2.焔心 (2)禍つ兆し
由利子はジュリアスと大学内の道をそぞろ歩いていた。
彼女は、午後からギルフォードに頼まれたとおりジュリアスに付き合って、学内の図書館で色々本を物色していたが、ジュリアス曰く、少し頭と目が疲れてきたので、学内を散歩することにしたのだった。最も、この学内散歩も本日のデートメニューであるのはご存知のとおりである。
長身でブラックビューティーなジュリアスと歩いていると、否が応でも目立ってしまう。したがって、由利子は道行く学生達の注目を浴びながら歩く羽目になり、照れくささと若干の優越感が混じったような心持である。
「へえ、そうだったのかねー。アレックスのリアル・ナウ■カ、おれも見たかったな」
ジュリアスが由利子の話を聞きながら、愉快そうに言った。
「ほんで、その犬は?」
「ええ」
由利子が答えた。
「春先生が言うには、かなり弱っているしメンタル面でも少し心配があるけど、命には別状ないだろうって。後は、当面愛護団体の方で保護してくれるそうだよ」
「そうか、よかったな。住み慣れたところを出て行くのは不安だろうがね、そのままでおるよりは、ずいぶんえーだろうからね」
「でも、もし川崎さんの奥さんまで亡くなられたりして、その後の飼い主が決まらないと、最悪・・・」
「う~ん、厳しいねー」
「そうなのよ。出来るだけのことはしてくださるということだけど」
由利子はそういうと、ため息をついた。
「しかも、他にも大問題があってね」
と、由利子はまた続きを話し始めた。
あの後、しばらくして春風動物病院の春先生こと小石川獣医師と、動物愛護団体の人が駆けつけてくれた。それで、後は彼等にお願いして、ギルフォードは少し道子から話を聞くことにした。様子を見に来た近所の人たちの様子に尋常でないものを感じたからだ。
「みんな、怖いんですよ」
と、道子が言った。
「最初、秋山さんのとこで連続して死人がでたでしょ・・・」
その後道子はしばらく沈黙したが、ぼつぼつ話し始めた。
珠江の遺体を発見した五人はそれ以来、皆その病気が感染るかもしれないということが頭から離れなかった。しかも、道子を含め遺体の惨状を目の当たりにした三人のうち、30代女性でまだ若かった典子は、精神的にかなりダメージを受けて、今も通院中であるという。
それでも、典子以外は年の功もあるのか比較的立ち直りも早く、まもなく日常生活に戻ることが出来た。しかし、秋山美千代が不可解な死を遂げ、川崎三郎が発症し、妻と共にどこかに連れ去られたという噂が広がると共に、彼女らに再び不安が広がった。うち一人は、この住宅地にいることに耐えられなくて、とうとう実家に帰ってしまったらしい。
さらに、日曜の緊急放送が彼女らにダメ押しを食らわせた。この地区が疫病発生地のひとつと発表されたために、周囲から妙な噂が立ち始めており、ひょっとしたらこの住宅街が孤立するのではないかという不安が住民達に広がった。当然のことながら、道子たちへの風当たりも強くなった。幸い、道子の夫は流言飛語の類に惑わされるような人ではなかったために、彼女は家で孤立するようなことはなかった。さらに夫は町内の緊急集会でも冷静に対処すべきだ、この疫病の感染力はまだ弱い、それよりパニックのほうが深刻な事態を招くと、丁寧に住民を説得して回ったという。しかし道子は、今はなんとか町の均衡は保たれているようだが、いつバランスが崩れるかと思うと不安だと言った。
「中には過激なことを言う人たちもおっとですよ。病気の出た家は燃やしてしまえとか・・・」
そう言うと、道子はぶるっと身を震わせた。ギルフォードは済まなさそうに道子を見ると言った。
「あなた達には申し訳ないと思っています。しかし、ウイルスを広めないようにするには皆に知らせ注意を喚起することが最良の手段であり・・・」
「知らせりゃあいいってもんじゃなかでしょうがっ!」
ギルフォードの言葉を遮って、道子はやや語気を荒げて言った。
「私だってあの緊急放送は、必要だったとは思ぉとるとです。でも、そのせいで、私等の生活が脅かされとぉとは事実なんです。この家を見たら判るでしょう!?」
ギルフォードは改めて周囲を見回すと、辛そうに言った。
「僕も、実際にこの光景を目の当たりにしてショックを受けています。力足らずでホント、申し訳ありません。この件については、知事に直接お知らせして早急に対策を練るよう要望しますから・・・」
「ああ先生、すみません」
道子は、ギルフォードに突っかかったことを詫びた。
「この疫病はあなたのせいやなかとですもんね。むしろなんとかしようとしてくださっとぉとでしょう? しかも、外国の方なのに・・・。責めるようなことを言ってすみません」
「いえ、おっしゃることはごもっともですよ」
ギルフォードは悲しげな笑顔で言った。
「あの、ところで・・・」
道子は、遠慮がちに話題を変えた。
「川崎さん夫妻のご容態はどげんかご存知でしょうか?」
ギルフォードは道子の質問にドキッとした。三郎は死に、妻の五十鈴も発症してしまった。だが、ここで道子にそれを知らせるべきなのか。ギルフォードは一瞬目を瞑った。道子はそのギルフォードの表情で、だいたいのことがわかったようだった。道子は目を見開いた。
「そんな・・・、先生、まさか・・・?」
そう言うや、道子はガタガタと震え始めた。
「残念ですが・・・」
ギルフォードは意を決して言った。
「ご主人の方は昨日亡くなられました。奥さんは、今、一所懸命病気と闘っておられます」
「ああ・・・」
道子は両手で頭を抱えるようにしてうずくまった。ギルフォードは驚いてブロック塀を跳び越え、道子を支えた。
「先生・・・」
道子は悲しみより恐怖に震えて言った。
「五十鈴さんまで感染っとったなんて・・・! 恐ろしか・・・。ひょっとして私も・・・」
「ミチコさん、聞いてください。カワサキ・サブローさんは、あの時蟲に咬まれたところに発疹が出来、それが膿(うみ)を持っていました。妻のイスズさんは、おそらく、サブローさんの衣類などについたその膿から感染したと考えられています。ミチコさん、あなたはあれから熱が出たり体のどこかに発疹が出来たりしましたか?」
「いいえ、いいえ。そういうことはありませんでした」
「ならば、多分ダイジョウブです。気をしっかり持って。ご主人サンがあなたを必死で守ってくださってるんでしょ? あなたもしっかりしなきゃあ」
「そうですね。私がしっかりしないと」
道子はそう言うと、フラフラとしながらも立ち上がった。
「ひっどい話よね」
由利子は話し終えると言った。
「しかも、意図的に撒かれたものでそんな目にあっちゃあ、たまらないわ」
憤慨する由利子に、ジュリアスが言った。
「それが、感染症のおそぎゃー(恐い)ところなんだがや。見えにゃーものに感染する恐怖で人間関係がずたずたになるんだわ。おれに言わせれば、ウイルスより人間の方がでーらおそぎゃーて」
「そうだね。こんな恐ろしいウイルスを撒いたのも人間なんだよね・・・」
「ウイルスにとって、宿主の死は自分等の死も意味するんだがね。それだもんで、あいつらだって本当は人間と穏やかに付き合いてゃーんだがや」
「そうだよね。ウイルスが悪いわけじゃないんだ」
由利子は納得して言った。
「おっと由利子、まあひゃあ(もうすぐ)目的地につくぞ」
話に夢中になっていたので由利子はいつの間にか大学の裏庭に来ていることに気がつかなかった。雑木の林の中を未舗装の小道が木を避けるようにくねくねと通っている。やや中央に自然石の石積みと葦原に囲われた大き目の池が横たわり、水には数種類の水鳥が優雅に泳いでいる。
「へえ、こんなところがあったんだ。庭と言うより立派なビオトープだねえ」
「なかなかえーだろ? でも、ここを通り抜けたところの景色はもっと綺麗なんだ」
「そこが目的地?」
「そうだがね。えぇところだもんで、きっと由利子も気に入ると思うて」
「へえ、楽しみやねえ」
二人は木漏れ日の中を歩いていった。あちこちで小鳥がさえずり、時折雲雀(ヒバリ)のせわしない鳴き声が空高くから聞こえてくる。
(なんて平和なんだろう・・・)
由利子には、午前中の出来事がまるで別世界のように思われた。
(でも、現実は今のこの時間が別世界なんだ・・・)
由利子は思った。
ジュリアスの言うとおり、林を抜けると下生えのイネ科の雑草がそのまま拡がった広場があり、そこはそのまま小高い丘になっていた。ジュリアスは右手を広げ、景色を示しながらうやうやしく言った。
「由利子、おれとアレックスのお気に入りの場所にようこそ」
「うわあ・・・」
由利子は丘の上に立つと、感嘆の声をあげた。
「すご~い、きれ~い! 大学の裏がこんな綺麗な景色だなんて・・・」
「アレックスと夜に1回だけしか来たことがなかったけんど、昼間もえ~もんだな」
「夜に1回だけしかって、おい・・・」
「ここら辺に立って夜空を見上げて少し話をして、合間に2・3回キスしたくらいだがね」
「それですんだとですかぁ?」
「あたりみゃーだろー? 由利子、おみゃ~さんは青カンが好きかね?」
「ぜぇーったい、イヤ!! って、いやその、え~っと・・・」
相変わらずあっけらかんとして言うジュリアスに、流石の由利子もタジタジとなった。
「まあそーゆーことだなも」
「はあ、そーですかい」
「まあアレックスは不満そうだったがねー」
「え~、アレクがぁ? 意外~」
「あいつ、あー見えてけっこーケダモノなんだわー」
「ケダモノって、アンタ」
あきれて苦笑する由利子に、ジュリアスはまたニッと笑って言った。
「月が青くて綺麗で、月光が木や草の夜露にキラキラ反射しとってよ、蛍がふわふわ飛んで来るんだわー。ほーんとロマンティックだったね~」
「そーかいそーかい」
「ほんだで、アレックスがおれを抱きしめてよー、もう離さない、何ちって、いや~、で~ら恥ずかし~なも」
「・・・」
なんでこんな風光明媚な場所で、こいつの臆面もないお惚気(のろけ)を聞かにゃならんのだと、由利子が空しくなったところで、ジュリアスがそれに気がついて、慌てて話題を変えた。
「・・・いやまあ、・・・えっと、ここはけっこう田舎にあるからねー。裏はざっとこんな田園風景なわけだなも」
「うん。あんなところに小川があるんだね。太陽の光でキラキラしてるねえ。向こうの里山も綺麗。きっと秋は紅葉が綺麗やろうねえ」
「そうだなも。その頃ここでみんな一緒に酒盛りしながら紅葉を見よみゃーよ」
「ジュリー、日本にはずっといるの?」
「ああ」
ジュリアスはニッと笑って言った。
「今週末にいったんアメリカにきゃーる(帰る)けど、半月のうちにまた来るがね。今度は長期滞在になる予定なんだわー」
「そっかぁ。良かった」
「ウザイとか思わにゃーのかねー?」
「何で? せっかく友だちになれたんじゃない。葛西君だってすっかり懐いているし」
「懐いたって、あいつは子供かねー」
「あはは、お子ちゃまデカ。だっていつの間にか、あなたにタメ口になってるんだもん」
「そりゃー、二人してメガローチと格闘したんだがや。言ってみりゃー戦友みてゃーなもんだろ。半日もありゃーうちとけるってもんだわ」
「そりゃあそうだわね。まあ、それはともかく、秋頃にはこの騒ぎが収まっているといいね」
「そうだねー。そう願いてゃーねー」
そう言いながら、彼は丘に生えたいくつかの木のなかで、目立って大きな木の傍に向かった。
「ケヤキだなも。この木陰が涼しげでえぇかね」
ジュリアスはぽんぽんと木の幹を軽く叩きながら言うと、丘の斜面側を向いて木の根元あたりに座った。
「由利子もそこら辺に座りなせゃー。犬のうんこがにゃーか気をつけてちょーよ」
「もう、変なこと言わないでよ」
由利子は笑いながら言ったが、言われると気になってしゃがんで草むらを注意深く見た。
「冗談だて。多分この辺りは大丈夫だがや。それに今日は朝からわりと天気がえーて、地面もだいぶ乾いとるし、草の上だったら心配しのーてもえーよ」
「あ、そう」
由利子はジュリアスに言われて、安心して彼の傍に腰を下ろした。
「ねー、由利子。こうしとると端から見たらおれたち恋人同士に見えるかねー」
「そうね。見えるカモね。しかも男同士の」
「そう来たかね」
ジュリアスはそう言うとカラカラと笑ったが、すぐに真面目な顔をして言った。
「気にするな、由利子。確かに乳はにゃーけどおみゃーさんは充分えぇ女だもんでよ」
「なんか、素直に喜べないけど、ありがとう」
由利子が肩をすくめながら言うと、ジュリアスはその後さらに神妙な顔をして尋ねた。
「ところで、アレックスのヤツ、何かあったのきゃー? せっかく昼飯を一緒に食おうと思っとったのに、『ごめん急ぐから、事情は後で説明する』とか言って、ずいぶんと焦って出て行ったみてゃーだが」
「ああ、あれ」
由利子が答えた。
「私たち、あの後すぐに大学まで行ったんだけど、あなたと会うまでに時間があったんで、せっかくだからアレクの講義を聴講させてもらってたんだ。そしたら、緊急の電話が入ったみたいで・・・」
「授業中に電話?」
「うん。こういう時だから、何かあった時のために電源を切らないようにしているらしいんだ。で、みんなに事情を説明して電話に出るために講義室を出て行ったんだけど・・・」
「だけど?」
「何やら当惑したような顔で帰ってきたんだよね。授業は最後までやったけどさ、なんとなくいつもの余裕みたいなんがなくなってたなあ。2・3回とちってたし・・・」
「そりゃあ妙だがや。何があったのかねー」
「気になるよね。だから講義の後、アレクにどうしたのか聞いてみたんだけど、返事が『わからないけどとんでもないことが起こったらしい』って、なんかアレクも状況が把握できていないようだったんだ」
「そりゃー、ますます気になるじゃにゃーか」
「うん、そうなのよ。でも、状況がわかってから聞くしかないものねえ」
「仕方にゃーか。まあそーだろーねー」
「で、ジュリー」
今度は由利子が神妙な顔をして言った。
「そろそろ本題に入ろうよ。以前言った私に何か話したいってことを言うためにここに誘ったんでしょ?」
「ああ、そうだがや。ここならあまり人が来にゃーから、ゆっくり話が出来るからね。それに、昼間はけっこう見晴らしがえーから、おみゃーさんも妙な心配もしのーて済むしな」
「妙な心配って・・・」
由利子が苦笑しながら言った。しかし、ジュリアスは今まで見た事が無いような真摯な表情をして、由利子を見据えながら言った。
「その前に聞きてゃーんだが、今から話すことはとても重い話なんだわ。おみゃーさんにそれを受け止めることが出来るかね? そして、それを知らにゃー振りをしながらアレックスをフォローすることが出来るかね?」
「なんだか恐いな。そんなにヘヴィーな話なの?」
「重いし、聞いた後後悔するかもしれにゃーて」
「え~っと、困ったなあ」
「それに、これは多分紗弥も知らにゃー話なんだ」
「紗弥さんも? 何で?」
「あー見えて、あいつにもトラウマがあってなー。まあ、そういうわけで教えておれせんらしいんだわ」
「えー、そうなの? 意外だなあ。でも、私は知っていた方がいいっていうことね?」
「おれは、そう判断した。だもんで話そうと思ったんだわ」
ジュリアスは、真剣な顔で由利子をまっすぐに見ながら言った。
「わかった。腹を決めたわ。この際ドンちゃんドンと来い何でも来い、よ。さ、話して」
「なんか、懐かしいフレーズを聞いたよーな気がするけどよ・・・」
ジュリアスはそう言って笑ったが、すぐに真面目な顔に戻った。
「これは、アレックスが子供の頃彼の身に起こった事件だて」
ジュリアスはそう前置きすると話し始めた。
その頃、感対センターのセンター長室では大の男が5人、厳しい顔をして座っていた。
「みなさんお忙しいところをご足労いただき、申し訳ない。私が今、ここから身動き出来ない状態なものでね」
と、高柳が口火を切って言った。
「しかし、困ったことになってしまいましたな」
高柳が組んだ腕を組み変えながら続けた。さっき来たばかりの松樹が手にした雑誌に目を通してから言った。
「これについては、昼頃、関連記事部分だけ『どういうことか』とう質問付で、本庁からPDFデータで送付されて来ていましたが、雑誌本体はまだこっちでは発売されていないはずです。いったいどういう経緯でここに?」
「今、知事がこの事件の関係で上京していてね。たまたま空港の本屋でそれを見つけたらしいんだ。それで、今日帰す予定の付き人の予定を早めて急いで帰らせてこれを届けさせたということだ」
「気の毒に、とんぼ返りですか」
九木(ここのぎ)はそう言うと、両眉を上げ口を軽くへの字に曲げた。本気で同情しているらしい。その様子を見て高柳が言った。
「まったくですな。彼はそのせいで耳鳴りが悪化したと言って耳鼻科に行ったそうですが」
「まあ、それが一番早く届ける手でしょうけどね。しかし、私も松樹さんから送られてきた記事を見せられた時は 驚きました。この記事について、あなた方は何かご存知ですか?」
「九木さん」
と、九木の隣に遠慮がちに座っている葛西が言った。彼は、新たに九木と組むことになったのだ。
「調書を読まれたならご存知と思いますが、祭木公園で美千代が自殺した事件を隠れて見ていた、真樹村極美という女性がいました。おそらく、彼女はこの雑誌記者だったんでしょう。しかし、あの時長沼間さんが写真データを全て削除したはずですが・・・」
「しかし、実際に雑誌にはその写真が掲載されているんですよね」
「はい。おそらく見つかる前にメールでどこかに写真を送付していたのでしょう」
「まあ、そういうところでしょうね。しかし、私が聞きたかったのはそういうことじゃない。この記事の内容についてなんだ。この写真の”ブラッディ・プロフェッサー(血まみれの教授)”、顔は目線で隠れているが、これは紛れもなくあなたですな、ギルフォード教授?」
「はい」
今まで黙って雑誌の表紙をじっと見ていたギルフォードが、ようやく口を開いた。
「しかし、ブラッディというのは、とても不愉快です。たしかに僕は、アフリカで疫病で死にかけたときは血まみれになりましたがね、洒落になりませんよ」
ギルフォードが眉を寄せながら言った。残りの4人はそれを聞いてまじまじと彼の顔を見た。一様に鼻白んでいる。ギルフォードは、いらんことを言ってしまったという顔をしたが、すぐに話を続けた。
「これは、知事に頼まれてアキヤマ家に説明をしに行った時のものです。その時アキヤマ・ノブユキさんの首吊り自殺現場に遭遇して、僕等も救出に協力しました。これはその時ついたノブユキさんの血です。この写真はノブユキさんが救急車で搬送される時に撮られたもののようですが、一体どこで撮られたのかは、さっぱり・・・」
「まあ、望遠レンズを使えば可能でしょう」
と、松樹がフォローした。
「ええ、おそらくそうでしょうね」
ギルフォードが続けた。
「その後、僕の秘書のタカミネが、アキヤマ家の様子を伺う不審な車に気がついて追跡しようとしましたが、その車はすぐに逃走してしまいました。おそらくそれにそのキワミとかいう女性が乗っていたんでしょう。ジュン、いえ、カサイ刑事の調書にあったように、彼女には協力者がいるようですから」
葛西がその補足のためにギルフォードの後に続いて言った。
「しかも、その協力者は多美山さんが危篤であることを知っていました。そいつは、僕が極美という女性を発見して任意同行しようと試みた時、妨害をし彼女を逃がしたのです。かなり怪しい男です」
葛西の説明に、九木が尋ねた。
「おそらくテロリスト側だと?」
「はい。その可能性は高いですね」
葛西は言った。
「では、この記事は、テロリスト側が記者に干渉して、世論のミスリードを図った記事を書かせた、ということなのか?」
「はい。その可能性は高いと思います。ただ、この雑誌はかなりタブロイド色が強いので、どこまで影響があるかは・・・」
「しかし葛西君」
松樹が話に割って入った。
「そういう類の雑誌とは言え・・・、いや、だからこそ、まだ我々が公表を控えているテロという可能性をスッパ抜かれたのは非常にまずいことだよ」
「正式発表した時、この記事がどんな作用をするかわかりませんからな。すくなくとも良い状況ではありませんな。とりあえず、当分の間ギルフォード教授が表面に出ることは控えた方が良さそうだ」
九木がギルフォードの方を見ながら、冷ややかに言った。それに対してギルフォードは、不機嫌そうに答えた。
「僕は、もともと表に立つつもりは毛頭ないですケドね」
「まあ、それはともかく、まずこの記事の内容を検証すべきですな」
高柳が二人が険悪になりそうな雰囲気を察して、話をすすめた。
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