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2017年5月 4日 (木)

生物兵器とバイオテロ(前編)

はじめに

 今回説明する生物兵器(Biological weapons)と、サリンで有名な毒ガス等の化学兵器(Chemical Weapons)は(BC兵器と略す)、貧者の核兵器ともいわれ、比較的低コストで製造でき、しかも強力な威力をもつ厄介な代物です。また、ボツリヌス菌など例外もありますが、多くの感染症の初期症状が風邪と良く似ているため、かなり感染が広がるまで生物兵器が使われたということが発覚しない可能性が高いのです。テロリズムにうってつけの兵器といわれる所以です。
 第1次世界大戦以降、BC兵器の使用が目立ってきます。そして、第2次世界大戦末期に完成した核兵器とともにNBC兵器と呼ばれるようになりました(昔はABC兵器と言っていましたが、水爆の完成により原子〔Atomic〕から核〔Nuclear〕と呼ぶようになりました)。

 クリックよろしくです。→

 以下、ギルフォード教授の野外講義で詳しく説明しましょう。(小説「朝焼色の悪魔」より抜粋加筆)

【登場人物】

A:アレクサンダー・ライアン・ギルフォード(Guildford)教授
 イギリス人。ウイルス学者でバイオテロの専門家。色々あって、Q大(九大ではない)客員教授をしている。
 YG性格検査のJ.P.ギルフォード(Guilford)博士との血縁関係はない(てか、そもそもスペルがちがう)。

Y:篠原由利子
 リストラで会社を辞めた後、ギルフォードに拾われ助手をしている。顔音痴のギルフォードのフォロー役でもある。

J:葛西純平
 F県警K署勤務の刑事。大学で微生物を研究していた。

 **************

A:さて、バイオテロといえば・・・まず、何を思い浮かべますか、ユリコ?

Y:やっぱり、あのアメリカで起きた炭疽菌事件、あれですね

A:そう、米国の炭疽菌事件を思い起こす人が多いでしょう。結局犯人とおぼしき科学者の自殺で幕を閉じることになりましたが・・・。バイオテロはBiological weapons、生物兵器の転用と考えられます。生物兵器とは、病原微生物やそれが作る毒素を利用したものですが、歴史的にはかなり古いです。それは、まだ感染症が微生物が原因で起こることすらわかっていない頃からのことです。疫病で死んだ人や動物の死がいを敵地に投げ込んだりしていました。それが感染るということだけはわかってましたからね。

Y:随分原始的な方法だったんですね。

A:そうです。それが、20世紀に入ってから、兵器として本格的に研究され始めました。その頃生物兵器を研究していた主な国は、イギリス・アメリカ・ドイツそして日本です。特に日本の研究資料は、戦後、アメリカの生物兵器研究に関わってきます。その日本の研究機関こそが、悪名高い・・・ジュン、知ってますね。

Y:私も知ってます。731部隊・・・ですね。

A:そうです。さて、生物兵器というと、炭疽菌と天然痘ウイルス、これがまず出てきます。特に炭疽菌は、生物兵器に出来る特性を充分備えているのです。731部隊も炭疽菌の兵器開発にはかなり力を入れてました。

1.ウイルスと細菌の違い

A:さて、まずここで、よく混同されるウイルスとバクテリア・・・細菌の違いをはっきりさせておきましょう。ジュン、もちろん君は説明できますね。

J:はい。細菌は自分の細胞を持つ単細胞生物ですが、ウイルスは違います。遺伝子とそれを包むたんぱく質の膜しかもっていません。細胞を持っている細菌は宿主の栄養を横取りしながらも自分の力で増えますが、それのないウイルスは、他の細胞に取り付かないと増殖できません。大きさも細菌なら普通の顕微鏡で見えますが、ウイルスは非常に小さくて電子顕微鏡でなければ見ることができません。

A:はい、よく出来ました。ですから、病気のおこし方も違います。細菌はO157や破傷風菌、炭疽菌もそうですが、毒素を出して色々な症状をおこさせるもの、結核のように増えた菌が病巣を作り害をなすものなどがあって、いずれも細胞の外側から作用します。しかし、ウイルスは細胞の中に入り込み、結果破壊してしまいますから、細胞の内側から作用していることになりますね。さらに補足しますと、細菌は抗生物質で殺せますが、細胞を持たないウイルスには効きません。よく風邪を引いて病院に行くと抗生物質を処方されますが、あれは、風邪の病原ウイルスを退治するためではなく、免疫力の落ちた身体を細菌による二次感染から予防するためのものです。タミフルのような抗ウイルス剤も、ウイルスを殺すのではなくて、ウイルスの増殖を阻害するものです。ウイルス自体は、人体がそれに対する免疫をつけるまで追い出すことはできません。で、人工的に免疫をつけるのがワクチンです。ただし、全ての細菌やウイルスにワクチンがある訳ではないし、発症してからはワクチンの効果はあまり期待できません。また、ワクチンによっては、副作用の強いものもあります。幸い風邪の場合は普通なら5日から1週間くらいで治りますけどね。

Y:人体が勝手に治しちゃうんだ。

A:そうです。だから、普通の風邪の場合は、脱水症状に気をつけて安静にして寝ていれば、放っておいても治ることが多いです。でも、高熱や咳、時に下痢など、それに伴う苦しい症状を緩和するためには、やはり、病院に行ったほうがいいかもしれません。それに、風邪じゃない可能性もありますからね。ただ、気をつけなければならないのは、時に病院自体が感染症を広める役割をすることがあるということです。だから、新型インフルエンザのような強力な感染症の場合は、病院に行かず直接保健所に連絡しなければいけません。アフリカでのエボラ出血熱の発症者の多くは、初期のころに病院で感染しています。設備が不十分だったのと、そのために注射針の使いまわし・・・しかもろくに消毒もせずに使いまわした結果でした。

Y:でも、日本も昔はそうだったみたいですよ」と由利子が口を挟んだ。「私が勤めていた会社の黒岩さんって人が以前言ってたことがあるけど、彼女が子供の頃、学校で予防接種する時は、一本の注射器で、もちろん針も変えずに軽く3人から5人はこなしていたらしいです。

A:オー! まあ、昔はおおらかだったということでしょうケド・・・。後々変な病気が出ないと良いのですが。

Y:彼女はいたって元気でしたよ。

A:もちろん、先に注射された人が妙なウイルスを持ってなければ問題ないですが、運悪くそれで肝炎や白血病などのウイルスに感染してしまった場合、数十年後に発症する可能性があるのです。

Y:白血病も?

A:一部の白血病はウイルス感染が原因だといわれています。と、まあそういうことで、細菌とウイルスがまったく違うとことはわかりましたね、ユリコ?

Y:はい。

A:ですが、ウイルスと細菌の違いをややこしくするものがあるんですね。インフルエンザ菌ってのがあるんです。

Y:え? インフルエンザはウイルスですよね?

A:もちろんそうです。最初にインフルエンザの病原体と勘違いされて、こういう名前になったのです。いったん命名さえたものは変更出来ませんから、インフルの病原体ではないのですが、こういう名前になったのです。インフルエンザ菌自体はありふれたもので、ヒトの鼻腔内でよくみつかります。先に言った、風邪を引いた時の二次感染を起こさせる細菌のひとつでもあります。

 では、自己増殖能力のないウイルスがどのように自分のコピーを作るのか、簡単に説明をしましょう。
 ウイルスは宿主の細胞に取り付くと、遺伝子の設計図・・・DNA或いはRNAをちゅーっと入れちゃいます。その段階でウイルスは設計図だけの状態になります。宿主の細胞は、そうとも知らずにその設計図を使ってどんどん複製を作り始めます。そして、細胞内がウイルス粒子で一杯になると、細胞膜をパ~ンと破って大量の複製されたウイルスが出てきます。それらがまた他の細胞に取り付いて、そこで同じように自分のコピーを作っていきます。

Y:なんか、すっごく嫌なんですけど。(と、両腕をさすりながら)私がこの前インフルエンザで苦しんでいた時も、私の身体でそういうことがおこっていたんですね。

A:そういうことです。でも、本来、ウイルスは正当な宿主となら、穏やかに共存出来ます。だって、困るでしょ。せっかく入った家が、すぐに壊れてしまっちゃあ。だから、激しい症状を起こして宿主を殺してしまうようなウイルスは、本来の宿主ではないものを選んだということになります。ただし、もともと無害だったものが、強毒性を持つように変異する場合もありますし、天然痘のように、ヒトにししか感染しないのに、病気を起こすものもいますけどね。ま、そのせいで天然痘は自然界では絶滅させられてしまいましたケド。

2.生物兵器

(1)炭疽菌

A:さて、バイオテロの話にもどりましょう。まずは、生物兵器の代表である炭疽菌からです。なぜ生物兵器として使われたかというと、炭疽菌は生存に危機的状況に陥ると芽胞という形になってその場をしのぐからです。一旦芽胞状態になると、空気も栄養もない状態でも何年も生き延び、かなりの高温低温にも耐える事ができます。炭疽菌は人から人へは感染しませんが、そのような特徴からと、その毒性の高さにより生物兵器の代表格となったのです。

Y:そうか、無酸素状態にも高温にも強いということは、爆弾に仕込みやすいということですね。

A:そうです、ユリコ。実際どこまで効果があるかはわかりませんが、性質上可能です。馬鹿馬鹿しい話ですが、弾道ミサイル(※)にだって仕込めますよ。さて、炭疽菌は人から人へは感染しませんが、吸入したり、食べたり、炭疽菌が傷口から体内に入ったりして感染、発症します。皮膚に病巣を作った皮膚炭疽・・・まんまですが、の場合、中心部が炭のように黒くなります。炭疽菌といわれる所以ですね。英語の『アンスラクス』という名前は、ギリシャ語の木炭や石炭という意味からきています。
 皮膚炭疽の場合は、比較的致死率は低く、抗生物質で適切な治療を受ければほぼ治ります。ただし、放置した場合の致死率は約10~20%です。時に炭疽菌が血液を回り、毒素で敗血症を起こすからです。
 次に、炭疽菌で汚染された肉を食べた場合の消化器炭疽ですが、これは、致死率が上がり未治療の場合は50%です。これも、適切な治療を受ければ致死率はぐんと下がります。それに、汚染肉を生で食べるということかなり珍しいことなので滅多におこりません。
 最後に吸入炭疽です。これは、名前の通り炭疽菌を吸い込むことによって菌が肺胞まで届いて発症するもので、アメリカの炭疽菌テロ事件での死者5人はすべてこれでした。この致死率は90%と言われていますが、早めに抗生物質で適切な治療を受ければ高い確率で回復するということがわかりました。この吸入炭疽も自然発生では非常に珍しいものです。何故炭疽菌テロでは吸入炭疽が多いかというと、芽胞状態になった炭疽菌を吸入して肺胞まで届きやすくする細工がされているからです。

Y:細工?

A:そうです。普通、炭疽菌芽胞は周囲に電位を帯びていて・・・、まあ、一粒がベタベタしていると考えてください。非常にお互いがくっつきやすいんです。しかし、その状態では肺胞まで届くことは難しいのです。ですから、自然発生することは非常に珍しいのです。しかし、その電位を取り払う方法を見つけた機関がありました。米国メリーランド州にある米国陸軍基地にあるフォート・デトリックです。そこは当時生物兵器の研究をしていました。まあ、1975年の生物兵器禁止条約発効後もこっそり研究していたようですが。で、調べた結果、テロに使われた炭疽菌はその技術が使われていることがわかりました。その技術は極秘扱いとなっていましたから、米国の炭疽菌テロは、フォート・デトリックから持ち出された炭疽菌が使われた可能性が高いということになったのです。因みに後々他の生物兵器所持国家でもそれぞれの方法で電位を取り除く技術を持つ様になりました。

Y:結局マッチポンプだったってこと?

A:いえ、そうではありませんが、内部漏洩というのはシャレになりません。米陸軍の炭疽菌テロへのあの対応の早さは、その技術を開発したことと無関係ではなかったかもしれませんね。炭疽菌のしつこさはですね、1942年から43年の間、英国の炭疽菌実験に使われたグリニャード島では、実験で大量にばら撒かれた炭疽菌芽胞がなかなか死滅せず、1986年から87年にかけて、大量のホルムアルデヒドを土に混入してようやく死滅させたということからもわかると思います。

Y:ホルムアルデヒドってホルマリンですよね。そっちの方が炭疽菌より危険な気がするなあ・・・。

A:そうですね。まさに毒を以って毒を制すってやつです。さて、炭疽菌にも有効なワクチンがあります。副作用は少ないのですが、かなり痛いらしい。軍人ですら、接種後は痛くて仕事にならないくらいです。それを6回に分けて接種し、その後も毎年追加してワクチンを打たねばなりません。だから、米軍人でもこれを受けるのは、炭疽菌感染リスクが高い人たちだけです。因みに、O教団のバイオテロが失敗した原因として、彼らが知らずに毒性の少ない炭疽菌のワクチン株を使ったためだといわれています。

J:ワクチン株を渡した人GJ!ですね!

A:まったくです。もし、成功していたらと思うと、ゾッとします。まあ、生き物を利用するのですから、扱いは通常兵器より難しいと思います。次に、ウイルス兵器の代表格、天然痘についてお話しましょう。

(2)天然痘

A:日本では、1976年に種痘が中止されましたが、その前から種痘を行わなくなっていました。日本での天然痘の自然発生がゼロになっていたのと、副作用の問題が顕在化してきたためです。
 天然痘は、医学では痘瘡と言いますが、ここでは馴染み深い天然痘でいきましょう。天然痘というのは、種痘に対して自然発生する痘瘡をいうようになったようです。このウイルスは人類によって始めて制圧されたウイルスです。種痘という有効なワクチン接種があったことと、自然界ではヒトだけが保有するウイルスであったことが、根絶出来た主な理由です。1980年、WHOは自然界の天然痘ウイルスの根絶を宣言しました。地球上の何処にも天然痘ウイルスが存在しなくなったのです。ただし、いくつかの研究所を除いてですが。その後、何度かの不幸な事故、つまり、バイオハザードで何人かの命が奪われ、結局、天然痘ウイルスは、現在、アメリカのCDCとロシアのベクター研究所の2箇所のみが保管するということで落ち着いています。でも、ほんとは保管されたウイルスは、解明が終わったと同時に廃棄されるはずでした。

Y:廃棄されなかったんですか?

A:はい。密かに誰かがウイルスを悪用しようと保管している可能性は残っており、それがテロや兵器に使われた時に、抗ウイルス剤やワクチンを作るために必要だというのです。まあ、本音は一番怖いのはウイルスを所有しているお互いの国ということだったんでしょう。

J:核兵器開発と同じ理由ですね。

A:そうです。まあ、もし、廃棄が実現していたとしても、お互い密かに隠し持っていたでしょうケド。炭疽菌と同じようにね。廃棄に反対する意見の中で面白いのは、病原体とはいえ意図的に人類が一つの種を消滅させてしまっていいのかという、とても『人道的』な意見です。

J:ウイルスにとっては、まさにそう言う気持ちでしょうけど、なんだかな。

Y:まったくだわ。既に天然痘ウイルスをフルボッコにしていながらそれはないと。

A:ですから、根絶したことが皮肉にも、この古典的ともいえるウイルスを最強の生物兵器のひとつにしてしまったことになります。しかし、僕は、天然痘撲滅は、アポロの人類月着陸に匹敵する・・・いえ、それ以上の偉業だと思っています。少なくともそれに関しては、人類が初めてひとつの目標のために協力しあったのですから。ですから、これを意図的にばら撒き、元の木阿弥にするのは許せないことです。
 天然痘は、炭疽病と違って人から人へ感染します。潜伏期間の感染はないですが、身体に発疹が出て天然痘と発覚する前に口や気管の粘膜に発疹が出来、咳やくしゃみによってウイルスが飛び散って他の人に感染します。もちろん全身に広がった発疹の膿や瘡(かさ)からも感染します。天然痘の発疹は独特ですが、最初は水痘、いわゆる水疱瘡と区別がつきにくいです。水痘の場合は天然痘に比べると致死率も低く後遺症も少ないです。痕は少しは残りますが、天然痘のような目立った瘢痕(はんこん)は残しません。しかし、水疱瘡が治癒した後も、水痘ウイルスは神経系に隠れ、何十年も経って、免疫の弱った時を見計らって悪さをします。いわゆるヘルペス・・・、帯状疱疹ってやつです。
 さて、天然痘の発疹は痘疱(とうほう)といってとても特徴的です。同じような大きさの・・・う~~~ん、荷造り用の緩衝材にプチプチ・・・エアークッションがありますね、あのプチプチに空気ではなく膿をつめたようなのが主に手足と顔にびっしりと出来ます。大きさは約10mm程度で少しへこんでいます。身体の前の方はそこまでびっしりにはなりません。そこらへんも水疱瘡とは違います。致死率は高いですし、治癒してもすごい痕が残ってしまいます。

Y:天然痘ウイルスが今撒き散らされたら大変ということですね。種痘を受けていないからみんな免疫がない。

A:そうです。子供のころ種痘を受けた人も効果はとっくに切れてますから、未接種の人ととリスクはあまり変わりません。世界中の人間がおよそ35年、日本人は40年以上天然痘ウイルスに触れていないということです。まったく免疫がないことが、どういうことかというと、南米の先住民・北米の先住民、共に、侵略者の持ち込んだ、天然痘ウイルスによって壊滅的な被害を受けました。天然痘患者の膿をつけた毛布を、北米先住民に意図的に配ったという記録もあります。

Y:なにそれ、ひっどいことしたんだ。

A:まあ、その酷いことをしたのは、イギリス人なんですが、僕も許せない行為だと思います。ネイティヴ・アメリカンは勇敢でしたから、まず、その戦闘能力を奪おうとしたのでしょう。当時は病原性微生物によって感染症に罹るという概念はなかったのですが、経験的に試してみたのだと思います。結果的に生物兵器を使ったことになります。それにより、イギリス軍は先住民との戦争に優位に立ちました・・・。もちろん、軍事力の差は大きかったので、残念ながら、いずれは征服される運命だったのでしょうけど・・・。

J:歴史の影に微生物あり、ですね。

A:そうですね。さて、話は現代にもどりますが、今度天然痘が自然発生を始めた場合、以前のような根絶運動はできません。なぜなら、エイズの問題があるからです。

J:あ、アフリカやアジアの貧困層に蔓延しているみたいですからね。

A:そうです。HIV感染で免疫の低くなっている人たちへのワクチン接種は、命取りになりかねません。それでなくても副作用があるのですから。たった30年で、世界はあの時と全く状況が変わってしまったのです。

Y:アレクはその天然痘ウイルスはどうすべきだったと思う?

A:僕はもちろん廃棄派ですよ、ユリコ。根絶運動の苦労は聞いてますから。種痘はね、二股針という器具を使って何度も皮膚を軽く刺してワクチンを植え込むんです。そういう行為をするのですから、未開地の部族の方たちに接種する場合など、まず、信頼関係を築かねばなりません。命がけで身体を張って・・・、そう、何かがあったら殺される覚悟で種痘を行った医師だっているんです。それに、ワクチンを作るために犠牲になった牛さんたちにも申し訳ないです。

Y:牛?

A:ジェンナーは牛痘・・・牛の罹る天然痘ですね、に罹った人は、天然痘に罹らないということを証明するために、牛の乳を搾る女性の手に感染した牛痘の病変から取った膿を、当時8歳だった羊飼いの少年に接種しました。

Y:ええっ? 自分の息子にじゃなかったんですか。

A:いえ、残念ながら最初の実験では他人の子を使ってます。その少年は、その後20回ほど天然痘患者の膿を接種させられましたが、発症しませんでした。まあ、それが種痘の始まりなのですが、問題があって、人の膿を使うので、ほかの病原体も混じることがあり、ひどいときには種痘によって梅毒もついでにもらってしまうこともありました。英語では天然痘をスモール・ポックス、梅毒は古い言い方でグレート・ポックスというのですが、まあ、天然痘を予防するつもりが、似たような名前の病気に感染してしまうという、洒落にならない状態を招いたりしたのです。因みに名前は似ていますが、この二つは全く違う感染症です。梅毒の発疹に比べて天然痘の発疹が小さいのでこう呼ばれるようになりました。梅毒の病原体は、スピロヘータという細菌と原虫の中間に位置するような単細胞生物です。で、その後、子牛の腹を使ってワクチンを作るという、方法が考え出されたのです。今では動物愛誤の考えから、この方法は使えないでしょうが、天然痘根絶運動の時までは、この古典的方法が使われてきたのです。

Y:で、ワクチンに使われた牛は・・・?

A:う~ん・・・、言い難いですけど、だいたい処分されたということです。

 これ以下この件が由利子さんの逆鱗に触れたり当時のワクチンの作り方の説明をしたりしているが、本筋から外れるので割愛。
 ワクチンの製造法については後編の巻末を参照してください。

A:天然痘撲滅には、日本人も重要な立場で関わっていたんですよ。天然痘根絶計画の2代目のリーダーは、日本人のアリタ(蟻田)博士でした。
 それから、種痘は副作用が強いワクチンで、時に脳症をひきおこしました。それは1歳未満の乳児に多かったので、種痘接種の年齢を1歳半からに上げたりとリスクを減らす工夫はされたのですが、それでも、種痘による副作用は時にですが、おきてしまいました。副作用は、種痘後脳炎のほかに、免疫が落ちた人におこりやすい進行性種痘疹、これは、しばしは致死的状況を招きます。それから、健康な人に時におこる全身性種痘疹、これは見かけに反して予後はいいです
 で、1970年代の初め頃、日本のハシヅメ(橋爪)博士が脳炎を起こす確率の低い、安全なワクチンを開発されました。しかし、当時はすでに、天然痘は撲滅されつつあり、日本の種痘は1976年には中止されていたので、この、ハシヅメワクチンが、その威力を発揮する機会はなかったですが、昨今のバイオテロの心配から、また注目されるようになりました。
 今のワクチン製作の多くは、培養細胞や卵などを使っており、生きた動物は使ってませんので安心してください。これは、動物福祉法の関係もありますが、他の病原体の汚染を防ぐためでもあります。

Y:(納得したようなそうでないような顔をして)はい。良かったです。

A:さて、これで、何故天然痘によるバイオテロが恐れられているかわかりましたか。

Y,J:はい。

Y:そういえば、半島にある北の某国ほか数カ国が、天然痘ウイルスを持っている可能性があると聞いたことがありますが。

A:そうですね。ソ連の崩壊で、食い詰めた生物学者が、生活に困って売っ払ったり亡命時に持ち込んだりという可能性はあります。だから、さっさと廃棄すべきだったんです。ウイルスの保管は難しく、それなりの設備や技術も必要ですから、その国が隠し持っていたというより、ロシアから得たと考えるほうが無難でしょう。

Y:なるほど。

A:では、時間がなくなって来ましたので、次にすすみましょう。

後編に続く)

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◆参考図書◆
  忍び寄るバイオテロ(NHKブックス):山内一也/三瀬勝利
  バイオテロと医師たち (集英社新書):最上 丈二

(※)
弾道ミサイルというと核兵器を連想するが、あくまで遠隔地まで飛ばせるミサイルということで搭載するものは必ずしも核兵器とは限らない。もちろんBC兵器も搭載できる。当然核兵器と生物兵器は同時搭載しても意味がない(流石に死ぬというか多分影も形も残らん)。

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