3.潜伏 (2)関わり
洗濯と掃除を終えた珠江は、居間でくつろいでいた。預かったシャツは、なんとかシミも落ち真っ白になって他の洗濯物と一緒に風に吹かれている。この分ではすぐに乾くだろう。あとは、アイロンをピシッとかければ、ほぼ新品のようになるに違いない。
「あの嫁じゃこうはいかんやろうけんね」
とつぶやき、珠江は満足した。そろそろお昼も近づいている。珠江は食事の支度に席を立った。支度と言っても昨夜の残りを温めるだけだ。こういう時は気楽な一人暮らしであった。準備が出来上がってテレビをつけたところ、お昼のニュースのローカル版が始まっていた。K市の公園でホームレスの集団不審死が発見されたらしい。
「いややね。こんな事件ばっかり・・・」
食事中に見たいものではないと、珠江はチャンネルを変えた。
由利子は、猫たちのごはんクレクレ攻撃にあって目が覚めた。時計を見ると昼の12時近かった。由利子は慌てて飛び起きた。休みとはいえ、寝過ぎだ。
あれから部屋にたどり着いたのは午前四時をまわっていた。カラオケ屋では、しまいには半分眠ったような状態だった。そろそろ帰らなければと爆睡していた美葉を起こすと、寝ぼけた美葉が彼氏と間違えて抱きついてきた。ちょうどその時、様子を見に来た店員が入って来たが、「す・すみません!!」と、驚いて出て行った。精算をする時のバツの悪さと言ったら・・・。由利子は思い出しただけで赤面してしまった。
(だいたい、私の家の近くにあるカラオケ屋だぞ。2度と行けなくなっちゃったじゃないか。それ以前に妙なウワサが立ったらどうすんだ!ったく・・・)
それでも由利子は、美葉に自分の部屋に泊ることを提案したが、彼女は愛犬が待っているからと、タクシーに乗って帰っていった。
寝すぎと深酒のせいで少し頭が重かった。由利子はもう一回ゴロンとベッドに転がり、仰向けになって背伸びをした。その端から猫たちが腹の上に乗ってきて、口々にニャーニャー文句を言った。由利子は30秒ほど転がっていたが、すぐにむっくりと上半身を起こした。乗っていた猫が転がって膝の辺りまで落ち、またまた文句を言う。
「あ~~~、わかったわかった、すぐにご飯にするから。その前にシャワー浴びさせて」
由利子は猫たちに言い聞かせると、まず、窓のカーテンを開けた。部屋がパアッと明るくなった。ついで窓を開ける。すでに初夏を感じさせる陽光とまだ冷たさの残る風が部屋に入ってきた。眩しさに眼を細めながら深呼吸する。彼女は幸いにも花粉症は患っていない。
すばらしい良い天気だ。しまった、こういう日は早起きして洗濯などをするべきなのに・・・。由利子は後悔した。明日もこんな天気かしら。
よどんだ空気を入れ替えるために部屋の窓を開けたままシャワーを浴びることにする。なに、ここは4階だから、曲者の入ってくることはあるまい。ただ、猫たちが脱走しないように、網戸だけはしっかり閉めておいた。
シャワーを終え、スッキリさっぱりしたところで、猫たちにご飯を作り始めた。テレビは普段からつけっぱなしの時が多い。やはりひとりだと寂しいからだ。テレビをつけてないときはお気に入りの曲をランダムにかけっぱなしている。どうも、何か音がないと暮らせなくなってしまった。長年の1人暮らしゆえの癖である。そういうわけで、今日も起きた時からテレビはつけっぱなしだった。12時のニュースが始まった。由利子はニュースは必ずチェックするようにしているので、今も、猫たちのご飯の用意をしながら時々テレビに眼を向けていた。猫たちが足にまとわりついたり離れたりして、早くくれと大騒ぎしている。
「いてててて・・・!」
待ちきれなくなったはるさめ(猫の名前)に足をかじられたのだ。彼女は甘えモードが高じると飼い主を甘咬みする癖があるが、こういうときはちょっとだけ本気を入れて咬んでくる。
「痛てぇよ、はるちゃん、もうちょっと待て! それはあんたのごはんじゃないぞ」
少し怒って言うと、はるさめは足元に座って「ニャアッ!」っと短く怒ったように鳴いた。にゃにゃ子のほうは「ニャニャ、ニャニャ」と鳴きながら、部屋をぐるぐる回っている。彼女はいつもこうだ。大騒動の末、猫たちにようやくご飯を与え、立ち上がり、テレビの方を確認した。すると、どこかで見たような場所が映っていた。なんとなくデジャビュを感じて急いでテレビの前に座る。
見たことがあると思ったらK市にある祭木公園だった。由利子の通勤エリアではないが、お花見やお祭りの時、たまに行ったことがあった。そこで数人のホームレスらしい遺体が見つかったらしい。公園の周囲には黄色い立ち入り禁止のテープが張り巡らされていた。昨夜9時ごろ、その公園に男が倒れているとの通報を受け、急行した警官が、通報どおり倒れている男を見つけたが、男はすでに心肺停止状態だったらしい。その後、周囲を捜索した結果、公園傍のホームレスの「住居」で残り3人の遺体を発見したという。なお、最初に発見された、公園で倒れていた男には暴行の跡があるということで、何らかの事件に巻き込まれたものと見て捜査しているらしい。
由利子の脳裏に否応なく昨日の少年の顔が浮かんだ。いや、まさか・・・。由利子は否定した。単なるホームレスの仲間割れの可能性だってある。だって、ニュースでは暴行の跡は公園内で死んでいた男にしかなかったと言っているじゃないか。しかし、2度目に少年に会った時間帯といい、彼らの様子といい、思い出すごとに疑惑が持ち上がっていく。しかし、いきまいていたとはいえ、あのそんなに体格がいいとは思えない少年に、いくらホームレスとはいえ、暴行死させることが出来るだろうか。それに、そうと仮定して、残りの3人は何故死んでしまったのか。仮に友だちのあのイケメン君が共犯だったとして、大の男を4人も殺すなんて考えられない。それも、現情報ではだが、残りの3人には外傷の跡がないらしいのだ。だけどもし、少年達がもっと大勢だったら・・・。
由利子は考えるのをやめた。そんなあやふやなことで警察に連絡するのもはばかれたし、第一、妙な事件には関わりたくなかった。それに、いい加減自分の昼食も作らねばならない。由利子の切り替えは早かった。そうだ、昼食はトマトとひき肉とたまねぎを入れたオムレツにしよう! 添え物の野菜は冷蔵庫にある夏野菜を適当にゆでたものがいい。それにトーストにカフェ・オ・レ、デザートはこの間買った大粒マンゴーヨーグルトだ! そう思ったら急におなかが空いてきた。由利子はさっさと行動に移した。
由利子がお笑いクイズ番組の再放送を見ながら昼食を摂っていると、美葉からメールが入った。電話をしていいかというお伺いのメールだった。それで、今食事中だから、30分くらい後なら大丈夫だよ、と返事をしておいた。
ちょうど食べ終わって食器を流しに下げた頃、美葉から電話がはいった。ほぼ30分経っている。時間に正確だということは、よっぽど大事な用があるんだろう。ひょっとしたらさっきのニュースのことかもしれないと由利子は思った。
「もしもし、美葉? どうしたの? ニュース見た?」
「ニュース? 何かあったっけ?」
由利子は、簡単に事件の内容を説明した。美葉はようやく思い出して言った。
「ああ、あのニュースね。昨日のサイレンの音はあれやったっちゃねって、私もちょっとビックリしたけど、考えすぎだよぉ、由利ちゃんってば。でも4人も死んどったなんておどろいたねえ」
「なんだ、てっきりその件で電話してきたのかと思ったけど」
由利子は拍子抜けした。
「ごめん、ちがうっちゃん。あのね、彼のことどうしようかと今日起きてからずっと考えとって、それで、とりあえず話し合おうと思って電話したったいね、そしたら、全然電話に出んと・・・。メールしても返事がないし、今までこんなことなかったから、何かあったっちゃないかって」
「連絡取れんのなら、ちょうどいいやん。美葉も電話番号とか変えて、これですっぱり縁を切っちゃえ!」
「もう、由利ちゃんってば、ドライやねえ・・・。それが出来たら苦労はせんって」
「そりゃそうよねえ・・・」
「それに、番号変えたって彼は私の部屋を知っとうとよ。でも引越しする余裕なんかなかもん」
「そりゃそうやね。だったらどうしたいの、美葉は?」
「・・・・・。どうしたらいいかわからんけん、電話しよったいね」
確かにそうである。
「そうやねえ・・・。シビアやろうけど、あっちから連絡があるまで放置しとくべきやね。っていうか、連絡がつかんならそれしかないし。だけど、連絡があっても会わないほうがいい。話はすべて電話で済ませること。いいね」
「・・・・・」
「会ったら、また情が湧くやろ?聞こえとお?」
「・・・・・うん、わかった・・・。シビアに対応する。あっちから連絡あったらまた電話するけん、また相談に乗ってね!」
「もちろん。遠慮なく電話してきてちょ」
「うん、ありがとう。じゃ、ね」
「じゃあね。がんばって!」
思ったよりあっさりと電話が切れたので、由利子は再度拍子抜けした。しかし、その短い間にどっと疲れて、そのままリビングの床に寝転びながらつぶやいた。
「あいつ・・・、あまり大丈夫じゃなさそうだな」
ふうっとため息をつく。男女間の関係なんてそう簡単に割り切れるものじゃない。由利子は心の中でなにかもやもやした不安を感じていた。しかし、これ以上自分にはなにもすることは出来ない。要は美葉にどれだけ精神力があるかどうかだが、それはあまり期待できそうになかった。
「日がもう少し落ちたら、散歩でもしようかなあ・・・」
由利子は寝ころんだまま、窓の外をぼ~っと見ながらつぶやいた。嫌になるほど良い天気だった。
夕方、日が落ちかけた頃、由利子は散歩兼買い物から帰って来た。両手にいっぱいの買い物をしている。散歩後の、思い切り空腹状態でスーパーに寄ってしまったせいであった。色々なものが美味そうに思えて、つい買いすぎてしまう、これが「空腹時に食料品売り場に寄ると買いすぎる法則」である。
テレビをつけると夕方のニュースが始まっており、またしても昼のニュースで見た、例の事件が放映されているところだった。
「忘れていたのに・・・」
由利子は荷物を放り出し、頭を抱えてベッドに座り込んだ。さらに、そのニュースは全国版に昇格して流れていたのである。
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