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1.暴露 (4)血染めの紙~The bloody will

 NBC防護服を着た警官や消防隊が、慌しく駅のエスカレーターを駆け上がっていく。駅は封鎖され、出入り口付近には立ち入り禁止のテープが張り巡らされ、その前を防護服なしの警官たちが警備している・・・。その周囲に集まって、人々は状況説明を求めたり、時にはくってかかる者もいる。駅の立ち入り禁止区域内外で、駅員達がある者は乗客の対応に追われ、ある者は拡声器で駅にいる人々に呼びかける。

 夜7時のニュースで、さっそくF駅でのただならぬ状況が報じられていた。由利子とジュリアスは、センターのテレビでそれを見ていた。高柳とギルフォードは出来立ての感染者の遺体と、大勢の感染リスク者が運ばれてきたため、それの対処に追われていた。葛西は鑑識と共に遺体の調査に当たった。 

「ジュリー、あなた、こんなとこに居ていいの?」
由利子は、横に座って食い入るようにニュース映像を見ているジュリーに言った。二人はスタッフの邪魔にならないように、待合室でテレビを見ていた。
「ああ、あいつの代わりにおみゃあと会見の様子を見とってくれということだて、ほんであいつや葛西がどうなるかわからんので、いざと言うときはおみゃあを送れっていわれとるんだわ」
「え? 大丈夫だって。一人で帰れるよ」
「おみゃあは狙われとるらしいし、第一、おみゃあの利用している私鉄はあのザマだて、今日中は混乱すると思うわ。それに乗じておみゃあに何かあったらどうする」
「そうかなあ・・・」
「あのな、おみゃあは気付いとらんようだが、おみゃあの存在は、今後切り札になるかも知れんのだて、くれぐれも軽率な行動はとらんようにな」
「脅かさないでよ。もう、困ったことになったなあ」
由利子はテレビ画面を見ながら憮然として言った。
 N鉄道O線は、F駅からの列車の運行を見合わせ、とりあえず発着を次のY駅から行うことにした。N鉄では、そのためF駅からY駅まで無料の臨時バスを出すことになった。しかし、F駅付近とY駅付近には、帰るに帰られない人があふれ、混乱は避けられなかった。しかも、ダイヤの乱れは終日続き、程なく混乱は全路線に広がった。
「今夜の全国発表の先を越されてまったな。今朝の件といい、この惨事といい、日本中の注目を浴びるのは必至だぞ」
ジュリアスはテレビ画面を見ながら、深刻な表情で言った。由利子がそれに続けて言った。
「注目だけならまだいいけど、非難すら浴びかねない状況だよ、これは」
「そうだな。よりによって人混みの中で炸裂したんだでな」
ジュリアスは大きく頷いた。
 ニュース映像は、足止めをされて駅近辺でたむろしている人たちのインタビューに移行していた。
「伝染病患者が駅の中で死んだらしいですね。驚きました」
「昨日、テレビで注意するように呼びかけがあったんですが、まさか、こんなことになるなんて。・・・ええ、もう迷惑ですよ、まったく」
「あ、家はO市です。こっちの二人はY市ですよ。混乱しとるけん、みんなでどこか飲みに行こうかと話しよったところですよ」
「もう泊まる! 今日はネカフェに泊まりますっ!」
「そりゃあ、怖かですよ。致死率100%らしいやないですか。でも、今はどうやって家に帰るかです」
幾人かの町の声を放映した後、画面はスタジオに戻った。
「繰り返します。今日夕方、F市内のN鉄道F駅で感染症患者が死亡したため、駅が封鎖されました。その影響によりN鉄道O線のダイヤが大幅に乱れ、駅周辺に混乱が起きています。この感染症がエボラや天然痘などの一類感染症に匹敵する危険度のため、封鎖に至ったということです。警察では、亡くなられた方の身元確認を急ぐと共に、この男性の行動範囲を調べています。
 なお、この件に関して後ほどF県知事の会見が行われますので、時間を延長してお伝えする予定です。では、次のニュースです。今日午後4時ごろ、K県Y市で歩行中の70歳の男性が歩道を走ってきた自転車に・・・」

「由利子」
ジュリアスが、事件関係のニュースが終わったのを確認して言った。
「森の内さんの会見が終わったら帰ろうかね」
「ええ。でも、ジュリーは日本で運転できるの?」
「国際運転免許を持っとるからね。車はアレックスのを使っていいそうだよ」」
「ありがとう。でも、申し訳ないなあ・・・」
「気にするな。おれはむしろおみゃあと話す機会が出来て嬉しいよ」
「あのさ、ジュリー、送ってくれるのは嬉しいんだけどさ、ちょっと確認したいんだけど、あなたホントに男性しか興味ないのよね?」
「なんと」
「直球で聞くと、ゲイであってバイじゃないのよね」
「ああ、おれはそうだよ。・・・ああ、さっきのあれを気にしとるのかね」
「あのね、『さっきのあれ』で済まさないでくれる?」
由利子は眉間に皺を寄せながら言った。
「二人きりの時にあんなことされたんじゃたまらないわ」
 実は、ジュンとジュリアスのJJチームが帰ってから、ひと悶着あったのである。

 山田医師が去った後、ギルフォードたちはセンター長室に残って、これからの対策について話し合っていた。由利子はしばらくそれに付きあっていたが、話が専門的になるにつれ訳がわからなくなったので、退席を申し出た。許可されたので、自販機でコーヒーでも飲もうとセンター長室から出ると、そこに昆虫採取から帰って来た葛西とジュリアスが現れた。高柳に報告に来たらしい。
「オー、由利子! そこに居たのかね♪」
ジュリアスは由利子の姿を認めると、嬉しそうに走って近寄り、がっつりと抱き寄せいきなりキスをしようとした。
「何すんだっ!!」
由利子の怒号と共に、ジュリアスの身体が宙に舞った。ジュリアスは予想外のことに驚いた表情をしていたが、床に叩き付けられるまえに、ひらりと着地して言った。
「ほぉ~、由利子、強かったんだね」
「ジュジュジュジュリー!」
葛西が由利子以上に狼狽してジュリアスに詰め寄った。
「な、な、なんてことすんだよ」
「西洋式挨拶だなも」
「いっ、いくら西洋式っても、恋人でもないのに、いきっ、いきなり口にキスはないだろうがっ!」
「え~じゃにゃあか。フレンチキスみたいなディープなのはやらにゃあて」
「そんなもんされてたまるか~! こんどやったら、強制わいせつの現行犯でしょっぴくからなっ!」
「無茶言わんでちょーよ」
「無理矢理キスってだけで、充分強制わいせつだっ。てめっ、刑事の前で良い度胸だな!!」
珍しくすごい剣幕の葛西に由利子の方が驚いて、葛西をなだめる方にまわった。
「葛西君、落ち着いて。大丈夫、未遂だったし」
「遂行されちゃたまりませんよっ」
よく見ると、涙目であった。その時、センター長室のドアが開いて、ギルフォードと高柳の二人が様子を見に出てきた。
「騒々しいな。なにをやっとるんだ、君たちは」
高柳が由利子たちの様子を見て呆れ気味に言った。ギルフォードは何が起こったかすぐに判断したらしい。ジュリアスの方を見て、ため息混じりに言った。
「ジュリー、またやりましたね。ここは日本だから気をつけろと言ってるでしょ」
「あんたが言うな~!」
人ごとのように言うギルフォードに、由利子が速攻でツッコんだ。高柳は、片眉を上げた後収拾をつけるように言った。
「これからセンター内での『西洋式挨拶』は禁止だ。いいね。さて、葛西君、キング先生、どうぞ。今日の報告を聞こう」
「高柳先生、気を遣わないでおれも『君』付けで読んでください」
ジュリアスは高柳にそういうと、肩をすくめた。
「どうも、居心地悪くって」
「わかったよ、キング君。まあ、とにかくみんな入りたまえ。篠原さんも今ので気分転換になっただろう」
そういうと、高柳は右手の親指で室内を指したあと、部屋に入っていった。
 部屋に入ると、四人を応接セットに座らせた。由利子葛西ジュリアスと長椅子に座り、高柳とギルフォードが前に座った。
「結局、今日の収穫は置き土産と足二本だけということだね」
葛西の報告を受けて高柳が言った。葛西は少し悔しそうな顔をして答えた。
「ええ、申し訳ありませんが」
「それにしても、罠ごと飛んで逃げようとするとは豪快だな」
「ゴーカイで済まさないでクダサイ。僕はゾッとしましたよ」
ギルフォードが両手を組んで二の腕を掴み、「寒っ」というポーズをしながら言った。高柳が苦笑した。
「まあ、君はね。しかし、足だけでも病原体の所在やDNAの検査は充分に出来るからね」
その時、高柳の携帯電話がけたたましく鳴った。
「ホットラインだ。 何かあったらしい」
そう言いながら、高柳が急いで電話に出た。
「高柳です。・・・なんですって、駅で!?」
珍しく高柳が驚愕した声を出した。緊張して高柳を見る四人。
「・・・はい。・・・はい。わかりました。すぐに対処します」
高柳はそう言いつつ電話を切ると、厳しい表情で皆の顔を見て言った。
「諸君、大変な事が起こった。N鉄道のF駅で、発症者が人ごみの中『炸裂』して死んだらしい」
「ええっ!?」
四人は驚いて顔を見合わせた。
 その後、センター内は勢い嵐のように慌ただしくなり、高柳とギルフォードは感染者の対処に、葛西は遺体の確認と検分に向かったのである。

「今度やったら殴るからね」
由利子は椅子から立ち上がると、両手を腰に当てやや前かがみになってジュリアスに向かうと言った。ジュリアスは肩をすくめながら言った。
「殴るも何も、さっきは投げ飛ばしたじゃにゃあかね。意外と強いんでびっくりしてまったよ」
「痴漢対策に美葉から教わった護身術で、馬鹿の一つ覚えよ。不意打ちにしか使えないから実戦向きではないわね。美葉曰く、投げ飛ばしたら後も見ないでスタコラさっさと走って逃げるべしってね」
「なるほど。 なかなか賢明な指導だがね」
「それにしても」
由利子が失笑気味に言った。
「あなた達ってまさに割れ鍋に綴じ蓋だわね。抱きつき魔とキス魔のゲイカップルだなんて!」
「身も蓋もにゃあ言い方しにゃーでちょーよ」
ジュリアスが、苦笑しながら言った。
「でもよお、おみゃあとならなんとかなりそうな気もするんだわ」
「って、ぺったんこだからかい!」
同時にぼかっという音がした。
「殴るよ!」
「た~けっ、殴ってからゆ~な! しかも、グーで殴っただろ」
ジュリアスが頭を押さえながら言った。その仕草が妙に可愛かったので、由利子はつい吹き出して言った。
「ぷはっ、あはは、普段なら手が届きにくいけど、あなたが座ってたからつい手が出ちゃった。ごめんね」
「ったくもお、けっこう痛かったがね。まあ、それだけおみゃあがおれとうち解けてくれたってことだから、嬉しいけどよ」
「それは喜ばしいお話ですけれど、そろそろ始まりますわよ」
いきなり後ろで声がしたので、二人は驚いて飛び上がった。振り返ると紗弥が立っていた。
「紗弥!」
「なんだ、紗弥さんか~。脅かさないでよ」
「相変わらず忍者みたいなヤツだて」
「お二人がここにいるとお伺いして来ましたの」
紗弥は由利子の隣に座りながら言った。

 ニュースは延長され、会見の場に移っていた。会見の場では、知事をはじめ県の保健担当や警察関連の責任者が並び、一同が深々とお詫びの礼をした。公式発表の遅れを詫びてのことだった。由利子が感心するように行った。
「さすがに全国向けだけあって昨日より会見の人が多いね」
「そうですわね」
「おれたちはラジオで聞いたんでそこらへんはピンと来にゃあけどな。今もほとんど知事がしゃべくっとるし」
「各セクションの説明が必要ですから、あの人数は当然ですわ」
「あ、高柳先生の代理で三原先生が出てる。あの人主任医師だって。知っている人が出ているとなんかワクワクするねえ」
「始まりましたわよ。どうやら夕方の事件の説明からあるようですわね」
「おっと、見なくっちゃ」
三人は画面に向かった。
「まず、今日の夕方起きた駅での感染症発症者死亡について、F県警察本部長から説明があります」
森の内F県知事に指名された石川は、立ち上がるとゆっくりとした口調で説明を始めた。
「F県警本部長の石川です。
 今日夕方6時頃、N鉄道F駅の改札前で男性が倒れ、数分後に死亡しました。通報を受けた警察は、男性が危険な感染症に罹っていた可能性があるため、市民の安全を図るために現地に警官を多数投入し、特に遺体の検分や処理を担当する警官には防護服を着用させました。駅は封鎖され、電車は現在のところ次のY駅から発着しています。男性の遺体は、同じく防護服着用の救急隊員に専用の病院に搬送され、男性の近くにいた方々や、男性と接触した可能性のある方々を感染リスク群として同病院に収容いたしました。亡くなった男性については、身元の確認を急いでおります。なお、収容された方々のご家族には追ってご連絡いたしますが、個人情報を守るために、ここでの発表は控えさせていただきます」
石川は、説明を終えると一礼して席に着いた。その後、森の内が立ち上がり、詳しい経緯を話し始めた。
「最初に簡単に説明いたしましたが、現在F県下で新型の感染症が発生していることが判明いたしました。検討した結果、看過することの出来ない危険な感染症と言うことが判明し、昨日F県及び周辺地域に警告いたしました。本日、このような全国発表を予定しておりましたが、そのまえにこのような深刻な事件が発生してしまいました。後手に回ってしまったことを、改めてお詫び申し上げます」
森の内はそういうと、一同と共に深々と頭を下げた。
「それでは、今から詳しい経緯を説明に入ります。まず、昨日の緊急放送をまとめたものをご覧ください」
森の内が言うと、画面がVTRに切り替わった。

 ギルフォードは、感染リスク者への対応を高柳たちに任せ、解剖室に向かった。解剖室内はスペース上の問題から入る人数に制限があり、また防護服無しでは入られないので、隔離病室と同じように室外から窓を通して観察出来るようになっていた。それで、ギルフォードも防護服は着けずに、外で見学することにした。いつ高柳に呼び出されるかわからないので、フットワークの軽さをキープするためである。解剖室の前まで行くと、葛西と何故か長沼間が窓の前にスタンバッていた。
「長沼間さん、いつの間にここに?」
ギルフォードが驚いて尋ねると、長沼間は何となくバツの悪そうな表情を一瞬浮かべた。しかし、すぐにそれは消え、いつもの強面に戻って答えた。
「ちょっとここに来る用事があってな。だがまあ、ちょうど良かったよ」
「ホント、驚きましたよ。だって長沼間さん、僕より先にここに立ってるんだから」
葛西も、すこし不審そうな目をしながら長沼間を見て言った。ギルフォードは葛西の隣に立つと、遺体の方に眼をやった。
「まだ、外見の検査をしているみたいですね」
「ええ」葛西が答えた。「隣の部屋では、鑑識が衣類や持ち物などの検分をしています」
「しかし、病気でやつれてしまってますが、元来はわりと逞しくて良い身体をしていたようですね」
ギルフォードが遺体の感想を述べると、長沼間が苦笑いをしながら言った。
「おいおい、趣味に走らないでくれよ。みんながドン引きするだろ?」
「すみません、って、いや、その、そんなエッチな気持ちで言ったんじゃありませんよ。体格から職業を推理しようとしただけです」
「確かに、いかにも労働者って言う感じですね」
と、葛西が相槌を打った。長沼間が腕を組みながら唸って言った。
「しかし、俺は新型感染症患者の遺体を写真以外では初めて見るが、ひでえもんだな」
「ええ・・・」
ギルフォードが表情を曇らせながら言った。その時、解剖室に続く隣の部屋のドアが開き、鑑識の警官が何か血に染まった紙を持って入って来た。
「葛西刑事、遺体の着ていたズボンのポケットからこんなものが出てきました」
警官は、窓の前に駆け込むと、手にした紙を広げて窓に近づけ葛西たちに見せた。それはA4くらいの用紙で四つに折りたたんだ跡があった。
「何でしょうか? 何か、図形と文字が書いてあるようですけど」
葛西はそれを見て首をかしげながら、ギルフォードの方を見た。ギルフォードもその紙を怪訝そうにじっと見ながら言った。
「かなり血で汚れていますからねえ。文字の方は判読が難しそうですね。詩の様ですが。図の方は何でしょう。上にかなり足の長い十字と、その先に、二つの三角形が縦に重ねて書いてあるみたいですけれど・・・」
「なんかのシンボルじゃねえか?」
長沼間が言うと、葛西がはっとした。
「って、まさかテロ組織の・・・!?」
それを受けて、ギルフォードがもう一度その紙を凝視して言った。
「テロ組織のシンボル? それだったら、これはメッセージと言うことになりますね。というか、テロリスト本人が、ウイルス爆弾として自爆したということになります!」
それを聞いて、葛西が言った。
「そういえば、この男が倒れる直前に話した男性の証言で、この男が自分を爆弾と言ったとか・・・」
「これは・・・」
「そうですね。由利ちゃんを呼んだ方が良いかもしれない」
「今から行ってつれて来ます」
ギルフォードはそう言うや否や、その場を駆け出していた。

「VTRだって。手抜きっぽいなあ」
由利子がぼそりとつぶやいた。それを聞いた紗弥が言った。
「また同じことを繰り返すより、昨日のVTRを流す方が時間短縮にもなりますし合理的ですわ。わかりやすく編集してありますし」
「まあ、たしかにそうだけどね」
「それにしても」
ジュリアスが厳しい表情で画面を見つめながら言った。
「まるで森の内さんの判断で発表が遅れたようになっとるのが気に食わにゃあな。アレックスの話じゃあ国が早い時期の告知を止めたらしいで、森の内さんが孤軍奮闘してようやくきんのう(昨日)の緊急放送ににこぎつけたということじゃにゃあか」
「え? どういうこと」
由利子が驚いて聞き返した。県議会での反発は知っていたが、国自体が渋ったとは・・・。
「そりゃあ、僻地とは言うても・・・」
「僻地で悪かったわね」
「おっと、すまにゃあな。・・・首都圏からかなり離れとるとはいえ、それなりの大きい都市でウイルス騒ぎがありゃあ、その影響による経済の損失はどえりゃあものになるだろ。それと、ついこの間までの人的被害を天秤にかけりゃあ、告知をためらうのは仕方にゃーだろうて」
「そうですわね。それで、もしアウトブレイクした場合は九州を閉鎖すると・・・」
紗弥が言いかけると、ジュリアスが遮るように言った。
「いや、政治屋連中がどう考えとるかは知らにゃーが、アウトブレイクした時はもう日本どころか世界中に火の粉が散らばってしまっとるよ。江戸時代じゃにゃーからな。約百年前の交通網でさえ、スペイン風邪がパンデミックを起こしとるのだで」
「じゃあじゃあひょっとして」
由利子が言った。
「敵の目的が要求を通すためではなくて、単にウイルスを広げるためだとしたら、そういうシナリオで意図的にウイルス散布にこんな僻地を選んだ可能性があるんじゃない」
「僻地を根に持たんでちょーよ」
ジュリアスが苦笑いをしながら続けた。
「おれは、アレックスの推測どおり、数箇所ウイルスを撒いて、たまたまここで成功したのだと思うがね。そもそもウイルスを広げることが目的だとしたら、テロリストの狙いは一体何だって言うのかね?」
「そりゃあ、わからないけどさあ。今のところアレクに送って来た、スパムを装った挑戦状だけで、公には要求もなんらかの意思表示もしてこないんでしょ。だったら単なるばら撒きの可能性だって考慮すべきだよ」
「意思表示なら、ありましたよ」
後ろで今度は聞き覚えのある男の声がした。由利子とジュリアスが驚いて振り返ると、ギルフォードが立っていた。その横には、先にギルフォードに気がついた紗弥が控えていた。
「今度はアレクかい!」
「教授と秘書が、似たような登場をしないでちょおよ」
由利子とジュリアスが口々に言った。
「驚かせてスミマセン」
「仕事は終わったのかね、アレックス?」
「いえ、まだ途中ですが、ユリコを迎えに来ました」
「私を迎えに来た?」由利子が怪訝そうに尋ねた。「それに、意思表示があったってどういうこと?」
「はい。夕方死んだ男のズボンのポケットから出てきた紙に、何か文字とシンボルらしい絵柄が書いてあったんです。紙は血まみれで、シンボルや文字も書きなぐったようなものだったので、判別は難しそうですが」
「どんなものだったか、私にも見ることが出来ますか?」
由利子が興味津々といった風情で聞いた。
「そのことで、君を迎えにきたんですよ」
ギルフォードは、なんとなく気の毒そうな表情で由利子を見ながら言った。由利子は嫌な予感を覚えながら聞いた。
「え? それで、私はどこへ行くの?」
「もちろん、解剖室ですよ」
「やっぱり・・・」
由利子はそう言いながら血の気が引くのがわかった。
「大丈夫、遺体の解剖はまだです。君には遺体の顔を確認して欲しいのです」
「ということは・・・!」
「ええ、死んだ男が敵の仲間である可能性が高いのです」
「わかりました。行きます!」
由利子は即決して言った。 

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