トイレに閉じ込められた話(1)
これは、昔勤めていた会社での出来事である。
その会社が入っていたビルは各階に1箇所ずつ廊下を挟んで洗面室付きトイレと湯沸し室があった。3階建ての小ぢんまりしたビルだったのでそんなものであろうが、ビルが開いていさえすれば、誰でもトイレを使うことが出来た。また、そのビルにはなんかいわゆる幽霊のようなモノが棲みついていたのか、たまに妙な出来事もあった。さらに隣のロイホで発砲事件などもあったりしたが、まあ、こういうことは今回の話には関係ないのでまた改めて書くとして、そろそろ本題に入ろう。今回はちょっと小説風に書いてみようと思う。長くなりそうなので数回に分けて掲載する。
「なんじゃあ、こりゃあ?」
私は再度トイレのドアノブをガチャガチャと回した。いや、回そうとした。だがノブ自体が動かない。
「あっちゃ~、ここ数日ノブの調子が変なことには気がついていたけど、とうとう壊れたか。でも、何でよりによって私のときに、クソッ!!(怒)」
私は軽く毒つきながらつぶやいたがどうしようもない。
「せめて出てから壊れてくれよ~~~。トイレは下(の階)にもあるんだから・・・。」
確かにここ数日変だった。1・2回ノブを回しても開かず、ヒヤッとしたことが数度と無くあったからだ。それはおそらく私だけではないと思うが、とりあえずその時は開いたので、そのまま総務の方に言うのを忘れていた。誰か閉じ込められたら、それもそれが一人で深夜残業をしている時だったりしたら、大変だなとちらと思ったが、まさか本当に完全密室状態になるとは思ってもみなかった。
しかしまあ、今はとりあえず平日の少し雨模様の昼下がりだ。会社には人がたくさんいるし、直ぐに開けてもらえるだろうとタカを括っていたが、それは甘い考えだった。
とりあえず、もう何度かノブを回してみる。ビクともしない。引いてみる。なおさらビクともしない。引く?そう、ドアはトイレ側に開く造りになっていた。すなわち、内側からいくら体当たりしても、肘打ちしても、今がチャンスだの真空とび膝蹴り等をかましても、桟ががっちり邪魔をして開かないということだ。ドアを破壊しない限りは。因みに内側から鍵をかけていてそれが壊れたというわけでもない。ドアノブがイカれてまったく回らないため、ラッチボルト(ノブを回すと出たり引っ込んだりする部分)が引っ込まないのだ。私はあせってきた。とりあえず場所がトイレなのでエレベーター等と違い長期戦になっても緊急事態は大丈夫だが、水洗トイレなので大して臭くないとはいえ、便所は便所、あまり閉じ込められて嬉しいところではない。イスもないし和式トイレなので蓋をしてイス代わりにも出来ない。こんな狭いところで長期戦になったら寝ることも出来やしない。第一こんなところで食事なんかしたくはない。おまけに閉じ込められたところがトイレだなんて、どう考えてもギャグネタである。
などと、いろいろ考えながらも私は空しくドアノブと格闘していた。しかし、こういうときに限って事務所から人が出てこない。18人ほどの会社であるから、どうかしたらひっきりなしに利用者が来るのに。
たかが厚さ3・4センチ程度、フラッシュ合板製の破壊するつもりなら難なく壊せるくらいのドアである。しかし、そのドアが今は厚く私の行く手を阻んでいた。この際叫んで助けを呼ぶか?いや、そんなみっともないマネが出来るか。私はため息をついて、腕組をしながら考え込んでしまった。携帯電話が普及する数年前の話である。もちろん今でも私は携帯電話は持たないから同じ状況になるとは思うが。
しばらくして、誰かが事務所から出て来た。「あれぇ?誰か入っているのかな?」最若女子社員のHちゃんの声だ。
「Hちゃん、私よ、黒木よ。ごめん、ドアが開かんくなった。ドアノブがバカになってまったく回らん!」
「え~~~~!?それは大変じゃないですか。誰か呼んできますね。」Hちゃんはすぐに事務所に知らせにいってくれた。すぐに総務のYさんとO 部長が来てくれた。私は状況を説明した。ドアノブがまったく回らないこと、鍵が壊れた訳ではない事、数日前から変だったこと。O部長は外側からノブを回してみた。ひょっとしたら外側からなら開くかも知れない。しかし、やはりドアノブは回らなかった。絶対絶命である。ひょっとしたらここに泊まることになるのだろうか。それともレスキューが呼ばれて大々的に救出されてしまうのだろうか。泊まるとしたら夕食は隣の中華屋の脂っこいラーメンか。だとしても、一体トイレのどこから差し入れするのか・・・。ドアからは指一本出すことも出来ないし、窓だってここは3階だし。私は一人トイレの中で(正確には隣の洗面室で)頭を抱えていた。(つづく)
続きはこちらでどうぞ。
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