« 2021年6月 | トップページ | 2021年11月 »

1.禍神(3)ミッシングリング

20XX年9月19日(木)

 由利子は恒例の早朝ジョギングをしていた。
 公安の武邑は、ほとんど毎日のように由利子の護衛をしていた。最初のように話しかけてくることはめったになく、せいぜい時折挨拶を交わすくらいで、常につかず離れず後を走ってついて来る。たまに姿が見えないときは他の同業者が代わりに走っていた。それは女性のことが多かった。女性がいるなら最初からそっちの方がよかったのに。最初鬱陶しく思っていた由利子だが、だんだん慣れて来てそう思う余裕も出てきた。
 今朝も武邑が後ろを付かず離れず走っていたが、終盤由利子のマンションが見えてきたところで武邑が並走してきた。
「おはようございます!」
「あ、おはようございます」
 武邑が挨拶してきたので由利子も挨拶を返した。武邑は人好きのする笑顔で話しかけてきた。
「昼間の残暑はまだ厳しいけど、朝はだいぶ涼しくなりましたねえ」
「そうですね」
 由利子は付き合い程度の同意をした。
「それでですね」
 というと武邑は声のトーンを落として言った。
「捜査縮小に伴い、あなたの護衛も今週いっぱいとなってしまいました」
「そうですか」
「最後の日にはご挨拶しませんので、だれもついてこなくなったら、護衛が終了したということで」
「了解しました。長い間お疲れさまでした」
 由利子は少しほっとして言った。
「篠原さん、今ほっとしたでしょう?」
「え? ええ、まあ。ちょっとは……」
「そうでしょ? なんか少し嬉しそうでしたよ。実は僕もなんです。あなたのジョギング時間に合わせてここまで来るのにはけっこう早起きしないといけないので」
「ああ、そうでしたか。それは大変でしたね。早起きご苦労様でした」
「その分、朝のお勤めも繰り上がって……」
「お勤め?」
「あ、ああ、警察もいろいろすることがあって……」
「そうですか、大変ですね。葛西君に聞いてみよ」
「いや、部署によって違うから」
「なーんだ」
「篠原さんって、けっこう人を油断させますね。気を付けないと」
「あはは、ずっとジョギング友だったせいかもしれませんね」
「それでは、あなたのマンションの近くまで来たので、失礼しますね」
「はーい、お疲れ様でしたー」
 由利子はそう言うと、かるく会釈をしてマンションの方へ走って行った。武邑は立ち止まって由利子の姿がエントランスに消えるまで見ていたが、すぐに踵を返して走り出した。
「しまった、おれとしたことが余計なことを……」
 武邑は絞り出すような声でつぶやいた。

 葛西はペアの青木と共に、K市M町の保育園に居た。ギルフォードが最初に疑問に思ったインフルエンザが発生した場所である。
 当初はあまりにも突飛すぎる上に確証もなかったことからスルーされていたことである。しかし、如月がたわむれにSV発症者とこのインフルエンザ発症者の記された二つのマップを重ねたところ、SV感染者で特に急性症状を示した患者がインフル発症者と重なることが判明した。それでも偶然の一致の範疇であるとされ、捜査がずっと見送られてきた。葛西はこのまま捜査が縮小されたばあい、ますますこの件に着手しづらくなると考え、急遽そこに向かったのである。

 葛西たちは応接室に通された。自己紹介をすませ、ソファに座った葛西は外で遊ぶ園児たちを見ながら言った。
「元気に遊んでいますねえ。やっぱり子供は可愛いなあ」
「ええ、あの時はどうなるかと思いましたが、特に重症化することもなくみんな元気になって……」
 園長が言うと、隣に座った保育士二人も頷きながら言った。
「朝は元気だったのに、昼過ぎからみんな次々と発熱し始めてぐったりして……」
「最初は食中毒かと思って、救急搬送してもらったのですが、その後保育士たちもつぎつぎと発症して、もう、生きた心地がしませんでした」
「それで、県外に居た園長に連絡して」
「園長先生はその場にいなかったのですね」
「はい。私は県外に出張していたのですが、電話を受けて慌てて帰ったのです。その頃にはインフルエンザらしいということが判っていたので、備えが出来て私は感染から免れました。あと、花粉症でマスクをしていた園児や職員もです」
「園児さんたちが発症する前に何か変わったことはありませんでしたが?」
「いいえ。ただ、不思議なことにそれまでは園児や職員の家族にもその接触者にもインフルエンザ患者など一人も出ていませんでしたし」
 それを聞いて、葛西は青木と顔を見合わせた。ギルフォードが不思議がっていたのはまさにそのことだったからだ。その時、保育士の一人が言った。
「そういえば、その日朝一でエアコンを新調するために業者さん来てませんでした?」
「そうそう、古くなってたんで暑くなる前に新調したんだったわね。電気代も馬鹿にならないからねえ」
「その後、なにか問題があったとかで再来園してなかった? 園児たちが熱出す前位に」
「熱を出す前にですか?」
「そうやった。大騒動になる前で良かったねって後から話しましたもんね」
 葛西はふたたび青木と顔を見合わせて小さく頷くと、園長たちに聞いた。
「その業者さんを教えてくださいませんか?」
 エアコン設置業者の情報を得た葛西は、急いで公用車に向かった。青木が付いてこないのに気づいて振り返ると、彼はわんぱく坊主たちにたかられていた。その周りに女の子たちが集まってきている。葛西は苦笑しながら青木を呼んだ。
「おーい、青木君、行くよ!」
「はい、すみませんっ。ごめんね君たち、おじさん仕事中なんだ」
 そう言って行こうとすると、園児たちは口々に「え~? 遊ぼうよ~」と言いながら離れてくれない。見かねた保育士たちが子供らをたしなめた。
「こらこら、刑事さんのお仕事の邪魔をしない。ほら、みんなでさよならしましょう」
 先生たちに言われて園児たちはようやく青木から離れ「さよなら~」「おじちゃんたちまた来てね~」等と口々に言いながら手を振って見送った。二人は笑顔で手を振り返すと車に乗りゆっくりと車を発進させた。
「やっぱり子供は可愛いですね」
 青木が運転しながら満面の笑顔で言った。
「そうだね。でも、僕は君みたいに子供とは遊べないなあ。慣れなくて」
「そうなんですか? 優しそうで好かれそうなのに」
「いやいや。しかし、君を見ているとギルフォード先生を思い出すよ。彼も子供たらしでね」
「へえ、そうなんですか。意外です」
「あと、動物にも好かれるんだ。この前虐待で狂暴になった犬をナウシカみたいに慣らしたらしいよ」
「ナウシカですか! 妻も私も動物は好きで犬を飼ってますが、そこまで出来ないなあ」
「そういえば、君、既婚者だったっけ?」
「ええ、妻は出産でY県の実家に帰っていますが、しばらくは愛犬共々居させようと思っています。私がなかなか家に帰れませんから心配ですしね」
「そうだね。出産後は何かと大変らしいからね。実家でお母さんといた方が安心だね」
「そうなんです」
「後で写真見せてくれる?」
「ええ、嬉しいなあ。未婚の人はあまりこういう話題は好きじゃないかと思ってました」
「あー、君さ、それ言っちゃダメなヤツだからね、特に未婚女性には」
「あ、はい、気を付けますッ」
 青木は恐縮し、話題を変えた。
「それはそうと、葛西部長、ダメ元で行った先で思わぬ収穫がありましたね」
「だから部長はやめてくれって」
「あ、すみません」
「ダメ元で来たんじゃないよ。アレク……ギルフォード先生が最初に指摘した事で、僕もずっと引っかかっていたんだ」
 葛西は簡単にその経緯を説明した。
「ああ、色々話しているうちに、近くまで来たようです。ああ、あそこだ、サトー空調設備。葛西先輩、連絡してますか」
「いや、先輩もやめて…。証拠隠滅の可能性を考えてアポなしで行く」
「了解!」
 青木は車を空調設備会社の駐車場に入れた。二人は車を降りると事務所の方に向かった。中に入るなり葛西がその後ろで青木が手帳を見せた。
「F県警の葛西です。ちょっとお伺いしたいことが」
「ええ? まだなにかあるんですか?」
 受付のやや年配の女性が、少し険のある言い方で迎えた。
「あの事件からもう二か月ですよ」
「すみません。以前も捜査員が来たんですよね。えっと社長さんは」
「いますよ。ちょっとお待ちください」
 女性はなにやらぶつぶつ言いながら立ち上がって社長室に向かった。名札が佐東となっているので、社長夫人かもしれない。
「あ」
 青木が気づいて言った。
「ここって、自爆犯人の古河が以前勤めていた……」
「そうだよ。繋がったね」
 葛西が微かな笑顔を青木に向けて言った。二人は社長が電話中だからということで五分ほど待たされた後応接室に通された。その間、二人は受付で女性社員たちの好奇の目に曝されることとなった。

「古河には本当に迷惑しとるんですッ!」
 社長の斎藤一雄は吐き捨てるように言うと、続けてため息交じりに話し始めた。
「彼は工学畑でITにも強く、有能な社員でした。大卒でウチに来てから勤続8年、浮いた噂もなく真面目な男だと思っていたら、この五月に急にやめてしまいましてね。それから音沙汰なしで、不義理な奴だと思ってたらあの事件ですよ。テレビのニュースを見て仰天しましたよ。その後警察が来て根掘り葉掘り聞かれてもう大変でした。爆破事件よりひと月以上前に縁が切れているのに、とんだとばっちりですよ」
「それは大変でしたね」
 葛西は気の毒そうに言った。
「でも、私たちもそれが仕事ですので」
「もとはと言えば、あなた方警察が自爆を防げなかったからじゃありませんか」
 社長は語気を強めて言った。青木はやや顔をしかめたが、葛西は真摯な表情で頭を下げると言った。
「申し訳ないと思っています」
「だけど、あの時真っ先に救助に駆け付けた警察官も殉職しているんです!」
「青木君、いいから」
 葛西は憤慨する青木を抑えて言った。
「ところで、その時警察に話していないことはありませんか?」
「え?」
「辞める前に古河はM保育園のエアコン設置に行ったでしょう?」
「そ、それは関係ないと思ったんです!」
「行っていたのですね」
「……はい。しかし、それとH駅自爆とどういう関係があるのです?」
「それはまだはっきりはしていません。ですが、それを調べるために古河がM保育園に行ったという確実な情報が欲しかったのです」
「そんな。ますます気になるじゃありませんか」
 社長の怒りは既に収まり、むしろ興味が湧いたようだった。
「状況がはっきりしたら、またお伺いしますよ」
「それは、是非!」
「状況により御社にも家宅捜索が入るかもしれませんので」
「えっ、脅かさないでくださいよ。優しそうに見えて刑事さんも人が悪い」
「とりあえず、古河の当時の活動記録をコピーしていただきたいのですが」
「わ、わかりました」
 家宅捜索というワードが効いたのか、社長はしぶしぶ事務の女性を呼んだ。
 帰りに青木が感心して言った。
「葛西さん、すごいですね。その冷静さには毎度驚きですよ」
「買い被らないでくれよ。僕は君が思うような優秀な男じゃないんだ」
「そんなことないですよ。僕、葛西さんとペアになってからまだ日は浅いですが、もう、めっちゃリスペクトしていますから」
「褒めても何もでないよ」
 葛西はそう言うと少し寂しそうに笑った。親友となったばかりのジュリアスと先輩刑事多美山そして増岡を短期間に失ったこの一連のテロ事件は、葛西の心にも確実に影を落としていた。

 葛西たちはすぐに捜査本部にそれを知らせた。松樹捜査本部長は葛西たちの話を聞いて言った。
「なるほど、M町で流行したインフルエンザは古河が発端の可能性が出てきたわけだね」
「はい」
「彼がM保育園でウイルス拡散実験をしたということだね」
「そうです」
「しかし、そのエアコンにウイルスが仕込まれたという確証はないだろう。たまたま園児が感染したインフルエンザが流行したと考える方が妥当だろう。それに四か月も前だ。調べても証拠が出てくるかどうかもわからないぞ」
「ですが、最初にインフルエンザが流行した保育園に古河が行ったこととその流行時期の一致は看過出来ないと思います」
「ふむ」
「だとしたら、古河一人での犯行は難しいです。ウイルス培養にはそれなりの知識や設備が必要で、工学部出身で畑違いの彼にそれは難しいでしょう。つまり、古河はテロの実行犯なのであって、H駅自爆も彼の単独犯行ではないという可能性が出てきます」
「わかった。見つかる確率はかなり低いかもしれないが、エアコン内にウイルス遺伝子が残っていないか調べさせよう。エアコンが発生源ならそれなりのウイルス痕跡が残っているかもしれない。確実な証拠が出れば、捜査縮小は避けられるかもしれん」
「松樹捜査本部長、ありがとうございます」
 と言うと葛西はザッと頭を下げた。慌てて青木もそれに倣う。
「まあ、悪友アレックスが指摘していたこともあるし、私も気になっていたからね」
 松樹は少し照れ臭そうに答えた。

 夕方、ギルフォードの元に葛西から電話が入った。ギルフォードは嬉しそうに受け答えし、電話が終わると言った。
「もうすぐジュンが来るそうです。フルカワとM町のインフルエンザとの関係が判ったそうですよ。ずっと気になってたらしくて、ようやく調べる事が出来たそうです。覚えていてくれたんです。嬉しいですねえ」
「そうなん? 良かったじゃん。でも、そんなの電話で十分でしょ」
 由利子がキーボードを打つ手を止めずにモニターを向いたまま言った。
「ついでにユリコを家まで送るつもりじゃないですか?」
「えー、今日は久々にスポーツクラブに行こうと思ってたのに」
「今日はジュンにスポーツクラブまで送ってもらって、帰りは僕がお送りしますよ」
「うーん、そろそろその辺が面倒くさくなったなあ。朝のジョギングの護衛も終わるようだし」
「ユリコ、そういう油断が一番ダメなんですよ」
「じゃあ、アレクがスポーツクラブまで送ってくれてついでにジムやって行けば?」
「ジムなら自宅にありますから」
「それだよ! しれっとセレブめ」
 と、由利子が言った。その横で紗弥が席を立ちながら言った。
「では、さっさとお茶の用意をしてきますわ」
「ありゃ、さすが紗弥さん素早い」 
 そうこうするうちに葛西が青木を連れてやってきた。
「こんにちは。これ、お土産です。今日はひよこまんじゅうの秋限定栗あんを持ってきました」
「まあ、ありがとうございます」
 紗弥が菓子折りを受け取りながら言った。
「コーヒーの用意をしてしまいましたわ。緑茶の方が良かったですわね」
「大丈夫です。和菓子にもコーヒーはあいますよ」
 と、青木がフォローする。由利子がからかうような口調で言った。
「葛西君、最近手土産持ってくるようになったね。感心感心」
「青木がうるさいんですよ」
「いい部下を持ったじゃん」
「はい、そう思います」
 葛西は笑顔で答えた。

 葛西たちは、今日古河のもと職場だった空調設備店に行った時のことを報告した。
「なるほど、状況証拠はありますが物的証拠が出るかどうかわからないという状況なのですね」
「はい、でも、必ず見つけます。古河とテロ組織とをつなぐ証拠になるかもしれないのですから。きっと僕が多美さんや増岡さんを殺したやつらを刑務所に叩き込んでやります」
 葛西は内容に比べ、妙に冷静に言った。それがギルフォードに妙な違和感を与えた。彼は不安になって言った。
「だけどジュン、あまり躍起になっちゃダメですよ」
「はい。でも、実は今、自分でも不思議なくらいに冷静なんです。多美さんがいつも言ってたんです。頭に血が上りそうになった時こそ冷静になれって」
「そうですか、ならばいいのですが」
「だからアレク、心配しないで」
「わかりました。捜査の進展を期待しましょう」
「ところで」
 と葛西が話題を変えた。
「青木君ですが、最近赤ちゃんが生まれたんですよ。写真を見せてもらいましたが、とても可愛いんですよ」
「えー、そうなの? 見せて見せて!」
 由利子がそれに真っ先に食いついた。
「ユリコ、赤ちゃん好きなんですか?」
「好きだけど悪い?」
 由利子が若干眉間にしわを寄せたのでギルフォードが急いで否定した。
「いえ、ぜんぜん。僕も好きですし」
「まあ、身近にいないからこわくて砲っことかできないけどね」
「僕は得意ですよ」
「あー、またそこでマウントとるし」
「ね! 青木君」葛西は青木に向かってにっと笑うと促した。「ほらほら青木君、見せてあげなよ」
「あ、はい」
 青木は答えると赤ん坊が映っている写真を見せた。
「わーかわいい、お嬢さんだよね! お名前は?」
「はい、平凡ですが、初夏に生まれたので若葉です」
「若葉ちゃんね! 紗弥さん、アレクも見てよ」
「ほんと、お可愛らしいですわ! 素敵なお写真ですこと」
「赤ちゃんはどの子も天使です。でもこの子は天使中の天使ですね!」
 皆から我が子を称賛されて、若干緊張気味だった青木の表情が和らぎ笑みが浮かんだ。
「アレクは赤ちゃんの抱っこ上手そうだよね」
「えーえ、もしそこに居たら絶対にだっこしますよ」
 さっきまで張り詰めた空気だった教授室から楽しそうな会話がもれてきたので、研究生たちがドアの前に殺到して言った。
「先生、私にも天使ちゃん見せて~」
「私も見た~い♡」
「僕にも見せてください」
「赤ちゃん赤ちゃん♡」
「君たちはほんとにもう、青木さんに迷惑でしょ。のびのびさせ過ぎましたでしょうか」
「いいですよ。こんなもので良かったらこちらに見に来てください」
 青木の許可が出たので、研究生たちが一気になだれ込んできた。
「妻とウチの犬が一緒の写真もありますよ。待ち受けにしているんです」
 青木は嬉しくなったのか、家族写真まで披露し始めた。

「そっか、青木さん、いま単身赴任状態なんだ」
 スポーツクラブまで送ってもらっている間に、会話は自ずと青木一家の話になった。
「そうなんですよ。まあ、しばらく実家に居てもらっった方が安心ですけどね」
「でも、若葉ちゃん、お父さんの顔忘れちゃわないかな?」
「先月お盆に奥さんの実家に帰省したら、だっこしたとたんに泣き出したそうです」
「あはは、やっぱり? 新米パパはだっこが下手だったのかもね」
「由利子さん、やっぱり子供好きなんですね」
「ええ、まあね。動物好きってたまに子供嫌いな人もいるけど、基本子供好きだよ。だって人間も動物だし」
「まあ、それはそうですが」
「自分には望めないけどね」
「え?」
「あ、そろそろ着いたね。入口の前に止められる?」
「ええ、でも大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。入口にガードマンもいるでしょ」
「ええ、いますけど……」
「ああ、この辺でいいよ。じゃ、またね!」
「雨降りそうですけど大丈夫ですか?」
「うん、折り畳み持ってるから!」
 そう言うと、由利子は軽やかに車から降りて、葛西に軽く手を振ると、スポーツクラブのエントランスまで駆けて行った。葛西は由利子が無事中に入ったのを見届けると、車を発進させた。
(なんで葛西君にあんなこと言っちゃったんだろう……)
 由利子は走りながら困惑していた。小さな雨粒が数滴、由利子の顔に当たった。

| | コメント (0)

« 2021年6月 | トップページ | 2021年11月 »