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2023年4月 1日 (土)

トイレに閉じ込められた話(改訂版)

 ずいぶん前に分散して書いたエントリーをひとつにまとめました。
 TBSの「ワールド犯罪ミステリー5」再現作品です(だいぶ違ってましたが)。


 これは、昔勤めていた会社での出来事である。

 その会社が入っていたビルは各階に1箇所ずつ廊下を挟んで洗面室付きトイレと湯沸し室があった。3階建ての小ぢんまりしたビルだったのでそんなものであろうが、ビルが開いていさえすれば、誰でもトイレを使うことが出来た。また、そのビルにはなんかいわゆる幽霊のようなモノが棲みついていたのか、たまに妙な出来事もあった。さらに隣のロイホで発砲事件などもあったりしたが、まあ、こういうことは今回の話には関係ないのでまた改めて書くとして、そろそろ本題に入ろう。今回はちょっと小説風に書いてみようと思う。

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 「なんじゃあ、こりゃあ?」
 私は再度トイレのドアノブをガチャガチャと回した。いや、回そうとした。だがノブ自体が動かない。
「あっちゃ~、ここ数日ノブの調子が変なことには気がついていたけど、とうとう壊れたか。でも、何でよりによって私のときに、クソッ!!(怒)」
 私は軽く毒つきながらつぶやいたがどうしようもない。
「せめて出てから壊れてくれよ~~~。トイレは下(の階)にもあるんだから・・・。」

 確かにここ数日変だった。1・2回ノブを回しても開かず、ヒヤッとしたことが数度と無くあったからだ。それはおそらく私だけではないと思うが、とりあえずその時は開いたので、そのまま総務の方に言うのを忘れていた。誰か閉じ込められたら、それもそれが一人で深夜残業をしている時だったりしたら、大変だなとちらと思ったが、まさか本当に完全密室状態になるとは思ってもみなかった。
 しかしまあ、今はとりあえず平日の少し雨模様の昼下がりだ。会社には人がたくさんいるし、直ぐに開けてもらえるだろうとタカを括っていたが、それは甘い考えだった。
 とりあえず、もう何度かノブを回してみる。ビクともしない。引いてみる。なおさらビクともしない。引く?そう、ドアはトイレ側に開く造りになっていた。すなわち、内側からいくら体当たりしても、肘打ちしても、今がチャンスだの真空とび膝蹴り等をかましても、桟ががっちり邪魔をして開かないということだ。ドアを破壊しない限りは。因みに内側から鍵をかけていてそれが壊れたというわけでもない。ドアノブがイカれてまったく回らないため、ラッチボルト(ノブを回すと出たり引っ込んだりする部分)が引っ込まないのだ。私はあせってきた。とりあえず場所がトイレなのでエレベーター等と違い長期戦になっても緊急事態は大丈夫だが、水洗トイレなので大して臭くないとはいえ、便所は便所、あまり閉じ込められて嬉しいところではない。イスもないし和式トイレなので蓋をしてイス代わりにも出来ない。こんな狭いところで長期戦になったら寝ることも出来やしない。第一こんなところで食事なんかしたくはない。おまけに閉じ込められたところがトイレだなんて、どう考えてもギャグネタである。
 などと、いろいろ考えながらも私は空しくドアノブと格闘していた。しかし、こういうときに限って事務所から人が出てこない。18人ほどの会社であるから、どうかしたらひっきりなしに利用者が来るのに。
 たかが厚さ3・4センチ程度、フラッシュ合板製の破壊するつもりなら難なく壊せるくらいのドアである。しかし、そのドアが今は厚く私の行く手を阻んでいた。この際叫んで助けを呼ぶか? いや、そんなみっともないマネが出来るか。私はため息をついて、腕組をしながら考え込んでしまった。携帯電話が普及する数年前の話である。

 しばらくして、誰かが事務所から出て来た。「あれぇ?誰か入っているのかな?」最若女子社員のHちゃんの声だ。
「Hちゃん、私よ、黒木よ。ごめん、ドアが開かんくなった。ドアノブがバカになってまったく回らん!」
「え~~~~!?それは大変じゃないですか。誰か呼んできますね」
 Hちゃんはすぐに事務所に知らせにいってくれた。すぐに総務のYさんとO部長が来てくれた。私は状況を説明した。ドアノブがまったく回らないこと、鍵が壊れた訳ではない事、数日前から変だったこと。O部長は外側からノブを回してみた。ひょっとしたら外側からなら開くかも知れない。しかし、やはりドアノブは回らなかった。絶対絶命である。ひょっとしたらここに泊まることになるのだろうか。それともレスキューが呼ばれて大々的に救出されてしまうのだろうか。泊まるとしたら夕食は隣の中華屋の脂っこいラーメンか。だとしても、一体トイレのどこから差し入れするのドアからは指一本出すことも出来ないし、窓だってここは3階だし。私は一人トイレの中で(正確には隣の洗面室で)頭を抱えていた。

「ドアノブが回らんって、カギをかけたのを忘れとるんじゃなかろうな」
 O部長が言った。だからさっきからカギのせいじゃないってゆーとろーもん。第一このタイプ(ノブに直接カギのついたヤツ)のカギは、かけてても内側からならドアノブをまわすと自然に解除されるものだし。
「違います!ドアノブが壊れちゃったんです!!」
 私はサザエさん並のおっちょこちょいと思われているのだろうかと心配になる。そりゃ、ボリュームを下げていたからラジカセの音が出ないのに、壊れたと思って電気屋を修理に呼んで恥をかいたという前科はあるが。
「とにかく管理人さんかカギの110番を呼んでくださいませんか?このままじゃ仕事になりませんし、何よりも私はこんなところに長居はしたくありません!!」
「とりあえず管理人さんは呼びましたから、もう少し我慢してくださいね」
 総務の才女Yさんが早急に手配してくれたらしい。しかし、この状態を管理人が対処できるのだろうか、と思っているとYさんが続けて言った。
「管理人さんの指示を仰がないで勝手にドアに何かしたら、あとあとまた揉めちゃいますから、ちょっとガマンしてくださいね。」
 まあ、確かにこのビルの管理人のおっちゃんは曲者だ。どんな些細なことでも絶対に事前に連絡しとかないとソッコー文句を山ほど言われる。悪い人なんじゃないんだが。

 私がトイレに閉じ込められていることは、すぐに社内に広がった。まあ18人程度の会社だということもあるが。女子社員が代わる代わる心配して様子を見に来た。とはいえ彼女らに何が出来るというわけでもない。それでも多少話が出来ることは救いだった。私より一つ下だが美人のEさんが、ドアの下の方についている換気の部分(いわゆるガラり)から苦労して薄めの雑誌を入れてくれた。退屈しないようにとの配慮らしい。正直ありがたかった。そのうち男子社員が様子を見に来はじめ、しまいには社長まで心配して来てくれた。それはそれでありがたかったがその反面、自分が置かれた間抜けな状況を思うと情けなさも倍増した。本当になんで私の時にこんなことになったのだろう。私は神とマーフィー君に文句を言いたかったが、社長や他のお偉いさんたちや他の女性社員の場合を考えたら、これでよかったのかも知れないと気を取り直した。
 ドアは、よく会社にあるグレーの言ってみればちゃちなものだった。おそらくラッチボルト(ドアノブを回すと出たり引っ込んだりするアレ)の形からすると、男性が外側から体当たりした程度で開きそうだった。いや女性でもどうにかなるかもしれない。幸いにも鍵が壊れたわけではないのでカンヌキ部は下りていないはずだ。(ああ、自分が外にいたら蹴っ飛ばしてでも開けてやるのに。いや、せめてこのドアが外開きだったら良かったのに)かれこれ一時間は経過しており、考え方もかなりヤケ気味になっていた。そんなことを考えていたら、一見おとなしそうに見えるが社内で一番気が荒いと評判の課長代理が心配してやってきた。
「なんや、姿が見えんと思ったらそんなトコにおったとや。」
「お~~~、Uさん、いい時にきてくれました。地獄に仏、え~っと何人目だったかな、いやそんなことはどうでもいいです、すみませんが力いっぱいドアを蹴っ飛ばしてみてくれませんか?」
「蹴飛ばす?」
「はい、多分それで開くと思うんです(体当たりも可です)」
「そうか~? じゃ……」
 その時である。
「あぁぁぁ~~~ッ! 危ないからそんなことはやめてくださいッ!」
 と叫び声がした。管理人のおっちゃん登場である。

「怪我でもしたらどうするんですか!!」
 今ならここで「管理人キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!」というところだが、当時はまだインターネットが普及する前の話でパソ通の時代である。しかしまあ、管理人では頼りないとはいえこれで何とかなるという希望が見え始めた。
「で、カギを閉めてるから開かないんじゃないでしょうね」
 と、管理人。またかよ。仕方がないのでまた最初から説明のしなおしをする。
「あのですねー、カギはかけてないんです、カギじゃないんですよ。2・3日前からたまにノブが回らないときがあったんですよ。まあ、なんとか開いてましたけど。ところが、今日私がトイレから出ようとしたら、まったくノブが回らなくなってしまったんです。ノブが回らないからドアが開かないんです。ほら、そっちから試しても回らないでしょ?」
「だから工具を使ってノブを分解するか、『カギの110番』あたりを呼んで欲しいんです。」
 私は説明した。ここでカギの110番なんていうから誤解されたのかも知れないが、ほかにこういったトラブルを解決する専門家が思いつかなかった。今考えるとこの場合は呼ぶならやはり119番かもしれない。でも、やはり消防署にレスキューを依頼するのも大袈裟なので(ぜったい野次馬で人だかりができる)、出来るだけ避けたいと誰もが思うだろう。管理人もそう思ったに違いない。
 管理人はドアノブをガチャガチャさせて言った。
「やはり開きませんね」
 それから少し考えて、
「では、こちらからドライバーか何かで掛け金具(ラッチボルト)を引っ込められるかやってみましょう」
 しばらくすると管理人がマイナスドライバー(多分)を持って戻ってきたようだ。
「ではやってみます。ちょっと待ってくださいね。」彼は言ったが、すぐにそれが不可能ということに気がついた。ドアがトイレ側に開くようになっているということは、廊下側にはドア押さえがあり、ドライバーを突っ込む隙間などないのだ。
「そっちからしないと無理みたいです」
 申し訳なさそうに管理人が言った。
「ええ?でもこっちには工具なんてないし、外からどうやって工具を受け取るんですか?やっとタウン誌が入るくらいのガラリの隙間しかないんですよ」
 と、私も必死だ。1分でも早くここから出たいのに。
「困りましたねえ」
「こうなったらやはり誰かがドアに体当たりするしかないですよ。Uさん、Uさ~~~ん!あ、Mさんでもいい……」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんな危ないこと許可できません。体当たりした人もあなたも大怪我をするかもしれません。会社だってそんなことで労災なんて出したくないでしょう」
 冷静になって考えると、これは管理人が正しかった。しかし、この時の私は一刻も早くこの空間から脱出したかった。(それならはやく専門家を呼んでくれ)と私は思ったが、テキは出来るだけお金がかかるのを防ぎたいらしく、なんとか自分らで対処したいと考えているのだろう。
「工務店に電話して対処法を聞いてきますから、ちょっと待っていてください」
 これで何度目の「ちょっと待ってください。」だろうか。ゴールデンハーフの歌じゃあるまいし。そう思ったら、ゴールデンハーフのあの歌が耳について離れなくなってしまった。「♪チョットマッテ、クダサ~イ♪」……うざっ。

 しばらくして、管理人が戻ってきた。
「黒木さん、今から道具を渡しますので受け取ってください」
「え? え? どこから?」私はあせって聞いた。
「下の換気のところからしかありませんね。多少傷がついても仕方ありませんが、無理をすれば渡せるでしょう」
 というと管理人はガラリの羽板部分から「千枚通し(錐)」を送り込んだ。羽板は若干歪んだが、なんとか千枚通しを受け取ることが出来た。で……?
「ノブを良く見てください。手で回す方じゃなくて根元の方に小さい穴が開いているはずなんですが。それを、その錐の先で押してみてください。それで簡単に開くはずなんですが」
 と管理人は説明したが、その小さい穴とやらがどこにあるかさっぱりわからない。
「えぇ?見つからないんですけど……」と私。
「よく見てください。このタイプのノブには必ずあるらしいんです」
 小さい穴。カメラのフィルム強制巻き戻しボタンみたいなものか。私はもう一度良く見たが、それらしきものは見つからない。
「変だなあ……」私は思いながらひょっとしてと思い、ドア枠の側の方をよく見た。あった!しかし……。
「管理人さん、ありました。ありましたけど……枠側にあって間が狭くて錐で押すことができません!!無理です……」
 間の悪いときは徹底して悪いものだが、このときの私は正にそうだった。

 せっかく管理人が脱出方法を聞いてきてくれたのに、実行できない。目の前にあるのに届かない。まるでウルトラマンがベータカプセルを崖下に落としたような心境である……っていうか絶体絶命?
 もうすでに2時間以上ここにいる。このままじゃホントにココで件の中華屋の出前ラーメンを食らうことになりかねない。管理人は他の脱出方法を聞きに行ってしまった。くどいようだがまだ携帯電話など普及していない頃だ。そんなことより早くドア屋でも鍵屋でもこの際金庫破りでもいいから呼んでくれ、私は心からそう思い、がっかりしてしゃがみこんだ。腰を下ろすところがないので、いわゆる「ヤンキーのウンコ座り」である。これほどこの場所にふさわしい座り方はあるまい。もっとも場所は隣の洗面スペースだったが。そして、恨めしそうな上目遣いでノブを見つめた。こんなもんが壊れたためにこんな目に……。それも引っかかってる金具はほんの1センチくらいのものである。いっそガラリ部分を蹴破って出てやろうか……。苛立ちもピークにさしかかり、だんだん思考が凶暴になってきた。
 いかん。こんなところで暴れては、社内一気が荒いというレッテルは私に貼られてしまう。しかし、ここはやはり自力で出ないとどうしようもないようだ。私は立ち上がり、ノブをじっと見た。そして渡された千枚通しを改めて見た。見比べた。
「あ、出れるかもしれない……」
 問題の場所に千枚通しが届かないなら届くような形に改良すればいいのだ。私は千枚通しを曲げることにした。出来るだけ先の方を曲げなければ使えないため、必要以上に力がいったが、なんとかL字型に曲げることが出来た。そんなものをよく曲げたな~と言われそうだが、千枚通し程度の太さの金属の棒なら、女性でもがんばれば曲げることができるものだ。実のところ手で曲げたか梃子の原理を利用して床を使って曲げたか覚えていないが、とにかく私は脱出道具を完成させた。あとはこれが上手く機能するか試すだけだ。

 私はワクワクしながらドアノブに手を伸ばし、曲げた千枚通しで管理人さんに教わった場所を押してみた。場所が場所だけに2・3回滑ったが、無事に解除ボタンが押されたらしい。

   カチャッ

 軽い音をたててドアが開いた。

 やった~! 脱獄脱出成功だ! エドモン・ダンテスの約1/49000の幽閉時間だったが、自由の空気とはかくも美味いものなのか! すこしオーバーだが、薄暗く肌寒い上に湿気た狭い部屋(幸い水洗トイレだったので臭いは気にならなかった)にほぼ立ったまま2時間以上放置されるという状況は、想像以上にダメージのあるものだったのだ。
「開いたー!」という私の声に、Yさんが慌てて事務所から出て来た。彼女も他の女子社員のみんなも心配して手が開くたびに様子を見に来てくれていたが、彼女は受付も兼ねており一番で入り口に近いところに席があるため、すぐに脱出に気がついたらしい。
「出れましたか!どうやって出たんですか?」
 彼女が聞くので実演しながら簡単に説明した。
「よく思いつきましたね~、でも良かった良かった」
 事務所に入ると管理人氏が総務のO部長とあ~だこ~だと話していたので、無事脱出の報告をした。そして千枚通しを曲げてしまったことを詫びた。管理人は、一応ノブに油を差しておくから大丈夫と思うが、万一また誰かが閉じ込められたらいけないからそれはとっておくようにと言った。その後すぐに社長に脱出の報告と心配をかけたお詫びと御礼を言い、自分の席についた。
 みんな心配してくれていたので、簡単に経緯を説明してからようやく机に向かった。ようやくほっとしたが、間髪入れず現実に直面させられた。お昼休みが終わってまもなくトイレに閉じ込められてしまったので、当然午後の仕事がそのまま残っていたのだ。わたしはげっそりして、やっぱりUさんにドアを蹴破ってもらうべきだったと後悔したのだった。
 因みにドアのほうは、油を差したあと会社が倒産するまで誰も閉じ込められることもなく、例の脱出道具も2度と使われることがなかったのであった。

 では、このお話の教訓。なお、これを怠ってシリアス・インシデント(重大事故)を発生させた事例は多い。

 何事か異常を感じた場合、めんどくさがって放置せずに気付いた者がなんらかの対処あるいは報告をしなければならない。往々にしてその災禍は自分にふりかかってくるものである。

 今回は教訓に至るまでが長かったなあ。

 長々とこの体験談に付き合ってくださった方、どうもありがとうございます。なお、この珍事はノンフィクションですが、かなり昔に起こったことであり、私の記憶も細部があやふやなところがありましたが、そこは創作して辻褄を合わせております。故に事実と若干相違するところもありますが、ご了承ください。

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 TBSの「ワールド犯罪ミステリー5」で、この話をもとにしたドラマが放映されました。(2019年4月17日放送)

 まあ、再現は原型を留めていなかった(正直ミもフタもなかったな)けど、なかなか貴重な体験をさせていただいた。某ミュージシャンと同姓同名のADさんには感謝しています。(2021年3月17日追記)

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