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2008年8月 3日 (日)

赤塚不二夫逝く

 ああ、また昭和が遠のいちゃったなあ・・・。

 もう、意識不明状態がずっと続いていたので時間の問題だったとは思うけど、やっぱり悲しい。でも、この人、寝たきりになってからの方が稼いでいたらしい。それだけキョーレツなキャラを生み出し続けた人ということで、やはりギャグマンガの神様だった。とうとう本当の神様になっちゃったね。

 それにしても、あっちにすごい面々が揃いつつある。SF作家もだいぶ逝ったしなあ。あっちに出版社があって漫画雑誌出したら、どんなすごいもんが出来るやら。

 まあ、これで奥さんや菊千代、そして手塚先生や石森先生、藤子F不二雄先生とまた会えるのだからら、植物状態を続けるより幸せだったかもしれない。

 謹んでご冥福を祈るニャロメ! あちらでもマンガを描いて欲しいでやんす。他の先生方によろしく言うべし。酒煽りすぎて、神様から追い出されないように気をつけるのココロ。
 シェー! ダヨ~ン。 タイホする~! おでかけですか、レレレのレ~。 ハタ坊だジョー。 北海道のケイコたん~♪ 

 これでいいのだ。

 あ、涙出てきた・・・。

以下ソース。

2008年08月02日

漫画家赤塚不二夫さんが死去  バカボン、おそ松くん…
http://www.iwate-np.co.jp/newspack/cgi-bin/newspack_s.cgi?s_main+CN2008080201000716_3

 「天才バカボン」「おそ松くん」などで知られる人気漫画家赤塚不二夫(本名藤雄)さんが2日午後4時55分、肺炎のため東京都文京区の順天堂医院で死去した。72歳。旧満州(現中国東北部)生まれ。自宅は東京都新宿区中落合1ノ3ノ15。葬儀・告別式の日取りなどは未定。喪主は長女りえ子さん。

 終戦後、旧満州から引き揚げ奈良、新潟で少年時代を過ごした。1956年「嵐をこえて」でデビュー、60年代以降「ひみつのアッコちゃん」「おそ松くん」「天才バカボン」などのヒット作を連発。「シェーッ」「これでいいのだ」など数々の流行語を生み出した。

 98年に食道がんの手術を受けたが、その後も療養のための入退院を繰り返しながら週刊誌の連載、絵本の制作など精力的に創作活動を続けた。

 2002年4月、検査のための入院中に脳内出血で緊急手術、闘病生活が続いていた。妻真知子さんは献身的な看護をしたが、06年7月くも膜下出血のため急死した。

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コメント

ご本人はきっと満足して、彼岸に旅立たれたかと思います。
ただ、こちらは淋しいですね。
合掌

投稿: MM21 | 2008年8月 5日 (火) 22:20

これでいくないのだ〜〜〜〜〜〜〜 !!!(T□T)

投稿: bergkatze | 2008年8月 6日 (水) 21:54

MM21さん

そうですね。
本人はきっと、もう逝っていいよね、って感じで旅立たれたのかも知れませんね。若しくは先妻さんんに呼ばれた・・・?
あなた、いい加減にこっちに来なさいよ、手塚先生も石ノ森先生も待ってらっしゃるわよ!
てな感じでしょうか。

しかし、やはり、また一つの時代が終わったということで、寂寥感もひとしおですなあ・・・。

投稿: 黒木 燐 | 2008年8月 7日 (木) 12:38

bergkatzeさん

悲しいですね。
私たち、彼らのマンガで育ったようなものですからねえ・・・。

投稿: 黒木 燐 | 2008年8月 7日 (木) 12:40

わこさん

コメントが長くなりましたので、申し訳ありませんが、下の小説更新お知らせ記事に移動させました。

投稿: 黒木 燐 | 2008年8月 8日 (金) 12:51

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