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2023年5月14日 (日)

九死に一生を得た青虫さんの話

 6年前の話なので、後ほど2017年に持って行きます。
2017年5月3日
Photo_20230514172801  先週の水曜日にスーパーで買った(食用の)菜の花についていたらしい青虫。
 気づかずに洗ったため水攻めに遭い命からがら逃げ出したのだろう、流し台の上に置いていた洗剤の容器で息を潜めているのを翌日の夜に発見。容器が緑色だったので擬態しているつもりだったのでしょうか。
 かわいそうなので、ちょうど一本落として胡麻和えから免れた菜の花が活けてあったのでそれに移動。気に入ったらしい。小さい菜の花はすぐに葉っぱが無くなりそうです。
 まずいと思って日曜に菜の花を調達に買った店に行ったけど、すでになくなっていました。まあ4日も経ってたからね。仕方ないので菜の花探し回ったけど季節的に無理ぽ。イオン大野城店に無農薬の小松菜発見。同じアブラナ科だから食べるかもとそれを買って帰りました。なんとか食べてくれた模様。
 しかし、月曜になってから動きが鈍くなって火曜の朝には容器の隅でじっとしています。周りにはなんかモヤモヤした糸のようなものも見えます。これは寄生蜂にやられていたのかとがっかり。
 しかし! 夕方にはどんどんサナギの姿に変化していきました。ひょっとしたら羽化の可能性があるかも!
 蛹化の場所や角度に心配がある(正常でした)けど、モンシロチョウの姿が拝めるかもしれません。
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2017年5月10日
 昼間に蝶が羽化したそうです。明け方じゃないのか! 羽化の瞬間見たかったなあ。
 案の定痩せていて、死んじゃうかもと、母が心配しています。
2017年5月11日
 羽化したモンシロチョウさん。
 ケースごと外に出してきたけど、無事に飛び立ってくれるかな?
追伸。
 先ほどの午後2時30分ごろ、ひらひらと飛んで行ったそうです。
 よかったよかった。その時の映像が無いのが残念です。
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 昆虫ブログに掲載していただきました。

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2023年5月 6日 (土)

今日はこげんた君の命日です。こげんた事件から21年が経ちました。

Image  あの忌まわしい事件から21年が経ちました。事件は2002年の5月6日から7日の深夜におきました。
 あの夜は大型連休の最終日で、今日のように雨が降っていました。

こげんたの話

 久しぶりにあの子の写真を貼ります。まともな写真はこれだけで、あとは目を覆いたくなるような写真しかありません。
 これは、犯人がこの後に起こす虐待の残虐さを際立たせるために撮影したものです。

 あの事件は、初めて野良猫を虐待死させた犯人に執行猶予付きとはいえ懲役6月という有罪判決が出た画期的ともいえる裁判に発展しました。当時飼い主のいない野良猫の場合、裁判どころか逮捕すら珍しいことでした。

 しかし、数時間にわたり虐待を繰り返され、その姿をネットに晒された挙句殺害され川に遺棄された、後にこげんたと呼ばれた野良猫さんが戻ることはありません。

 あれからも動物虐待事件は無くならず、仮に犯人が捕まって裁判にかけられても、それがどんなに残虐でも、こげんた事件の判決以上に厳しい判決がつくことは稀です。そしてほぼ執行猶予が付きます。里親を探すにしても、善意の里親希望者に根掘り葉掘り質問し、家を確認し、誓約書を書いてもらわなければなりません。虐待目的の里親詐欺の可能性があるからです。

 21年たった今でもこれが現実です。

 もしよかったら、今夜6日から7日に変わる深夜0時に、ちょっとだけ彼のために祈ってください。彼のように人の楽しみのために残酷な目に合う動物がいなくなるように。

 

幼猫(おさなご)の
短い命に思い馳せ
今年も廻(めぐ)る
悲しみ怒れしあの雨の夜

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2023年5月 3日 (水)

ディヴ・グリーンフィールドが旅立って三年経ち、今の心境などを徒然に……。

 ストラングラーズのディヴ・グリーンフィールドがCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)で亡くなって、早いものでもう三年になります。

 2020年秋に予定されたファイナルツアーの前に心臓の手術をするために入院してた時のことでした。詳しい事情はわかりませんが入院中に発症したということは、院内感染の可能性はあるでしょう。手術後に感染発症したのであれば、ひとたまりもなかったでしょう。

127_1105_hnishioka_20230504133801  心はストラングラーズが来日した2019年に置いたままになりました。2019年をずっとループ出来たらいいのにと思ってしまいます。
 でもそれは叶いません。地球は太陽系ごとそれよりずっとずっと移動し続け過去に戻るなんて不可能だから。

 パンデミック発生から三年以上経ち、ワクチンも行きわたり世界はだいぶ落ち着いて日常を取り戻して行きました。日本でも5類になりマスクの着用も任意になりました。マスクや消毒薬が店頭から消え、なせかトイレットペーパーまで無くなるという異常事態がまるで夢だったみたいです。
 でも私たちストラングラーズファンは、いえ、私は未だ悪夢の中にいるような気がします。目を覚ましたら元の世界に戻ったらいいのにと思うけど、何度試しても目は覚めません。
 って、そもそもこんな理路整然としたリアルな夢なんてフィクションの中にしか存在しません。わかってます後ろ向きなだけです。はあ、当のストラングラーズは新しいキーボード奏者を迎え、前を向いているというのに、情けない。

 ヒューが辞めた時も、かなりのダメージだったけど死んだわけじゃなかったので、別れた彼の新たな活躍を見る希望がありました。それにまだ若かったから、ダメージからの回復も早かったなあ。
 もう、ステージのキーボードの後ろにディヴが立つことはないんです。あの炎のようなキーボード演奏を聴くことが出来ないんです。

 なんかねえ、辛さが骨身に染みるのですよ。

 志村けんが亡くなった時も相当ショックだったけど、もうね、最愛のバンドのメンバーが亡くなったとか、目の前が真っ暗になりましたよ。亡くなったのは5月3日だったけど知ったのは5日の早朝だった。日本とは8時間遅れの時差があるから、亡くなってから翌日くらいに発表があったのでしょう。本国のイギリスではもう既にファンが大パニックになってた。

 それにしても、世の中にいる「コロナは茶番」「ワクチンは毒」「製薬会社が儲けるため」「マスク拒否」とか世迷言を言ってる人たちは、大事な人が感染して重症化し苦しんだり亡くなったりした経験がないのだろうなって思う。じゃなかったらマジでクソだわ。なんでディヴが死んであんな連中がのうのうと生きてるんだよ。反ワクチンビジネス(だれとは言わんが)の養分になってることが判らないのかな。本音全開で言うと「タヒね!」って思う。ディヴみたいに苦しんだらわかるんだろう(ディヴ、ごめん)。

 幸い、私の周りで重症化して入院したり亡くなった人は居なかった。今のところは。
 ひと月前に、母が風邪?をもらってきて、家族全員移った。いや~、実に3年ぶりに風邪をひいた。熱はたいして上がらなかった(ピークで38度)が、やたら喉が痛い風邪だったのでCOVID感染を疑ったけど、陰性だった。まあ偽陰性の可能性もあったけど、もしそうならワクチンのおかげで悪化しなかったのかも知れない。mRNAワクチンを突貫で作ってくれた人たち、そしてその生みの親ともいうべきカリコー博士には感謝しかありません。これがなければ日常を取り戻すのはもっと後になり、流石の日本でも死者がアメリカのように百万人レベルになったかもしれません。

 ワクチンが普及してから会社でも感染や濃厚接触で休む人がぼちぼち出て来て、ウイルスが蔓延しつつあり身近にいるかもしれないんだと実感し始めた。ワクチン接種済みだったから、罹っても重症化(人工呼吸器につながるレベル)しにくいとは思うけど、出来たら罹りたくないんで感染対策は怠らなかったよ(まあ、インフルエンザみたいにいずれは人類の殆どが罹ると思うけどね)。職業柄会社でも反ワクチン思想にハマる人は居なかった。
 母の友人にちょっと反ワクがいて、母が感化されそうになったので全力で止めた。母がネット見る人でなくて良かったわ。

 あれ? いつの間にか文章が敬体から常体になってた。まあいいや。いつものことだし。

 それで、パンデミックとディヴ死去で全然やる気なくなっちゃって、このブログの更新も進まず。小説なんてさらにバイオテロネタでウイルスパンデミック扱ってるんで、もう、ほんまもんには勝てず撃沈寸前までいっちゃった。マジで書くのやめようかとすら思った。
 でも、バンド(ストラングラーズ)は失意の中、『ダークマターズ』という名盤を捻りだしてくれて、さらに11月5日の来日音源を使ってライブアルバム『メニンブラックイント-キョー』を出してくれた。彼らは決してへこたれてはいなかった。今はツアーも再開しており頼もしい限りだ。

 そう思うと心強く、今はなんとか浮上しつつあるので、これから両方とも、少しづつペースを上げながら書いていきます。
 これからもよろしくお願いいたします。

 ディヴ・グリーンフィールド追悼写真集~ IN MEMORY OF DAVE GREENFIELD   DAVE PHOTO COLLECTION

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