トイレに閉じ込められた話(完結)
この話を始めて読む方は、まずこちらから先にお読みください。
トイレに閉じ込められた話(1)
せっかく管理人が脱出方法を聞いてきてくれたのに、実行できない。目の前にあるのに届かない。まるでウルトラマンがベータカプセルを崖下に落としたような心境である・・・っていうか絶体絶命?
もうすでに2時間以上ここにいる。このままじゃホントにココで件の中華屋の出前ラーメンを食らうことになりかねない。管理人は他の脱出方法を聞きに行ってしまった。くどいようだがまだ携帯電話など普及していない頃だ。そんなことより早くドア屋でも鍵屋でもこの際金庫破りでもいいから呼んでくれ、私は心からそう思い、がっかりしてしゃがみこんだ。腰を下ろすところがないので、いわゆる「ヤンキーのウンコ座り」である。これほどこの場所にふさわしい座り方はあるまい。もっとも場所は隣の洗面スペースだったが。そして、恨めしそうな上目遣いでノブを見つめた。こんなもんが壊れたためにこんな目に・・・。それも引っかかってる金具はほんの1センチくらいのものである。いっそガラリ部分を蹴破って出てやろうか・・・。苛立ちもピークにさしかかり、だんだん思考が凶暴になってきた。
いかん。こんなところで暴れては、社内一気が荒いというレッテルは私に貼られてしまう。しかし、ここはやはり自力で出ないとどうしようもないようだ。私は立ち上がり、ノブをじっと見た。そして渡された千枚通しを改めて見た。見比べた。
「あ、出れるかもしれない・・・。」
問題の場所に千枚通しが届かないなら届くような形に改良すればいいのだ。私は千枚通しを曲げることにした。出来るだけ先の方を曲げなければ使えないため、必要以上に力がいったが、なんとかL字型に曲げることが出来た。そんなものをよく曲げたな~と言われそうだが、千枚通し程度の太さの金属の棒なら、女性でもがんばれば曲げることができるものだ。実のところ手で曲げたか梃子の原理を利用して床を使って曲げたか覚えていないが、とにかく私は脱出道具を完成させた。あとはこれが上手く機能するか試すだけだ。
私はワクワクしながらドアノブに手を伸ばし、曲げた千枚通しで管理人さんに教わった場所を押してみた。場所が場所だけに2・3回滑ったが、計画通りに解除ボタンが押されたらしい。
カチャッ
軽い音をたててドアが開いた。
やった~!脱獄脱出成功だ!エドモン・ダンテスの約1/49000の幽閉時間だったが、自由の空気とはかくも美味いものなのか!すこしオーバーだが、薄暗く肌寒い上に湿気た狭い部屋にほぼ立ったまま2時間以上放置されるという状況は、想像以上にダメージのあるものだったのだ。
「開いたー!」という私の声に、Yさんが慌てて事務所から出て来た。彼女も他の女子社員のみんなも心配して手が開くたびに様子を見に来てくれていたが、彼女は受付嬢も兼ねており一番で入り口に近いところに席があるため、すぐに脱出に気がついたらしい。
「出れましたか!どうやって出たんですか?」
彼女が聞くので実演しながら簡単に説明した。
「よく思いつきましたね~、でも良かった良かった。」
事務所に入ると管理人氏が総務のO部長とあ~だこ~だと話していたので、無事脱出の報告をした。そして千枚通しを曲げてしまったことを詫びた。管理人は、一応ノブに油を差しておくから大丈夫と思うが、万一また誰かが閉じ込められたらいけないからそれはとっておくようにと言った。その後すぐに社長に脱出の報告と心配をかけたお詫びと御礼を言い、自分の席についた。
みんな心配してくれていたので、簡単に経緯を説明してからようやく机に向かった。ようやくほっとしたが、間髪入れず現実に直面させられた。お昼休みが終わってまもなくトイレに閉じ込められてしまったので、当然午後の仕事がそのまま残っていたのだ。わたしはげっそりして、やっぱりUさんにドアを蹴破ってもらうべきだったと後悔したのだった。
ドアのほうは、油を差したあと会社が倒産するまで誰も閉じ込められることもなく、例の脱出道具も2度と使われることがなかったのであった。
何事か異常を感じた場合、めんどくさがって放置せずに気付いた者がなんらかの対処をしなければならない。往々にしてその災禍は自分にふりかかってくるものである。
今回は教訓に至るまでが長かったなあ。
長々とこのクサイ体験談に付き合ってくださった方、どうもありがとうございます。なお、この珍事はノンフィクションですが、なにぶん10年以上も前に起こったことであり、私の記憶も細部があやふやなところがありましたが、そこは創作して辻褄を合わせております。故に事実と若干相違するところもありますが、ご了承ください。
********************************
TBSの「ワールド犯罪ミステリー5」で、この話をもとにしたドラマが放映されました。(2019年4月17日放送)
まあ、再現は原型を留めていなかった(正直ミもフタもなかったな)けど、なかなか貴重な体験をさせていただいた。某ミュージシャンと同姓同名のADさんには感謝しています。(2021年3月17日追記)
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コメント
人様の不幸話に対してなんですが、リアルでとっても面白かったですw
トイレに閉じ込められるというと、つのだじろうの亡霊学級を思い出してガクブルですが。
扉の上方は開いてなかったんですかね?
リア消のころとか、よく閉じ込めあって上から脱出したりしてましたが。
投稿: porousmetal | 2006年1月27日 (金) 00:43
個室なら扉上方が開いているのでしょうが、個室と廊下(?)の間の洗面所なので、逆に開いていないのでは?
何にしても出られてよかった。
なおこの現象は、ドアノブ内のリング状(正確には巻きの少ない平べったい螺旋状)のバネが切れると起こるようです。
両側に1個づつ有りますので、入るときは問題なく、出る時になって「開かん〜〜〜!!」となる訳です。
以前実家のトイレのドアノブが同様の症状を起こしたので即刻分解しましたらば、バネが切れておりました。
バネだけというのは売ってなかったので、バックセットを測ってドアノブ自体を買ってきて付け替えました。
バックセットに関してはこちらをどうぞ↓
http://uslmart.com/sumai/door-lock/backset.htm
投稿: 眠り猫 | 2006年1月27日 (金) 22:39
porousmetalさん
面白く読んでいただいたようで、嬉しいです。がんばって書いた甲斐があるというものです。
眠り猫さんが書いておられるように、廊下に面したドアなので、しっかり上も逃げるスペースはありませんでした。なによりそんなもんがあったら、この私が大人しく閉じ込められている訳がありませんがな(笑)。
つのだじろうの怪奇マンガはじつはあまり読んだことはないのですが、トイレに閉じ込められるというシチュエーションは、怪談の王道ですね。昼間でよかった(汗)。
投稿: 黒木 燐 | 2006年1月27日 (金) 23:34
眠り猫先輩
>何にしても出られてよかった。
まったくです。
もう2時間幽閉常態が続いていたら、マジギレして内側からドアを破壊したかもしれません(笑)。
>なおこの現象は、ドアノブ内のリング状(正確には巻きの少ない平べったい螺旋状)のバネが切れると起こるようです。
情報ありがとうございます。
そうですか。確かに状況はそんな感じでしたが、私の記憶ではあの後ノブの修理をしたような覚えがないのです。クレ55を差したら直ったような・・・。
まあ何分10年以上前の話なので記憶違いとかあるかも知れないですね。あるいはO部長か管理人さんがこっそり修理したとか(ありえる(笑))。
実はこんなことがあったなんてすっかり忘れてたのですが、浅井久仁臣さんのブログのこの記事「ドアロックの描(猫?)写」
http://blog.goo.ne.jp/asaikuniomi_graffiti/e/7776236bd510266c4e0cc5b0099f0b0c
を読んで、ふと思い出したので書くことにしました。
投稿: 黒木 燐 | 2006年1月27日 (金) 23:46