第62回 長崎原爆忌
1945年8月9日午前11時2分。
人間に対して2度目の核攻撃がなされた、あの日から62年がたちました。
広島に使用したのはウラニウム爆弾、長崎に使用したのはプルトニウム爆弾です。3日を置かず、異なる種類の原子爆弾を二つの都市に落としました。加害者であるアメリカは被爆者のデータだけ取って治療はしませんでした。日本の医者が、治療法を模索しながら必死で治療にあたったカルテや、今後のために保存していた色々なものを全て没収し、自分たちの核戦略データに加えました。報道規制を敷き、広島長崎の惨禍をを記録したものも全て没収し、被爆者達が体験を語るのを規制しました。
それでも、原爆は戦争を終わらせるために必要だったと彼等は言います。しかし、以上のことから、明らかに原爆が都市と人間に与える破壊の効果を知るための実験だったと断言します。
******
今日は、11時に会社の外に出ていった。空は青く晴れていて、「長崎の鐘」の歌詞そのままでした。敷地境界の低い塀に座って静かに目をつぶりました。遠くで小学校か中学校のアナウンスの声がしました。きっと平和授業で登校しているのでしょう。
11時2分ごろ、いきなりつむった目の前がパアッと明るくなりました。多分一時的に薄雲に隠れていた太陽が顔をだしたのでしょう。しかし、一瞬自分が光に浮き出したような不思議な気持ちになりました。あの時見た光はこの何倍もの閃光だったんだろうなあ。熱かっただろうなあ・・・。耳を澄ますと、遠くでサイレンが鳴っているような気がしました。
6日は追悼のサイレンがなりました。それで、ここら辺ではどうだろうと思っていましたが、多分6日と同じところがならすサイレンが風に流れて聞こえてきたのでしょう。でも、ひょっとしたら空耳だったかもしれない、そんなかすかな音でした。
たった一人での黙祷が終わったので、私は立ち上がって仕事に戻りました。青い空と浮かんだ雲があまりにも明るくて、悲しいほど明るくて・・・。
■アーカイブス■
長崎の被爆体験記
http://kuroki-rin.cocolog-nifty.com/heaven_or_hell/2007/07/post_128a.html
「原爆ホロコースト」の実態
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc700.html
原爆特別視を懸念、被爆者治療せず 50年代の米公文書
2007年08月06日08時01分
http://www.asahi.com/international/update/0805/SEB200708050043.html
原爆投下後に広島、長崎に設置された米国の原爆傷害調査委員会(ABCC)をめぐり、米政府が「原爆は特別な兵器ではない」との主張が揺らぐのを避ける意図で、被爆者の治療をさせなかったことが50年代の米公文書で明らかになった。原爆投下への謝罪と受け止められることも懸念し、被爆者と他の戦災者を区別しない方針を固めていた。米国は当時の冷戦下で、非人道的と非難されて原爆が使いにくくなるのを防ごうとしていたとされ、研究者は「被爆者への対応も核戦略の中に位置づけられていた」とみている。
朝日新聞が米国立公文書館に対し、ABCCに関する複数の公文書の閲覧を請求した。いずれも50年代に作成された当時は機密扱いで、機密期間が過ぎた80年代以降に開示対象になった。
ABCCは被爆者を検査してデータを収集したが治療はせず、被爆者の間に批判があった。50年代になって日本の報道機関も取り上げるようになっていた。
今回閲覧したうち、パーソンズ駐日公使が国務省北東アジア部にあてた文書(54年2月)には、治療しない理由について「ABCCには日本での医療資格がない」ことなどを列挙。さらに重要なこととして「(治療すれば)被爆者に特別な意味があり、他の兵器の被害者とは異なるという見方を支持することになる」と説明した。「原爆投下への謝罪と解釈されかねない」とも指摘した。
また、ロバートソン極東担当国務次官補にあてた文書(同年1月)の中で、北東アジア部の担当者は米政府の公式見解として「被爆者支援の責任は負わないし、その他の爆撃による被害者と区別することはできない」と述べている。
こうした考え方の背景について、核問題を研究する米ジョージタウン大歴史学部博士課程の樋口敏広さん(28)は「旧ソ連とにらみ合った冷戦下で、米国は原爆を使用可能な兵器と位置付ける必要があった。ABCCが被爆者を治療しなかった理由は核戦略と結びついていた」とみている。
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