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3.侵蝕Ⅲ (4)悪夢再び

「なかなか楽しそうな一日でしたな」
由利子の話を聞き終えて、多美山は笑顔で言った。
「時間があまりなくて、ジュンペイからは詳しい内容は聞けませんでしたが、あいつもとても楽しかったと言うとりました」
「ええ、とても。・・・そうだ、病気が治ったら多美山さんも一緒に行きましょうよ。今度はもう少し遠出して・・・」
「そうですなあ・・・」
「いっそ、秘書の紗弥さんや美葉・・・も誘って、一緒に温泉にでも行きましょうか」
「ははは、そりゃあ綺麗どころが揃って、よかでしょうなあ」
多美山は、楽しそうに笑って言ったが、急に真面目な顔になって言った。
「時に篠原さん、ジュンペイのことはどげん思ぉとられますか」
「どげんもこげんも、お会いしてからまだ10日かそこらですので何とも・・・」
「そうですか。お話を聞いていると、けっこういい雰囲気になっとったように思えたんですが・・・」
多美山は少しがっかりして言った。
「ばってん、ジュンペイはあなたを結構気に入っとるようでしてね。あなたのことを話す時は、実に幸せそうな顔をしよりますんで・・・」
「はあ・・・」
「まあ、けしかけたとは実は私なんですが、こりゃあ、瓢箪から駒かな、と、思うとったとですが・・・」
「そりゃあまあ、確かに嫌いじゃあないし、たまに可愛いと思うこともありますが・・・、って、いえ、その・・・だからって特に好きと言うわけでは・・・」
由利子は、口を滑らせて少し焦った。それを見て多美山は安心したように言った。
「嫌いなわけじゃぁなかとですな」
「そっ、それよりも」由利子は、照れくさくなって焦って話題を変えた。「お話し忘れていましたが、海に行った時、アレク・・・ギルフォード先生が、こんなことを言ってたんですよ」
「先生が?」
「はい。日本の海の歌にはワルツが多いと」
「ほう、そうですか。ギルフォード先生が」
多美山は感心して言った。
「ええ。確かに『海』とか『港』とか思い出して歌ってみたら、ワルツなんですよね」
「なるほど、そういえばそうですな。波の打ち寄せるゆったり感がワルツ的なのかもしれませんなあ」
「それで、つらつらといくつかそういう3拍子の海の曲を思い出してみたんですが、『浜辺の歌』の2番がどうしても思い出せなくて・・・」
「ああ、それならこうですよ。♪ゆうべ浜辺を もとおれば 昔の人ぞ しのばるる 寄する波よ 返す波よ 月の色も 星の影(かげ)も」
多美山は、無骨な見かけによらず優しい低い声で繊細に歌った。由利子は感心して言った。
「ああそうです。思い出しました! でも多美山さん、歌が上手いですねえ・・・」
「いえいえ、お粗末様でした。この歌は、死んだ妻が好きな歌でしてね・・・」
「奥さん、亡くなられたんですか・・・」
「はい。ガンやったんですが、気付くのが遅れて・・・病院に行った時はもう手がつけられなくなっとったとです。それなのに私は、その時大きな事件を抱えとってろくに見舞いにも行ってやれんでした。時たま見舞いに行くと、いつも寂しそうに窓の外を見ていました。その姿は今でも思い出します。海辺にある病院で、窓から綺麗な浜辺がよく見えたとです。ある日見舞いに行くと、気分が良かったのか窓際に座って、この歌を歌ってました・・・」
「そんなことが・・・」
「この歌は2番までしか歌われんですが、3番があっとです。♪疾風(はやち)たちまち波を吹き 赤裳(あかも)のすそぞ ぬれひじし 病みし我はすでにいえて 浜辺の真砂(まさご) まなごいまは・・・」
「昔の歌だから、歌詞が難しいですね」
「そうですな。妻も意味はようわかっとらんやったと思います。今考えると、『病みし我は、すでに癒えて』という歌詞が羨ましかったのかも知れんです・・・」
「・・・」
由利子は何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
「結局、死に目にも会えんでした。あん時は息子にずいぶんと責められましたなあ・・・。当然っちゃあ、当然ですが。でも、妻は自分の為に被害者をおろそかにするな、仕事を優先しろと言うてくれましたんで・・・。根っからの警官の妻でした。ばってん・・・」
多美山はここで少し間を空けて言った。
「実際、自分がこうやって病気になってみると、あの時の妻の気持ちがようわかります。・・・心細いもんですなあ」
「すみません。なんか辛いことを思い出させてしまったみたいで・・・」
由利子は、軽い気持ちで聞いた歌に悲しい思い出があったと言うことを知り、話題を振ったことを後悔した。
「いえ、実はその前にインフルエンザに罹りましてな、さすがに5日間ほど自宅で寝込んでしまいまして、その時に痛感したとです」
「え? それって5月にK市で流行った?」
「そうです」
「それ、私もやったんですよ。きつかったです。私は一週間会社を休みましたよ」
「そうやったとですか。うちはやもめの一人暮らしなんで、ジュンペイや他の同僚も様子を見に来てくれたんですが、やはり大半を寝たきりで一人で過ごすとはちょっと辛かったですな」
「私もそんな感じでした。同僚が来てくれて・・・。でも、感染る病気だから安易に人は呼べないですから、辛いですよね。普通なら家族に来てもらうんだけど」
「家族・・・ですか。今は息子しかおらんです。それも、東京に住んどるんで、なかなか・・・。娘が生きていれば、あれでも・・・来てくれた、かもしれんですが・・・」
「娘さんも亡くなられたんですか?」
「はい。まだ、私が若か頃です。娘は・・・交通事故やったです。そん時も・・・私は仕事で―――――...」
多美山はそこで言葉に詰まった。由利子は、かける言葉を失っていた。何を言っても嘘くさくなりそうだからだ。今まで二人の会話を黙って聞いていた園山看護士が、とうとう口を挟んだ。
「多美山さん、篠原さん、そろそろこの辺で・・・」
「あ、すみません。楽しかったんで、つい長話を・・・」
由利子は恐縮して言った。
「わたしゃあ・・・、まだ構わんです、けど・・・」
多美山は言ったが、園山はそれを退けた。
「ダメですよ。もう1時間以上お話されてますでしょう? また熱が上がってるみたいじゃないですか」
そう言いながら園山は、リクライニングさせたベッドをさっさと元に戻しはじめた。
「多美山さん、良かったらまた明日も来ますから・・・。今日はもうゆっくりお休み下さい。それに、後からアレクや・・・それに葛西さんも来られるかもしれないでしょ、その時お話される体力は残しておかなくっちゃあ」
と、由利子も多美山に休むことを薦めた。
「そう・・・ですか・・・。じゃあ、しば らく 休むことに、しまっしょう。篠原さん、私も、楽しかった・・・ですよ」
そういうと、多美山はベッドに横たわり、ふうっとため息をついた。
「やはり、きつかったんじゃありませんか?」
由利子は、心配そうに訊いた。多美山は笑顔で答えた。
「まあ・・・、ちっとは――・・・。ばってん、久しぶりに、女性と楽しく・・・語らいました・・・な」
「そう言ってくださると嬉しいです。なんか最後の方、暗い話になっちゃってすみません。じゃ、ゆっくりお休みくださいね」
「はい。それでは少し・・・お休みさせて、いただきまっしょうか・・・」
多美山は、布団に身体を埋めると目を閉じた。園山が掛け布団の少し乱れたすそあたりを整えていた。由利子は黙ってそれを眺めていた。今は病気の為にやつれ気味だが、本当は実直で辛抱強くて頑強な刑事さんなんだろうなと思った。と、急に多美山が目を開けて由利子をじっと見て言った。
「篠原さん・・・、私に何かあったら、ジュンペイば、よろしく頼みます・・・・・」
「多美山さん、そんな気の弱いこと言わないでください」
「たのみ、ます・・・ね・・・」
それだけ言うと、また眼を閉じた。
「多美山さん、あの・・・」
由利子は立ち上がってガラスにギリギリまで近寄ったが、そこで無情にも窓は元の曇りガラスへと瞬時に変わってしまった。由利子はがっくりと椅子に腰掛けた。視界がじわっとぼやけていった。多美山の容態が急激に悪化したことが由利子にもわかった。由利子はしばらく座ったまま、下を向いてぼんやりと床を見つめていた。
 多美山の入院当初から傍にいた園山看護士も、会話中の多美山の変化からなにか不吉なものを感じていた。
(今までと、様子が違う)
園山は直感した。急いでインターフォンで内線電話をかけ、他のスタッフと二言三言話すと電話を切り、多美山の様子を伺った。多美山はもう寝息を立てていた。園山はそれを確認すると軽く頷き、急いで病室を出ると、通路にあるインターフォンでセンター長室に居る高柳と連絡を取った。

「園山君か。多美山さんに何かあったのか?」
高柳は、内線電話に出るとすぐに問うた。
「はい。ついさっきまで、篠原さんとお話になってたんですが、急に様子が変わったように思われて・・・」
「どんな風なのかね?」
「何か、会話が急に緩慢になって・・・」
「お疲れになっただけじゃないのか?」
「始めはそう思ったのですが、なんか違う気がして・・・。上手く説明できないのですが、急に知的レベルが落ちたというか、劣化したというか・・・」
「うむ、ギルフォード先生の話や葛西刑事のレポートにあったような状態だろうか。ところで、君は廊下のインターフォンでかけているようだが、何故病室からかけなかったのかね?」
「患者に容態についての話を聞かせるわけにはいきません。寝ているようでも眼をつぶっているだけかもしれませんし」
「しかし、多美山さんの様子は見ていたまえ。私は今からスタッフと相談してみよう」
「お願いします」
「ギルフォード先生は、まだ西原兄妹の部屋に居るはずだ。防護服を着用しているはずだから、至急連絡してきてもらいなさい」
「はい。では」
園山は高柳との回線を切ると、西原兄弟の居る部屋に内線をかけなおした。

 園山が廊下で連絡をとっている間に多美山は急に目を開け、何かに驚いたように飛び起きた。続けて周りを見回し、その後自分の両手を見た。
「おおお・・・」
多美山はうなると、両手で頭を押さえた。しかし、すぐに吐き気が襲ってきたらしく、片手で口を覆ってよろよろとバスルームに向かった。

内線電話を切りながら、ギルフォードは祐一たちに言った。
「緊急の用件が入りました。僕は急いで行かねばなりません」
「え~、先生、行くとぉ? つまんない」
香菜は不満そうだ。入って来たときとは雲泥の対応である。祐一はそんな妹をたしなめた。
「香菜、先生は遊びでここにいるわけじゃないんだよ。わがままを言うたらいかんやろ」
「また来ますよ、カナちゃん。ユウイチ君、じゃあね」
その言葉を残しつつ、ギルフォードはあっという間に姿を消した。
「ほら香奈、勉強を続けるぞ」
「え~~~。普通の勉強って面白くないもん。アレク先生のお話の方がいいよお」
「だ~か~ら~、わがまま言うなってば。1週間の欠席だぞ。学校に戻ってから授業に遅れたら大変やろ」
「は~~~い」
そういうと、香菜は素直に教科書を読み始めた。 

 園山は、連絡を終えると急いで多美山の病室に戻りドアに手をかけた。その時、部屋の中でガチャンという、何かが壊れる音がした。園山は驚いて部屋に飛び込んだ。しかし部屋には誰もいなかった。一瞬狐につままれたような表情になった園山だが、すぐに今聞こえるガチャガチャという音がバスルームであることに気がついた。
「多美山さん、何があったんですか?」
園山はドアをノックして尋ねた。しかし、返事がない。嫌な予感がして、園山はドアを開けた。
「多美山さん!! 何してるんですか!!」
園山は、半ば悲鳴のような声で叫んだ。

 多美山と話した後、由利子は椅子に座ったまま考えていた。
(ひょっとして、私が疲れさせたからやろうか・・・)
(でも、奥さんの話になるまで、全然普通やったから・・・。ああ、歌のことなんか聞かなきゃあ良かった)
そんな時、高柳がスタッフステーションに戻ってきて、スタッフ達と話始めた。
「ずっと様子を見ていた園山君がああ言うんだ。異変がおきたのは間違いないだろう。私が直接行ってみるから君たちは・・・」
高柳が言うとスタッフの三原が止めた。
「ダメです、先生。あなたにはこれからずっとここの指揮を執ってもらわないといけませんから、万一のことがあったら大変です。僕が行きます」
「三原先生の言うとおりですわ、高柳先生」
山口が同意する。高柳は頷いて言った。
「わかった、三原君、行ってくれ」
高柳の言葉が終わらないうちに、三原は駆け出していた。
「山口君、交代要員の二人もまだ早いが緊急に出てくるように伝えてくれないか?」
その時、多美山の部屋のモニターからガチャンと言う音が聞こえた。
「春野君、窓を『開けて』!」
高柳が叫んだ。すぐに春野看護士は切り替えスイッチを入れた。すぐに窓が透明になった。由利子も急いで室内に目をやった。が、誰もいない。
「え?」
由利子は驚いたが、すぐに病室に園山が入ってきた。園山は、一瞬躊躇したように見えたが、すぐにバスルームに向かうとノックして何か言い、すぐにドアを開けた。園山の叫ぶような声がスピーカーから響いてきた。由利子は、目の前でおきていることを見て、目を疑った。周りを見ると、スタッフ全員が窓に張り付くように中の光景を見ていた。

 ギルフォードが多美山の部屋に急いでいると、遠くで何か割れるような音がした。嫌な予感がして、ギルフォードは全力で走り、病室に飛び込んだ。実際防護服を着て全力で走ることはかなり苦しい。ギルフォードは部屋に飛び込んだものの、しばらく息が上がって動けなかった。しかし、顔を上げて何がおこっているのかを確認し、想像もしていなかった展開に息を呑んだ。多美山が、包帯で覆われた右手に何かガラスのようなものを持って暴れており、園山が後ろから羽交い絞めにして、多美山のしようとしている行動を必死で阻止していた。園山は、一見中背で痩せ気味だが、職業柄見かけよりかなり筋肉質で力が強かった。園山は、ギルフォードを確認すると言った。
「ギルフォード先生!! すみません、ちょっと目を離した隙にこんなことになってしまって・・・」
「先生、後生やから、死なせてくれんですか」
多美山は、ギルフォードの姿を見ると、半ば泣き声で言った。園山は、何とか多美山を落ち着かせようとして言った。
「死んじゃダメです!! 多美山さん、どうか、落ち着いてください。お願いですから、手に持ったガラスを捨ててください」
「いったい、何が起こったのです?」
ギルフォードは、そう言いながら、今は凶器となったガラスの出所を探した。それは開け放された、バスルームの中を見ると一目瞭然だった。
(”バスルームの鏡か!”)
ギルフォードは、驚愕した。まさか、そんなことまで『させる』なんて・・・! 
「タミヤマさん、どうなさったのです?」
ギルフォードは、勤めて落ち着くように自分に言い聞かせながら言った。
「あなたは自殺を考えるような方じゃなかったはずです」
「先生・・・、さっきから、周囲が赤く見えるごと、なっとぉとです。とうとう、私も発症してしもうて・・・」
「タミヤマさん、あなたらしくないです。一緒に病気と闘うって言ったじゃないですか。一体どうして・・・」
「病気が怖かとじゃありません。いつか、誰かに襲い掛かりそうで、それが、怖かとです。見舞いに来た、ジュンペイや、由利子さんを、傷つけるかもしれんとです」
「あなたにそんなことは、僕たちがさせませんから・・・!」
園山が、一所懸命に多美山を止めながらも平静を努めて言った。
「だから、落ち着いてベッドに戻りましょう。ね、多美山さん」
「そうですよ、タミヤマさん。さあ、僕にそれを渡してください」
そう言いながら、優しく笑ってギルフォードは手を差し伸べた。しかし、予想に反して多美山はそれを拒んだ。
「近づかんで下さい、先生!」
ギルフォードが手を差し伸べたと同時に、多美山はガラスを持った手を振り回した。それは、一瞬だった。信じられない出来事に、ギルフォード本人はもとより、誰もが声を上げることすら出来なかった。多美山の持った鏡の破片は、その鋭い断面でギルフォードの防護服の手袋を突き破り、さらに多美山の包帯のない掌の一部の皮膚も破り、血が飛び散った。ギルフォードの防護服にも飛び散った血があちこちに赤黒い花を咲かせた。
「ああっ! ギルフォード先生!!
園山が叫んだ。
「だっ大丈夫ですか!?」
スピーカーからも高柳の声が響いた。
「大丈夫か? ギルフォード君!?」
「大丈夫、じゃ・・・なさそうです・・・」
ギルフォードは、後退りをして病室の壁にどっともたれかかった。それを見た高柳は、怒鳴った。
「何をしている! 急いでそこを出て血を洗い流せ! そして傷の有無を確認しろ!」
しかし彼はそこを動こうとせず、壁にもたれ小刻みに震えながら右手を見た。やはり、裂けた手袋にも血が飛び散っている。
「Oh, fuckin' damnit...! (くそ!やっちまった)」
ギルフォードはつぶやくと、力なく壁にもたれかかったまま床に座り込んだ。スピーカーから高柳の声が再度響いた。
「ギルフォード君! 早くそこを出て傷を確認したまえ! 急げ!!」
その時、遅れて三原が病室に飛び込んできた。彼は、状況を見て一瞬唖然としたが、すぐに我に返って言った。
「ギルフォード先生、しっかりして! ここは僕に任せて、急いで傷の確認をしてください! 早く!!」
「ありがとう、ミハラさん」
三原の声で自分を取り戻したギルフォードは、すぐに立ち上がって病室から出て行った。多美山は、自分のしでかしたことに驚いて、呆然として言った。
「お・・・俺は、なんちいうこつば、してしもうたとか・・・」
多美山は、へなへなと床にへたり込んだ。
「多美山さん、さあ、もういいでしょ。それを渡してください」
園山は、多美山の前にしゃがむと言い、さっきの光景を目にしながら恐れることなく多美山に手を差し伸べた。多美山は、今度は素直にガラス片を園山に渡した。
「先生方、すみません、すみません。私も何でこんなことをやってしもうたんか判らんとです」
多美山は、泣きそうな顔をして何度も謝った。
「ギルフォード先生は大丈夫でしょうか・・・」
三原は、そんな多美山の背をさすりながら言った。
「あの人ならきっと大丈夫です。だから、傷の手当をして、ガラスの破片がついていたらいけないので着替えて、少し休みましょう」
「はい」
多美山は素直に答えた。園山はふと気になって尋ねた。
「多美山さん、ところで、まだ視界が赤く見えますか?」
「はい・・・。まるで、夕焼けか朝焼けの真っ只中にいるごたります・・・」
多美山は、熱に浮かされた声で答えた。

 由利子はスタッフステーションで、一部始終を目撃していた。由利子は目の前で起きていることが、にわかに信じ難かった。さっきまであんなに温厚にしていた多美山が、まるで別人のようになって暴れていた。
「多美山さん、やめて! 自分を取り戻して!!」
由利子はガラスの向こうに向けて叫んだが、マイクを通していないので病室に届くはずがなかった。こちら側では緊急事態の勃発に、高柳がてきぱきとスタッフに指示をしていた。しかし、由利子は窓から病室を見ているしかなかった。
 最初に多美山を羽交い絞めにした園山がバスルームから姿を現した。多美山は手にガラス片を持っている。すぐにギルフォードが飛び込んで来て、2・3秒ほど動かなかったが、すぐに多美山に向かって説得を始めた。しかし、ギルフォードが多美山に向けて手を差し出した途端、多美山はギルフォードに向かって凶器を持った手を振り下ろした。
「きゃあ、アレク!! うそっ!!」
由利子はガラスに張り付いて叫んだ。それを聞きつけて高柳が病室を確認し、急いで指示をだした。しかし、ギルフォードは相当うろたえているらしく、高柳の指示に気がついていないのか、防護服のせいで聞こえないのか、そのまま床に座り込んでしまった。由利子は、彼が例の虫以外であんなに狼狽するなんて思ってもいなかった。
「アレク! しっかりして!! 高柳先生の言うことを聞いて!」
由利子は、ガラスを叩きながら叫んだ。聞こえないのがわかっていても、声を上げずにはいられなかった。その時、三原が病室に駆け込んできた。三原に言われて、ギルフォードはようやく病室から出て行った。由利子は取りあえずほっとして椅子に座り込んだ。しかし、彼はすでに感染の危険に曝されている。予断は許されない状態だった。由利子は、何かに祈るように両手を組んで目をつぶった。

 ギルフォードは病室を飛び出すと、隔離病室のあるホットゾーン(危険区域)からの出口に急いだ。まず、第一のドアを開け、消毒槽に入りさらに上から消毒液のシャワーを浴びる。その後、グレーゾーンの部屋に移り、防護服や、その下に着ていたもの全てを脱いで、消毒ボックスに放り込まねばならない。ギルフォードは、逸る思いで消毒室を通り、グレーゾーンに入ると、急いで防護服を手袋ごと脱ぎボックスに投げ入れた。その後、防護服の下につけていた手袋を外そうと恐る恐る右手を確認した。やはり、こっちの手袋まで切れていた。ギルフォードは右手の手袋を外すため、左手を右手首に持って行き、手袋の端を掴んだ。しかし、ギルフォードは無意識に手から顔を背けた。今まで関わった、さまざまな出血熱の患者の姿が脳裏をよぎったからだ。ギルフォードは思わず神に祈った。
 

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浜辺の歌の3番について。
http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/01/post_e4b4.html

浜辺の歌(索引から「は行」に飛んで該当曲を探してください)
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/00_songs.html

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