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1.攪乱 【幕間】声

20XX年6月30日(日)

 山下公尚(きみひさ)は、疲れ切っているのに眠れないと言う辛い状況にあった。

 時刻は深夜1時をとっくに回り、丑三つ時に近づいていた。
 今日・・・いや、昨日は土曜出勤を余儀なくされ、しかも、夕方には終わるだろうと高を括っていたら、思わぬトラブルが起きたために仕事は22時を過ぎても終わらず、解放されたのは23時を過ぎていた。PC画面の見過ぎで目は痛く頭もフラフラしており、猛スピードでキーボードを叩き続けていた両手は腱鞘炎を起こしたようだった。
 疲れ果てた体で気力を振り絞って走り、ようやく滑り込んだ急行電車は、最終とはいえ下り線故に座る余地もどころか、満員と言ってよいくらいの混みようだった。どうやらプロ野球の試合が長引いたようで、地元球団のユニフォームやグッズを持った輩が大勢いる。試合終了後繁華街に流れ込んだ連中が、最終電車にこぞって乗り込んできたのだ。そのせいで車内はかなり酒臭く、山下はさらにゲンナリしていた。多分、自分のように仕事で遅くなった者は少ないだろう。しかし、彼らの話す内容から、今日の試合は延長の挙句負けてしまったらしいことが判った。それを耳にした時、山下はつい(ざまあみろ)と思った。ほんの少し気が晴れたような気がした。しかし、すぐに自分の度量の狭さに気付いて彼の気持ちはさらに落ち込んだ。これはきっと心底疲れているせいだ。明日は昼過ぎまで寝ていよう・・・。
 

 山下は深夜0時を過ぎてようやく家にたどり着いた。
 コンビニで買って来た冷凍鍋焼きうどんと発泡酒で何とか人心地をつけ、シャワーを浴びてようやく倒れこむようにヘッドに入った時には、すでに深夜1時を回っていた。
 ベッドサイドの明かりを消して体を丸め、リモコンでテレビも消した。しかし、テレビの音が消え、静かになった途端に聞こえ始めたのは、あろうことか隣の部屋の「あの」声だった。山下は思い出した。そういえば、昨夜もそのような声が微かに聞こえていた。しかし、今日のはひどい。少なくとも隣には2組以上の馬鹿どもがいるようだった。110番しても問題ない程の精神的苦痛だったが、山下はそれをためらった。
 実は、半年ほど前に同じ部屋で夜中に乱痴気騒ぎがあり、山下はその時110番通報したのだが、その後しばらくの間、何者かの嫌がらせを受けたことがあったからである。
(くそっ、何が防音壁だよ!)
 山下は耳を抑えながら寝返りを打った。山下は周囲に気を遣う性格で、仕事で遅くなることが多いために、前のアパートでは深夜の生活音が隣人に迷惑をかけないよう注意していた。もちろん、このタワーマンション自体も気に入ってはいたが、予算よりも家賃が高めだったここに決めたのは、防音壁完備と言う触れ込みだったからである。確かに壁は防音だった。しかし、窓まではその配慮がなされていなかったのだ。隣のケダモノどもは、おそらく窓を全開で励んでいるのだろう。山下は起き上がるとテレビをつけて声をかく乱し、さらに○-podをジャケットのポケットから引っ張り出してイヤフォンを耳にあてた。せめて好きな曲で紛らわそう。
 しかし、神経の高ぶった状態の山下はそれでもなかなか寝付けなかった。むしろイヤフォンや音楽自体が鬱陶しい。テレビのちらちらした光もさらに彼の神経を逆なでした。
 彼は何度も寝返りを打った。エアコンのタイマーも切れ、暑苦しさも相まって余計寝苦しい。ついに彼は再度エアコンをつけた。これで、周囲の空気だけは快適さを取り戻した。

 そして、ようやく彼が寝息を立て始めた頃には、すでに4時を回っていた。

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