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6.暴走 (2)シニスター~不吉~

20XX年6月10日(月)

「ここは?」
美千代は見覚えのない寝室で目を覚ました。上半身を起こして周りの様子を伺うと、ベッドサイドに椅子に座ったままうつ伏せて寝ている都築の姿が目に入った。美千代は思い出した。都築は昨夜また高熱を出した美千代を病院に連れて行き、その後自宅に連れて帰り、自分のベッドに寝かせてくれたのだ。美千代は熱に浮かされながらも、不思議に思って訊いた。
「どうして、そんなに親切なの?」
「あなたがものすごく辛そうだからですよ。放っておけないくらいに」
都築は笑って答えた。
「でも、私にはあなたに何もお返しが出来ないわ・・・」
「実は一目ぼれだったんです。5年前に妻を失って以来、久々に女性に心を動かされました。でも、公園で見かけたあなたは今にも死にそうな顔をしていた。だから勇気を出して声をかけてみたんです・・・。美夜さん、何があったかわかりませんが、自暴自棄になってはいけません。生きている自分を大切にしてください」
「都築さん・・・」
「もし良かったら、落ち着くまでずっとここに居ても構いませんよ。むしろその方が私は嬉しい」
「ありがとう。でも、ごめんなさい・・・・」
「良いんですよ、私の一方的な気持ちですから。とにかく今はゆっくり眠ってください。大丈夫、私が傍についていますから」
都築にそういわれて、美千代は目を閉じた。病院で処方された薬が効いたのか、彼女はすぐに眠りに落ちた・・・。

 
「都築さん・・・。朝まで看病してくれたの・・・?」
朝、目を覚ました美千代は、都築が昨夜と同じようにしてベッドサイドにうつぶせているのを見て、嬉しさと申し訳なさで一杯になった。しかし、いつまでも彼に甘えるわけにはいかない。幸いなことに、今は熱がだいぶ下がっている。美千代はそっとベッドから抜け出すと、身支度を整え書置きをして都築邸から姿を消した。

 都築が目を覚ますと、すでに美千代の姿はなかった。枕元には封筒と書き置きがあった。
『都築さん、ありがとう。でも、私は行かなくてはなりません。足りるかどうかわかりませんが、病院代としていくらか置いていきます。本当にごめんなさい。あなたともっと早くお会いできたらよかった。美夜子』
「美夜さん、あんな身体でどこへ・・・」
都築は、美千代の手紙を握りしめ、つぶやいた。

 

 雅之の初七日にあたるこの日、祐一は家族に心配されながらも学校に向かった。今日はゆっくり歩いたほうがいいからと、また早めに家を出て、雅之の家と彼の祖母の家の様子を見るため回り道をした。やはり、両方とも立ち入り禁止は解除されておらず、何人か警官が見張りに立っている。しかし雅之の家をじっと見ていた祐一は、警官から胡散臭そうな目で見られたので、早々に退散した。祐一は歩きながら、昨日ギルフォードに電話した時の内容を、もう一度思い返してしてみた。

「ユウイチ君、君がこういう電話をしてくるだろうことは、予想していました」
ギルフォードは言った。心なしか声が嬉しそうだった。
「ただし」ギルフォードは今度は厳しい口調で言った。「僕は君の質問に全て答えることは出来ません。また、君は私が答えた事についても他言は許されません。何故なら、まだ発表段階にない事柄であり、無用の混乱を避けるためです。約束出来ますか」
「はい、もちろんです」
「僕が君の質問に答えるのは君がこの事件の当事者でもあり、君の疑問に対して隠したり誤魔化したりすることが難しいと思うからです。ですから、君自身が謎を解く為に、キケンに近づくようなことだけはしないでください。いいですね?」
「は、はい」
「これは男同士の固い約束です。必ず守って下さいますね?」
「はい、わかりました」
「よろしい、では本題に入りましょう」ギルフォードは何度も念を押した上で、ようやく祐一の質問に答え始めた。「ホームレスのヤスダさんが、なにかの感染症に罹っていたのではないかという質問ですが、答えは『イエス』です。これは僕がこの前君たちに質問した時には、すでに予想していたんじゃないですか?」
「はい・・・、安田さんが亡くなった時から『ひょっとして感染るんじゃないか?』という漠然とした不安がありました」
「そうでしょうね・・・。それから、彼らが罹っていた感染症、言ってしまえば疫病についてですが、まだ調査中です。少なくとも既存の感染症とは合致しませんでしたので、新種である可能性が高いです」
「新種なんですか! 何故そんなものが・・・?」
「それについても、まだはっきりとした答えが出てませんのでお答えできません」
「雅之と雅之のおばあちゃんの家が封鎖されているのもそのためですね」
「そうです。ご家族やタマエさん・・・マサユキ君のおばあさんですね、彼女の第一発見者達も、念のため追跡調査している状態です。はっきりと君に言えることは、未知の病原体がどこかに潜んでいるかもしれないということと、マサユキ君がヤスダさんからそれに感染し、タマエさんがマサユキ君経由で感染したということだけです」
「症状については・・・?」
「それに関してはある程度わかっていますが、まだお答え出来る段階ではありません」
「周囲が赤く見えるというのは、症状に合致しますか?」
「それに関しても、なんともいえない状態です。何故なら、この病気の生存者が今のところ存在しないからです。それに関しての記録は君らと、お友だちのショウタ君の証言だけで、実際患者がどんな風に見えていたかは・・・」
「勝太の証言? ってことは、やっぱり雅之にも同じことがおこってたかもしれないのですね!?」

そこまで回想して、祐一はハッと我に返った。周囲が妙に騒がしいことに気がついたからだ。見ると、大人たちが大騒ぎをしながらどこかに向かっている。祐一は何かあると思い、彼らについていった。しかし、長身でしかも学生服の祐一は否応なく目立つ。大人たちは祐一に声をかけてきた。
「おい、ボウズ。学校へは行かんでよかとね?」
「あんたぁ背の高かばってんまだ中坊やろ?」
「学校ずるけたらイカンやろうもん」
「いえ、ちょっと家を早く出すぎちゃって・・・」
祐一は言い訳をした。
「確かに、中学生が登校するにはずいぶん早い時間やね」
「何かあったんですか」
祐一は声をかけられたついでに質問をしてみた。答えはすぐに返ってきた。
「向こうの護岸に人だかりの出来とろうが。あん下に 虫のようけ死んどるったい。うっちゃあ、あげんこつばさらか※虫の死んどうとは初めてみたばい」
と、初老の男性が答えた。
「僕、もうちょっと電車の時間があるんで、一緒に行っていいですか?」
「あんた、中学生の癖に電車通学ね・・・私立のよか学校たい。まあ、遅刻せんっちゅうんならついて来てよかばってん」
「ありがとうございます」
祐一はお礼を言い、彼らの後について問題の場所まで行くと、さっきの初老の男性が祐一を前の方に誘導してくれた。護岸から見下ろすと、河川敷に雑草の生い茂るなか、直径1m弱ほどの真っ黒い小山が出来ていた。すでに、ゴーグル・マスク・コートと完全武装した警官が数人来ていて、立ち入り禁止のテープを張り巡らし、河川敷まで降りてきた野次馬がその近くに寄らないように人払いをしている。大量死している昆虫の種類が種類だけに、警官達の異様な出で立ちを不審に思う者はほとんどいなかった。眼の良い祐一はその小山に目を凝らした。しかし、それがなにか確認した祐一は「うわぁっ!」と言ったまま口を右掌で覆い固まってしまった。
「すごかろうが」と初老の男が言った。「近いうちにまた地震でもあるっちゃないやろかって、みんな心配しとるったい」
「そうそう、モーカン現象やったかねえ」
隣にいるおばさんが相槌を打った。
「宏観異常現象です」
祐一はついつい訂正した。
「あら、そうやったかねえ。学生さんは物知りやねえ」
おばさんが感心して言ったが、正確には学生は大学生を指す言葉で、中高生は生徒というのが正しいらしい。
「もうじき保健所から人が来るけん、心配せんでっちゃよか。あんたぁ、そろそろ学校へ行かな。遅刻するばい」
初老の男は祐一に向かっていった。時計を見ると、かなり走らないと電車に間に合わない時間になっていた。
「あ、本当だ、行かないと! おじさんたち、どうもありがとうございました!」
祐一は丁寧にお礼を言うと、猛然と駆け出した。
「若いけん元気やねえ・・・」
猛ダッシュする祐一の後姿を見ながら、おじさんたちが言った。

 祐一は、何とか電車に間に合った。朝は上り電車に比べ、下りの方は鮨詰めにはならないが、流石に通勤通学時間は人が多い。朝っぱらから全力疾走し、電車に駆け込んだ祐一は、流石に息が上がっていたが、若い分回復も早かった。
(それにしても・・・)
つり革に捕まり、窓の外を見ながら祐一は思った。
(さっきのアレはなんだったんだろう。なんであんなモノがあんなところであんなに沢山死んでいたんだ?)
祐一はさっきの光景を思い出し、再びゾッとした。恐怖と嫌悪感の入り混じった嫌な感じだった。
(昼飯、食えんかも・・・)
思い出しただけで、朝食が逆流してきそうだ。あんなに凝視するんじゃなかったと祐一は後悔した。彼は、雅之の祖母宅で起こった事を知らない。ギルフォードが、子どもには刺激が強すぎるだろうと言うのをためらったからである。知っていれば、それなりの答えが出たかもしれない。見た記憶を消し去りたい・・・。祐一は、ショックでしばらく何も考えることが出来なかった。
 その隣の車両に由利子が乗っていた。彼女は昨夜、何度も書き直した辞表をバッグに入れていた。書きながら流石にいろんな思いがこみ上げてきて、悲しくなってしまった。この会社なら、ずっと勤めていけると思ったのに、とうとうこんな日が来ちゃったなあ。
「はああ」
ドアに寄りかかりながら、由利子は無意識にため息をついていた。
 同じ事件に関わりながら今現在、全く違う思いで悶々としている二人を乗せて、電車はレールの上をいつもの通りに何事もなく走っていた。

 

 ギルフォードは、研究室で午後からある講義の準備をしていた。しかし、どうも落ち着かない。彼は立ち上がると、机の横に置いている水槽を眺めた。中には鮮やかな赤・背面がピンクがかった赤で腹面が白・そして全体的に白っぽくて尾の部分が金色がかった黄色の3匹の金魚がひらひらと泳いでいた。名前は赤いのがネプチューナ・ピンクがピピ・白がミューティオでどれも秋の祭りの出店で掬ったものだった。6匹掬ったのだが残念ながら3匹は次々と昇天し、残った3匹はすくすくと育ち最初からは考えられない程の大きさになった。名付け親は誰かわからないが、ギルフォードが名付ずにいたら、ある日水槽にそれぞれの金魚用に「命名 ○○○○」と書いた紙が貼ってあった。彼女ら(実際オスかメスかはわからないが、名前からメス扱いされている)は、ギルフォードが近寄ってきたのに気がつくと、嬉しそうに寄って来て水面をパクパクしながらえさをねだった。
「ハイハイ、ごはんですね。チョット待ッテ、クダサ~イ♪」
ギルフォードはどこで覚えたのか、懐かしい歌のフレーズを口ずさみながら、エサのビンの蓋を開けると水槽にパラパラとエサを撒いた。彼は、しばらく彼女らの食事風景を見ていたが、何か思い立ったらしく椅子に勢い良く座るといきなり電話をかけ始めた。
「ハァ~イ、マッキアン? ギルフォードです。お元気ですか?」
「アレックス・・・、そのあだ名で呼ぶのは止めてくれんかな。俺には松樹 杏士郎(きょうしろう)という暦(れっき)とした日本名があるんだぜ」
マッキアンこと松樹は、ディスクで大量の書類に囲まれながら言った。
「で、用件は何だ? こう見えても俺は忙しい身でね」
「ええ、それはわかっています。僕が電話したのは、例の疫病についてどこまで対策が検討されているか知りたいからです」
松樹はそれを聞くとふっとため息をつきながら言った。
「君の焦る気持ちはわかるけどね、ギルフォード君。確かに俺は県警の組織犯罪対策課にいるが、しがない管理職だ。俺の力じゃあどうにもならんことはわかっているだろう? ただ、上層部の連中が君を疑っているわけではない。もちろん不審に思っている人間も多いけどね。だが、君の報告を受けて、行政の対応も含めてレベルⅡの対策を進めているのは、君も知っているだろう? この国にしてはずいぶんと対応が早いほうだ」
「しかし、実際はレベルⅢまで事態は進んでいるのです」
「わかっている。事態が急変すればレベルⅢの対策にシフト出来るようになっているはずだ」
「本当にダイジョウブなんですか?」
「知事が就任後初の大仕事で張り切ってるから大丈夫だろう。それより」松樹は少し声のトーンを落として言った。「ウワサによれば君を日本から追い出したい連中がいるらしい。足を掬われない様に気をつけろよ」
「僕を追い出す? どうしてでしょう。僕は誰の何の邪魔もしてません。日本の片隅で大人しくしているだけです。まったく、冗談じゃないですよ、せっかく安住の地を見つけたのに・・・」
「ほお、安住の地か・・・。あれだけ東京から遠いだの僻地に行くのは嫌だのと失礼なことを言って、九州行きをゴネてた君がねえ」
「ジンカン(人間)至るところセイザン(青山)ありです」
「言ってくれるねえ」
「故郷を飛び出してだいぶ経ちますけどね。・・・だから、あなたのお祖父様の計らいには感謝しています、松樹警視正殿」
「君にそう呼ばれるとどうも居心地が悪い。いつも通り『キョウ』でいいよ・・・。あ、ちょっと待ってくれ。内線が入った」
松樹はしばらく内線電話に対応していた。
「アレックス、今の電話だけどね・・・。例の紗池町の河川敷で、大量の昆虫の死がいが見つかったそうだ。多分秋山珠江の遺体を襲ったモノじゃないかということだ」
「死んでいた? 全部がでしょうか」
「さあな。そうであることを祈っているよ。数匹サンプルを残して消毒の上焼却処分するそうだ」
「賢明ですね。しかし、なんでこんな妙な行動を・・・? まるでレミングの自殺伝説みたいです。ひょっとして、あのウイルスは節足動物にも異常行動をおこさせるのでしょうか・・・」
「しかし、影響のあったのはゴ・・・」
「やめてください。せめてローチと言ってください。僕はアレとコオロギに似た羽根のないアレだけは苦手なんです」
「いわゆる便所コオロギだな。正しくは、k・・・」
「それ以上言わないでください」
「わかった、わかった。君とは長い付き合いだが、その弱点は初めて聞いたよ。そのローチだが、ウイルスの宿主あるいはキャリアになるのか?」
「死んでしまったのなら、宿主ではないと思います。しかし、疫病で死んだ人を食害・・・してますから、キャリアになっている可能性は高いですね」そういいながらギルフォードは身震いした。「全滅してくれていることを本気で神に祈りたい気分です・・・」
「日頃信心しないヤツが祈っても、聞いてくれるかどうかわからんぞ」
松樹は笑いながら言った。
「近いうちに、保健所から君に詳しい内容が伝えられるはずだ。楽しみに待っておけ。俺はこれから会議に出にゃならん。悪いがもう切るぞ」
「あ、すみません。お忙しい時に長電話してしまって・・・」
「いや、俺の仕事に関わる内容だったからな。私用電話なら問題だが。ま、意外な話も聞けてよかったよ」
「それはよかったです。それではまた。愛してますよ、キョウ」
「やめてくれ、俺はストレートだ。じゃあな!」
松樹は電話を切って何気なく周囲を見た。すると、皆が松樹を見ていたらしくそれぞれがとっさに下を向いて仕事を始めた。県下に異常事態が発生しているかもしれないという事への関心もさることながら、アレックスだのレベルⅢだのウイルスキャリアだのと一風変わった話の内容につい皆が聞き耳を立ててしまったらしい。特に最後のストレート発言には数人が「おおっ」と小声で言った。
(ったくもう・・・)
松樹はため息をついて立ち上がった。
 松樹からそそくさと電話を切られてしまったギルフォードは、すでに相手と繋がっていない電話に向かって言った。
「そんなに焦って切らなくてもい~じゃん」
その時、後で声がした。
「そりゃあ、焦りますわよ、公用の電話で男性に『愛してる』なんて言われたら」
振り向くと紗弥が立っていた。
「サヤさん・・・、いつの間に来てたんですか?」
ギルフォードが問うと、紗弥は嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「うふふ、教授の弱点がゴキブリとカマドウマだなんて、わたくしも初めてお聞きしましたわ」
紗弥はギルフォードが聞くのも嫌がった名詞をあっさりと言ってのけた。ギルフォードは一瞬でげんなりした。
「カッコワルイから、人に言わないでくださいよ」
紗弥は意味深にニッコリと笑うと、すぐに自分の席についてパソコンのスイッチをいれた。窓機の起動音が研究室に響いた。
(”それにしても・・・”)ギルフォードは思った。(”出血熱とあの昆虫・・・。まるで俺に対する嫌がらせみたいな組み合わせじゃねえか”)
一抹の不安を感じながら、ギルフォードは本来の作業、すなわち講義の準備に戻り、それに没頭することにした。

※ たくさん・大量
もともと筑後弁で純粋な博多弁ではないらしいが、より「大量」感のある言葉だ。

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