« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »

2005年9月29日 (木)

日々雑感:田尾胴上げコンビネーションランチ編

shazkitten001trim  なんか最近デジャ・ビュなニュースが多いな。

月への有人飛行、2018年に NASA発表
ベトナム戦争とイラク戦争の共通点はいろいろ言われているけどさ~。
やっぱ月に行くんですか~~~?

「涙がこぼれた…」田尾監督胴上げ  
ううう、田尾、ううう原・・・。
 
敵地で地鳴りのような田尾コール、記事見てオバサンは泣いたね。・゜・(ノД`)・゜・。
M氏と違って福岡人は血が熱いねえ。感動の胴上げシーン見たかったな。あんまり野球は詳しくないけどさ。

 しかしねえ、王さんなんか最初は負けっ放しで、ファンから生卵投げられたことすら1回や2回じゃなかった。それが今じゃあ何度も優勝するすっげぇチームに育てたんだ。まだ1年、たった1年で成果を評価なんて短慮もいいところだ。
 自分と重ね合わせて王さん、複雑な気分だったろうなあ。

 デジャ・ヴュといえば、アニメ厳窟王のオープニング曲を聴くと、自ずからデジャ・ヴュを感じることができますです、はい。 orz...


 
で、この辺りで本題。

■涙のトリプルコンビネーションランチ■

 日曜日に試験があったので、大橋まで行った。お昼に久々にフォルクスに行った。ステーキの写真にそそられたからだが、実際店に入ってメニューを見たらトリプルコンビネーションランチというものが目に入った。どうやらサラダバースープバーブレッドバーのみのセットで全て取り放題、おまけにヘルシーというメニューらしい。スタミナ焼き肉ランチ(サラダバー・ライス付き)にも気持ちが動いたが、焼き肉とご飯なんて腹にたまって午後からの試験に差し障りがあるかもしれないし、どうせご飯はもてあますだろうし、ってんで、そのトリプルナントカにした。値段は945円とちと高いがモトを取る自信はある(ここで当初の「腹にたまると困る」という目的を忘れている)。

 しかし・・・。

 結果
やっぱステーキ屋では肉を食うべきだと思い知った黒木であった。

 ジュウジュウ肉の焼ける音やニオイを尻目に、ひたすら野菜やパンを食べるのは辛いもんですワ。スープは4杯飲んでお腹ちゃぷちゃぷだし。大好きなミネストローネは無かったし(←確認しろよ)。

 で、午後の試験は、苦しいよ~~~状態で受けたんだけど、半分くらいヤマカンで勝負だった。5択問題だったけど5択中、2・3はわかるんだけど、後はどっちかなあってエイヤァ!でした。
 珍しく午前中の400字筆記問題は4つとも3/4以上埋まったんだけどな(合っているかどうかは置いといて)。

 あ~~~、今年もダメな悪寒。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年9月27日 (火)

フクロムシの話

 先日のタイノエの話が好評だったので(ウソ)、今回は再び海の寄生生物の話をしようと思う。

 フクロムシという生き物がいる。甲殻類に属するが、エビやカニというよりもフジツボの仲間らしい(これがフジツボだ!あ、違った、こっちが正しいフジツボ)。らしいというのは、どう見てもそうは見えない姿をしているからだ。身体のほとんどの部分が卵巣で占められており、まるで袋のような姿をしている。目がない、食事をする口もない、足もなければパンツ内臓もない。ないない音頭である。
 そんななんもかんも省いた姿で生存可能な生き物と言えば、寄生生物しかないワケだが、このフクロムシの宿主はカニだ。寄生虫のくせに贅沢なヤツだ。
 プランクトン状態の幼生(雌)が海中を漂いながら幸運にも(カニにとっては不運にも)カニに付着すると、細胞塊を注入する。それがカニの身体を移動して所定の位置に納まると、カニの体内に根を張り寄生完了。その後やはり幼生の状態で同じカニにたどり着いた雄を取り込み生殖を開始、袋状の卵巣(体外部)をカニに抱えさせる。恐ろしいことに雄は雌に寄生したまま、単なる精巣として一生を終わるのである。しかし、そんなことは宿主にされてしまったカニの雄に比べたらましな方なのだ。
 フクロムシは、寄生後徹底的に宿主を去勢する。生殖能力を全くなくしてしまい、単なるフクロムシの繁殖の道具にしてしまう。雌ガニの場合は外見は普通の雌で、まあ、一見卵を抱えたカニに見える。しかし、雄の場合はそうはいかない。がんばって代わりに「卵を産んで」もらわなければならない、ということで雄はフクロムシの寄生により雌化させられてしまう。カニのお腹のいわゆる「ふんどし」と言われる部分が細いのが雄、幅広いのが雌というのがカニの簡単な雌雄の見分け方だが、寄生された雄は「産卵」にテキするようにその部分がだんだん幅広に変化する。外見まで雌そっくりにさせられ、雄なのに大事げに卵を抱えせっせと異種生物の「産卵」に勤しむのである。
 おっとろしい話だ。人間に例えて考えると、エイリアンに「妊娠」させられたレイザーラモンHGが臨月の腹を抱えて幸せそうに赤ん坊の靴下を編んでいる状態か。レイザーラモンは○ ○○○や○田○○やサンバの好きな○○○あたりに変えて想像しても良い。

  ・・・って、変なモノを想像させるんじゃない!! 

 (ウルトラQのナレーション風に)こんど磯などでカニを見つけたら、よく観察をしてみてください。妙に白っぽい卵を抱えたカニがいたら、それはフクロムシに寄生された可哀想なマツ・・・じゃなくて、雄のカニかもしれませんよ。 

 しかし、寄生されたカニが水揚げされた場合、多分市場には出せないだろうけど、どうなるのだろうか。捨てられるのか、それとも脚だけ取って冷凍ガニとしてカニ食べ放題の店に・・・?

         ガクガク((((((((( ;゜Д゜))))))))))フ ゙ルブル

                    ・・・ってか、大型のカニにも寄生するのか、コレ?

■もっとフクロムシのことを知りたい方へ■

ランゲルハンス島の海より
「ウンモンフクロムシ」
http://diver.exblog.jp/m2005-08-01#2177836

モクズガニのフクロムシ
http://homepage2.nifty.com/hukuromushi/hukuromusi_001.htm
 ここではモクズガニフクロムシを食べるという暴挙快挙を成し遂げている。しかし不味そうである。

フクロムシ類
http://www.zspc.com/mokuzu/para/para04.html

カニの卵とフクロムシ
http://members.jcom.home.ne.jp/k-kawashima/album016.htm

いろいろな生物,パーソナル版より
「フクロムシ」
http://www.medianetjapan.com/2/20/government/stentor/fukurom.html

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年9月22日 (木)

緊急支援のお願い~米国ハリケーン被害

http://www.tolahouse.com/sos/katarina.htm

hurricane_header2 

 カトリーナを凌ぐほどのハリケーン「リタ」が、再び被災地を狙っている。たとえリタの勢力これから小さくなっていったとしても、壊滅的な打撃をすでに受けている被災地にどんな災害をもたらすかわからない。せっかく救出された動物たちも再度災禍に巻き込まれるかもしれない。私たちは祈ることしか出来ないが、新たなる緊急事態の可能性を考えて、もう一度この記事を上げることにした。

新聞記事よりカトリーナ関連

ワシントン6日共同】堤防修復などの復興作業が6日までに始まった米南部のハリケーン「カトリーナ」被災地で、置き去りにされた犬や猫などペットの救出作戦が本格化している。被災地域の治安が落ち着いたのを受け、愛護団体など動物救援チームの現地入りが当局からようやく認められたためだ。
 被災地に残された動物の数は不明だが、報道を総合すると1000匹は大きく超えるとみられる。
 米メディアによると、ルイジアナ州の愛護団体がニューオーリンズだけで6日までに約400匹を保護。ほかにも米動物愛護協会はじめ複数の団体が、飼い主の依頼を受け、浸水した家の中に閉じ込められたペットをボートで救い出し、テキサス州ヒューストンの動物専用の避難所に運ぶなどしている。
 保護された動物は犬、猫、鶏、インコ、イグアナなど。避難の際バスやヘリコプターにペットは乗せてもらえず、泣く泣く残していった飼い主が多く、荷物に隠して持ち込もうとして避難所で断られた例もあるという。
(共同通信) - 9月7日10時2分更新

 私も台風の中愛猫が行方不明で気をもみました ので、被災者の方々がペットを案ずる気持ちは他人事ではありません。みなさん、是非緊急支援にご協力ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

タイノエの話

 みなさんは、「タイノエ」いう生物をご存じだろうか。これは鯛の口に寄生する生物で、そう珍しいものではないらしい。フナムシやグソクムシ(漢字では「具足虫」と書く。「具足」に似ているのでこの名がついたらしいが、このダイオウグソクムシをみると納得してしまう)と同じ等脚類だが、さもありなんという姿をしている。

 実は私はこれを危うく食べそうになったことがある。最も最近までそれがタイノエだったとは知らなかったのだが。

 祖母が惚ける前のことだから、もう何年も前の話だ。
 私はお墓参りか何かで妹と日帰りで里帰りをしていた。その時弟が釣ってきたという大きな鯛で、祖母が刺身と吸い物を作ってくれた。まだ新しい鯛の刺身は絶品だった。吸い物も美味しかった。祖母は私が好きだからと、鯛の頭を吸い物に注いでくれた。美味しい美味しいと食べていると、お椀の底に妙なものがある。私は最初それが肝かと思い、箸で取ってよく見てみた。よく観察すると、白っぽいダンゴムシに尾のついたようなものだった。私の食欲は一気に失せたが、へたに騒ぐと元々海産物の苦手な妹の食欲まで私以上に喪失させそうなので、じっと黙っていた。問題のブツは箸でシャカシャカともう大部分を食べてしまった鯛のあらで埋めて隠した。もう見たくなかったし、他の人にも見せたくなかった。
 その時私は、てっきり魚のエサが未消化で吸い物に紛れ込んでいたものとばかり思っていた。祖母は歳で目も悪く、文句を言うのもかわいそうなので、やはり私はじっと我慢の子であった。もう食べないのかと聞かれると、鯛が大きかったからお腹がいっぱいだと誤魔化した。

続きを読む "タイノエの話"

| | コメント (85) | トラックバック (0)

2005年9月21日 (水)

カレーに中った話

 一昨日(敬老の日)の夜、定食屋で食べた焼き魚定食の秋刀魚が悪かったのか、久々に食あたりっぽい腹痛になった。

 で、その時トイレでうなっていたら、4年前にカレーに中(あた)ったときのことをリアルに思い出した。この腹痛で吐き気までしてきたら大変だ~。吐き気だけであんなに苦しかったのに。秋刀魚か~、でも焼いてあったよな。生焼けでもなかったし。でも焼きたてじゃなくて「焼いたヤツをレンジで温めただけ」てな感じで、ジュージューいってなかったな。焼き魚に飢えてたんで肝まで食っちゃったもんな~。これは保存の仕方が悪くて、その間になんかの病原菌が繁殖したか。食中毒って電子レンジくらいじゃ安心出来ないらしいし。だとしたら、ズサンだな。始めて行った店だが、もう2度と行かないような気がする。
 まぁ、出すものを出したら翌朝には良くなっていたのでそれほど強い病原菌ではなかったのだろう。う~む、やはり秋刀魚は目黒に限る(殴)。単に体調が悪くてそれと重なっただけで、定食屋にも秋刀魚にも罪がない可能性もあるけど。 

 というわけで、これ↓は、恥ずかしながら私が4年ほど前に実際に経験をした食中毒の話である。

 それは7月、梅雨も明けるか明けないか位の蒸し暑い土曜の午後の出来事だった・・・。私は前の晩、残ったカレーにごはんを入れ、ドライカレー状にしていた。しかし、誰も食べなかったのでそっくり残っていたそれを昼食代わりにすることにした。しかし、そのドライカレーの中には、既に得体の知れない生物が大量に繁殖していたのだった。
 流石に夏場なので、とりあえず臭いを確認した。カレーの臭いだが、遠くの方で納豆のような臭いがする。う~ん、でも、加熱もしたし、胃は丈夫なほうだし、食中りもほとんど記憶にない。過敏性腸症候群(IBS)な体質故の便秘症だし、多少中ってもそのほうが好都合だ。なんて思っちゃったからいけなかった。一口食べてみた。やっぱりドライカレーだ。なんかちょっと柔らかい様な気がするけど。まあいいや。

 私は食べた。全部平らげた。うん、意外と美味かったな。でもなんかまだ小腹が空いているぞ。そうだ、カステラロールがあったぞ。それを食べてまったりした土曜の午後を・・・。そう、その予定だった。
 しかし・・・。

 30分もしただろうか。胃のあたりがなんだか熱くなってきた。それから生唾がじゅわ~んと口の中に広がってきた。

 や・やばい!!!

 突如、未だかつて無いくらいのムカムカが襲ってきた。それはまるで生き物のように胃から食道に逆流してきた。顔から血の気が引き、いやな汗がじんわりと額に浮かんできた。私は我慢できずにトイレに飛び込んだ。
 断っておくが、私は生まれて物心ついたころからン十年間の間のリバース歴は両手の指に余る程度だ。つまり、非常に珍しいことである。しかし、今回は違った。トイレに入るなり、胃の内容物をぶちまけた。ほっとしたのもつかの間、第2波第3波が襲ってきた。これじゃまったく身動き出来ない。ようやく落ち着いてきてトイレから出る。だがその直後、また吐き気が襲ってきた。もうひっきりなしで休む間も無しのリバースの嵐。流石の私もこれはただならない状態だと思い始めた。どうやら、クリティカルヒットを食らったらしい。
 治まっている間に行きつけの病院に電話した。近いし土曜だが午後もやっている。午後の部は2時半からだが、急患だったら見てくれるかもしれない。・・・しかし、電話はすれどいっこうに繋がらない。そうこうしているうちにまた激しい吐き気が襲ってくる。このままじゃあ脱水症状をおこして大変なことになる・・・!! 私は救急車を呼ぶことにした。意を決して受話器を取り119を押す。オペレーターに簡単に状況を伝える。

 間もなくして救急車のサイレンの音が近づいてきた。げげ、あんなでかい音で来るのか。これじゃご近所に丸わかりだぜ(大汗)。

 救急車が着くやいなや、私は家から飛び出し乗り込んだ。吐き気の波は少し弱まっていたが、まだ油断がならない。何故救急車を呼んだかというと、嘔吐が止まらない状態では、いくら病院が近くても、途中何度吐くかわからない。○○○(←地名)ゲロ女というあだ名が付くことは必至である。かといってタクシーを利用するとしても、運転手に多大な迷惑がかかることは目に見えている。
 私は、状況を伝え、車は動き出した。しばらくすると、また吐き気が襲ってきた。不思議なことに、まったく下痢はしていない。それに、食べて30分くらいから吐き気がした。そんなに症状が早く出る食中毒なんてあるんだろうか。(あります。下参照。)

 早く着いてくれ~~~。

祈るような気持ちだった。何度も吐いて苦しむ私を、救急隊員のお兄さんが「もうすぐ着きますよ。」と背中をさすりながら何度も励ましてくれた。ようやくたどり着いたが、土曜の午後。総合病院故には当番医しか残ってない。救急隊員達は状況を説明すると退場していった。病院のベッドに横たわると、ピークが去ったのか、安心したのか、かなり楽になった。点滴を受け、失った大量の水分を補給した。点滴に嘔吐を止める薬が入っていたのだろうか。終わる頃にはほとんど健康状態は元に戻っていた。

 診断は、結局風邪。んなわけないだろう。どう考えてもイッちゃったカレーを食った為の食中毒だろう。・・・と、思ったが、こっちは素人だし、吐き気も治まったんで素直に薬をもらって帰ることにした。帰りはタクシーと電車を乗り継いで帰った

 あまりにみっともないことなので、家人には内緒にするつもりだったが、近所の方が心配して聞きに来たので一発でばれてしまい、見事笑い話となってしまった(ダカライヤダッタンダ・・・orz...)。死ぬかと思うくらい苦しかったのに、無情な話である。

 中ったのがカレーなだけに、嫌いになったらどうしようかと心配したが、今でもカレーは大好きだ。しかし、カレーリゾットだけは一生食べないであろう。
 そして、意外なことに、直後に食べたカステラロールがすっかり苦手になっているのに気がついた。一番の被害者はカステラロールなのかも知れない。
 いや、これを忘れていた。吐き続ける私の横でずっと励ましてくれた若い救急隊員。ひょっとして彼をカレー嫌いに走らせていないだろうか。だとしたら、彼が最大の被害者である。この場において感謝したい。

 その節は本当に助かりました。隣で励ましていただいて、とても心強かったです。どうもありがとうございました。

 よいこのみんなは、もったいないからってヤヴァイものを食べちゃダメだよ。

■病原体の正体を推理する■

参考:セレウス菌による食中毒について
・土壌に良くいる嫌気性の桿菌で、米によく付着している。
・炭疽菌と同じように芽胞を形成し、加熱にも生き延びる。
・摂氏5度~60度でよく繁殖。
セレウス菌毒素は、加熱しても消えない
・毒素には嘔吐型と下痢型がある。
嘔吐型は30分から6時間で症状が現れる
発熱はしなかった

 以上のことから考察して、嘔吐型のセレウス菌と素人判断をしました。あくまで素人判断だし、菌を検出した訳ではないので、全く違うものかもしれませんのでご了承を。

 以下に上記のサイトからセレウス菌中毒の予防法を引用します。

【予防のためには・・・】
 セレウス菌の食中毒になっても免疫はつきません。何度でもセレウス菌の食中毒になる可能性があります。
 以下のことに気をつけましょう。5-60度では、セレウス菌が増殖して毒素を産生する恐れがあります。

1.食べ物を室温で保管するのは避けましょう。食べ物を高温で保管する場合には、60度より高い温度で保管しましょう。食べ物を低温で保管する場合には、5度より低い温度で保管しましょう。

2.熱くなっている食物を冷やして保管しようとする場合には、小分けにして速く冷やすようにしましょう。深さが10センチメートル未満(濃厚な食物の場合には7.6センチメートル未満)の小さな容器に入れて冷蔵しましょう。

3.食べ物を食前に再加熱する場合には、速やかに74度以上に加熱しましょう。(嘔吐型毒素は加熱してもこわれにくいので、食前の加熱では予防できません。嘔吐型毒素は126度で90分加熱しても安定です。)

4.直接にも間接にも、加熱前の生の食品と加熱後の食品とが接触しないようにしましょう。まな板・包丁・皿などを別にするなどの工夫が必要です。

5.料理などで使用する前に果物や野菜は水道水で徹底的に洗い流しましょう。

6.料理や食事の前、トイレの後などには、手をよく洗いましょう。

 ためになるブログだなあ(←自画自賛)

 ※これは旧ブログに掲載した話に加筆したものです。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年9月13日 (火)

オールウェイズ・ザ・サン

 常日頃から、世の中の儘ならなさに失望し、まあ、世の中こんなもんさとあきらめてきた。雑魚がどんなにあらがっても大海の潮流には流されるしかない。ましてや歴史の流れに逆らえよう筈もない。それを改めて思い知らされた数日間であった。

 あきらめた中にもささやかな希望と楽しみを大切にし、わずかなことで一喜一憂してきた私たち。たった一匹の猫が戻っただけで号泣し、好きな本やCDの発売を心待ちにし、給料が減ったと愚痴を言い、夕日の美しさに感動し、見知らぬ幼子のほほえみに癒され・・・。

 自分なりに守ってきた小さな幸せ。そのささやかな幸せさえ奪おうとするなら、私たちは黙っていないだろう。

 心するが良い。所詮釈迦の掌の上、しかしそれは多少の差こそあるだろうが雑魚であろうが皇帝であろうが、その上で転がされていることには変わりない。

 こういうとき、私の脳裏に響く歌がある。虚しさを心にしまいながら、少しだけ希望の光を見いだそう。

         kanmonnkaikyou009

ALWAYS THE SUN

朝、目が覚めて雨よ降れと祈ったことが何度あるかい?
新聞が責任を振り分けるのを、何度見たことがあるかい?
誰が主張し、誰が仕事をもらえて、
誰が遊んで暮らせるようになるのか?
いつも学校で教えられた、みんな平等でなくてはいけないと

求めなければ与えられないと、何度教えられてきたかい?
ママに賭け事はするなと言われながら、
何人の詐欺師にまきあげられたかい?
毎日楽しく暮らすのは誰だい?相変わらず銃を持った男だろうか?
誰かが言ったに違いない、あんまりマジメに働くと汗をかくぞと

いつも太陽が
いつも太陽が
世界を照らしてくれるはず

天気予報の説明を聞いて、笑ってしまったことが何度あるかい?
政治家や指導者が中途半端なことをする、それは別に珍しい事じゃない
誰が役目を負わされるのか、あのノブを押すのは・・・
みんな完全に正気を失っているなら、
こういう仕事はくじ引きで決めるもの

いつも太陽が
いつも太陽が
世界を照らしてくれるはず

 ストラングラーズアルバム "DREAMTIME"(邦題「夢現」)より
             (作:THE STRANGLERS、訳詩:渡辺 淳)

原詩:http://www.inlyrics.com/lyrics/S/Stranglers/79806.html

kumo001trim

Heaven or Hell

主人は寝室で眠る
物乞いは戸口で眠る
月に住む男は言う
この構図は以前見たことがあると

囚人は夢見る
舟に乗り
遠くへ逃げることを
空の星々は言う
見上げれば道を示してやろうと

天国、それとも地獄
人は時々わからなくなる
だから僕らは歩き続ける

新聞のニュースを見てごらん
僕には見たことのすべてが信じられない
人は進歩するのは当然と思っている
けれど僕から奪えるものは偽り
文明は砂の中に立ち消えてしまった

天国、それとも地獄
人は時々わからなくなる
だから僕らは歩き続けるのだ

 ストラングラーズアルバム "Stranglers In The Night"より
             (作:THE STRANGLERS、訳詩:R.I.B)

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2005年9月12日 (月)

憂国の結末

 なんつーか、その、最悪の結果は予想していたが、これほどむごいとは思わなかった。予想をはるか雲海の彼方に追いやるほどの惨敗である。正に出来レースであった。

 民主党に言いたい。相手が弱っていなければ対等に戦えないのに2大政党などと、思っただけで片腹痛くて虫垂炎になってしまうわ。本気でタナボタで政権が降ってくると思っていたんじゃあるまいな。ここまで応援し甲斐のない政党も珍しい。昨日「エレキングとゼットンのタッグにミクラスを対戦させる」ような比喩をしたが、買被りすぎていたようだ。ミクラスどころメガヌロンの幼虫だ。ラドンの餌だ。(周りを赤い風船を持ったピグモンが踊っていたが。)

 わずかな希望を持って民主に賭けた人たちの、崖っぷちな気持ちが本当にわかっていたのか。本気で死ぬ気でこの選挙を戦ったのか。何らかの有効な策は講じたのかと小一時間どころか徹夜で問い詰めたい気分である。

 これからも私たちは、否が応でもこの先の不確実な未来を生きて行かねばならない。それならばしかと見届けよう。心は歴史に流されないように気をつけながら。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年9月11日 (日)

憂国の衆院選

tyatya001S  猫がいなくなっただの大型台風が来るだのと騒いでいるうちに、衆議院選挙がとうとう今日に迫ってしまった。今回は小泉政権にとって追い風選挙のようである。私もこの選挙に関してなにか1発書いてやろうと思いながら、やる気が日を追う毎に真夏のアスファルトの逃げ水状態になっていった。アンチ小泉の人たちはそういう状態の方が多いのではないだろうか。
 正直、今晩小泉首相も得意満面してやったりの顔を見ると思ったら、今から不愉快をとおりこして激鬱である。一体どうしてこの期に及んで彼の支持が上がっているのかまったく以って理解しがたい。これがマスコミの情報操作でないとしたら、小泉-中川の思惑通りの「IQが低い」連中がこの国に大量発生しているとしか考えられない。さすが、似非科学番組全盛の国、自分で判断することが出来ずにテレビで放映されたことはすべて正しいと信じている方々があふれている国だ。何故首相が呪文のように郵政民営化のみを繰り返し刷り込んでいるのか、考えてもいないらしい。そのことについては、下に挙げたサイト(特にココココ)が詳しいのでここでは詳しくは書かない。選挙に行く前にぜひ目を通してから行ってほしい。
 小泉首相の提唱するとおりの「郵政民営化」をされて、みなさんの大事な貯金等(340兆円)が外国企業にいい様にされていいのか。
 サラリーマン狙い撃ちで所得税をいい様に搾取され続けたいのか(我々サラリーマンには脱税は不可能だからイヤでも持っていかれてしまう。逆に言えばこれほど搾取し放題なモノはないワケだ)。
 税金控除がどんどん廃止されていく。老いた親を養うことすら厳しくなるような状況に陥ってもいいのか。

               私 は い や だ 。

ただでさえ、ギリギリの生活なのだ。これ以上尻の毛まで抜かれてはたまったものではない。我々リーマンが抵抗の意思表示のできる数少ないチャンス、それが今日という日なのだ。歴史を作っているのは私たち一人ひとりなのだ。歴史は過去ではない。連綿と続き、今現在作り続けているものだ。私たちは過去の歴史を学びながら、何故このような歴史を許したのかと思うことがしばしばある。たとえば先の大戦で何故国全体が軍国主義一色に染まってしまったのか、止められなかったのかと、一度は考えたことがあるだろう。しかし、今同じベクトルの上にいるとは考えもしていないのではないか。あとで後悔してもいったん流れ始めた歴史は変わらない。

 おそらく景気回復は当分望めないだろう。外資にいいとこを持っていかれ、大企業も優遇されるだろうが、零細企業の倒産は続き今でさえギリギリもしくはそれ以下の状態で必死に生きている人たちは追いつめられ、自殺者はますます増えるだろう。

 そして━━━━━━

小泉政権4年間の赤字国債170兆円(※)である。 

 それでも小泉政権を支持しますか?

 このまま放っておくと大変なことになってしまいますよ。

 とはいえ、唯一の対抗馬である筈の民主党が頼りなさ過ぎるのである。ひょっとして、タナボタを期待して政権をゲットできるつもりでいたのではなかろうかとすら思える体たらくぶりなのだ。はっきり言って、エレキングとゼットンのタッグにミクラスをぶつけているような心もとない状態だ。社民党は論外、産党は生涯野党でいるつもり のようなのでこれまたヤル気があるのかと考えてしまう。こちらの持ち手も貧弱なのだ。それでも小泉政権の暴走を止めねば我々に明るい未来はない。

 最後に、PUBLICITYの竹山さんが映画「ヒトラー」でのゲッペルスの言葉を引用した名文を転載したいと思う。
   ホリエモンは「不平等社会」の象徴より

 そのような現実が見えてきたときに、国民は小泉改革なるものの幻想をそれでも信じつづけるのだろうか。
----------------------------

 ぼくは、それでも国民は、“我慢強くて、新しいモノ好きなニッポン人”は、信じ続けるのだと思う。
 映画『ヒトラー 最期の12日間』でゲッペルスが吐き捨てるように言い放つセリフを、小泉首相の顔を観るたびに思い出す。「国民が俺たちを選んだのだから、俺たちが彼らに何をしようと勝手だ」というセリフだ。
 1945年のベルリンと2005年の東京とを、短絡的に比較するわけにはいかないから、今まで書かなかったが、ぼくは総選挙後、小泉首相が「私の政策は国民に支持されている。国民の信託を得ている」と叫ぶ場面を見たくない。

 あなたは、見たいか?

tyatya001SS ※タイトルを思い切り参院選にしてました。いや~あせったあせった。珍しく朝5時から起きるからだわ(恥)。しっかりしろよ、自分!

(※)170兆円と書いてもピンと来ないだろう。アラビア数字で表記すると170,000,000,000,000円ジャンボ宝くじなら当選金額 3 億 円56万6667回連続で当ててやっとゲットできる金額である。56万という数字は年数にすると1534年分。実に毎日3億円を当てても1500年以上かかるわけだ。3億円は年収400万の人なら75年もかかって稼ぐ金額だ。今の私なら120年以上かかるだろう。 (計算が間違ってたらお知らせください)

■下記サイトなども参考にして投票してください。

世に倦(あぐ)む日日

浅井久仁臣 グラフィティ

PUBLICITY──「自由な言論」は何処にある?

シバレイのブログ

最高裁判所裁判官国民審査はここを参考に
http://homepage2.nifty.com/misoshiru/mg/shinsa.htm

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年9月 9日 (金)

シャズ捜索レポート

soloshaz001trim   ご心配おかけしましたが、シャズは7日朝5時30分ごろ、無事帰宅しました。プチ家出の上に朝帰りです。みなさん、ご心配していただいて、ほんとうにありがとうございました。約一週間の大冒険。いったいどんなことがあったのやら。

 脱走したのが先週の水曜日(8/31)夕方で、その日は8時近くまで残業をして、遅くなったと駅から家に電話をしてシャズの逃亡を知りました。今までは逃げても2時間前後で帰ってきてたので、多分いつものことだと思ってたのですが、心のどこかで不安な感じがしていました。それから大急ぎで帰って、近所を名前を呼びながら探すけれど姿は見えず。しかし、これもいつものことと、その時点ではあまり気にしてませんでした。しかし、深夜になっても帰ってこず、私は前夜猛暑で眠れなかったにもかかわらず、暑い上にドキドキして眠れない。
 9月1日(木)、ようやく眠ったらしいのですが、悪夢を見て嫌な汗だく状態で飛び起きました。すぐに部屋を見回してシャズを探したけど、やはり帰ってきていませんでした。それですぐに着替えて近所を探し回っても見つからず。妹も犬の散歩方々あちこちを探したが手がかりなしという。私たちは本格的に焦り始めました。
 私はこれで2日間ほとんど寝てないので、出社途中の炎天下の中、何度か倒れかけました。会社でもぼ~っとするので、暑さで2日ほとんど眠ってないから(ウソではない)と、1時間ほど早引きさせてもらうことにしました。そして、家の最寄り駅に着いてから、家に帰るまでの間、いつもより遠回りをしながらシャズを探しましたが、手がかりはありません。幸いにも(猫の交通)事故の跡もありませんでした。
 その後、戸をあけていても帰ってこない(失踪後3日間は昼間は玄関・裏口、私の部屋の窓を開けっぱなし、夜も玄関以外の2箇所は隙間を空けたまま。その後も私の部屋の窓はずっと10センチほど開けたまま。無用心きわまりないの状態でした。コロナがしっかり番犬をしてくれているから出来たことです。)、行きつけの動物病院にチラシを貼ってもらい、近所にチラシを配り、聞き込みをしても、誰一人目撃者もいないし情報もない。そして、さらに最悪なことにニューオーリンズで暴れまくった最悪のハリケーン「カトリーナ」クラスの大型台風が九州に向かってじわじわと近づいていた。
 毎日朝晩探してまわるが手がかりなし。気休めとは思いつつ猫が帰ってくるおまじない(百人一首を使うやつ)も母に書いてもらった。嬉しかったのはご近所の方々に聞き込みをした際、みなさん協力的で親身になって心配してくださったこと。そして、シャズを綺麗な猫と褒めてくださったこと(←ここんとこ、かなり親馬鹿)。そうこうするうちにも台風は容赦なく近づき、気はあせるばかり。
 9月3日(土)、隣の動物好きの奥さんGさんから川向こうで三毛猫を見たという情報を得て、早速妹と見に行くが、台風前で天候が悪いせいか、猫の姿自体がほとんどない。その代わり、白黒の人なつっこい猫さんに遭遇。それから朝は近所を、夜は川向こうと近所を探すというパターンで捜索を続けましたが成果ゼロ。
 9月5日(月)、ひょっとしてもうだめかもと弱気になりながら手も足も出ず、ついに夕方より暴風圏に入る。風雨の中、川向こうに行ってみるが、当然猫どころか人すらいない。と思ったら例の白黒猫が植木の中でミーミー鳴いている。よっぽど保護しようかと思ったが家にはガン手術したばかりの猫たちがいる。うっかり野良猫は上げられない。結局断腸の思いでそこを去りました(台風後白黒さんの無事も確認)。
 風雨はだんだん本格的になってきました。「いったいあの馬鹿猫はどこに行ったんやろ。」不安と腹立たしさから、つい罵倒が口を出ます。しかし、根性で私の部屋の窓(正確にはベランダ側のガラス戸)を少し開けたままで帰りを待っていました(非常に涼しかったですよ)。台風14号ナービーは6日夕方まで吹き荒れました。しかし幸いにも上陸に時間をかけすぎたためか、福岡ではそこまで大荒れになりませんでした。
 そして、とうとう台風が通り過ぎ、ブログでは「あきらめない」と書きながら、半ばあきらめかけていた7日の朝、猫の声で目が覚めました。・・・なんか部屋の妙な方向で猫の声がする―――
 私は飛び起きて探しました。すると、プラスティック製の家具のウラにシャズが縮こまって鳴いていました。今まで何処にいたのかわからないけど、風雨が治まったので必死で帰って来たのでしょう。
「シャズが帰ってきた~!」
私は早朝にも関わらず嬉しさのあまり叫んでシャズを抱きしめたままおいおいと号泣してしまいました。母と妹が起きて来て、妹から、「まだ世間様は寝てるんだから」と怒られました。シャズはビビリまくっていて、母がすぐにシャズが大好きなドライフードをくれたのに目もくれず。ソッコーで私のロフトベッドの上に登り布団の中に隠れてしまいました。それでもひっきりなしにみーみー鳴いています。仕方がないので上までご飯を持っていって布団の上に置いたら、「ウニャウニャ」とまるで子猫のように声を上げて食べました。母は早速おまじないを書いた紙に下の句を書き足しておりました。
 未だに目が据わっているし、鳴き声も変だし、にゃん相も変わり、かなり精神的に参っているようです。寝ていて時々うなされて、はっと起きて周りを見回したりします。「大丈夫、帰ってきたんだよ、おうちだよ。」と撫でると、安心するようです。
 この約1週間の間、彼女がどんな目にあってきたかはわかりませんが、両手の親指辺りの肉球を怪我しているくらいで、首輪以外身体も濡れておらず、顔は少しやつれたものの体重も余り減っていません。そして、彼女は失踪前の2倍甘ったれになってしまいました。 

 因みに、彼女の失踪時の状況はまったく以って謎のままです。

※写真は、まだ大好きなソロおばあちゃんが生きている頃の若いシャズ。

 って、喜んでこんな記事を書いたら、なんつうかその、また脱走したらしい。雷雨が来るらしいのに、あああっ、もうっ!!そんなにお外がいいのか。怖い目にあたんじゃないのか。もう誰も心配してくれないぞ。

 だから、玄関のノブ修理頼んどいてとあれほど言っといたのに。もう、いや!!

【9月10日2:45】
 無事に戻ってきました。やっぱり前回は迷子になってたんでしょうね。今日はさほど興奮もしておらず、消毒されてノミ取りスプレーをかけられていじけてます。静かです(笑)。
 面白いことに、シャズの足を洗っている時に彼女がビービー鳴いていたら、こみみが心配して出てきました。こみはシャズのことを、昔一緒に飼われていたミミミという三毛猫だと思っているようなのです。まあ、体型とか尻尾の長さとかミケ模様もシャズが少し色が濃いくらいでよく似ています。
 ということで、お騒がせいたしましたが、とりあえず落着いたしました。とにかく、玄関のドアを早く修理して開きにくくしなければ!

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005年9月 8日 (木)

友人の通夜から帰りのちょっと不思議な話

一昨年の9月に友人Kが亡くなった。急性白血病だった。
電話を受けても信じられなかった。
手術は成功したと聞いていた。
・・・
信じられなかった。しかし、涙はあふれて止まらなかった。

翌日の夜、仲良かった2人の友人と共にお通夜にいった。
友人の1人Tは、鹿児島から駆けつけてきた。
私達4人は高校からの親友だった。

その日の通夜は仮通夜だったがKの家で行われていた。
遺体と対面した。綺麗な眠っているような顔だったが、やはり生者とは違っている。

・・・それでもやはり信じられなかった。

Kの夫(やはり高校の同級生だったが)と、ひとしきりKの思い出話に耽った。
高校を出てからお互い進む道が異なり、あまり会えなくなった。多分会った日はトータルしても1ヶ月も満たないだろう。
それでもこの地球上に存在していることは確実だったし、何よりも同じ県内、会おうと思えばいつでも会えると―――。
しかし、まさかこんな形で別れが来ようとは・・・。

Kの家を出てから、3人でそぞろ歩きながら、大通りに向かった。
遅くなったからそこでタクシーを拾おう。
道すがらも私達のKの思い出話は尽きなかった。

通りに出るとすぐにタクシーがつかまった。
「すみませ~ん、○○駅までおねがいしま~す。」
私達3人はどよどよとタクシーに乗り込んだ。
運転手「あれ?3人ですか?」
「ええ、3人ですよ?」

私達は気がつかなかったが、タクシードライバーにはもう1人見えていたのかも知れない。
あとで私達は、きっとKが通りまで見送ってくれたんだろうねと話し合った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 7日 (水)

シャズ帰還!!

 帰ってきました!shazcameback

 今朝5時半頃帰ってきました。あの台風の中いったいどこにいたのやら。さっきまで怖がって泣いてましたが、いまは少しおちついたようです。

 しかし、病気や寄生虫を貰っている可能性もあるし、帰還後数日ですぐにまた行方不明になった例もあるので油断は出来ません。

 でも、とりあえず安心しました。ご心配してくださった方々、どうもありがとうございました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年9月 6日 (火)

シャズ失踪(3)

 台風は例年より長時間吹き荒れたが、このあたりに関しては風はそこまで強いといえないものだった。しかし、同じ調子で18時間くらいは吹き荒れていた。外猫にとっては辛い一日だったにちがいない。

 シャズは結局返って来ていない。台風が荒れ始めてからも出来うる限り探したがダメだった。嵐の吹き荒れる中、ずっと窓の戸を少しだけ開けていた。こんな嵐の中帰ってくる筈はないと思いながら、万一を考えるととても締めることが出来なかった。

 しかし、私はきっと彼女がどこかで生き延びていると信じる。これからも捜索は止めない。ここで彼女が無事見つかったことをお知らせする日が必ずくると信じている。

 私は希望を捨てない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月 3日 (土)

シャズ失踪(2)

 シャズ、大きな台風が来ているよ、早く帰っておいで・・・。

 思えば彼女が正式にうちの猫になったのは、台風が来るから危険ということで、家に上げた時からだった。

 なんという、皮肉!

 シャズについての記事をこちらに移そうと思ったけど、辛すぎてコピペも出来ない状態なので、旧サイトの当該記事を貼っておきます。

 ■シャズのこと http://blog.melma.com/00121115/20040825014133

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年9月 2日 (金)

シャズ失踪・・・。

 私がとても可愛がっていた猫のシャズが脱走して、丸一日たっても帰って来ない。私のプロフィール写真に使っていたあの三毛猫である。

 今は彼女の写真を見るのが辛いので、愛犬コロナの写真に差し替えている。

 すごく臆病で、食いしん坊で、家から離れて生きていけるとはとても思えない。今までだって脱走は何回かしたが、いずれも2時間くらいで帰ってきた。多分家の回りからさほど離れてはいなかったのだろう。しかし、今回は違うらしい。一体どこまで行ってしまったのだろうか・・・。

 ご飯は食べたか、ちゃんとお水は飲んでいるだろうか、誤って水路に落ちたり自動車に轢かれたりしていないだろうか。

 そう考えると胃の中が逆流しそうになる。

 うちではしょっちゅうおなかを出して無防備に寝ていたけど、今はとてもそんな状態ではないよね。せめて無事でいて。どんな姿でもいいから、うちに帰って来て。

 ああ、考えたら心配で気が狂いそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »