ある教師のこと。
この前、友人の夫が亡くなられた。
このブログにもよくコメントをくれる常連であり、高校からのくされ縁もとい親友である、しなさんのご主人だ。
メールで前日の夜亡くなったという報せをうけ、かなり混乱した。何が何だか判らなかった。病気とも聞いていなかったし、柔道をやっていらしたので、まさに健康そのものといった感じの方だったからだ。
だが、もっと混乱して訳が判らなかったのは、しなさんをはじめとする残された家族だった。
なぜなら、亡くなる10分ほど前まではまったく普通で普段通りだったからだ。いわゆる、突然死というものだった。
メールを受けた2日後の夜に、意を決して電話をし、その時のことを聞いたのだが、本当に突然で、私も「何故」と言う以外の言葉が思いつかなかった。詳しいことは書かないが、ホント、横になってテレビを見ていたら突然心臓が止まっただけ・・・、非合理的な表現をすれば、たまたま通りかかった死神が気まぐれに鎌を振り下ろしただけ・・・。他に私には表現の仕様がない。
あまりのことに、私は慰める言葉が一つも見つからない有様だった。
土曜の夕方、高校同期の友人たちと、高校の後輩でもある私の妹とその友人とでお通夜に行った。
会場では娘さんたちが、しっかりと弔問客に応対していた。末っ子で中学生になったばかりのT君も、思ったよりしっかりしているように思えた。しなさんも気丈にがんばっている。喪主ともなれば、いろいろ忙しくて気を張っていられるのだろう。それが良いことなのかはわからないけれども。
驚かされたのは、その弔問客の多さだった。
急な出来事にも関わらず、続々と弔問客が会場に現れたのだ。その多くが故人の教え子たちだった。
旦那のYさんは、中学校の先生をしておられた。今年も担任を持っておられる現役教師だった。
専攻学科は国語なのだが、柔道をしておられるのとその体型から、私は何度訂正されてもつい、体育の先生と紹介してしまうのだった。
現役中学生から社会人まで、男女問わず、次々と詰めかけた。少女たちはもちろんだが、周囲を憚らず泣いている少年たちが多くいた。それは、Yさんが生前どんな先生だったかを端的に表していた。
弔問客は、お通夜の式が始まっても途絶えず、御焼香は途中で中断、式後に続行という形をとらねば収拾がつかない状態になった。しかも、終わってからもまだ人は途絶えなかった。見ると1階のロビーが、会場に入りきれない人たちで埋まっていた。話によれば、斎場にすら入りきれない人が外に並ぶほどだったという。
翌日の昼過ぎから葬儀。
高校の仲良し4人組の一人、T子と待ち合わせて斎場に向かった。4人の内一人K美はすでに故人となっている。急性白血病に侵され40代前半という早い一生を終えてしまったのだ。彼女の葬儀も同じ場所だった。思えばその時、しなさんとT子と3人で彼女の葬儀に同じ道を歩いたものだった。その前は、しなさんとK美と3人でT子の夫の葬儀で鹿児島に行った。
ああ、人の一生の、なんと儚いことか・・・。
「毎朝、『学校に遅れるよ』って起こすけど、起きないのよ」
「ほっぺた叩いて起こすけど、起きないのよね」
遺族控室で、しなさんとお嬢さんが笑いながら言った。
前夜拝見したご遺体は、顔色こそ生者のそれではなかったが、まるで眠っているように安らかだった。それが、せめてもの救いだったが・・・。残された家族にとってはそのことが、さらに「何故?」という思いを募らせる。
葬儀は、昨夜程の混乱はなかった。担任クラスの生徒以外はお通夜の日に行くようにというような達しがあったのかもしれない。
先生代表の弔辞は、声も良く、よどみなく行われた。さすが先生と言う感じだった。Yさんが教師として歩んだ道が淡々と語られた。対して友人代表の弔辞は、たどたどしく、何度も涙で途切れた。突然の死は、多くの人に戸惑いと衝撃を与えたのだ。
最後に、喪主であるしなさんが挨拶をした。
「今日は、お忙しい中、夫の・・・」
その後、しばらく声にならなかった。
無理もない。考え得る中で、もっとも理不尽に夫を奪われたのだ。
事故も殺人も理不尽な死だが、何かの作用があって命を奪われたことになる。だが、今回、何の原因も理由もなく、ただ突然心臓が止まっただけという、本当に納得のいかない死だったのだから。
しばらくの沈黙の後、
「すみません。泣かないようにしていたんですけど・・・」
と詫び、その後は涙声ながら、しなさんはしっかりとあいさつを続けた。それは、夫に対する愛情にあふれていた。そして夫がどんなに素晴らしい教師だったか、その人となり、そして、どんなに家族を愛してくれていたか、彼女は淡々と語った。
生徒の一人ひとりに親身になって接し、何かあれば夜中にでも生徒のために飛び出していくような先生だったという。
私は昨夜の弔問客の多さを改めて納得した。
これは後で聞いた話だが、人も去った斎場に所謂ヤンキーと呼ばれる子達が数人来て、しばらく椅子に座ったまま御棺の前でひっそりと泣いていたという。これは、Yさんがどんな教師だったかよくわかるエピソードだと思う。
しなさんの挨拶が終わるころ、気が付けば私は号泣していた。
ただ悲しかったわけではない。
突然理由もなく親友の夫を奪い、彼女をこんな風に泣かせる、神なのか悪魔なのか運命なのかわからない「何か」に対して、言いようのない怒りを感じたからだった。
Yさんは、多くの友人知己、教え子たちに見守られ、愛する家族と共に斎場を去って行った。
突然家族を置いて逝かねばならなかった、Yさんの無念さは如何許りかと思うと、胸が締め付けられる思いだった。
彼の死を通して私は思う。
人の一生は儚いものかもしれない。しかし、その生きてきた道は・・・、長さとか華々しさなどは関係なく、一所懸命に生き、成してきたことに価値があるのだと。
無念にもYさんは突然それを阻まれてしまったが、彼の成してきたことは、図らずもお通夜の日に目に見える形で現れた。
弔問に来た教え子たちの数、それが、Yさんの勲章の数だと言っても言い過ぎではないだろう。Yさんは昨今ではあまり見られなくなった、古いタイプだが最も必要な教師だったのだと思う。
彼らは、ずっとK先生(YさんのイニシャルはYK)のことを忘れないだろう。もし、人生に行き詰った時、あるいは危機に直面した時、きっとK先生のことを思い出すだろう。
Yさんはそんな先生だったのだと思う。
しなさんも、残されたお子さんたちも、夫を、父を、誇りに思っていると思う。夫は、父は、良き夫であり良き父であるとともに最高の教師なのだと。
教師らしい教師が
またひとり旅立った。
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葬儀の間、ずっと頭の中で繰り返し流れていた曲です。
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コメント
読んだだけで、生前の先生がどのように生きられたか
こちらにまで伝わってきます。
悲しみは、なかなか癒えないと思いますが
そんな良い方にめぐり合えたしなさんは
お幸せだと思うのは、私だけでしょうか。
謹んで 合掌
投稿: MM21 | 2012年4月30日 (月) 23:03
言葉がありません。月並みですが、残された家族の悲しみと燐さんを始めとした、友人・知人の方たちの落胆は想像を絶するものがあることでしょう。ただ、時間だけがほんの少しずつですが痛みを和らげてくれます。悲しい時は悲しんでいいと思います。中山うりの音楽と一緒に。
投稿: drac-ob | 2012年5月 2日 (水) 23:58
まとめレス失礼します。
MM21さん
最良の出会いであるからこそ、覚悟する余裕のない死故に、悲しみも大きいとともにやはり現実として受け入れがたいものがあるでしょう。
何度も書いていますが、理不尽としか言いようがありません。
drac-obさん
心に開いた穴に思い出が埋まっていく・・・。
これは由利子さんが言ったセリフです。
悲しみは癒えないけど、そうやってし少~しずつ和らいで行くのかもしれません。
投稿: 黒木 燐 | 2012年5月 7日 (月) 02:32
ご無沙汰振りです。
最近身辺のゴタゴタが続き中々此方へお邪魔する気力がでませんで(ちょい引き摺られ易いので重い内容の話読むのは控えてました。)
さて、久々の投稿に何故こちらに書き込みさせて貰ったのたかと言えば
【滋賀県大津市】
の騒動です。
余りにアレな教師の話に『あ、そう言えば全うな教師の話があったな、心を洗おうか。』と…
教師・斯く在るべし。
…人間、普通の事を普通に全うすればこうなんだと改めて思いながら、気付いてみればこうして書き込みさせて貰った訳です。
事件の内容が酷過ぎな為、敢えて詳しくは書きませんが…
不条理とは、この事件を表す言葉でしょう。
久々の書き込みがこんな内容で申し訳ありませんでした。
何処拝
投稿: 何処 | 2012年7月 8日 (日) 22:39
何処さん、お久しぶりです。
書き込みどうもありがとうございます。
偶然と言うか数時間前に掲示板のキャラネタスレッドを読み返して何処さんはどうしてるのかなと思っていたところでした。
実は、何処さんの書き込みが2年ほど前に突然途絶えたので、何かあったのではないかとずっと心配しておりました。
私の中で、被災されてしまった説や何処さん村崎百郎だった説まで浮上しました。被災については本気で心配しましたよ。
現実世界でヘヴィなことがあると、フィクションの世界まで辛い話はヘヴィさを増やすだけですから、仕方ないですね。
大津の事件については、テレビ報道を聞いただけで私もあきれ果てるばかりです。
昨今はこのYさんのような教師は絶滅寸前なのかもしれません。本当に惜しい教師を失ってしまったと思うことしきりです。
教師が、子供を正しい道へ導くという教師として至極当たり前のことが出来ないのなら、学校と言うものは必要ないでしょう。勉強だけできればいいのなら、塾や家庭教師で十分です。
投稿: 黒木 燐 | 2012年7月 9日 (月) 01:59