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2.疾走 (1)SNS

20XX年7月7日(日)

 富田林が仮眠室で寝ていると、ドンドンとドアを叩く音がした。
「なんだよ、昨日は遅くまで寝られなかったんだぞ」
 富田林はぶつぶつ言いながら体を起こした。時計を見ると7時を少し回っていた。横では増岡が「う~ん」と言って寝返りを打ったが起きようとしない。
 実は、土曜に県警からツイッターに例の男の情報募集ということであの似顔絵が配信されたのだが、似顔絵のユニークさからそれがリツィートされ、予想以上に広がってしまったのだ。そのために担当の富田林たちが処理に追われていた。おかげで昨夜から葛西まで狩りだされる羽目になり、富田林たちの寝た後も徹夜で情報取集に当たっていた。
「起きたまえ、二人とも」
 声の主は九木だった。
「げ、警部補まで駆り出されたんか。こりゃいかん」
 富田林は驚いて隣の増岡をゆすぶった。
「起きろ、なんかあったようだぞ。おいこら、増岡!!」
「う~ん、勘弁してください。ちょっとしか寝てないんですよ」
「ばかもの! 九木警部補殿が直々に起しに来られてるんだぞ」
「けいぶほ…? …えっ? マジっすか?」
 さすがの能天気増岡も、驚いて飛び起きた。
 

 ふたりが身支度もそこそこに対策本部に入ると、葛西と九木がPC画面を覗き込んでいた。
「おはようございます。なにかあったんですか?」
 入って来た二人を見て、九木が言った。
「おはよう、凸凹コンビ」
「で、でこぼこ?」
 凸凹コンビと言われて思った以上に反応した富田林を見て、九木は肩をすくめた。
「おっと失礼」
「お疲れのところ起して申し訳ありません」と、葛西が立ち上がって言った。「実は、削除されていた嶽下友朗のSNSデータが復元されてきたのです」
「ようやく来たか」
「SNSデータを復元すべきかもめましたからね」
「さっさと見ようぜ。オレは早くこのクソ野郎の件から足を洗いたいんだ」
 と、富田林が言ったので、増岡が不服そうに訊いた。
「えー? トンさんにうるうるのミナミサに毎日会えていいじゃないですか」
「オレにはカミさんと娘がいるんだよ。お前みたいな能天気独身貴族じゃないんだ」
「ほんとにどうしてトンさんなんかにねえ。一緒に彼女を庇った若い独身刑事の葛西さんには目もくれず」
「ほっとけ!」
「ああ、でも葛西さんはあの年上のカノジョがいるから…」
「あ、バカ、おまえ」
 富田林は焦って止めたが、パソコンを操作していた葛西の手が一瞬止まった。地雷を踏んだことに気付いた増岡は、バツの悪そうな顔をして謝った。
「あ、葛西さん、すみません」
「何の話でしょう?」
 と、葛西は笑顔で言ったが、表情が若干ひきつっている。その横で黙っていた九木がしびれを切らせて言った。
「何をやっているんだ。早くしたまえ」
「はいっ、すみません…」
 せかされた葛西はフォルダを開いてエンターを押した。画面が開いて某SNSの投稿記録がダラダラと連なった。記録は削除された部分から始まっていた。
「へえ、ほんとにこんなこと書いてやがったんだ」
 と、富田林が言うと、増岡が続けて突っ込んだ。
「『美波美咲似を見つけたなう』~? こいつマジ馬鹿ですね」
「写メ撮ってアップしとるな。ミナミサ、ビール飲んでたのか」
「あ、飲みながらサイキウイルス記事の掲載されていたサンズマガジン読んでますね」
「くつろいどったんだな」
「フォロワーの友人たちがミナミサ本人じゃないかって騒いでいるな」
「当の本人は、画像アップの後、投稿が途絶えたようですね」
 と、葛西が言うと、横で九木が口を挟んだ。
「ああ、美波君を襲ったり謎の男にボコられて捕まったり逃げだしたりと忙しかっただろうからな」
「確かにそうですが、身も蓋もない…
「友人からの評判も良く無いようだな。この後本人が沈黙している間にボロクソに書かれとる」
 友朗の書き込みはその後しばらく途絶えていたが、翌朝10時過ぎに書き込んでいた。

昨日のミナミサ似、ミナミサ本人だったwww。テレビで見るよりずーーーっと可愛かったwwwww。仲良しになろうと隣の席に座ってハグしようとしたら、通りがかりのリーマンらしいオッサンに邪魔された(怒)。

おい、ハグって、キサマ、もっととんでもないことをするつもりだっただろ。

氏ね!ミナミサはおれの嫁だ。

犯罪者ハケーン。通報しますた。

 それを発端に友朗の行為を非難する書き込みが殺到し、あっという間に炎上した。

「うわあ、これが炎上ってやつですか。すごいな」
「なんかすごく怖いですねえ」
「ローカルアイドルで、しかも未遂だったために表ざたにならなくて、アカウント削除で事なきを得たようだが、もし有名アイドルだったら某所で祭り間違いなしだったな」
「というか、こいつら他にすることないのか?」
「まったくです」
「この先、こういう書き込みだけか?」
「いえ、炎上に驚いた友朗本人がなんとか炎上を止めようと、弁解の書き込みをしていますね。でも、それがすべて火に油を注ぐ結果になってますが」
「彼女のみゅう(美優)ちゃんの書き込みもいくつかありますね。最初怒ってたけど、途中から庇ってますね」
「プロフィール写真まだ幼げで可愛いなあ。性格もよさそうだし、こんな子まで犠牲になっただなんて…」
「つきあった相手が悪かったんだな。しかし、こんなアホみたいな書き込みばかりで、手掛かりはさっぱりだな。さっさと終わらせようぜ」
 富田林はそういうや否や、葛西からマウスを取り上げスクロールのスピードを上げた。
「わあ、富田林さん、やめてくださいよ。まだ手掛かりになる書き込みがあるかもしれな…、あっ、ちょ、ちょっと待って…」
 というと、葛西は富田林からマウスを奪い返し、慎重に書き込みを少し前に戻し始めた。
「どうしたよ」
「ちょっと、気になる文があったので」
 
「あのスクロールのスピードでわかったんですか、葛西さん」
 と、増岡が驚いて言った。
「ええまあ」と、葛西が頭を掻きながら照れくさそうに言った。「動体視力はけっこうあるんで」
「じゃあ、パチスロとか強いんじゃあ…」
「増岡ァ、てめー警官のくせにギャンブル…」
「静かにしてください」
「すまん」
 いつもは控えめな葛西に諌められて、富田林は素直に謝った。
「あった、これだ! ちょっと見てください」
 葛西に言われ、3人は画面を覗き込んだ。
「こ、これは!?」

くそ、あのリーマン野郎が俺の足に何かしやがったのか。右足がかなりはれて痛い。フルボッコにされたんでよく覚えとらんけど針みたいなものを刺されたような気がする。殴られたアゴも痛いし最悪だよ。

 その書き込みは、その後「おまえ自業自得って知ってるか」「酔っぱらってたろ、おまえ」「だな」「いや、ひょっとして電車内でドラッグキメてたんじゃね?」「バッドトリップしてんじゃねーよ」というようなレスポンスで一瞬にして埋まった。4人は一様にして顔を見合わせた。最初に富田林が言った。
「嶽下の足に針刺し傷なんて検定書にあったっけか、葛西?」
「刺し傷の記載はありませんでしたが、確か右足大腿部にひどい潰瘍が認められたという記載がありました」
 それを聞いて九木が言った。
「もういちど調べなおす必要が出て来たな。美波美咲感染の疑いを晴らせるかもしれんぞ」
「そうですね」と、葛西が言った。「もし、ミナミサの指摘した通りに意図的にそのサラリーマンがウイルスを感染させた可能性が出てきたら、これは傷害致死、いや、致死率がほぼ100%である今の時点では殺人事件と言ってもいいかもしれません」
「それに、似顔絵から容疑者が上がることがあれば、一気にテロ事件に迫ることが出来るぞ!」
 4人の刑事は暗中模索に近い状態から光明を見出し、今までの疲れが少し報われたような気がした。

 一区切りついた4人は、休憩室でコーヒーを飲んでいた。
「取り合えず再解剖を申請して許可を待つだけだ。感染と刺し傷の因果関係が証明されれば、ミナミサの容疑も晴れて自由の身だな」
 と、富田林が心持嬉しそうに言った。
「でも、退院したら、さらに取材への意欲がましてさらに厄介になるかもしれないですね」
 と、葛西が言った。C川で追いかけられたことを思い出したらしい。
「う~む、それは困りますね。捜査の邪魔ですからもう少し入っていてもらいましょうか」
「バカ言え、増岡。それじゃ俺が困る。第一、ギルフォード教授のレコの解放も遅れるぞ」
「富田林君、『レコ』なんて、今やオヤジでも言わない死語だぞ」
 と、九木が突っ込むと、葛西がきょとんとした顔で言った。
「レコってなんですか?」
 富田林は説明に困った。
「え~と、彼氏とか彼女とか」
「ほら、あのきれいな黒人の博士ですよ」と増岡も説明に加わった。「何て言ったかな、葛西さんも一緒に河川敷で…」
「ジュリーのことですか? やだなあ、彼は男性ですよ」
「へ? おまえ、あれだけ一緒に居てあの二人の…」
 呆れて言う富田林を九木が制した。
「ややこしいことは、まあいいさ。とりあえず、ミナミサが無症候性キャリアじゃないと判れば、キング先生も解放されるわけだからな」
「そうか。じゃあ急がないといけませんね。どうもジュリーが捕まって以来教授の機嫌があまり良くなくって」
「ところで、葛西よぉ。篠原由利子の件だが、本当なのか? 教授と…」
「僕がみんなと別れた後のことなんで、真実はわかりません。僕があれほど誘っても拒んだくせに教授とは行くんだ」
「ほう、葛西君も挑戦者だな」
「気にするな。あの教授に限ってそういうことはないから」
「いえ、由利子さんだって教授の方が…」
 ここまで言って、葛西は自分があらぬことを口走っていることに気付いた。
「すっ、すみません。今のは無しです、無しっ。忘れてください。それより、その件ですが竜洞組から襲撃された後、教授と由利子さんを付け狙っていたと言う連中は何者でしょう」
「彼らの予想した通り、テロリスト関係かもしれんが…」
「連中が本気出していればいくら彼らでも誘拐は防げなかっただろう。新兵の訓練のようなものだったのかもしれないね」
「って、お試しってことですか?」
「もしくは遊ばれたか」
「くそ、余裕こきやがって!」
「で、人間『顔認知システム』の篠原由利子はそいつらの顔を見たのか?」
「いえ、マスクをしてキャップを目深にかぶっていたらしくて、顔の確認ははっきりとは出来なかったとか」
「そうか、最近は新型インフルとか隣の国の大気汚染、さらに今回のサイキウイルスのせいで、マスクをしていてもあまり不審がられなくなったからな」
「それでも、会えばわかるかもしれない、と言っていたそうですが。絶対に捕まえてやるとか」
「強気だなあ。やはり彼女は警官になるべきだったな。道を誤ったなあ、もったいない」
「絶対に嫌!って言われます、きっと」
 と葛西が苦笑気味に言うと、富田林が豪快に笑いながら言った。
「まあ、良かったじゃないか。もし彼女が警官の道を選んでいたら、確実に今おまえの上官になっとるそ。恐いぞぉ、きっと」
「え?」
 葛西はそれを聞いて一瞬固まった。なにやら想像してしまったのだろう。
「まあ、再解剖の結果は待つしかない」と、九木が言った。「とにかく今は集まった情報をまとめて美波美咲に確認してもらうことが先決だ。諸君、もう少しだ。頑張ってくれたまえ」
「はいっ」
 葛西たちは答えると、持場へ戻るべく立ち上がった。

20XX年7月8日(月)

 由利子は気まずかった。
 例え、何もなかったとはいえ、ギルフォードと一晩共にしてしまったからだ。ギルフォードといえば、いつもと全く変わらない様子で、朝研究室に来た時も「ハイ! おはよう、ユリコ」と、普段と変わらない様子で挨拶をしてきたし、由利子も普段通り「おはようございます」と返したのだが、どうも照れくさい。しかも、紗弥はそのことを知っているのだ。それで、思い切って言ってみることにした。
「紗弥さん、あのね、私、アレクとは何も…」
「気にしなくてよろしいですわ。以前わたくしも訳あって教授と一晩過ごすことになったことがありましたの」
「え? そうなの? やっぱり教授はソファに寝てた?」
「もともと女性にストイックな人ですから」
「そっか。そうだよねえ」
「むしろ…」
「アレクの場合は葛西君と一緒だったほうが危なかった?」
「うふふ、まあ、そういうことですわね」
 紗弥は由利子から先に言われて、意味深な笑顔で言った。

 午後、葛西がギル研にやってきた。由利子は葛西の顔を見るなり「葛西君おはよう」と明るく声をかけたが、葛西は由利子を一瞥してつっけんどんに「おはようございます」と言っただけで、そのまま由利子の横を素通りしていった。
(うーむ、あのことで腹かいとおっちゃろか(腹を立てているんだろうか))
 と、由利子は思ったが、言い訳するのも変だと思い放置することにした。その後すぐにギルフォードから呼ばれたので、すぐに応接セットに行ってソファに座った。ギルフォードはいつもと変わらない様子だったが、ギルフォードが横に座り由利子が前に座ったので、葛西は複雑怪奇な表情をしていた。紗弥はと言うと、ポーカーフェイスの奥でなんとなく面白がっているように見えた。
 葛西が来たのは美波美咲についての報告のためだった。彼はバツの悪そうにしながらも説明を始めた。
「え? ということは、トモローはその男になにかを刺された覚えがあったということですか?」
「はい、嶽下のSNSを復元したものを調べていて、そういう記述を発見したんです」
「それで、実際に傷があったのですか?」
「検定書には右足大腿部に著しい潰瘍ありということで、刺し傷の記述はなかったのですが…」
「潰瘍があるということは、そこが感染源という可能性はありますね」
「はい、それで再解剖の申請をしているのですが、一旦司法解剖を終えているので、なかなか許可がおりなくて」
「遺体は感対センターにあるのに?」
「事件性のある遺体の場合、なかなか取り扱いが面倒なので…」
「じゃあ、今から僕が行ってトモローの遺体を…」
「わ~っ、待ってください。話をややこしくしないでください」
 ギルフォードが今にも立ち上がって部屋を飛び出しそうな勢いだったので、葛西が慌てて止めた。
「でも、早くミナミミサキの感染疑惑を晴らさないとジュリーが解放されないじゃないですか」
「わかってます。必ず疑惑は晴らしますから、もう少しだけ待ってください」
「アレク、葛西君の言うとおりだよ。餅は餅屋に任せようよ」
「そうですわ。焦っても良いことはありませんわ」
 逸るギルフォードを3人がかりで説得して、ようやく本題に戻すことが出来た。
「えっと、それから例の似顔絵の件ですが、ツイッターで公開したところ、情報が殺到して…」
「ああ、見た見た。どっかの掲示板にも『F県警の公開捜査の似顔絵がすごすぎる件』ってスレッドが立ってたよ」
 と、由利子が笑いながら言ったが、葛西は由利子の方を見ずに、不服そうに答えた。
「まさか、あんな風に広まるとは思いませんでした。情報は殺到しましたが、残念ながらほとんどが誤認か冷やかしでした。振り分けるのがもう、大変で…。その後にSNSの復元データが来たんですよ。もう、目が死ぬかと思いました」
「でも、おかげで友朗の脚の刺し傷のことがわかったんじゃない。がんばった甲斐があったね」
「ええ、対 策 室 に連日泊まり込んだ甲斐がありましたよ」
 と、葛西がやや皮肉っぽく言った。
(あかんわ。こりゃ完全に勘違いして怒ってるよ)
 と、由利子は確信したが、ここで言い訳するわけにもいかないので無視することにした。
「で、ミナミサには確認してもらったの?」
「もちろんです。結果は全部スカでした」
「そう簡単に解決するほど甘くないってことか」
「刺し傷のことが証明されて、件のサラリーマンの正体がつかめれば、一気に事件の核心に迫れると思います」
「とにかく、急いでください」
「じゃっ、そろそろ署に戻ります」
 と、葛西は用件だけ済ませると立ち上がった。
「あ、私、送ってくよ」
 と、由利子が立ち上がったが、葛西は「送らなくていいです」と言うなり、教授室を飛び出した。由利子は「あんのぉ~、お子ちゃま刑事(デカ)は~」と言うやいなや、後を追って駈け出した。
「こらまて、葛西」
 研究室の学生たちは、脱兎のごとく教授室からから飛び出し、研究室から出て行った葛西の後に、由利子がすごい顔をして追いかけて行ったので、呆気にとられてドアの方を見た。

 葛西はものすごい勢いで走って階段を降りていた。その後ろで負けじと由利子が葛西を追った。葛西はエレベーターに向かっていたが、すごい形相で追いかけてくる由利子の姿を見ると「由利ちゃんも大きい方が良いんだーーー!」と叫んで「うわ~ん」と言いながら傍の非常口に飛び出して階段を駆け下りたのだ。
「何じゃあ、そりゃあ」
 由利子は一瞬唖然としたが、毎朝のジョギングで鍛えているため、元中距離ランナーの葛西に負けない勢いで後を追った。葛西は足音に後ろを振り向き由利子を確認すると、「やば」という口の動きをして足を速めた。なんと、一段跳びで駆け降りている。
「葛西君、そんなことしたら危ないよ、危ないったら!」
「だったら、追いかけないでくださいよっ!」
「じゃあ、待ちなさいよ!」
「嫌です!」
「待てと言ったら待てったら!!」
「待ちません!」
「ほんとにもうっ。とまれ! 止まらないと撃つぞ!」
「なにバカなこと…」
 そう言いかけた時、葛西は足を踏み外しそうになり、「わっ」という声を上げた。しかし、なんとか態勢を保ってそのまま「おっとっと」という感じで危なげに階下に降りた。一階への階段であと数段と言うところだったので転ぶことなく降りきることが出来た。しかし、さすがに驚いたらしく、階段の手すりにもたれかかって心臓あたりに手を当ててハアハア言っている。由利子もこれには驚いて、血相を変えて駆け下りた。
「だ、大丈夫っ? けがはない?」
「僕のことなんかもう、ほっといてください!」
「ちゃんと話を聞けよ! って、これ普通逆やろ!」
「由利ちゃんなんて、アレクとホテルでもどこでも行けばいいんだ! 僕の時は投げ飛ばしたくせに!」
「あ、こら、バカ、そーゆーことは公にはしてないんだぞ」
「由利ちゃんだって、やっぱり大きい方がいいんだ!」
「はあ? さっきから何言ってんの」
「ジュリーだって僕より立派だったもん。アレクだって」
「何のことだよ」
「だって、僕、ジュリーとシャワー浴びた時、つい見ちゃったんだ」
「ばっ、馬鹿か、オマエは!!」
 ようやく葛西の言わんとすることが判り、呆れた由利子は目点になっていた。
「何、中学生みたいなこと口走ってんだよ! 第一見てねーよ、そんなもん。ほんとに緊急避難で入ったんだってば」
「うそだ!」
「ホントだよ。アレクは私にとって戦友なの。天地神明にかけてやましいことはしてないから」
「ホントに?」
「ホントにホントだってば。私が信じられないの?」
 と、由利子は真摯な表情で葛西をまっすぐ見て言った。由利子の誠実さが伝わったのか、これ以上怒らせたらまずいと我に返ったのか、葛西はようやく納得して言った。
「信じます。うろたえてすみませんでした。僕、由利ちゃんがアレクとラブホに行ったって聞いて、すごいショックで…。」
「わかってくれて良かったよ、って、なんでこんなトコであんたにこんなコトを申告せにゃならんのよ」
「すみません。僕、ミナミサの件でここ数日睡眠不足が続いてて、昨夜も徹夜同然で、ちょっとハイになってたようです」
「そっか、大変だね。とにかく、私はアレクに異性としての好意は持ってないから。これだけは言っとくよ」
「僕は?」
「アンタは異性でも弟! そういうおバカなところもウチのに似てるし」
「弟ですか」
「ま、葛西君がもっと頼りがいのある警官になったら、違ってくるかも知れないけどね」
「え? ホントですか?」
「あ、え~と」由利子は要らんことを言ったと少し赤くなった。「ま、まあ、だから頑張って、はやくテロリストの尻尾を掴んでちょうだい」
「はいっ! がんばります」
「えっと、それから、さっきの大きい小さいの話だけどさ、それ、気にするの男だけだと思う。そりゃ、あまりに規格外だと困るだろうけど」
「そうですよね、男は先ず、持久力ですよね。それなら僕、自信あります!」
「いや、そんなことは聞いてないし」
「じゃっ、これから対策本部に帰って頑張ります」
「いや、その前に少し寝た方が…」
「由利ちゃん、心配してくれるんだ。嬉しいなあ」
「調子に乗るんじゃない、バカ。しかも、さっきから気安く由利ちゃんを連発しおって」
「あ、気付いてたんですね」
「気付くわ」
「あ、いい加減に帰らなきゃ、富田林さんがお冠だ。では、由利ちゃん、これにて失礼します!」
 葛西はそういうとビシッと敬礼をして、くるりと踵を返すと、駆け足で去って行った。
「誰が由利ちゃんだっ! まったくもう」
 と、由利子はぶつぶつ言っていたが何となく嬉しそうだった。
(しかし、純平の『純』は多分単純の『純』だな)    
 由利子は遠のいていく葛西の後ろ姿を見ながら思ったのだった。 
 

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