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2.胎動 (4)公園の男

「みんな死にかかっとるんや! はよう・・・早ゥせんと死んでしまう!」
 オレンジ色の街灯の照らす公園で、男は必死の形相で言った。
「最初、杉やんが熱を出して倒れて・・・それから熱に浮かされて暴れ・・・て・・・みんなで止めた・・・んやけど・・・・・杉やんは熱に浮かされたまま・・・どっかに行って・・・た。―――何日かして、その時止めた奴らが次々倒れて・・・な・・・とか動けるの・俺だけ・・・杉やん、変な病気にかかっと・・・や。一人もうは生きとrか・・・わk・・・早う医者に診tもらわんと・・・あいつら、イマは俺のカゾク・・・今度こそ助けナイと・・・。―――あんたら、ケイタイもっt・・・る・・・やろ?」
 男は一気にしゃべろうとしていたが、息が切れてろれつもよく回らない状態だった。相手を楽勝と見てヤル気満々の雅之を抑えながらそれを聞いていた祐一は、気味悪く思いながら言った。
「あの、おじさん、救急車なら公衆電話でタダで呼べますよ」
「ここらは・・・え…駅まで行かんと・・・で・でんわ・・・ない・・・」
 携帯電話の普及でめっきり公衆電話の数が減っていた。
「早く・・・はやクして・・・みんナ・シンで・・・シマ・・・」
 最初、ある程度の知的レベルを感じさせていた男の言葉が、急速に劣化していった。祐一は何か不吉なものを感じ取っていた。
「何、ワケのわからないコト言ってんだよ!」
 雅之は怒鳴った。祐一は驚いた。こいつはこの異常な状況に何も危機感を感じていない。こんな病人を威嚇してどうするんだ? と、その時の一瞬の気の緩みから祐一は雅之から突き飛ばされてしまった。そのまま体勢を崩し地面に激しくしりもちをついた。突き飛ばされた時に雅之の手が顔に激しく当たり、鼻血がふきだした。
「西原くん!」
 良夫が驚いて駆け寄り、すぐに祐一の鼻にハンカチを宛がった。
「やめろ、雅之! そんな病人をいたぶってなんが楽しいとか!?」
 祐一は怒鳴ったが、すでにその時雅之は地べたにへたり込んでゼイゼイ言っている男を、容赦なく蹴り上げていた。男はもんどりうって倒れ、そのまま動かなくなった。(まさか、死んだのか?)祐一はぎょっとして男を良く見ると、ピクピク痙攣しているように見えた。生きてはいるようだが、かなり危険な状態みたいだ。救急車を呼ぶか?しかし、この状態をどう説明する・・・?
「なん寝とうとか!」
 雅之は男の襟首をつかみ上げた。男は鼻と口から血を流していたがそれも気にならない様子で、襟首を捕まれたまま周囲を見回すと震えながら言った。
「あ・・・赤い!アカイ!ミンナアカイ・・・! チクショウ、オレまで・・・!」
「何わからん事言うとるんか!そりゃ、街灯の色が赤っぽいけんやろうが!」
 もう一度殴ろうとする雅之を、今度は男が病人とは思えない力で突き飛ばした。雅之はなんとかバランスを取り倒れるのを免れた。
「ヤメロ!オレに近づくな!!」
 男は怒鳴った。それが雅之を刺激してしまい、男は再度蹴り上げられた。男は再びもんどりうって倒れたが、今度はすぐに起き上がった。その後の行動に祐一と良夫は凍りついた。男が「があッ!」と叫び、すごい勢いで雅之に襲い掛かったのだ。
「うわ!」
 雅之は叫び、そのまましばらく男ともみ合いになった。祐一はとっさに雅之を助けに行こうとしたが、良夫が全身でしがみついている。
「西原くん、危ないからやめて! 秋山君は自業自得だもん、少しは痛い目にあったほうがいいんだ!」
 確かに良夫の言うことは一理あるが、これはいわゆる「窮鼠猫を噛む」とは違うような気がした。その間に雅之はなんとか男から逃れていた。というより、男の方が雅之を放しそのまま力なく地面に座り込んだのだった。
「こいつ噛み付きやがった! それに手も!」
 雅之の右手の甲には引っかかれたらしい二本の傷跡があり、かすかに血が流れている。
「どこを噛まれたんか?」
 相変わらず良夫にしがみつかれた状態で祐一は聞いた。
「腕やけど、制服の上やったけんたいしたことない」
 雅之はつっけんどんに言ったが、楽勝と思った相手に反撃され、驚きと怒りでかすかに震えていた。
「こんクズがぁ!!」
 雅之は怒鳴ると、地面にへたり込んでいる男につかみかかった。
「おまえみたいなんは・・・。」
 と、言いかけて雅之は言葉を飲んだ。男が「ゴボォッ!」と嫌な音を立ててどす黒い液体を吐いたからだ。それは普通の吐物とは違ったすさまじい悪臭がした。それは、ある臭いを嗅いだことのある人には思い当たる臭いだった。男の内臓は生きながら腐り始めていたのである。
「うわぁ~っ!」
 雅之は驚いて飛びのいたが、すでに遅く制服のシャツにそれが飛び散った。
「な・なんやこれは!? 気色悪ッ!!」 
 それは雅之の手にもかかってしまったらしい。盛んに右手を腰の辺りで振っていた。男はそのまま倒れ、ゴボゴボと大量の黒い吐物を吐きながら激しく痙攣した。祐一は呆然としながらそれから目を離せなかった。気がつくと、彼にしがみついている良夫はすでにガタガタ震えており、恐怖でひきつける寸前のようだった。
「見たらイカン!」
 祐一は良夫を引き寄せると彼の目を覆い、自分もぎゅっと目を閉じる。大人でも正視に耐えない光景である。中学生の彼らに耐えられる筈がなかった。
 さすがの雅之もその場にヘタヘタと座り込んでしまった。いったい目の前で何が起きているかさっぱりわからなかった。男は痙攣しながら、両手で空をつかみ口をパクパクさせていた。それは何か言っているように・・・いや、誰かの名を呼んでいるように見えた。その後激しく弓なりにひきつけると、急に力が抜け手がぱたりと下に降りた。みるみる男の目から生きた光が失われていき、男はピクリとも動かなくなった。
 祐一はおそるおそる目を開けて男の方を見た。彼は今静かに横たわり、うつろになった目に街灯のオレンジ色の光が反射している。

 ――――死んだ・・・?

祐一は愕然とした。男のすぐ傍で、雅之が地面に座り込んで呆然と男の方を見つめていた。

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