1.暴露 【幕間】花屋と長沼間
これは、長沼間が紅美へのお見舞いの品を買った時の「微笑ましい」エピソードです。
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花屋の前を中年の男がウロウロしていた。店に入ろうとしつつも踏ん切りがつかないような風情だった。しかし、男の風体は黒スーツに強面で、とても堅気には見えない。
店の中でアルバイト店員の美咲枝(みさえ)は、その様子を見ながらため息をついた。
(もう、あんな恐そうなオッサンに店の前をウロウロされちゃ、他の客が恐がって入ってこないよ。店長配達でいないし、どうしよう)
その後、美咲枝は5分ほど考えたが、仕方がないので声をかけてみることにした。美咲枝はカウンター内の椅子から立ち上がると、にっこり笑いながらゆっくりと店先に出て行った。
「あの、お客様、何か御用がおありでしたらお伺いいたしますが・・・」
美咲枝は、一際微笑んで言った。男は一瞬少しだけバツの悪そうな表情をしたが、美咲枝の方を向くと言った。
「すまんな。こういう店に来るのも十何年かぶりなもんでね」
男は少し顔を赤らめて照れくさそうに言った。
(何だ、そんな恐い人じゃないのかも)
美咲枝は少しだけ安心した。むしろこういう恐そうな男性が、実は敷居が高くて花屋に入れなくて困ってたんだと思うと、可笑しくなった。
「そうなんですか」
そういうと、美咲枝はクスッとわらった。
「どうそ、お入りくださいませ。一緒にお探ししましょう。どういうご用途のお花ですか」
「お見舞いなんだ。若い女性になんだが病状が重くて生花を贈る事が出来ないんでね。だが、俺には見舞いといえば花しか思い浮かばんのだ。それで、ついこの店に寄ってみたんだが・・・」
男は照れくさそうに一気にしゃべった。
「お花がだめなら、フルーツと言うのも定番ですよ」
「いや、食欲もなさそうだし、それ以前に植物自体の持込がだめらしい」
「そうですかあ・・・。そうですね、そ れ な ら・・・」
美咲枝は少し考えて言った。
「ちょっとこちらにおいでください」
美咲枝はそういうと、店の奥の方に案内した。そこには店頭の生花ではなく、造花を使った飾り物のようなものが沢山展示してあった。長沼間はそれをみて、少し困ったような顔をして言った。
「いや、いくらなんでも造花っていうのは・・・」
「いいえ、実はこれ、生花なんですよ」
美咲枝はにこっと笑って言った。
「生花? これが?」
「ええ。生花を加工して半永久的に枯れないようにしたもので、プリザーブドフラワーっていうんです。もちろんお見舞いにも最適ですよ」
「そうか」
長沼間はそれらの花を良く見ながら言った。
「そういえば、造花とはなんか違うな」
「そうでしょ。女性ならきっと喜ばれますよ。そうですね、生花を持ち込めないなら、プリザーブドといってもアレンジもブーケもだめですよね。それならぁ」
美咲枝は、四角い透明な容器に入っているバラを手に取って長沼間に見せた。
「これ、ローズキューブと言って、アクリルのキューブにプリザーブドローズを封入したものです。密閉されてますから問題ないと思いますよ」
「あ、ああ。綺麗だな・・・。じゃ、それ1個包んでくれないか?」
「色々アレンジがありますが、どれがいいですか?」
「君に任せるよ。俺にはどれが女性好みかさっぱりわからん」
「そうですかあ・・・? じゃあ、その方の大体の年齢を教えてくれませんか?」
「ああ、大学生だから、20歳(はたち)くらいだ」
「お若いですね。ひょっとして、彼女ですか?」
「い、いや、ちがう。まあ、妹・・・妹みたいなもんだ」
(何でつっかえるかな? みたいなっていうからには、本当の妹さんじゃなさそうだし)
美咲枝は男の見舞いに行く先の人物に興味が湧き、一瞬の間に色々想像したが、表面には出さないで言った。
「そうですか。じゃあ、やっぱり薔薇がいいかな。色はピンクが・・・」
「いや、赤にしてくれないかな」
「赤ですかぁ? じゃ、これにしましょう」
美咲枝は赤い薔薇が一輪入ったキューブを取ると長沼間に見せた。
「これでいいですね」
「ああ、さっさと包んでくれ」
長沼間は、恥ずかしそうな様子で美咲枝をせかした。美咲枝はラッピングをするために、専用の机のある店の奥に向かいながら尋ねた。。
「あの、ラッピングはどうされます?」
「あ~~~、任せる。任せるからさっさとしてくれ」
予想通りの答えが返って来たので、美咲枝は笑いそうなのをこらえて言った。
「わかりました。じゃ、若い女性向けに可愛いのにしますね~。ところでお客さま、赤い薔薇の花言葉はご存知ですか?」
「知らねえよ」
「『熱愛』です」
ぶっと言う声が店の方で聞こえた。長沼間が吹いたらしい。美咲枝はそれを無視して、ローズキューブのラッピングに勤しんだ。
美咲枝はラッピングを終えると長沼間を呼んだ。長沼間は面倒くさそうにやって来た。美咲枝は包装されたローズキューブを長沼間に差し出した。それは、内側にペールピンクの和紙、外側にオーロラフィルムを重ねて包み上部でひとつに束ね、ピンクと赤2種類のリボンを蝶結びにして長く残したリボンのアシをくるくるとカールさせ、結び部分に白いカスミソウの造花をあしらった、実に綺麗で可愛らしい仕上がりとなっていた。
「こういう感じですが、よろしかったでしょうか?」
長沼間は一瞬ぽかんとしたが、すぐにもとの強面に戻って言った。
「上等だ。ありがとう。すまんが何か袋に入れてくれないか?」
「もちろんお入れしますよ。そのまま手にもって歩かれてもステキですけど」
「冗談言うな。ミスマッチもいいところだ」
長沼間はまたテレ気味でぶっきらぼうに言った。美咲枝は笑いながら店のペーパーバッグを出した。それは、セピア色のバッグで右下に茶系でブーケが描かれ、その上に店名ロゴが入った、シックで少女趣味なデザインだった。一目見て再びぽかんとする長沼間を他所に、美咲枝はさっさと品物を袋に入れた。
「ありがとう。助かったよ」
長沼間はそう言うと、品物を受け取ってそそくさと花屋から去っていった。
「あ~あ、行っちゃった。よっぽど居心地が悪かったのね」
美咲枝はすこし残念そうにつぶやいた。
「でも、なかなか渋いおじ様だったなあ。ちょっと鼻の下が長かったけど・・・。彼からローズキューブをもらう人ってどんな女性(ひと)なんだろう。なんとなく羨ましいな」
美咲枝はそう思ってため息をついた。
そこに、店長が配達から戻ってきた。
「ただいま~。みさちゃん、お留守番ありがとう。何か変わったことあった~?」
「あ、お帰りなさい、店長。あの、さっきですね~」
美咲枝は、今しがたの出来事を嬉しそうに店長に告げるのだった。
(「第3部 第1章 暴露」 終わり)
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