1.攪乱【幕間】ふたりの今泉
※これは、タイトルからわかる人はわかると思いますが、アニメ(新OVA)版「パトレイバー」の「ふたりの軽井沢」のオマージュでもあります。
さて、こちらは紗弥のおかげでヤー様の魔手から逃げることの出来た由利子とギルフォードだが、繁華街をイケメン外人が女性を抱えて走るものだから、目立って仕方がない。とうとう由利子が見兼ねて言った。
「アレク、もう大丈夫だよ。私、降りて自分で走るからさ」
「いえ、まだ安心できません。もう少し…」
しかし、ギルフォードはそう言いながらいきなりへたり込んだ。由利子はそのせいで路上にしりもちをつきそうになったが、危うく態勢を整えると、急いでギルフォードに駆け寄った。
「アレク、大丈夫?」
「すみません、急に子供の頃の出来事がフラッシュバックして…」
「もう、こんな時に弱点晒さないでよ。第一、あの時アレクは抱えられていたほうでしょ?」
「やっぱり、ジュリーが話したんですね」
由利子はしまったと思ったが、今はそれどころではない。
「とにかく、この状況を何とかしないと…。さ、立って。とにかくここから動こうよ」
「そうですね」
二人は立ち上がって足早に歩き始めた。
「とりあえず、どうしようか」
「ユリコを安全に送らねばなりません。どこかでタクシーを拾って…」
しかし、ギルフォードは急に口ごもった。
「どうしたの」
「もう少し、早く歩いてみましょう」
そういうとギルフォードは由利子の手を掴むとさらに早く歩き始めた。
「ちょっと、これじゃ競歩だよ」
「やっぱり…」
とギルフォードが小声で言った。
「まだつけられています。しかも多分別口で、タチが悪そうです。走りましょう」
ギルフォードはそう言うとすぐに由利子の手を掴んで走り出した。
「ちょっと、足で逃げるよりタクシーを使った方が」
「つけられる恐れがあります。もし、君を誘拐しようとするつもりなら、タクシーなんて役に立たないでしょう。これは逃げるが勝ちです。君、走るの得意でしたね」
「とりあえず、わかった」
由利子は了承し、二人はヒトの合間を縫って走った。
どれくらい走っただろうか。由利子が周囲を見て言った。
「あ、やばっ」
「どうしました?」
と、ギルフォード。
「なんで、こっちに来ちゃったかな」
「おや、あっちに見えるキラキラはジュリーが来たがっていた…」
「一緒に来たの?」
「来てません!」
「ま、いいわ。で、まだ追いかけてきてるのかしら?」
「来ました」
「げっ、しつこいな! こうなったらこっち曲がるよっ」
「って、誘ってますか」
「アホ! こういうとこは連中だって歩きづらいでしょーが。目立つし。さっ、うまいこと抜けてタクシー拾うよっ」
「Roger(ラジャー)」
二人はホテル街を走った。
「まだつけてきますよ」
「なにあいつ、しつこいなあ。T-1000みたいなやっちゃな。って、向こうからもなんか怪しい奴が来たよ」
「えっ? 困りましたね。本気で誘拐するつもりでしょうか」
「冗談じゃないっ。そこの路地曲がるよ。突撃ッ」
と言うや否や、由利子はギルフォードの手を引っ張って路地に駆け込んだ。
路地裏を抜けると、そこは雪国…ではなくてホテル街のど真ん中だった。
「うわっ、キラキラがなんか恥ずかしいデス」
と、戸惑った様子のギルフォードを見ながら、20代後半くらいのカップルが二人の前を横切っていった。それを一瞥して由利子が言った。
「アレク、あなた間違いなくゲイよね」
「はい。そうだと思います」
「てことは、私たちって同性の友だちみたいなものよね」
「そうですね。親友と呼んでください」
「ようし、じゃあ、二人でラブホ女子会やるよ」
「えっ」
「いい? 今、さっきの二人がそこのラブホに入ったから、後に続こう。行くよ親友!」
「え? ちょっとその、それは困ります」
「いいから行くの!」
「いや、恥ずかしいですう、こんなトコ」
「四の五の言わずに行くよッ!」
由利子は半ば強引にギルフォードの手を取ってホテルに入った。
中ではさっきのカップルが、いちゃつきながらパネルの前で部屋を吟味中だった。由利子はその前にギルフォードを引っ張ってきた。
「ちょっとすみません、私たちも見まーす。さ、ダーリン、部屋選んで」
「え? ダ、ダダ…」
「3面怪人かいっ」
「え?」
「いいから、急いで」
「は、はい。えっと」
ギルフォードは焦ってパネルの前で一瞬オタオタしたが、エイヤと半ばヤケッパチで部屋のボタンを押した。
「割り込んですみません。この人、なんか我慢できないみたいなんで」
「とにかく、急ぎますよ」
ギルフォードはそういうと、由利子をいきなり横抱きにして駈け出した。脱兎のごとく去る二人を見て、彼氏の方が呆れて言った。
「外人さんはこらえ性がないんだなあ」
その横で、彼女が目をキラキラさせて言った。
「太輝くん、アタシも抱っこしてよ、お姫様だっこぉ」
「え?」
(あの子たち、何やってんだろ)
由利子はギルフォード越しに、パネル前で四苦八苦しながら太目の彼女を抱きかかえようとしている男の悲哀に満ちた姿を見ていた。
なんとか部屋の前までたどり着いた二人だったが、入室を躊躇するギルフォードを後にして、由利子が部屋に入った。
「なんか、これじゃ立場が逆じゃね?」
しかし、ユリコは部屋に入るや否や、ぷっと吹きだした。
「アレク、こんなのが趣味やったと?」
「えっ?」
ギルフォードは驚いて部屋に入ったが、明らかに当惑した表情で室内を見回した。
その部屋は、全体的に色調が茶系のパステルカラーで統一され、家具や小物にリラック○のキャラクターがふんだんに使われていた。ディ○ニー部屋ならぬ「リラッ○マ部屋」だ。しかも、ご丁寧にベッドの上には、リ○ックマとコ○ラックマ、さらにキイ□イトリの大きなぬいぐるみが、仲睦まじく座っていた。
取り敢えず、無事に部屋に避難できた二人だったが、いざ部屋に入ると場所が場所だけになんだか気まずい空気が流れた。ふたりはしばらくそっぽを向いて立っていたが、同時に顔を見合せて照れ笑いをした。
「そうそう、女子会のノリで行くんだったよね。アレクそこのソファに座ってて。私、お茶を淹れてくるから」
「いえ、お茶は僕が淹れます。ユリコが座っていてください。いろいろあって疲れたでしょ?」
ギルフォードはそう言いながら由利子をソファまでエスコートして座らせた。
(こういうところがタラシの素質十分あるのに、ゲイなんだよな。もったいない)
由利子は、お茶の用意をするギルフォードの後ろ姿を見ながら思ったが、間がもたないのでリモコンに手を伸ばしてテレビをつけた。つけた途端に現れた映像を見て、由利子はかるく舌打ちをして「崖かよ」とつぶやき、チャンネルを替えた。
由利子が歌番組を見ながら替えようかどうか悩んでいる間にギルフォードはいそいそと紅茶を運んできてテーブルに置いた。
「紅茶があったので嬉しいです。ミルクがなかったけれど、黄色いラベルのパウダークリームがあったんで、それを使いました」
そう言いながら、ギルフォードは由利子の隣に座ったが、お互いソファの隅に座ったので間に一人分のスペースが出来た。そこで、また気まずい空気が流れたが、二人同時にお茶に手を伸ばして一口飲むと、ほぼ同時にカップを置いた。そして二人はまた同時に顔を見合わせ、ぷはっと笑った。ギルフォードはもう二口ほど紅茶を飲むとカップを置き、ふっとひと息ついて言った。
「さて、ユリコ、連中はまいたとして、これからどうしましょう」
「しばらくここにいるしかないでしょ。行く予定だったカラオケもあるし、時間はいくらでも潰せるから大丈夫だよ」
「でも、ミツキちゃんが待ってますし…」
「ああ、あの子なら、美葉もたまに呑み事で遅くなることもあったから、慣れてるって。うちの猫は2匹いるし、ご飯も朝1食だから大丈夫」
「あの場を任せることになってしまったサヤさんも気になるし…って、あ、そういえば」
ギルフォードは急にポケットからケータイを取り出した。
「しまった、彼女からメール来てました」
「何て?」
「『こちらは大丈夫。ごゆっくり』だそうです」
「えっ、ひょっとして居場所バレてんじゃん」
由利子が驚いて言うと、ギルフォードがため息をつきながら言った。
「彼女は僕を信頼してますから、大丈夫と思っているのでしょう。ユリコには教えておきましょう。僕が日本に来る交換条件として、父からGPS発信機を埋め込んだリストバンドを常時付けることを義務付けられました。軍事用にも使われる特殊なやつです」
「え? それ? お洒落じゃなかったの?」
「ちがいます。で、その管理をしているのがサヤさんなんです」
「え? なんで?」
「僕が行く先々でトラブルに巻き込まれるので、さすがに父も心配になったんだと思います」
「ひょっとして、跡取り息子?」
「いえ、僕は次男ですが、兄は病弱で早くに亡くなりました。しかし、姉が父の素養を一番受けついでいるようで、今は姉が隠居した父の後を継いでいます。だから、僕は好きな道に進むことが出来ました」
「3人きょうだいの末っ子だったんだ」
「ユリコは?」
「弟がいるけど、関東の方に就職して帰って来やしないのよ。私が帰ってから余計に帰って来なくなったな。まあ、両親があのザマ(※)だから仕方ないけどね」
「別居中でしたっけね」
「そう。まあ、お互い様だし、ある意味似た者夫婦よね。ところで、しつこく追いかけてきた連中はいったい何者なんだろう」
「最初に襲って来たヤクザとは別口だと思います。それに、尾行の仕方があまりにもマニュアル的すぎで、訓練された素人という感じでした。プロなら僕に気付かれることはなかったかもしれません」
「てことは…」
「そうです。件のテロ組織が本気で動き始めた可能性があります」
「もう勘弁してほしいよ」
「これからは、もっと気をつけなければいけませんね」
「あ、ニュースだ。さっきのことやってないかな?」
二人はしばらくニュースを見ていたが、先ほどの襲撃事件については放送されなかった。
「あの、僕、ちょっとお風呂に入っていいですか? さっきめちゃめちゃ走ったので、汗まみれで気持ち悪いんです」
「あ、いいよ」
「僕が先でいいのですか?」
「私はシャワーで大丈夫だから。でも、入る前にお湯貯めた方がいいよ」
「はい、そうします」
そう言って立ち上がってバスルームを確認したギルフォードは、驚いて言った。
「ユ、ユリコ、バスルームの壁が透明です。トイレまで丸見えデース」
「今気づいたの?」
「ユリコは平気なんデスカ?」
と、ギルフォードが宇宙人を見るような目で言ったので、由利子はやれやれと立ち上がってバスルームに向かい、「たぶん…、ああ、これか」とつぶやきながら壁のスイッチを押した。すると。壁があっという間に不透明になった。
「センターの窓と同じ原理よ」
「なんだ、そうでしたか」
ギルフォードはそういうと、照れくさそうに笑った。
ギルフォードがバスルームに入ったので暇になった由利子は冷蔵庫を開けてみた。酒などの飲料と共にやはり例のドリンクが入っていたので苦笑した。
「まだ置いてあるのかよ。こんなもん効くんかいな、ホントに。」
由利子がつぶやいた時、いきなりバスルームのドアが開き、ギルフォードの上半身がぬっと現れた。
「ユリコ、すごいです。なんかおフロにすべり台とかアリマスよ。ユリコもいっしょに入り…」
ギルフォードは非常に嬉しそうだったが、当然のことながら由利子は面食らって怒鳴った。
「出てくんな、バカっ! 一人で滑っとれ!!」
「すみません」
怒られたギルフォードはすごすごとバスルームに消えた。
「もうっ、天然なんだから」
由利子はさすがに鼓動を抑えられずに言った。ただし、半分は驚いたからではあるが。
その後、由利子はソファに戻りBSのドキュメンタリーを見ていたが、ギルフォードはなかなか風呂から上がってこないので、ついソファに座ったままうとうとしてしまったらしい。頭をポンポンと軽くたたかれて目を覚ました。目を開けると目の前にバスローブを着た濡れ髪のギルフォードが両ひざをついて由利子と同じ目線で微笑みながら言った。
「風邪ひきますよ」
その様子に由利子はまたドキッとして、やや裏返った声で言った。
「ご、ごめん、寝ちゃってた」
「ユリコもオフロどうぞ。バスタブ、お掃除しました。安心して入ってクダサイ」
「え? ありがとう。気を遣わなくてもいいのに」
「今、お湯を溜めてますから」
「さんきゅ、アレク。良い奥さんになれるよ」
由利子はそう言って立ち上ると、さっさとバスルームに向かった。実は柄にもなくドキドキしっぱなしだったのである。
(いかんいかん、あいつは同性と同じだって。てか、まあこういうの久しぶりだしな)
と、由利子は心の中で言い訳していたが、緊急事態だったとはいえ、こういうところに来てしまったことを少し後悔していた。だって、やっぱりあいつは魅力的だもんな。よろめいちゃったらどうしよう。
だが、それは一瞬の錯誤だった。
由利子が湯船につかってふうっと一息つくと、いきなりバスルームの照明がチカチカし始め、いきなりライブステージの照明のようにカラフルになった。すると、バスルームにいきなりロック音楽が流れ、その後バロック音楽から中東の音楽から街中の騒音、讃美歌、ジャングルのざわめき、演歌、ガムラン、お経、ジルバ、挙句の果てには羊を数える声と、次々と変化していった。どうも、有線放送のチャンネルで遊んでいるらしい。
「なにやってんだろうね」
由利子は呆れてつぶやいた。しかし、ギルフォードのおいたが続き、とうとう由利子はバスタブから出てドアの隙間から目の上だけ覗かせて怒鳴った。
「ちょっと、落ち着いて入れないじゃないの!」
「スミマセン、好きなバンドの曲ないかと思って探してたら、だんだん面白くなって…」
「こっちにガンガン聞こえとるわっ」
「どうも、スミマセン」
「いいからもう寝てろ、ヴァカ!!」
由利子は一喝してバタンとドアを閉めた。
由利子がバスルームから出ると、ギルフォードは言われたとおりにソファで、クッションを枕にでかい体を丸め、何故かキイ□イトリのぬいぐるみを抱きしめて眠っていた。バスローブから着替えて、備え付けの浴衣を着ていた。ただし、リラ○クマ柄の。脱いだバスローブは、タオルケット代わりに腹から腰にかけている。由利子はクスッと笑うと彼に近づいて肩をゆすった。
「起きて。アレクこそ風邪ひくよ」
「う、ん? あ、ユリコ。おはようございます」
「まだ夜中だよ。風邪ひくよ。ソファ小さいし、私がそこに寝るよ。アレクがベッド使ってよ」
「いえ、女性をこんなトコで寝かせられません。僕がここで寝ますから」
「じゃ、一緒にベッドで寝ようよ」
「また、ダイタンな発言ですね、ユリコ」
「だって、アレクは女には興味ないんでしょ」
「あのね、ユリコ」
ギルフォードは体を起こすと改まって座りなおしてから言った。
「僕はゲイですが、それとわかる前に女性と付き合ったことはあります。少年の頃、家庭教師のおネェさんからちょっかいを出されたこともあるんです」
「いや、それ今カミングアウトされても困るけど」
「それに僕、ユリコならなんとかなりそうな気がします」
それを聞いた由利子は、ぱっと彼から離れてベッドに向かった。そして、毛布を引っ剥がすと、ギルフォードにぶん投げて言った。
「それ掛けて寝てちょーだい。おやすみっ!」
「ハイ、オヤスミナサイ」
ギルフォードは由利子が投げた毛布を頭から被ったままの状態で返事をした。
どれくらい眠っただろうか。由利子は妙な声に気付いて目を覚ました。
(やだ、アレクったらまさか)と思ったが、すぐにあることを思い出し起き上がって様子を見ると、ソファでギルフォードがうなされていた。
(ジュリーが言ってた悪夢を見てるのか)
由利子はベッドから降りると、ギルフォードに近づき、そっと彼の顔を見た。ギルフォードは、まるで熱にうかされたように汗をかいて、苦しそうにあえいでいた。由利子は驚いて彼の肩を揺さぶって言った。
「アレク、大丈夫? 起きて! しっかりして!」
由利子に起こされて、ギルフォードはハッと目を覚ました。
「ユリコ…。驚かせてすみません」
と、ギルフォードは起き上がりながら言った。彼はソファに座るとはだけそうになった浴衣を直し、安堵したようにため息をついた。
「大丈夫? またあの夢をみたの?」
由利子が心配そうに訊くと、ギルフォードは右手で額を押えながら力なく笑って答えた。
「ええ、だいじょうぶ。夢では死んだりしませんよ」
「いつも、こんな風なの?」
「ジュリーが来てから後はだいぶ治まってたんですが、昨夜の逃避行が引き金になったようです」
「家では?」
「ミツキが心配してか、最近僕のベッドサイドで寝てくれます。一度僕がうなされているのに気付いて、手を舐めて起してくれたんです。それ以来です」
「そっか。あいつは利口な犬だからさ」
「あの…悪…夢、で…」
ギルフォードはそこまで言うと、躊躇したように口をつぐんだ。
「悪夢で、何?」
由利子は先を促したので、ギルフォードは決心したように先を続けた。
「あの夢で怖いのは、最後の方なんです。あの時、僕が救出されたあとに見た光景…。あの時あそこで射殺されてたのは、誘拐団のはずなのに、何故か時々、親しい人の遺体があるんです。シンイチだったり、エーメだったり…」
「え? それって…」
「今、またそれを見ました。僕以外のみんなが…」
ギルフォードはそういうと、頭を抱えてソファの上にうずくまった。由利子は戸惑って訊いた。
「それって、私も?」
「はい」
「じゃあ、大丈夫だ。私、絶対に死んだりしないから。だから、みんなも死なない。絶対に」
「絶対に?」
「うん。絶対に!」
由利子は力強く答えた。勿論それに確固たる理由があったわけではない。しかし、それを聞いてギルフォードはそっと頭を上げて由利子を見た。そして、今まで見たことがない頼りなさげな眼をして訊いた。
「僕を置いて行かない?」
「うん。置いてなんか行かない。だから、もう寝よう。眠るまで傍にいてあげるよ。ほら、さあ、寝て」
由利子はギルフォードを寝かせると、毛布を掛けてやった。そして、ベッドから掛布団を引っ張ってくると、それにくるまりソファを背もたれにして、床に座った。
「ユリコ、頼もしい親友。ありがとう」
「ちがうよ、戦友だよ。一緒にバイオテロと戦う戦友。でしょ?」
「戦友…そうですね。戦友の絆は強いです」
ギルフォードは少し微笑んで言った。
「戦友が守ってくれるから、今度はゆっくり眠れそうな気がします」
ギルフォードはそういうと目を閉じた。しばらくすると寝息が聞こえ始めたので立ってベッドに戻ろうとしたが、ギルフォードの右手が何かを探すような動きをしたので、そっとその手を掴んでみた。すると、ギルフォードの表情が和らいだような気がした。由利子はギルフォードのトラウマが思った以上に根深いことを知った。
数時間後、ギルフォードが目覚め起き上がると、ソファの横で由利子が用心棒よろしく座ったまま寝ているのが目に入った。
(ユリコ、俺を心配してこんなところで寝ていたのか)
ギルフォードは、嬉しさと申し訳なさで、つい、由利子を抱きしめたくなったが、即平手打ちを食らうことを予想してその衝動を抑えた。その気配に気づいたのか、由利子も目を覚ましたが、寝不足でぼおっとしていた。ギルフォードは笑顔で声をかけた。
「おはようございます、戦友」
「ん~、おはよ…。あれ、なんでアレクが?」
と、由利子は半寝ぼけで言ったが、はっと思い出してがばと立ち上がった。
「わ~、今何時?」
「えっと。5時半くらいでしょうか?」
「結局朝までいたね。急いで帰ろう。つけていた連中も諦めたかも」
「まだ、油断できません。タクシー呼びましょう」
「う~む、恥ずかしいけど仕方ないか」
由利子は照れ笑いをしながら言うと立ち上がった。
「さ、帰る用意をするよ」
「ユリコ」
「何?」
「君はやっぱり頼もしい人です。惚れ直しました」
「ばか。さっさと帰るよっ」
由利子は荒っぽく言ったが、なんとなく嬉しそうに見えた。
(「第4部 第1章 攪乱」 終わり)
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