルフォードはそう言うと電話を取った。
「はい、ギルフォードです。……え? ……なんですって、サイキウイルス感染? しかもV-シードがらみの可能性が? A大の工学部の学生が講義中に放血して倒れた?」
それを聞いて由利子は椅子から腰を浮かし、紗弥はゆっくりとギルフォードの方を見た。
「わかりました。すぐに向かいます」
そう答えギルフォードは電話を置くと、立ち上がって言った。
「残念ながら平和は終わりそうです。感対センターに呼び出されました」
「大学で講義中に倒れたって、じゃあまた、大量の感染予備軍が感対センターに収容されるわけ?」
「そうです。それで、今、センター内の人員は最盛時の半数に減っています。ですから君たちにもまた手伝ってもらいたいのですが……」
ギルフォードがやや申し訳なさそうに言うと、二人は迷うことなく答えた。
「もちろん行くよ」
「当然ですわ」
それを見てギルフォードがにっこりと笑って言った。
「ありがとう、頼もしいです。では、十分後にここを出ますから、すぐに出かける用意をしてください」
「はい!」
由利子と紗弥が同時に答え、立ち上がった。
「今日は講義のない日で良かったです」
ギルフォードはそう言いながら教授室のドアを開けて手招きをした。
「キサラギ君、ちょっと」
「なんでっか?」
如月は怪訝そうな表情をして入って来たが、室内の慌ただしい様子を見て言った。
「ありゃ、お出かけでっか? ひょっとして久しぶりのスクランブル?」
「そうです。いつものように後をお願いします」
ギルフォードが作業着に着替えながら言った。ギルフォード研究室専用作業着で、モスグリーンのジャケットとカーゴパンツ、ジャケットの背中には少し大きめの字で『ギル研』左胸ポケットの上には各自の苗字が白糸で刺繍されている。
「君だけには言っておきますが、これからまたこういうことが増えるかもしれません。また君の負担を増やすようですが、頼りにしています」
「もちろんですわ! 任せとってください」
如月は、また頼りにされて嬉しそうに答えたが、ギルフォードが付け加えた一言にうろたえてしまった。
「助教のヴィーラがアフリカから帰って来るまで……」
「ヴェラちゃん! 忘れとったのに、教授のあほっ!」
そう言うとまた研究室を飛び出して行った。
「あ、しまった。ヴィーラがキサラギ君の天敵だったことをまた忘れていました」
「ひとしきり走り回ったら帰ってきますわよ」
一足先に着替えて更衣室から出てきた紗弥が、澄まして言った。
「ほんとにもう、逃げ出した犬じゃないんだから……」
ギルフォードは肩をすくめながら言った。
(なにこのデジャブ感)
更衣室から出ながら由利子は思ったが、以前から疑問に思っていたことを聞くことにした。
「ねえねえ、紗弥さん。ヴィーラさんって?」
「ヴィーラ・ミネルヴァ・ギルフォード。教授のお姉さまの次女で去年までここで助教をしてたのですが、今年に入ってから研究のためアフリカに渡って数年間帰ってこないと……」
「へえ、ってことはアレクの姪っ子さんかあ。どんな人なの?」
「そうですね。年齢は24歳で……」
「若っ! ひょっとして飛び級してる?」
「はい。因みに教授も飛び級されていますわよ。教授の身内としては155cmくらいで小柄ですわね。ブラウンの巻き毛をよくツインテールにしてましたが、アフリカに行くというので、今は短髪にしています。写真を送ってくださいましたが、日焼けして男の子みたいになってましたわ」
「教授の姪っ子さんだったらきっと可愛いだろうなあ。会ってみたいなあ」
「かなりのクセモノですよ。まあ、ユリコとは気が合うかもしれませんが」
荷物をまとめながらギルフォードが口をはさんだ。
その遺体は一緒に抗議を受けていた友人たちの証言から工学部1年の紀 雄翔(きの ゆうと)だということが判った。入学時は比較的真面目に講義を受けていたが、連休明けくらいから休みがちになっていたという。しかし、単位の関係で休み明けの後期からは真面目に出席していたという。とはいえ、後期には入ったばかりではあるが。
遺体搬送後、放血時に紀の周囲にいた濃厚接触者たちを感対センターに送致するのを他の警察官たちに託すと、葛西たちは急いで大学を出て行った。紀の自宅を捜索するための令状を取るためだ。紀の腕から複数の注射痕が見つかり、先日死んだ学生のこともあり、Vーシードとの関係が疑われたからである。
濃厚接触者は、放血時に体液が付着した可能性のある、紀の席の前横半径3メートル内と後部2メートル内ににすわっていた30人ほどの学生たちだった。その中には紀を介抱した学生二人がいた。みな講義室の後ろに集められて不安そうに立っていた。特に紀を介抱した学生たちは床にへたり込んで、女子学生が恐ろしさに泣きじゃくり、男子学生の方は彼女の肩を抱きながらも呆然としていた。紀は後ろの方に座っていたため、残りの学生たちは連絡先を書かされ、紀と知り合いかどうか確認された後解放された。
残された学生たちは最初は大人しくしていたが、男性が一人逃げ出そうとして複数の警察官から阻止された。すると彼は、今度は自分の権利について抗議をはじめた、それはだんだん暴言近いものになり、ついには暴れはじめ拘束されてしまった。しかしそれに感化され、他の学生たちも抗議をし始めた。中にはその様子をスマートフォンで動画撮影する者まで出てきてしまった。
「君たち、静かにしなさい」
「撮影の類はやめてください」
警察官たちは制止したが、一向に収まる様子はない。収拾がつかなくなるかと思われた時、怒号が飛んだ。
「いい加減にしろ!」
その声は富田林だった。その一喝で学生たちは大人しくなった。
「感染の可能性がある君たちを解放するわけにはいかない。もし発症したら、君たちの大切な人に感染(うつ)してしまうかもしれない。それでもいいのか?」
「そうよ。その刑事さんのいうとおりよ」
ちょうど駆けつけた山口医師が言った。
「あなたたちの感染リスクを減らすためにやって来ました、感対センターの山口です。ここで、簡易的に消毒してから感対センターに行き、シャワーの後着かえて数日様子を見ます。顔、特に目に触れないようにしてください。それから傷のある人は申告してください」
「どんなに小さい傷でも申告しろ! いいな!」
富田林はそう言い捨てると、講義室外に集まった野次馬整理に向かった。その背に一人の学生が聞こえよがしに言った。
「なんだよ、偉そうにあのオッサン。感染者見たことあんのかよ」
「あるわよ、あの人」山口がそれに答えた。「それももっと悲惨なケースを何度も」
「えっ?」「マジかよ」「あれよりひどいって……」
それを聞いてあちこちから驚きの声が上がった。山口は少し険しいような悲しいような表情で言った。
「あの刑事さん、相棒が感染して亡くなっているの。H駅の爆破事件で救助活動中に負った小さい、本当に小さい傷から感染して……」
それを聞いて急に不安になった学生たちは、急に従順になってしまった。さらに各々手や顔の傷を念入りにチェックし始めた。山口はほっとして、富田林の向かった方を見た。彼は既に他の警察官と共に野次馬の整理に加わっていた。その顔には以前の明るさや快活さが失われているように思えた。
その頃、葛西・青木ペアは紀のマンションにいた。
紀の部屋の前には既に立ち入り禁止のテープが張りめくらされていた。室内にはいると、男子学生の部屋にしては綺麗に片付いていた。と、いうより生活感をあまり感じないような気がした。
「なんか、違和感があるな。たまに寝に帰っていただけじゃないのかな」
葛西が言うと青木も頷きながら答えた。
「僕もそんな感じがします」
「他にアジトがあって、ここを探してもVSは出てこないかもしれない。ここは鑑識に任せて、僕らは紀の行動範囲を洗ってみよう」
「了解です」
二人は早くも見切りをつけ、紀の部屋を後にした。もし、予想通りに別に『パーティー会場』があるなら一刻も早く見つけなければならない。葛西にはあのタワマンでの出来事が脳裏に浮かんでいた。
マンションの住人はまだ状況を知らせれてないらしく、何人からか何があったのか聞かれたが、二人はとにかく正式な知らせが来るまで待つように言うしかなかった。
その後、彼らは紀の素行について調査しようと考え大学に急いだ。大学の裏門に着くと、丁度濃厚接触者たちの搬送が始まっていて、警察官たちが野次馬の整理をしていた。遠くに富田林の姿が見えたが、遠くで大声で呼ぶのは憚られ、さらに今までとちがう雰囲気を漂わせる彼にはあいさつ程度では声をかけ辛く、葛西は黙って通り過ぎる事にした。
彼等は紀の所属する工学部棟で聞き込みを始めた。
意外にも、紀の評判は悪くはなかった。大学での彼は真面目で面倒見の良い好青年で通っているようだった。彼が感染死したと聞いて、みな一様に驚いていた。泣き出す女性もいた。
幾人から彼と写った写真を見せてもらったが、どれも白い歯を見せて仲間と共に明るく笑っていた。ツーショットはほとんどなく、常に数人一緒でほとんど中心に彼はいた。
ただ、何人かは紀についてあまり良い感情を抱いていないようだった。彼らは見るからに消極的なタイプで、紀からは見下されるか無視されるかだったと証言した。
「なんか、人によって態度を変える男だったみたいですね。笑顔は爽やかな好青年でしたが」
青木はやや眉を寄せ気味に言った。
「まあ、良くいるだろ。見下した奴には塩対応するってヤツ」
「あーゆーのがパリピっていうのかなあ」
「まあ、先入観は禁物だよ。気を取り直して聞き込みを続けよう」
そう言うと葛西は立ち上がった。
その後中庭の方に向かい数人を当たっていると、おずおずと声をかけてきた学生がいた。
「あのぉ、刑事さん。紀君、死んじゃったって本当ですか?」
「うん、残念だけど……」
青木が神妙な顔をして答えた。
「そっか。あの……」
その学生は言い難そうにもじもじしながら言った。
「ひょっとしてなんか中毒して?」
「え? どうしてそう思うの?」
今度は葛西が言った。
「差支えなければ教えて。大丈夫、君が言ったってこと、みんなには言わないから」
葛西が優しく言ったので、学生は少し緊張が解けたようだった。
「あのですね、紀君は……」
「あ、その前に、君の名前を教えてくれる?」
「はい。僕、経済学部一年の村岡と言います」
「えっと、村岡君。紀君とは学部が違うんだね」
「はい。紀君とは中学と高校が一緒だったんです。で、けっこうパシリなんかやらされてたけど、色々守ってくれたりもして……」
「仲良かったんだ」
「いえ、僕なんて、ちっとも。……紀君は大学では猫を被ってたみたいだけど、実は俺様キャラで、でも、意外と面倒見も良くて……」
村岡は話していくうちに紀の死を実感してきたのか、涙声になって言葉がかすれてしまった。
「大丈夫?」
と、葛西が心配して声をかける。
「すみません。実際に紀君の遺体を見たわけでもなくて、あまり悲しさもないのになんでかな」
「でも、君はなにか僕らに知らせたいことがあって、わざわざ違う学部まで走ってきたんだろ?」
「そうです。大学中で大騒ぎになってて、僕の学部にも話が伝わって……。警察の人が調べに来ているって聞いたら、居ても立っても居られなくなって、探してたんです。やっと見つけた……」
「そうだったんだね。それで、知らせたいことと言うのは?」
「はい、実は僕、以前紀君に誘われたことがあって……」
「誘われた? 何に?」
「それが……」
そこまで言うと、村岡は躊躇して口籠った。
「あの、えっと……」
「大丈夫。僕たちには守秘義務がある。絶対口外しないし、君が不利になるようなことはしないからね。そうだ、立ち話も何だから、あそこの四阿(あずまや)に行こうか」
葛西が提案し、三人は植樹帯の中に見えていた四阿に向かった。葛西は二人に先に行かせると自販機で缶コーヒーを買って彼らの後を追った。
「お待たせ」
葛西が四阿のテーブルにコーヒーを置くと、青木の隣に座った。
「村岡君、これ飲んでちょっと落ち着こうか」
葛西は村岡にコーヒーを勧めると、自分もパシッと軽快な音を立てプルトップを開けた。青木もそれに倣う。村岡も遠慮がちにコーヒーを手に取った。
一息入れたおかげか、村岡は少し落ち着いたようなので、葛西は質問を再開した。
「えーっと、紀君に誘われたって話だったよね」
「そうなんです。ハーブに興味ないかって。僕、勘違いして植物のハーブかと思って、母が趣味でハーブ茶に凝ってたので、少しはあるかなと思ってちょっとならって答えたんです。それで話していくうちになんか食い違っていることに気が付いて、あれってなって」
「そっか、焦るよね、そんな時」
「ほんと、あせりました。それでも、なんか言い出せなくてそのまま話をあわせていたら、付き合いが長いお前だから特別だよって紀君の別荘に連れていかれて……。そこには紀君の後輩だっていう高校生がいて、なんか朦朧としてて……。僕、絶対に脱法ハーブとかいうヤバイものだって確信してどうしようと思ってたら、紀君がなんか赤いものが入ったビニールの子袋を持って来て……」
「葛西さん、それって」
赤いハーブと聞いて、青木が咄嗟に反応したので葛西が制止した。
「待って。取りあえず話を聞こう」
「ルビーとかいうハーブのことは噂程度には知ってたんで、僕、もうパニックになっちゃって、おたおたしていたら、ようやく紀君が僕の勘違いだと気が付いて笑い出して……。誰かのコントみたいだねって。でも僕、生きた心地がしなかった。けど、意外とアッサリ見逃してくれたんです。誰かに話したらヤクザに殺されるからね、とか言ってたっぷり脅されたけど。僕みたいなチキンには何もできないと思ったんでしょう。実際、こわくて今まで誰にも言ってませんし」
「でも、もし僕に勇気があって、通報してたら、紀君は死ななかったのかな。僕、間違っちゃったんですよね」
「そうだね。僕たちの立場としては、知らせてほしかったよ。でも、紀君の死因はサイキウイルス感染症だったんだ」
「え? うそ……。いえ、確かにそういう情報も流れて来てたけど、まさか、そんな……」
サイキウイルスと聞いて、村岡は動揺した。
「だって、あれはもう終息したってみんな言ってて……」
「まだ終息宣言はされていないんだよ。だから、君が黙っていてもひょっとしたら紀君は死ななかったかもしれない。まあ、そんなことは誰にもわからないけどね」
「………」
村岡は声を上げることなく泣いていた。葛西は村岡に出来るだけ優しく声をかけた。
「村岡君、ありがとう」
「え?」
「君のおかげで、事件の糸口が見えた。君が勇気を出して言ってくれたからだよ」
「刑事さん、ごめんなさい。僕、もっとはやく勇気を出したかったです」
そう言うと、村岡は声を上げて泣き出した。葛西たちは村岡の落ち着くのを待って、別荘の場所や村岡のケータイ番号など詳しいことを聞いた。
別れ際に、葛西は村岡のことを改めて聞いた。
「今日はありがとう。村岡君。経済学部の一年だったね。良かったら学生証を見せてくれる?」
「あ、はい」
村岡は、急いでリュックから学生証を出して見せた。
「村岡……正幸、まさゆき君っていうの?」
「はい、そうですけど?」
「そっか、正幸君か。今日は本当にありがとう。紀君の死は君のせいじゃないからね。あまり思いつめないで」
「はい、ありがとうございます」
「何かあったら教えた番号に電話して。絶対に抱え込まないで。必ずだよ」
葛西は諭すように言うと、青木に向かって言った。
「急いで紀の『別荘』とやらに行ってみよう。何かわかるかもしれない」
二人はもう一度村岡に礼をすると、駐車場に急いだ。
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