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4.衝撃 (3)桜子とギルフォード

 葛西は、昨日ホームレスの遺体が見つかった場所の近くで聞き込み調査をする前に現場に寄ってみることにした。もちろん、現場付近は広範囲にわたって立ち入り禁止のテープが張られており、警官たちが侵入者のないよう警備していた。彼らは葛西の姿を見ると、さっと敬礼した。葛西も敬礼を返してから尋ねた。
「何か変わりはありましたか?」
「いえ、何人かが何が起きたのか聞いてきましたが、後は特に・・・」
警官たちの答えはだいたいこういった感じだった。
「で、なんて答えてるんですか?」
「ああ、事実のとおり答えてます。身元不明の遺体が見つかったからだと」
「そうですか」
「葛西刑事」
少し離れたところに居た警官が、葛西の傍に近寄って来て言った。
「自分らもまだ詳しい話は聞いていないのですが、これも今問題の事件と関わりがあるんですか?」
「ええ、多分・・・」
葛西は言葉尻を濁しつつ答えた。そんな中、葛西は橋の上で写真を撮っている女の姿を見つけた。遠くで顔はよくわからないが、あの極美という女に似ているように思えた。葛西は急いで女の方に向かって走ったが、女は近くに止まっていた車に乗って姿を消した。
「くっそぉおおお~!」
葛西は走るのを止めて毒ついた。いくら葛西が元中距離ランナーでも車には敵わない。取り合えず、葛西は橋の上まで歩き、女のいた辺りにたって周囲を見回した。
「こんな、うっぽんぽんの地形じゃあ、なにもかも丸見えじゃないか・・・」
葛西はぼやくと、欄干に寄りかかり広いC川の川面を眺めた。

「ああ、びっくりした」
極美は助手席でシートベルトを締めながら言った。運転席の降屋裕己(ふるやひろき)が、不審そうな表情で尋ねた。
「どうしたの?」
「あ、堤防の上で警官と話していた刑事らしい人が、私を見つけて追いかけてこようとしたの。きっと、公園に居た連中の一人だわ。ほかに私のことを知っている人なんかいないもの」
「そうか、やっぱり」
「昨日ここの河川敷にも大勢の防護服が居たらしいという、あなたの情報は、多分間違いないようね」
「そのようだね」
「で、あなたの情報源って一体何?」
「そりゃあ、例の公安の友人と・・・」
「それだけじゃないでしょ?」
「あ、わかった? でも、今はまだ秘密だよ」
「あん、いじわる!」
「その機会が来たらきっと話してあげる」
降屋は極美に向かって意味深な笑みを浮かべて言った。

 講義を終えて駆けつけたギルフォードが、待合室の方からセンター内に入ると、小さい女の子の話し声が聞こえた。その方を見ると、待合室のソファに女の子と初老の女性が座っていた。ギルフォードはそれが多美山の孫だと判断した。おそらく女性の方は、年齢からして祖母なのだろう。多美山の妻は早くに病死しているから、おそらく母方の祖母であろう。女の子は、祖父である多美山について、何度も祖母に質問しているのだが、祖母の方は孫の質問に「そうねえ・・・」と言葉を濁すばかりであった。
「キュウシュウのおじいちゃんに あいにきたんでしょう? おじいちゃん、びょうきなの?」
「そうねえ・・・、でも、おばあちゃんもよくわからないの・・・」
「はやく、あいに いこ!」
「そうねえ・・・」
「びょうきなんでしょ? はやく おみまいにいこぉ」
「そうねぇ・・・、でもママが帰るまでちょっとまってちょうだいねえ」
と、堂々巡りである。なんとなく状況を把握したギルフォードは、彼女らに近づいて行った。
 案の定、でかい白人の男が近づいて来たので、二人は警戒して黙ってしまった。ギルフォードは彼女らの警戒心を解こうと、とびっきりの笑顔を浮かべて言った。
「こんにちは。タミヤマさんのお身内の方ですか? 僕はギルフォードと言って、タミヤマさんにはお世話になっています」
ギルフォードの努力にもかかわらず、女の子は見知らぬ大きな外国人に話しかけられ、驚いて祖母の陰に隠れた。
(”まあ、泣き出されない分上等だな”)
ギルフォードがそう思っていると、祖母がおずおずと質問をしてきた。
「あの、どういったお知り合いで?」
(”俺の出自が判るまで信用してもらえないって感じだな。まあ、無理ないか”)
ギルフォードはそう思いながら、引き続き笑顔で答えた。
「はい、今、多美山さんが関わっておられる事件の関係で知り合いました。あ、申し遅れましたが僕はこういう者です」
そう言いつつ彼女に名刺を渡す。
「はあ、Q大の教授先生でいらっしゃいますか」
目の前の外国人が怪しいものではないということがわかって、女性の態度にすこし軟化が見られた。
「失礼いたしました。私は多美山の嫁の母で谷楓と申します。多美山がお世話になっております」
「カエデさんとおっしゃるのですか。あなたにお似合いの、日本的で美しいお名前ですね」
ギルフォードは、にっこりと笑いながら歯の浮くようなセリフを臆面もなく言ってのけた。この一言で楓の態度が急に好意的になったのは言うまでもない。
「いえ、古風なだけですから」
楓は少しはにかみながら言った。すかさずギルフォードは楓に尋ねた。
「可愛い女の子ですね。お孫さん・・・、ですよね」
「ええ、そうですけど」
「あの、スゴクぶしつけでスミマセンが、お孫さんと少しお話していいですか?」
「ええ、どうぞ」
楓は快諾した。ギルフォードは女の子の方を向くと、目線が合うようにしゃがみながら言った。
「こんにちは。僕は、アレクサンダー・ギルフォードです。君のお名前は?」
女の子は戸惑って楓の方を見た。楓は笑いながら言った。
「いいのよ。先生にお名前を教えてあげなさい」
祖母の許しを得て、女の子は安心して言った。
「さ~ちゃんは、たみやま さくらこ、です」
「サクラコちゃん? いいお名前ですね」
「おじいちゃんがつけてくれたの」
「おじいちゃんが? へ~え、そうなんだ。さ~ちゃんはおじいちゃんが好きですか?」
「はいっ。だいすきです」
「どこが好き?」
「えっとね。つよいけどやさしいのと、とりさんみたいだから」
「鳥さん?」
ギルフォードは、少し驚いて聞き返した。あの多美山からはとてもイメージ出来ない例えだったからだ。
「方言ですよ」楓がフォローした。「九州の方って、よく『とっとぉと(取っているの)』っておっしゃるでしょ? それが鳥みたいだって、この子ったら・・・」
「ああ、そうですか。そう言えば鳥っぽいですねえ」
ギルフォードはそう言いながら微笑んだが、急に真面目な表情になって桜子に言った。
「さ~ちゃんは、おじいちゃんに会いたいんですよね?」
「うんっ!」
桜子は即答した。
「こら、『うん』じゃなくて、『はい』でしょ?」
祖母に注意されて桜子は小さく「はい」と言い直した。それを見てギルフォードは少し微笑みながら言った。
「おじいちゃんが病気なのは知ってますね」
「はい。だって、ここびょういんだもん」
桜子は口を尖らせて言った。
「そうでしたね」ギルフォードはくすっと笑って続けた。
「いいですか、よく聞いてください。おじいちゃんは重い病気に罹っています。そしてそれは感染る病気です」
「あなた、子どもにそんなこと言っても・・・」
「いえ、問題ありません」
楓が口を出したが、ギルフォードは反論し、続けて聞いた。
「感染るってわかりますか、さ~ちゃん?」
「おカゼみたいに?」
「そうです。でも、もっともっとアブナイ病気です。だから、お見舞いに行ってもさ~ちゃんは直接おじいちゃんに会うことが出来ません」
「あえないの?」
桜子は悲しそうな顔して言った。
「会えますよ。ただ、違うお部屋からおじいちゃんとお話することしか出来ません。抱っこもキスもしてもらえませんし、出来ません」
「さ~ちゃんもおじいちゃんもキスはしないよ。おじちゃんみたいなガイジンじゃないもん」
「あ、そうでしたね。触れることが出来ないって言いたかったんです」
「あのね桜、おじいちゃんのお傍に寄れないってことよ」
楓がフォローした。
「さ~ちゃん、キスしないし、だっこもがまんするから・・・」
「そうはいかないのです。ゴメンネ。でも、お顔は見えるし、少しならお話も出来ますよ」
「・・・」
子ども心になにかを察したのだろう、桜子は黙って下を向いてしまった。
「さ~ちゃん、どうしたの?」
「・・・そうじゃなかったらあえないの?」
「はい。残念ですケド・・・」
「あのね・・・。さ~ちゃん、それでいいからおじいちゃんにあいたい」
桜子は、少し涙目で言った。
「さ~ちゃんはイイコですねぇ」
ギルフォードは、つい目の前の幼い少女が愛おしくなり抱きしめてしまった。
「あの、ぎるふぉーど先生?」
祖母の楓が驚いて声をかけた。ギルフォードは焦って桜子を解放して言った。
「あ、すみません、つい西洋のノリで・・・」
しかし、当の桜子の方はさして気にした様子は無いようで、そのままギルフォードにしがみつきながら言った。
「おじちゃん、あのね、かたぐるまして」
「え?」
いきなりのオーダーに、ギルフォード自身が驚いた。桜子がギルフォードを見上げて言った。
「おじいちゃんね、よくかたぐるましてくれるの」
「おじいちゃんより背が高いですから、ずいぶんと高いですよ。怖くないですか?」
「うん、さ~ちゃん、たかいとこヘイキだから」
「じゃあ、『アレクおじ様』って呼んでくれたら・・・」
ギルフォードはいたずらっ気をだして言ってみた。
「アレクおじちゃま、かたぐるましてください」
即答である。
「本当に素直でいい子ですねえ」
意外とあっさり答えが返って来たので、ギルフォードは驚きつつ感動して、桜子の両肩に手を置いて言った。感動でじ~んとしている大男を見ながら楓は思った。
(変な外人ねえ・・・)
その時、待合室に言い合いのような声が聞こえた。見ると娘が知らない二人となにか話している。桜子もそちらを見て言った。
「あ、ママだ」
ギルフォードも振り返った。彼の知らない女性一人とよく知っている二人の人物が、何がしか言い合っていた。桜子の一言と、彼らの話の内容から状況を把握したギルフォードは、桜子に言った。
「じゃあ、さっそく肩車でママのところにいきましょう」
「うん!」
桜子は嬉しそうに言った。

「いいですか。落ちないようにしっかりと僕の頭を持っているんですよ。あ、目隠ししないで」
ギルフォードは、肩に桜子を座らせると立ち上がった。
「ひゃあ、だいぶたかいよぉ~」
桜子は嬉しそうに言った。言葉に反してまったく恐れている様子は無い。
「さ~ちゃん、大物になりますよ」
ギルフォードは楓に言った。楓は困ったように答えた。
「もう、本当にお転婆で・・・」
 ギルフォードは、ゆっくりと由利子たちに近づきつつ声をかけた。
「何をもめているんですか?」
「アレックス!」
「アレク、どうしてこんなトコに?」
二人は驚いて言った。
「ああ、今日車を止めた場所からは、こっちから入った方が早いもんで・・・」
ギルフォードはにっこりと笑いながら言った。しかし、梢はギルフォードが娘を肩に乗せているのを見て、驚いてすごい剣幕で言った。
「あなた、誰? 娘になんてことをしてるのよ!!」
(”『なんてこと』たぁ人聞きの悪い”)
「あのね、梢。この人は怪しい人じゃないから」
ギルフォードが不満に思ったところで、楓がフォローしつつ、もらった名刺を梢に見せた。
「で、Q大の教授がなんで娘を肩車してるんですか。危ないから降ろしてちょうだい」
「や! さ~ちゃんおりないから!! ママってば、おじいちゃんにもいつもそうやっておこってたもん」
桜子が口を尖らせて言った。
「やめてちょうだい。3mくらい高さがあるじゃないの! 落ちたら死んじゃうわ!!」
「さすがに3mはないと思いますが・・・。それじゃあ、ジャンボマックスですヨ
ギルフォードは肩の上にいる桜子の方を向いて言った。
「ママが卒倒する前に下りようか」
「うん。しかたないなあ、ママは」
桜子が了解したので、ギルフォードは桜子を降ろすためにしゃがんだ。桜子はギルフォードの肩からよいしょと降りたが、そのままギルフォードの首にしがみついて言った。
「じゃあ、かわりにだっこして」
「桜子!!」
梢は本気で怒って言った。
「会ったばかりの男に平気で抱きつくなんて、はしたない! パパが見たら卒倒するわ!!」
「アレックスは子どもと動物に懐かれる天才だがね。セミが木に止まるようなもんだて、お母さん、心配せんでええて」
ジュリアスが複雑な表情で言った。由利子はジュリアスの様子を見て(あれ?)っと思った。(ひょっとして・・・?)。
 結局、桜子は祖母と母親の両方から手をつながれた。そのせいか、なんとなく仏頂面をしている。
「じゃ、帰るわよ! 桜、おじちゃんにご挨拶なさい」
「え? かえるの? おじいちゃんのおみまいはぁ?」
「ダメ! 感染ったら大変でしょ?」
「アレクおじちゃまがいったもん。おへやがべつだからダイジョウブだって!」
「ダメと言ったらダメなの!」
「だって、だって・・・」
「いいから帰るの!!」
「ママのバカぁ!!」
そう叫ぶと、桜子はうえ~んと泣き出してしまった。待合室の受付の女性が驚いて走り寄った。
「大丈夫ですか? なにかあったんですか?」
「あ、大丈夫です。子どものかんしゃくですから」
梢は焦って取り繕って言った。まさかそこまで娘が祖父に会いたがるとは思ってもいなかった。梢はギルフォードの方をキッと睨みながら言った。
「あなた、この子に何を吹き込んだの!?」
「タミヤマさんには直接は会えないということを言っただけです。彼女は最初からおじいちゃんに会いたがっていたんですよ。ねえ、カエデさん」
楓はいきなり自分に振られたので、驚きつつ答えた。
「ええ。ママが帰って来るまで待ってって、なだめるのが大変だったのよ。そこにギルフォード先生が来られて・・・」
ギルフォードはここぞとばかりに説得を始めた。
「コズエさん、サクラコちゃんをおじいさんに会わせてあげてください。お子さんがご心配なのはよくわかります。でも、僕はこの建物の図面と実際に内部を確認しましたが、特に問題はありませんでした。それに、もしウイルスが漏れ出していたとしたら、すでに僕たちの何人かは発症してしまっています。それに、この病気は直接触れた場合には強い感染力を発揮しますが、空気感染しないタイプです。したがって、離れている限りは感染のリスクはかなり低くなると思われます」
梢は、ギルフォードの説明を聞きながら少し態度を和らげたような感じだった。あと一押しだな、とギルフォードは思った。
「ましてや、タミヤマさんの病室は内圧が少し低く保たれていて、空気が外に向かわないように設定されていますし、何より完全に隔離状態にあります。ガラス窓も三層になっていて、密封されていますから、絶対に病原体が漏れ出すことはありません」
それでも、梢はまだ心配事が抜けないような表情で言った。
「でも、お義父さんの今の状態を知っているでしょ? あんな酷い状態のおじいちゃんを見たら、桜はショックを受けてしまいます」
「それは、ショックかもしれません。でも、子どもを甘く見てはダメです。子どもには意外と柔軟性があります。むしろそういうことから目隠しするほうが問題です。さ~ちゃんは、僕の肩車の高さでも平気でした。タミヤマさん似の強い子です。きっとダイジョウブですよ」
「だけど・・・」
「しようと思えば、僕がサクラコちゃんをかっさらって、病室の前まで連れて行くことだって出来ます。それをしないのは、コズエさん、あなたの了解を得るべきだと思うからです」
(アレク、それって犯罪ですから)
由利子は出る幕が無いので、心の中で突っ込んだ。梢は根負けしてため息をつきながら言った。
「そこまでおっしゃるのなら・・・。わかりました。ちょっとの間だけなら・・・・・」
「ありがとう。多分、タミヤマさんの負担になりますから、実際にちょっとしか会えないと思います」
祖母に抱っこされて泣きじゃくっていた桜子は、いつの間にか泣き止んで二人の会話を聞いていた。ギルフォードは、桜子の方を見て微笑みながら言った。
「さ~ちゃん、良かったですね。おじいちゃんに会えますよ」
「ほんと? いいの、ママ?」
「ええ、でも、ちょっとだけですよ。いいわね。これ以上わがままを言わないでちょうだい」
「ママ、ありがとう!!」
桜子は、母親に抱きついて言った。
「アレックス、おれ、先に行って報せてくるがね」
そういいながら、ジュリアスが走って行った。彼の姿はすぐに見えなくなった。その後、梢と桜子が手をつないで歩き楓がその後に続いた。
「さ、僕らも行きましょう」
「はい」
ギルフォードと由利子は三人の後に続いた。
 由利子はギルフォードと並んで歩きながら彼に言った。
「また、アレクにいいトコ取りされちゃったわね」
「え?」
「私とジュリーが説得するつもりだったの」
「そうでしたか。悪いことしましたね」
「でも、きっと私たちだったらダメだったな。このマダムキラー! おまけにロリコンの気もあったのね。何よ、アレクおじちゃまってなぁ」
「ゴカイです」
「ゴカイもミルワームもないわよ。それより・・・」由利子は声のトーンを落として言った。
「ジュリーが紗弥さんの彼氏ってウソでしょ? 彼、アレクの?」
「スルドイですね。バレましたか。でも、騙すつもりじゃなかったんですよ。サヤさんがサプライズにしたかったそうなのです」
「なるほどね。じゃあ、昨日ラブラブだったのは・・・」
そこまで言うと、由利子は自分の顔が赤くなっていることに気がついた。
「やだ、私ったらこんな時に何を・・・」
そう言ってギルフォードの方を見ると、彼の頬もぽっと赤く染まっていた。
「あれぇ、アレクおじちゃま、おばちゃんも、どうして おかおが あかくなってるの?」
二人がついてきているか確認しようと後ろを振り向いた桜子が、不思議そうに言った。
 

 葛西は、その後周辺の民家やオフィス・店舗等ランダムに数カ所ほど聞き込みを終えていたが、まだそこまで妙な噂が広がっているような様子は感じられなかった。どちらかと言うと公園での事件の方にみなの興味は集中していた。葛西自身も、要らないことを聞いたがために藪を突いて蛇を出すようなことをしないように、質問を選んでいたせいもあるかもしれない。
 しかし、ある安アパートで聞き込みをしていると、その一室に住んでいる、近所の大学に在籍しているという学生が言った。
「そういえば、今朝だったか、ようつべに妙な動画がアップされていたな。C川河川敷とか書いてあったんで、ちょっと興味があったんで見たんだけどさ」
「って、それは何? どういうものだったの?」
葛西は、何となく嫌な予感がして尋ねた。
「ああ、『C川にストームトルーパー現る』ってネタ動画だったんだけど、合成にしてはなんとなくリアルでさ。あ、見る?」
「え? いいんですか?」
「いいよ。汚い部屋で良かったらね。上がって」
葛西は、言われるがままに部屋に入った。確かに男子学生の部屋だけあって、かなりこ汚い。
「あ、いろいろ落ちてるから踏まないでね。エロ本も気にしないで。もし無修正見つけても見逃してよ」
学生はそういいながら、パソコンの前に座るとyoutubeを開いて検索を始めた。
「ブクマしときゃよかったな。履歴探すのもめんどくさいし・・・」
彼はブツブツ言いながら探していたが、わりと早くそれは見つかった。
「あ、あったあった。画面粗いから全画面にすると見え難いけどね。まあ、ちょっと離れて見たら同じか」
そういいながら、彼は葛西に画面を見せながら言った。
「ほら、これだよ」
「何ですか、これは!!」
その動画は、まさに昨日の河川敷の情景を撮ったものだった。携帯電話で撮った動画らしく、夕刻だったこともあり画像はかなり荒かったが、何人もの防護服を着た男達が写っている。この中にひょっとしたら自分も写っているかもしれない、と思うと葛西は嫌な感じがした。しかし、確かにこの荒れた映像ではスターウォーズのストームトルーパーに見えないこともない。アップした人のメッセージにはこう書いてあった。

 これは一切の手を加えていない。私は見た。信じようが信じまいが、銀河帝國軍はすでにこの星に来ているのだ。

葛西はそれを読んで、頭がクラクラするのを覚えた。
「ね、すごいだろ?」学生は言った。「これ、ホントだと思う?」
「いや、僕は合成だと思うけどな」
葛西は勤めて冷静さを保ちながら答えた。
「そうだよねえ、トルーパーなんてSF映画の話じゃんね。やっぱ地球に来ているのはグレイだよね」
「そ、そうですね。でも、僕はフラットウッズ・モンスターが好きだなあ」
「おや、刑事さん、話が合いそうですね」
うっかり口走ったことで学生が乗り気になったので、葛西は焦って言った。
「いや、そんなに詳しくは無いんだ。それに、勤務中なんで・・・」
「ですよね。じゃ、また何かあったら言ってよ。わかることなら協力するから。これ、ネット用だけど名刺あげとくね。ケータイ番号も書いとくから」
彼はそういうと、名刺にさらさらと携帯電話の番号をメモして、葛西に渡した。
「ハンドルネームは、GFだけど、本名は緑原蔵人(くろうど)って言うんだ。それもメモってるからさ」
「ありがとう。何かあったら頼りにするよ」
葛西は緑原にそういって挨拶すると、そそくさと彼の部屋を後にした。
 

 ジュリアスは、スタッフステーションに飛び込むと、多美山の病室の前に急ぎ言った。
「多美山さんよお、喜んでちょーだゃあ。お孫さん、会いに来るってよ。もうすぐやって来るがね」
「キングさん、本当ですか?」
息子の幸雄が言った。
「ああ、アレックスがよ、何とか奥さんを説得したんだてよ」
「父さん、起きてる? 聞こえた? 桜がもうすぐ来るよ。良かったね」
「ああ・・・、桜子に会えっとか・・・」
多美山は、うっすらと目を開けて言った。
「良かったですね、多美山さん」
「ホント、良かったですね。もう、どうなるかと思ってました」
三原医師と園山看護士も口々に声をかけて喜んだ。
「園山さん・・・、すんませんが・・・私の目を、包帯で隠して、くれんですか? 孫が怖がると・・・イカンから・・・」
「多美山さん、そんなことしたらお孫さんの顔が・・・」
「よかとです」
多美山は力なく笑った。その表情を見た三原は愕然とした。目の焦点が合っていなかったからだ。
「多美山さん、ひょっとして・・・」
「そうです・・・。お察しのとおり・・・、もぅ、だいぶ前から、殆ど、見えとらん・・・とです・・・」
三原・園山・幸雄の三人は、顔を見合わせた。
「わかりました。急いで目を保護しましょうね」
園山が、少しかすれた声で言った。
「父さん・・・」
幸雄は父の右手を取って両手で優しく覆った。その手は腕の方から皮下出血による青黒い染みが広がっていた。

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