1.侵蝕Ⅰ (5)親子刑事(デカ)
室内で黒い血の染みを残して学生が失踪した事件を受け、数人のC野署員が聞き込みをはじめた。事件性を考え中山・宮田両刑事もそれにかり出されていた。
「それにしても、失踪した森田健二という学生ですが、友人達にもご近所にも評判悪いですね。通報者と数名の女性以外誰も心配していないし」
後輩の宮田が言うと、中山がすこし馬鹿にしたような口調で言った。
「まあ、よくいる甘やかされたクソガキやろ。金を払えば卒業できる大学で親の金で4年間遊び放題だ。それで卒業したらいっぱしの大学出の学士様だ、ヘッ。ヤツの部屋を見たろ。学生の分際で2DKのマンションに1人暮らしって、ふざけるな、だよ」
「うらやましいですね」
「おお、オレの学生時代なんか農家の納屋の2階を月1万で借りて、夏は暑いわ臭いわでカノジョも・・・、って、そんなことはどうでもいい」
「失礼しました」と、言いながら、宮田は(自分からノッたくせに)と思いつつ話の軌道を戻した。
「で、その彼ですが、女癖が悪くてしょっちゅう北山紅美とケンカしていたらしいですが、ひょっとして・・・」
「まさか。自分で殺しとって通報するとはあまり思えんがな。女の手で死体を隠すのも大変やろ。ま、絶対にありえないとは言い切れんが、彼女と話した限りでは、不審な点はなかったと思うぞ」
「まあ、そうですけど、なんか不自然な失踪だな、と思って。そもそも動けないほどの症状だった男が、家を出ることが出来たことが不思議です」
「それは、北山紅美が最初疑ったように狂言やった可能性もあるし、何者かに拉致されたって事もある。それにしても、何となく気持ち悪いシロモノやったなあ。あのベッドの染みは・・・!」
中山は、思い出して少し身震いしながら言った。
「な~んか、俺のカンが危険信号を発しているんだよなあ」
(また、中山さんの悪いクセが始まった・・・)
宮田は、内心ゲンナリしながら言った。
「とにかく、聞き込みを続けましょう。何か手がかりを見つけないことには・・・」
早く解決しないと、またしばらく家に帰れなくなってしまう・・・と、宮田は心の中で付け加えた。しかし、中山の野生のカンは少なくとも外れてはいなかった。
田村勝太は、下校時、電車を降り、商店街をぶらぶらしていたところで若い女性に声をかけられた。
勝太は雅之の事故死の後、3日ほど病院に入院していた。表向きは、目の前で友人が事故死するのを見てしまった心のケアだったが、もちろん感染を疑ってのことで、心のケアもされていたが、実のところ感染症対策センターで半隔離状態にあった。しかし、雅之が彼の間近で轢かれたわけではなく、朝ちょっと出会っただけで遺体にも触れていないということで、隔離自体を疑問視され、入院は3日に短縮された。もちろん勝太は強いショックを受けていた。病院では専門の医師のカウンセリングも受けていたが、勝太の心の傷は自分が想像している以上に深かったらしい。退院してから近所のクリニックに通うこととなったが、一向にやる気が出ない。以前のように友人達と騒ぐ気にもなれない。友人達も気を遣って彼に声をかけられない。祐一とまさに同じ状態に陥っていた。そんな時、勝太は知らない人に声をかけられ、無気力に振り向いた。そこには、20代の、妙に垢抜けた、綺麗な女性が立っていた。スタイルも良く、特に胸の大きさは圧巻であった。その上胸元が大きくV字に開いた黒いTシャツを着ている。流石に勝太は目のやり場に困り、どぎまぎしながら答えた。
「あの・・・、何ですか?」
「田村勝太君ね?」
「は、はい」
答えた後、勝太はしまったと思ったが遅かった。
「あのね、聞きたいことがあるの。そこの喫茶店でちょっとお話しない?」
「あの、おれ、まだ中学生ッスから、商品とか買えないッスから。宗教も間に合ってます」
勝太はそう答えると、女に背を向けその場からそそくさと去ろうとした。そこに女がまた声をかけた。
「聞きたいのは秋山雅之君のことよ」
勝太は、ぎょっとして振り向いた。
「雅之のこと?」
「そう。あなた、彼の死について、疑問とか持たなかった?」
勝太は、胡散臭そうな目で女を見ると、言った。
「わかりました。ちょっとの間ならお付き合いします。でも、おれは、よく知らないし、思い出したくないんですけど」
「ゴメンネ。驕るからさ」
女は、勝太の背に手を添えると、すぐそこにあった小ぢんまりとした喫茶店に向かった。
その女は真樹村極美だった。例の公園での一件に遭遇した後、長沼間らに捕まり写真を消去されたが、その前にメールに添付して送っていた写真3枚のうち1枚を編集長に見せ、見事に取材許可をもらった。取材費もたっぷり振り込まれて、極美はやる気満々だった。そして、まず、彩夏の制服から祐一たちの学校を突き止め、祐一の友人である雅之の事故について知ったのである。それから公園で問題を起こした女性が雅之の母であるらしいこと、祖母も雅之の前日になくなっていること、それを発見した近所の人たちがとんでもないものを見たらしいということ等、祐一と雅之の家の近所の人たちに取材してすぐに得ることが出来た。どの人も秋山家に連続して起こった不幸に興味を持っていたからだ。もちろん、半分以上がウワサや憶測の類ではあったが。極美はとりあえず、珠江の遺体発見者たちに話を聞こうとしたが、口をそろえて「思い出したくない」と言って、誰一人そのことを語ろうとしなかった。そんな時、雅之の死に立ち会った友人がいることを、祐一の学校の生徒から聞き出し、関係者の中で一番弱そうな勝太をまずターゲットにしてみたのだ。
「で、お話ってなんですか」
勝太は、目の前のケーキセットに手をつけず、緊張気味に言った。
「ま、先に食べてよ。せっかく頼んだんだからさあ」
極美はにっこり営業用スマイルを浮かべながら、先ず、彼にケーキを食べることを勧め、自分も食べ始めた。この前までギリギリの予算でやりくりしていたので、このように間食を取るなんて久しぶりだった。勝太は極美が美味しそうに食べ始めたので、つられてケーキに手を伸ばした。一口食べると、急におなかが空いてきて、あっという間に小さいケーキはなくなりカップのコーヒーも空になった。極美は目を丸くして言った。
「あらぁ、やっぱ若いわね。お代わりいる?」
聞かれて勝太はぶんぶんと首を横に振った。我に返って周りを見ると、勝太と極美の奇妙な組み合わせに皆から注目されている。こんなとこ、かあちゃんに見つかったらどやされてしまう・・・。勝太は早く用件を済ませたいと思って再び尋ねた。
「あの、で、お話は・・・」
「そうそう。お友だちの雅之君ね、彼について何か知ってること教えてよ。死ぬ間際、なんか変じゃあなかった?」
「確かに、あの日雅之は、急に何かに怯えだして・・・」
そこまで言うと、勝太は顔を歪めた。
「やっぱだめだ・・・」
「え?」
「ごめんなさい。そのことについては、今は、やっぱ辛いのでお話できません。わかってください。思い出すことすら苦しいんです。そのせいで、今、病院に通っているくらいなんです」
「そう、わかったわ・・・」
極美は、一瞬理解したようなそぶりを見せた。
「でも、私ね、あなたの学校の子から雅之君が人を殺したんじゃないか、そのせいで自殺したんじゃないかって話聞いちゃったの。で、祐一君だっけ? 彼、その場にいたんでしょ」
「おれ、あれ以来ずっと西原君とは会ってませんから、そこらへんは全く知らないんです。昨日からまた休んでるし。また何かあったんやろうか・・・」
(その現場をあたしは見ちゃったのよ)極美は心の中で言った。(だから、あたしはそれまでの過程を知りたいの)
極美はその時のことを回想してみた。と、その時、あることが引っかかっていたことに気がついた。何故、あそこに1人だけ外国人が居たの?
「わかったわ。とりあえず今回は諦める。でも、何か話したくなったら電話して」
そう言いながら、極美は名刺を渡した。念のため雑誌の営業用は避け、プライベートに作っている名刺にしておいた。極美は立ち上がると勝太に名刺を渡しながら、上半身をテーブル越しに勝太に近づけ、肩にそっと手を置いた。勝太の目の前に胸の谷間が迫ってきた。
(うわあ・・・)勝太は心の中で言い、真っ赤になりながら名刺を受け取った。極美はここぞとばかり、勝太の顔のすぐ傍で尋ねてみた。
「雅之君が亡くなった頃、大きい外国人の男が君に関わってこなかった?」
「が・外国人・・・?」
勝太は言葉につまりながら続けた。
「そういえば・・・、おれが病院に連れて行かれたとき、外国人の教授とか言う人から質問をされました。でも、おれ、その時全然ショックから立ち直っていなかったので、ろくに答えられなくて・・・。そしたら、彼は、また落ち着いてからお話を聞かせてください、とか言って、去って行きました」
(ビンゴ!)と極美は思いながら、椅子に座りなおすと聞いた。
「その病院はなんていうの?」
「F市内の、県立病院IMCとかいう名前でした。おれは3日間そこでケアを受けて退院しました」
「アイエムシー? カタカナ?」
「アルファベットでした」
「変な名前ね」
「ええ、なんか特別な病院のような気がしました」
「そう。ありがとう。参考になったわ」
「もう帰っていいですか?」
と、勝太は周りを気にしながら言った。極美はまた営業用スマイルを見せて言った。
「ええ、今日はどうもありがとう。約束どおりここは驕りだから、支払いは気にしなくていいわ」
「ありがとうございます。ごちそうさまでした」
勝太は立ち上がると、極美に一礼してそそくさとその場から去って行った。店から出ると、勝太はほうっとため息をつき、首を盛んにかしげながら歩き始めた。歩きながら勝太はふと不安になった。
(いらんことを話してないよな、おれ・・・)
しかし、過ぎてしまったことは仕方がない。勝太は手に持った名刺を一瞥し、そのまま無造作に財布にしまった。
喫茶店に1人残された極美は、ついでにそこで夕食をとることにした。メニューをもらって注文すると、さっき、メモしたノートを見ながらつぶやいた。
「この外人の男。こいつがなんか怪しいわね」
極美は、『白人(教授)』『IMC』と走り書きした文字を赤ペンで丸く囲んだ。
(あの時の警官達の装備・・・、考えられるのは、毒ガスか細菌・・・。放射能漏れは多分ないわね。毒ガスならば、あの時あそこに防護服なしが数人いたし、それに嫌なにおいも刺激も無かったわ。では、毒ガスもなしよね。残るは、細菌・・・?)
極美は、ノートに赤ペンで細菌と書くと、二重丸で囲った。
(そうよ、伝染病なら、秋山雅之と彼の祖母、そして母が、続けて死んだことと辻褄が合う!! もし、そうなら、これはすごいスクープだわ)
極美は自分がわくわくしているのを感じた。その時、頼んだ定食が運ばれてきた。極美は、とりあえずノートをバッグにしまうと、定食に向かいペンを箸に持ち替えた。
ギルフォードは、夕方から多美山の病室に様子を見に現れた。多美山はすでに夕食を終え、サイドデスクで本を読んでいた。今日はテレビはつけておらず、代わりに病室備え付けのラジオをかけていた。見た目は元気そうだった。しかし、まだ事件から3日と経っていない。予断は許されない状態である。容態を聞くと、身体の方は健康そのもので検査の結果も今のところさして問題もないと告げられているようだった。
「ばってん、指のキズがなかなか塞がらんとですよ。まあ、もともと最近は傷の治りが遅くなっとりましたけどね。歳のせいでしょうな」
「そうですね。そう言えば僕も、昔に比べて傷跡がなかなか消えなくなってしまいましたよ」
ギルフォードはにっこり笑いながらそう相槌を打ったが、内心不安を感じていた。傷の治りの速さ自体は個人差や年齢の違いで当然違ってくる。しかし、ギルフォードが多美山の検査結果に目を通したところ、昨日は怪我のせいで増えていた白血球の値が、若干減っていたのだ。もちろん充分規定値内だったが、白血球の減少はウイルス感染に多く見られる。それを考えると傷の治りの遅さが気になった。それでギルフォードが少し考え込んでいると、多美山が声をかけた。
「そういえば、先生、ジュンペイの調書を読まれたそうですが・・・」
「はい」
「どうでしたか? お役に立てそうですか?」
「はい、とてもわかりやすく要点をまとめてありました。僕の学生でしたら優をあげてもいいくらいです」
「ははは、褒めすぎですよ、先生。調子に乗ったらイカンので、ジュンペイ本人に向かってはあまり褒めんでください」
口ではそう言いながら、多美山は嬉しそうだった。ギルフォードは昨日の多美山のお願いについて、疑問があったので聞いてみることにした。
「明日、ジュン・・・カサイさんをお誘いする件ですが、タミヤマさん、他になにか頼みたいんじゃないですか?」
「ああ、お見通しですな。実は、鈴木からジュンペイを、今度県警本部に設置されるテロの対策本部に移動させるという話を聞きまして・・・。私の気持ちはそんな危険なところへは行かせたくなかとですが、先生が顧問になられるということで、少し安心したとです」
「え? カサイさんがタスクフォース・・・対策本部に来られるのですか?」
ギルフォードは、内心嬉しいと思ったが、もちろん顔には出さない。
「多分そうなると思います。上の決定には逆らえんですから。」
「そうですか。実を言うと、最初僕は顧問の件を断るつもりでした。外国人の僕が出しゃばるのは良くないと思ったからです。でも、カサイさんのレポートを読んで気が変わりました。まだ正式な返事はしていませんが」
「顧問を引き受けてくださるとですね」
「はい。でも、タミヤマさんのご心配はわかりますよ」
「あいつはああ見えて時々無茶をやりよります。今回も、私が矢面に立たねば、あいつが美千代の前に飛び出しとったでしょう。先生、あいつにバイオテロや病原体のことを徹底的に教えて、無茶をせんごと釘を刺しとってください。あいつには、私のような目にあって欲しくないとです」
多美山はギルフォードに向かって真剣に言った。
「わかりました」ギルフォードは答えた。「明日、頃合を見てそこらへんをカサイさんにレクチャーしてみましょう。ユリコも来ますから、課外授業みたいでいいですね」
「よろしくお願いします」
多美山は頭を下げながら言った。その後、二人は他愛ない世間話をしていたが、しばらくするとノックの音がして葛西が現れた。
「多美さん、こんばんは~。お見舞いのお花を持って来れないのは困りますね・・・。あれえ、アレクも来てたんですか」
葛西はギルフォードの姿に気がついて言った。ギルフォードは葛西を見てニコッと笑いなから言った。もっとも、その笑顔は肝心な部分がマスクに半分隠れてしまっていたが。
「ジュン、こんばんは。なかなかその格好が板についてきましたね」
「そうですかぁ? 僕には怪しい人にしか見えないんですけど」
「ジュンペイ、これからそう言う格好をすることが増えるんやから、早う慣れんとイカンぞ」
多美山は葛西に言った。口調は厳しいが表情は心なしか心配げだ。
「了解。でも嫌だなあ、これから暑くなると思うと・・・。今でも充分に暑いのに」
「まあ、ある程度慣れますから。それよりも呼吸の方が大変かもしれませんよ」
「もう、頼むから脅かさないで下さいよお・・・」
あなりにも情けない声で葛西が言うので、多美山とギルフォードが吹き出した。
「笑わないで下さい。僕にとっては深刻な問題なんです」
「失礼しました。ところでジュン、明日休みなんですってね。じゃ、僕たちと少しおつきあいして下さいませんか?」
「え?」
それを聞いて葛西が固まった。そしてしどろもどろに答えた。
「おつきあいって・・・その・・・、それに、僕たちって・・・」
その様子にギルフォードはまた吹き出して言った。
「僕と僕の研究室の人ですよ。まあ、他にも増えるかもしれませんが」
「でも、明日は多美さんと一緒に過ごそうと思ってたんですが・・・」
葛西は多美山の方を見ながら助け船を求めた。しかし、言い出しっぺは多美山である。
「ジュンペイ、俺は大丈夫やけん、行って来んね。ついでにK神社のお守りを買うてきてくれ」
と、行かせる気満々である。葛西は、しかし、お守りという言葉に反応した。
「お守りって、多美さん、本当は不安なんじゃないですか?」
「そりゃあ、不安さ。なんせ、感染者が目の前で死んだとやからな」多美山は躊躇無く言った。「でもな、おまえからお守りをもらったら、元気になりそうな気がしてな」
「そうですかあ?」
「そうたい。ばってん、学業祈願や恋愛成就のお守りは要らんぞ」
「あはは、わかりました、多美さん。じゃ、明日はギルフォード教授にお付き合いいたしましょう」
葛西は仕方なく言ったが、相変わらず乗り気ではなさそうだ。
「ありがとう、ジュン」
ギルフォードはそう言うと、葛西の手を取って握手しながら言った。
「ではタネ明かしです。僕の研究室の人ってユリコのことですよ」
「あ、そうなんですか」葛西の顔が少し明るくなった。「良かった。知らない人と一緒は嫌だなあって思ってたんです」
「意外と人見知りなんですねえ」
「それはともかく、そろそろ手を離してくれませんか?」
「あ、失礼しました。手袋越しなので握手してる気がしなくって」
「そんなもんですか?」
「そんなもんです」
ギルフォードは、またにっこり笑って答えたが、やはりいまいち笑顔が発揮出来ない。それを見て多美山が言った。
「先生、その装備じゃ、コミュニケーションをとるのが大変そうですなあ」
「はい、困ったものです」
ギルフォードはあっさりと答えた。ギルフォードの握手から解放された葛西は、多美山にようやく一番気になる質問をした。
「ところで多美さん、具合はどうですか?」
「おお、全く異常なかけん、自分でも驚いとるったい」
「そうですか、良かった~」
「やけん、明日は安心して行って来んね」
「わかりました、行ってきます」
葛西はそう答えると、ぼそりと口の中で言った。
「なんか、うまく丸め込まれたような気がするなあ・・・」
その後、3人はしばらく雑談をしていたが、先に葛西が仕事が残っているからと、K署に帰って行った。帰り際に明日の集合場所を決めた。葛西は朝、先に多美山の見舞いをしたいというので、10時に感対センターの駐車場に集合ということになった。
「いい子ですねえ」
葛西が部屋を出て行ったあと、ギルフォードは言った。「本当にタミヤマさんが大好きで心配してるんですね、カサイさんは。まるで親子みたいですよ」
「あいつの父親も刑事で、あいつが小さい頃殉職しとるとですよ。私に父親のイメージを被らせとるのかもしれんです。良いことなのか悪いことなのか・・・」
「良いことに決まってますよ。パートナーを組む場合、信頼関係にあることが一番ですから」
「そうですな・・・」
と多美山は満足そうに言ったが、その後急に立ち上がるとギルフォードに対して頭を下げながら言った。
「ギルフォード先生、申し訳ありませんが、実は最初、あなたのことを誤解しとりました」
「胡散臭いガイジンだと思ってました?」
「ははは、正直、先生が署に出入りされるのが不満でした。何となく、その・・・、態度がでかいというか、上目線でしたし・・・」
「僕は本質的に警察が嫌いなんで・・・、まあ、過去にいろいろあったので・・・そのせいで態度が悪かったのかもしれませんね」
「あの時、救急車の中に先生が入って来られた時、内心驚いてました。状況からして、来てくれるとは思ってもいませんでしたから」
「ヨシオ君からの電話を受けて、じっとしていられなくて・・・」
ギルフォードは照れ笑いをしながら言った。
「今は、あなたが信頼をおける方だということがわかります。先生、実のところ、私はどうなるかわかりませんし、純平は私から離れて危険な任務につきます。私の代わりにジュンペイ、いえ、葛西刑事をよろしくお願いいたします」
そういうと、多美山はまた頭を下げた。ギルフォードは、焦って言った。
「タミヤマさん、そんな、気の弱いことを言わないでください。それに、カサイさんは見かけよりずっとしっかりしていますよ。心配なさらずとも大丈夫です。もちろん、僕もいろいろフォローはしますから」
「ありがとうございます。・・・それにしても、こんな状況におかれると、やっぱり気が弱くなりますなあ」
多美山は笑って言った。
ギルフォードも去り、室内がまた寂しくなった。
「ふふ、女房が死んでから、ひとりは慣れとったつもりやったばってん、やっぱり寂しかな・・・」
多美山は、つぶやきながらラジオを切って、葛西が持ってきてくれたテレビの電源を入れた。点けた瞬間、画面がいきなりキラキラと眩しく輝いたので、多美山は眉間にしわを寄せ、目を閉じた。それを見た瞬間眼の奥が疼くのを感じたからだ。しかし、それは一瞬だった。画面を再度見ると、何処かの美術館で今行われている、某国の秘宝展を、情報バラエティ番組が特集しているらしいことがわかった。綺麗、欲しいと言いながら、かまびすしくはしゃぐレポーターの女性芸人の声が、病室に響いた。多美山は、一瞬のことだったし、急に明るい画面を見たせいだろうと考え、よくあることと、彼はその傷みを特に気に留めることはなかった。今映っている番組がお気に召さなかったのか、多美山はチャンネルをNNKに変えた。ちょうど7時のニュースの時間だった。
「浮世は相変わらずか・・・」
多美山は、次々に伝えられるニュースを見ながらつぶやいた。
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