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2004年10月26日 (火)

「ほとめき」って何よ?

ずっと気になってた。
このコピー
 「ほとめきの街、久留米」

 ねえ、「ほとめき」って何??

まさか、ほととぎすがトム・ジョーンズの「恋はメキメキ」を歌っている

 って訳じゃないよねぇ・・・。( ;´∀`)

                                                                    ・・・どうもすみません...

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西●のバカヤローーーッ

昨日の朝、出社時。
電車の信号故障で電車がつっかえ、一時的に普通になったので、一駅前で降りて40分歩く。

夕方帰宅時。
大荷物を抱えながらも焦って急行に乗る。
太○府線の乗り継ぎの悪さのため、次の特急に乗ったのと同じ電車に乗る羽目に。駅員に聞いてみると、最初からその急行は、太宰○線に接続するダイヤではないらしい。要するに、次の特急に乗れと?
こっちは少しでも早く帰りたいんだ。○宰府線をなめとんのか、ゴルァ。

今日出社時。
雨が降っているので、こっちが早く着くだろうと思って乗ったバスが、

道 を 間 違 え て 途 中 で 引 き 返 す 。

・・・。

ゴルァ!! 西●本鉄道株式会社!! 私になんか恨みでもあるんかい?!

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2004年10月24日 (日)

映画「デビノレマン」

 映画「デビルマン」がもの凄い物議を醸しだしているようだ。本当は見てから書くべきなのだろうが、私は主演が誰か決まった時点で見る気がほとんど失せていた。おそらくビデオを借りて見ることもないだろう。しかし、あまりにも見た人の感想が面白いので、ここに取り上げることにした。
 色々映画論評やブログを読んでみたが、ほとんどのものが嘆きと怒りと開き直りに満ちており、コメントが書けるものには多くの同意する意見が添えられている。みんなどこかで何か言わずにはおれないのだ。試写を見に行って「交通費返せ」と言われる映画もそうないのではないか。一緒に見に行った友人や恋人と気まずくなってしまった者、思わず「キャシャーン」の紀里谷監督に謝る者、座ったまま立ちくらみをおこした者、既にデビルマンハザードとも言える状況である。山本弘氏が言っていたように、「スタートレック」ファンなら暴動が起きていることだろう。茄子、もとい、那須監督は日本のファンが理性的な事に感謝した方がいい。

 映画観覧者たちの意見は代表して以下のサイトを上げる。「代表して」というのは、あまりにも多すぎてキリがないからだ。

デビルマン@映画生活
http://www.eigaseikatu.com/title/4468/

 それから、上にも少し書いたが、「と学会」の山本弘会長のHPにあったデビルマン評が特に面白かったので以下にリンクする。

『デビルマン』は映画ファン必見だ!
http://homepage3.nifty.com/hirorin/devilmaneiga.htm

「デビルマンから学ぶ映画製作でやったらアカン七原則」には笑った。

 誰かデビルマンを新たに作り直してくれないものだろうか。この際ハリウッドでいい。せっかくオファーがあったんだから、今からでも遅くはない。多少原作と違ったとしても、少なくとも役者や特殊撮影は相当マシでスケールもでかいものが出来るだろう。今ならそこそこな作品を作っても絶賛されるに違いない。チャンスだ!!

 ところでふと思ったが、ひょっとしたら、脱力感をおこさせたり対人関係を気まずくさせたりするこの映画こそが、サタンの人類滅亡計画の第一歩なのかもしれない。(褒めすぎじゃ。)

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2004年10月22日 (金)

大巨獣ガッパ

20041022150640 
監督:野口晴康
特技監督/原案:渡辺明
脚本:山崎巌・中西隆三
撮影:上田宗男
美術:小池一美
音楽:大森盛太郎
【出演者】
川地民夫・山本陽子・桂小かん・小高雄二・和田浩二・町田政則
雪丘恵介・弘村三郎・押見史郎・藤竜也・大谷木洋子
〔日活映画〕

 会社の近くのレンタルビデオ屋に貴重なガッパのビデオがあり、ずいぶん長い間借りようかどうか迷ったが、ようやく意を決して借りて見た。
 いろんな意味で見るのが辛かったぞ。

 当時らしいベンチャーズのような前奏の後、

♪火を噴く島か、空飛ぶ岩か、
 宇宙の神秘、怪獣ガッパ♪

という、歌で始まるのがこの日活の怪獣映画。私は一発で旋律を覚えてしまった。カラオケにあったら歌えるぞ(ないよな)。これは「妖星ゴラス」の挿入歌、♪おいらは宇宙のパイロット♪(歌詞が合ってるか自信なし)に匹敵するインプレッションかもしれない。「ギララ」のオープニングの歌も素敵だったが(笑)。
ガキの時に見に行って、最後のガッパ~~というところは覚えていたが、最後にガァッパァァァ~~~と4回もリフレインするとは思わなかったぞ。
 子供の時の記憶はガッパ親子の感動の出会いのあと、親子で南の島に帰る前に、仲むつまじく飛ぶ練習をし、最後に朝日に向かって3匹が飛んで帰るシーンに例の「ガァッパァァァ~~~」という歌がかぶる名場面しか覚えていなかった。
 ん?しかししばし待て。朝日に向かって?南洋の島じゃなかったか?

 プレイメイト社のテーマパークのため、南洋の珍しい動物を集める命を受け、キャサリン諸島はオベリスク島に着いた調査隊一行は、島民から熱烈な歓迎を受ける。日本人がガッパの怒りを静めてくれると思っているらしい。しかし、怒りを静めるどころか、恩知らずにもガッパの子供を日本に連れて行ってしまい、島は怒り狂ったガッパ夫妻に破壊されてしまう。
 ところでオベリスク島とかいうから美女がたくさん出てくるかと思ったが違った(それは「オダリスク」だっっ)。当時の定石だが、どう見ても黒く塗った日本人である。

 卵が孵化するのを楽しみにしていたであろうガッパ夫妻は、まだ見ぬ顔の子をさらわれ怒り心頭、島を壊滅させた後、子のテレパシーを頼りに日本に向かった。一方、米軍の船に救出されたオベリスク島の少年サキも、ガッパを返してもらうべく日本に向かう。日本に着いたガッパ夫妻は、子ガッパを目指し進んだが、オベリスク島と違い、妙に障害物が多く、遮るものを片端から破壊して進んだ。陸があるからには、飛ぶより歩いたほうが楽らしい。自衛隊も出動するが、例によって全く歯が立たない。
 その騒動に便乗して、プレイメイトはガッパの特集を組む。雑誌は飛ぶように売れた。しかし、このままではいけないとやっと気づいた元調査隊一行は、子ガッパを帰すために、羽田空港に連れて行く。必死で親を呼ぶ子ガッパ。しかし、両親は石油タンクの爆発音でこの声が聞こえないらしい。スピーカーを使って大音響で流された鳴き声を聞いて、ようやく子の居場所に気がついた両親は、文字通り飛んでやってきて3匹は涙の対面をする。
 共に帰ろうと両親は飛んでみせるが、檻から出たばかりの子は飛ぶことが出来ない。父親が一所懸命に飛び方を教え、ようやく子ガッパは飛ぶことに成功した。
 親子ガッパは仲良く並んで、オベリスク島に向かって帰っていったのだった。

***

 しかし、リアリティーもくそもない映画だった。今回の大災害の元凶は子ガッパを誘拐したプレイメイト社であり、いくら黙っていても、雑誌で特集してあまつさえ表紙に子ガッパのアップを使えばバレバレではないか。なぜ社長はじめ調査隊や研究者達はつるし上げにならないのか。下手をすればデビルマンの牧村家並の襲撃を受けかねないはずだが。なぜか当人達は妙にのんびりしているし、良心の呵責すら感じていない。「これがバレたら我が社がどうなるかわからない。」という、社長の言葉があるのでまだバレてはなかったようだが。
 また、南洋の異国から巨大生物が3体も来日したら、いろんな植物の種や微生物が着いてきて、生物学的影響も相当ありそうだが(まあ、これはほかの怪獣映画にも言えるが)。いったいプレイメイト社の損害賠償額はいくらになるのだろう。
 ついでにいうと、プレイメイトは雑誌社だったと思うが、テーマパークなんて建設し、維持管理出来るものだろうか(ハウステンボスやシーガイアの惨状を見よ)。オベリスク島の少年も、ガッパを連れて帰ろうとせずに日本に押しつけておけば、伝説通りに島の将来は明るく平和だったろうに。島の火山爆発もきっとガッパのせいだぞ。
 あと、特撮が安すぎる。あれはもう少しなんとかならんかったのか。特にオベリスク島の火山爆発はひでぇ・・・。
 まあ、当時の怪獣映画にあまりイチャモンをつけるのは酷というものかもしれないが、日活初の怪獣映画だったのだ。もう少し考えてもよかったのではないか。制作者側に「たかだか怪獣映画」という舐めた考えがあったのではないか。せっかく大「怪獣」ではなく大「巨獣」とし、訳の分からん怪獣ではなく親子の情をちゃんと持っている生物で、そもそもは子供を取り返しに来た被害者だという、他の怪獣映画とは一線を画する設定であり、もっとちゃんとしたドラマが描けた筈である。もったいない話だ。ゴジラ第一作はやっぱり素晴らしい。いや、だからこそ、今なお怪獣映画が作られている訳なのだが。

最後の方のヒロインのセリフ。
「犠牲は大きかったけど、教えられることも多かったわ・・・。」

おまえがゆ~~~なぁ~~~。

彼女ははカメラウーマンを辞めて専業主婦になるつもりらしいが、おそらくこれからそれどころじゃァないですぜ。

 しかし、あのクサイ親子の対面シーンで今回もつい涙した私っていったい・・・。orz

◇DVD◇
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00028X9XK/249-1490737-0716304

◇ガッパについてもっと面白いレビュー
「クズビデオ49日」より
http://www.vega.or.jp/~bazil/junkvideo/gappa.htm

◇画像はここから◇
・特撮関連の懐かしいポスターや写真がたっぷりです。
THE GREEN SLIME(ガンマ第3号宇宙大作戦)
http://starwars-ep2.hp.infoseek.co.jp/the_green_slime.html

特撮映画海外版ポスター集 日活篇
http://www.fjmovie.com/tposter/nikkatsu/poster-nikkatsu.htm
東映編とか松竹編とか、なんとまあ集めたものです。
これだからインターネットは面白い。

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トカゲの眼

typoon23tokageseye 各地で大被害をもたらした台風200423号「トカゲ」。
その「目」が地上から撮影された。
たいへん美しいので、ここに貼ることにした。
(クリックで拡大)

大自然の前には人間は本当に無力である。
ヒトはもっと謙虚になるべきだと心から思う。

【転載】
田辺海上保安部が撮影した「台風23号の目」とみられる晴れ間=20日午後5時15分、和歌山県田辺市の田辺湾(田辺海上保安部提供)

 和歌山県田辺市の田辺海上保安部の職員が20日夕、紀伊半島に再上陸する直前の台風23号の“目”とみられる晴れ間の撮影に成功した。
 第5管区海上保安本部によると、台風警戒中の職員が午後5時15分ごろ、北西方向の空を撮影した。
 写真では、一面に灰色の雲が広がる空の真ん中に、晴れわたった青空が確認できる。
 5管本部によると、晴れ間が近づくにつれ、暴風雨が弱まり、通過後は再び激しくなったという。

(10/21 00:51)
http://www.sankei.co.jp/news/041021/sha004.htm

(転載終わり)

 今回の台風は私の地方では「25m以上の暴風圏」にまでは入らず、各交通機関もほぼ平常通りの運行状態で、会社を休むわけにはいかなかった。とはいえ、風雨は激しく、私はいつもの時間の電車に乗ることを断念した。1本遅らせた電車で会社最寄りの駅に着いたが、会社近くまで行くバスがしばらく来ない。それで、15分歩かなければならないバスに乗ることにした。それでも、少しは早く着くはずだった。普通の天候なら。
 後に激しく後悔する羽目になる。
 
 バスを降りて、歩き出す。風雨は強いがまあ問題ないだろう。そう思って歩き出したが、3分もしないうちに強風にあおられ傘がおちょこになった。あせって元に戻し傘をすぼめて差す。しかし、しばらくすると傘を差すことを断念した。意味がないのである。その間おちょこになった傘を何度差しなおしたことか。
 雨が顔に当たって刺すように痛い。遮蔽物のないところではとんでもない風が吹いていた。忍者のように建物の蔭に身を隠しながら進む。引くも地獄進むも地獄という、まるで今の某国のような状態である。その頃には暴風で雨は辺り一面を白濁させていた。正直、3回ほど死を覚悟した。マジである。
 30分近く歩いてようやく会社にたどり着いた。ブーツも髪もぐっしょりであった。服は念のため水を通さない素材のモノを着ていたので、体は全く濡れていなかったのは不幸中の幸いであった。

 しかし、何が悲しかったかって、あんなに苦労して出社したのに誰もねぎらいの言葉をかけてくれなかったことである。まあ、あまりにも鬼気迫る状態で出社してきたので、怖くて声がかけれなかったのかもしれないが・・・。

 妹も昼休みに隣のコンビニに昼食を買いに行こうと会社を出た途端に飛ばされそうになったらしい。とっさに足を踏ん張って耐えていたら、近所の店の主人がすぐ側を「わああぁぁぁぁ・・・・」叫びながら風に流されあさっての方向に走り去って行ったらしい

 本当にヒトはもっと自然を怖がった方が良いと、身をもって体験させてくれたトカゲ君であった。

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2004年10月18日 (月)

広東住血線虫の話

africamaimai  ナメクジを生で飲むと喘息に効くとか、声がよくなるとかいう迷信がある。しかし、けっしてそれを実行してはいけない。
 それによって広東住血線虫(かんとんじゅうけつせんちゅう)に感染するおそれがあるからだ。もともとアフリカはマダガスカル島にいるアフリカマイマイを宿主にする寄生虫で、食用に輸入されたアフリカマイマイが世界中で野生化し、日本も例外ではなく、ナメクジなどに感染が広まったものらしい。
 ヒトは彼らの固有宿主ではないため(最終宿主はネズミ)、血管を伝ってくも膜下に到達するがそこで止まってしまい中枢神経に障害が起きる(固有宿主であるラットの場合はそのまま脳を通過し、肺動脈に寄生)。頭痛・発熱・吐き気・嘔吐・頸部のこわばり、痙攣などの症状が出る。一方脳脊髄液に好酸球(白血球の一種)が非常に増えて、好酸球性髄膜脳炎を起こす。死亡率はそう高くはないが、手足のマヒや、精神薄弱などの後遺症を残すことがある。また、特効薬もないので対症療法を続け、寄生虫が死ぬのを待つしかないということだ。
 ナメクジやカタツムリを触ったら必ず手を洗うこと。生野菜はよく水で洗って食べること。以上を心がければ、そう怖いものではないので、過剰反応することはないようだ。

 ところで、ナメクジを、それも生で食べることなんてあるの?なんて疑問に思う人がいるかもしれないが、妹の友人が、声が良くなるからと実際に食べたそうだ。その子は幸いにも生命に別状は無かったものの、広東住血線虫に感染してたかはわからないが、手のしびれなどを訴えていたらしい。ほかにも健康食として、ナメクジを常食としていて感染した男性の症例もある。
 怪しげな健康法には注意した方が良いというお話。

【感染の危険がある生物】 (※特に熱帯・亜熱帯では注意)
 アフリカマイマイ
 スクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)
 ナメクジ
 カエル

  ◇写真はアフリカマイマイ。

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2004年10月16日 (土)

こみみのこと

komimi  この子は、10数年前にウチの母に拾われました。拾われた時はすごく悲惨な状態で発見されたそうです。

 冷たい大雨が降る夜のことでした。母はマンションの管理人をしていました。また、妹は私が残業がちだったので、母の管理人部屋に入りびたっていました。その日はゴミ収集の日だったので、雨の中、ゴミ置き場の整理に行きました。
 するとどこからともなく子猫の鳴き声がしました。必死で鳴き続けています。それは尋常な鳴き方ではなかったので、雨の中を母と妹は懸命にその声の主を探しました。雨はますます激しく降りますが、なかなか見つかりません。声はだんだんか細くなっていきます。あきらめかけたその時、妹がとうとう子猫を見つけだしました。なんと、ジュースの自販機の空き缶用ゴミかごの中に、掌に乗るよりもなお小さい子猫がコンビニ袋に入れられて捨てられていたのでした。
 袋の中は既に雨水で満たされ、小さい身体はすっかり冷え切っていました。発見がもう少し遅れたら、命は無かったでしょう。母と妹はすぐに部屋に連れてかえり、子猫の身体を乾かし暖めてやりました。子猫はなんとか元気を取り戻しました。
 私は、その捨て方を聞いてすごくショックを受けました。子猫を生きたままゴミかごに捨てる。そこには何の感情も感じられません。殺す訳でもなく、誰かに拾われてほしいと願う気持ちもなく、ただゴミとして捨てただけ。その上に空き缶を投げ捨てられ何度も痛い目にあうとか、そのままゴミ収集車に投げ込まれ、生きたまま潰されてしまうとか、それを狙ったのか、そういう想像力がなかったのかは知るところではありませんが、いずれにしろ、罪の意識もなく、生命に対する尊厳も微塵もないのでしょう。この子が拾われたのは全くの偶然であり、天候の状況からして助かる確率はほとんど無かったでしょう。運の良い子でした。
 一命をとりとめたその猫は、先住猫のミミミの名にあやかって、「こみみ」という名前がつけられました。今はそのミミミは天国に行ってしまいましたが、こみみは母と一緒に我が家に帰ってきて、今も元気に暮らしています。すっかりおデブになって・・・。

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2004年10月10日 (日)

信じる者は救われるか?

【記事引用】
 放送倫理・番組向上機構(BPO)の「放送と青少年に関する委員会」(原寿雄委員長)は8日、血液型と性格などを結び付けた民放のテレビ番組について、「科学的根拠は証明されておらず、社会的差別に通じる危険がある」などとする要望を出し、事実上の改善勧告を行った。
 BPOには今年6月ごろから、「特定の血液型でいじめを受けている」など、血液型番組への批判的な意見が多数寄せられ、同委が対応を検討していた。
 BPOの調べでは、今年4月から11月までに特集番組が9本、番組の中で取り上げたケースが40件あり、いずれも民放だったという。
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041208-00000298-jij-soci
(引用終わり)

 BPO、グッジョブ!

 自分も20代の頃は信者ほどでは無いにしろ、茶飲み話程度には話題にして、時折友人達と血液型ネタで盛り上がっていた。自分の血液型もちょっと自慢だった。
 その頃の話だが、私は(当時すでに絶滅危惧種だった)ストラングラーズファンの友人とバンドのメンバーの血液型の想定で盛り上がっていた。友人はJJへのアンケートで、それとなくみんなの血液型を尋ねてみた。JJは、過去も何回か日本のファンにそういう質問をされ、それが不思議だったらしい。答えは「ブラッドタイプ?僕の血は赤いけど、なんでかい?」というようなものだった。
 その後、縁あってケンブリッジ(大学ではない)で、JJに会うことが出来、どういう流れだったか忘れたが免許証を見せてもらった。そこにはBlood typeAと書いてあった。「A?」と聞いたら、「うん」と頷いて、周りのSISメンバーに「日本では血液型によって性格が決まるということが信じられていて・・・」と、説明を始めた。

                 ああ、可愛いねえ・・・。

 ・・・・どうも、すみません。orz...

 しかし、昨今の状況を考えると、なんか不安になるのだ。最近またバラエティー番組の血液型特集が増えている。それが科学的・統計的に正しいデータに基づいていれば問題ないのだが、どう見てもアヤしい。どう考えても番組的に結果を操作されているとしか思えない。バラエティー番組だからといえばそれまでなのかもしれないが、いかにも科学的に検証された結果だという風に形容されたもののなんと多いことか。また、それを信じ込む人も洒落にならないくらいいる。マズイでしょう、これ。
 実際「血液型」番組における差別と偏見について情報を求むというサイトに寄せられた報告によれば、会社の面接で血液型を聞かれ、B型と答えたら「B型は云々」とよくTVで言われるようなことを言われ、挙げ句「B型はこの仕事には向かない」と断られたという実体験がある。まあ、「そういう下らん経営者の会社に決まらなくて良かったじゃん。」とも言えますけどね。断る理由にそういうことを臆面もなく言うところがもう、馬鹿かと、アフォかと。(笑)
 こうなってくると、もはや「血液型差別」であり、洒落ではすまないのではないだろうか。

 しかし、なんでこうもB型ばかりが叩かれるのか。どうも、血液型性格診断には優生学のニオイがして胡散臭い。

 洒落にならんといえば、血液型でクラス分けし、その血液型に合わせた指導をするという幼稚園だか保育園だかがある。まだ、固定観念もなく性格も固まってない、いわば無限の可能性を持つ子供に、大人が性格を決めつけるということがどういうことかわかっているのか。私なら、絶対にあんな子供の芽をつぶすようなところには大事な子供をあずけたくない。
 わるいけど、(あれがやらせじゃないなら)あれじゃA型の子供はどんな才能があってもつぶされると思う。B型の子供はマイペースと言うことで、野放し、もとい、のびのびとさせてもらっているようで、一番子供らしい反応をしているように思える。多分、どの血液型の子供も、個人差はあると思うがほっぽってたらあんなもんではないかと。
 先々月に町内会でウォークラリーがあったが、あいにくの雨で出発まで公民館に留まらざるを得なくなった。案の定、じっとしていられない子供達のこと、10分も経たないうちに誰彼無く無秩序に大騒ぎを始めた(子供らしくてよろしいが、ちったぁ注意しろよ、制作担当者!)。もう、ぐちゃぐちゃである。
 彼ら全員がB型かっつーの。

 腹が立ったのは、あまりにもあほらしい内容故にどの番組か失念したが、各血液型に分けた4人ごとのグループに焼き肉バイキングで食事させると言うもの。
 A型グループはきっちり自分の焼く場所を決め、自分の分だけバランスよく食材を持ってきて秩序よく食べ、食後もきれいにお片づけ。
 一方お笑い担当B型グループは、みんな嬉々として好きなだけ好きな食材をてんこ盛りに持ってきて、無秩序に焼き、まだ完全に食べ終わってないのに次の食材をてんこ盛りにまた持ってきて、食べ終わった後は焼き網に焦げ焦げ肉や野菜が、皿にも焼いてない食材が残り、もうぐちゃぐちゃ。単に育ちの悪い女を集めただけだろ、そりゃ。

 いくらなんでもあんなステロタイプの食い方するか~~~~~!!!!

 どう考えてもやらせじゃん。

 私はB型だが、焼き肉バイキングでは肉も野菜もバランスよく取り、カレーや唐揚げなど妙に腹にたまるものには目もくれず、デザートはしっかりといただききっちりとモトを取り、残さずなおかつきれいに平らげるのをモットーとしている。何故か友人にもB型が多いが、彼らと食事しても、食卓がぐちゃぐちゃになることもないし、考えなく注文することもない。むしろ、私など悩んでなかなか決まらない。
 因みにくわえ煙草をし、平気で吸い殻を道ばたにポイ捨てするA型男も、きっちりと携帯用灰皿を使うB型男も知っている。
 AB型についても言いたい。A型とB型の2つの気質を持っているから2重人格とか言われるようだが、世の中のA型やB型の多くはAO型とBO型である。彼らは2重人格じゃないのか?それともO型に気質がないとでも?
 そもそも人間は、多かれ少なかれ二面性というものを持っている。例えばあることに対してはルーズでも、ほかのあることには几帳面だとか、思い当たることもあるだろう。

 血液型性格診断については、しかるべく信頼される研究者が、自分の血液型を知らない人を数千人(無理ならば、せめて数百人)単位で集め、実験結果から想定される血液型に分類してから血液型を調べ、何人の人がそれに当てはまっているかというくらいの実験で結果を出せない限り、私は納得しないだろう。

 また、肯定番組だけでなく、「血液型性格診断にもの申す!」というような番組もつくってバランスを取るべきだが、それらは決して作られることはないだろう。
 それでは視聴率がとれないからだ。

 世の中とはそういうものであるらしい。

「血液型性格判断をやめよう」
http://www.remus.dti.ne.jp/~nakanisi/ketsueki/
リンク先も必読。

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2004年10月 9日 (土)

怪獣映画2本

■懐かしの怪獣映画2編■

 特撮系をもっとというリクエストがあったので、昔書いたもので申し訳ないけれど、載せていたHPが消えてしまったことだし、ここに転載します。

「決戦!! 南海の大怪獣」
 ガキの頃、親父が連れて行ってくれたものは、大まかにいって2つだった。一つは「釣り」だったが、もう一つは俗に言う「怪獣映画」だった。おそらく、両方とも自分の趣味だったのだろう。だから、初~中期ゴジラ・ガメラシリーズも、ギララもガッパも映画館で観た。もちろんこれも、次に挙げる「ガメラ対バルゴン」も観た。
 これを観た当時は、とても怖かったと記憶している。この3大怪獣は宇宙生物の寄生により巨大化されて地球征服(爆)の手先にされた、ただの海産物なのだが、何が怖かったって、宇宙生物に寄生されること。多分、生理的に嫌だったんだと思う。寄生生物に追いかけられる夢まで見た。さて、大人になって改めて観たらどうだったかというと・・・、ちょっと笑った。「ウルトラQ」で万城目君役をやった佐原健二が悪役(ちょっとニュアンスが違うけど)だった。この人は、映画ではどっちかというと、ワルっぽい役が多い。それも、ちょっと情けない。
 一番最初に私の口から出た言葉は、「立ってるよ、イカが立ってるよぉ。」だった。ゲゾラというイカの怪獣が(って、あえてこういう説明をするのも辛いが)、海から島へ上がってきて人間を襲うのだが、n/10本足で立ち上がっていたのだった。おそらく、やつはスルメイカの仲間ではなく、「背骨」に立派な「フネ」を持つコウイカの仲間らしいって、こら、そういう問題か。私は「左衛門名物、博多ぶらぶら(福岡の有名な和菓子。だがこの場合はそのキャラクター)」を連想してしまった。
 結局「3大怪獣」というふれこみだったが、この、ゲゾラは人間の手によりあえなく爆死。最後の方で狂った残りの2大怪獣が戦い、それが火山爆発を招き自滅。宇宙生物にとりつかれちゃった佐原君(役名、すでに忘れちまったい)も、自らの意志で、溶岩に飛び込み自殺。かくて地球侵略の危機は、島民と、そこにいた数人の日本人以外に知られることなく未遂に終わったのだった。
 贔屓の引き倒しは若干あるかもしれないが、怪獣映画の出来としてはそこまで悪くないんじゃないかと思う。しかし、ゲゾラのシーンは長すぎてダレた。これは「バラン」を観た時も思ったのだが、伊福部さんの曲にあわせて怪獣が破壊するシーンが長すぎるのだ。半分くらいに縮めてもっとテンポをよくしていたら、もっと面白くなったのではないだろうか。

「ガメラ対バルゴン」
 出来はかなり良いのではないか(バルゴンの出来は思ったよりとほほだが)と思う。いい役者も使っているし人間ドラマの方は、かなり大人が観るにも耐えられるものではないかと思う。第1作の「大怪獣ガメラ」はどうしてもゴジラの「ぱちもん」という観は拭いきれなかったが、これは、だいぶオリジナリティを持たせようとの努力を感じる。部分的には「とほほ」な場面もあるにはあるが、これは当時の限界でしょう。それなりの科学考証(とほほ)もしてあったし。しかし、何で当時の流星(大気圏外の)は赤く燃えてるんだろう。それに真空中でも平気で、あまつさえジェット噴射で戻ってくるガメラっていったい・・・。
 ストーリーは、南方の島から欲の皮の突っ張った日本人が、巨大ルビーと思って持ち帰ったものは、バルゴンの卵だった。赤外線水虫治療器(!!)(何でも南方で患った水虫はたちが悪いらしい。ってかそれ、違う病気じゃねーか?)で、孵化し、異常成長をしたバルゴンは。神戸の町を荒らしまくった。「バルゴンの虹」のエネルギーに惹かれてやってきたガメラは、バルゴンとの死闘の果てに、-20度の冷凍ガス(よく冷凍光線といわれるが、どう考えてもガスだ。)で凍らされてしまう。かくて、バルゴンの故郷から退治法を知らせにはるばるやってきたラバさん、カレンと共に、人類対バルゴンの死闘が始まるのであった。ま、最終的にはガメラがやっつけるんだけどね。

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2004年10月 7日 (木)

私のリバース歴

20041007143435 リバースゆ~ても生まれ変わりのことではない。

 「カレーに中った話」で、物心ついてからの自分のリバース歴が十指に余ると書いたが、それを検証してみようと思ったのだ。またまた食事全中後には不向きの話で申し訳ない。

 とりあえず赤ん坊や幼児の頃は食っちゃ吐きなんて日常茶飯事だから、考慮しない。覚えてもいないが。

 一番記憶に古い事件は多分小学校3・4年の頃だと思う。冬場になるとよく寝る前に祖母が卵酒を作ってくれた。甘い卵酒は美味しく、それは子供の飲むお酒と思っていた。甘酒と混同していた可能性もある。しかし、それは正真正銘日本酒の入ったアルコール飲料だった。若干子供用に薄めてあったかもしれないが、酒である以上、飲み過ぎるとどうなるかは火を見るより明らかであった。祖母は下戸だったので、私に自分の分も飲ませてくれた。記憶する限り、2杯程度飲んだくらいだ。たまたまアルコール濃度が高かったからかもしれない。私は当時、ガキンチョの癖に酒に強いと思っていた。酒の肴になるようなものが大好きで、周りから「この子は酒飲みになるぞ。」なんて言われていたせいかもしれない。何のことはない、だだの「下戸の肴荒らし」だったわけだが・・・。
 その後、床についてから私の心臓がドキドキし始めた。それは今までもよくあることだったが、いつもより多めにドキドキしている。なんかやばそうだなと思っていたら、今度は吐き気がしてきた。

 しまった。怒られる・・・。

私は必死で我慢をした。眠ってしまえばなんとかなる。寝るんだ!!
しかし、もう耐えられない。がばっと飛び起きてトイレに走った。しかし・・・・。あえなくドアの前でOUT。廊下がえらいことになってしまった。

 夜中に後かたづけをすることになった母にしこたま怒られた。

 小学校4年の時に祖母と親戚と宮崎は高千穂に行ったことがある。今は知らないが、当時高千穂に行く道は道路幅も狭く、お世辞にも整備されている都とは言えなかった。
 ところが、そんな狭い道路で、私達の乗ったバスがよりによって大型トラックと離合するハメになった。一歩間違えたら大惨事という状況で、その離合は何十分もかかった。その頃の私は乗り物に酔いやすく、その時既に気分が悪くなっていたが、その状態でこの緊急事態である。 窓の外を見ると、眼下に谷底が見える。生きた心地がしなかった。
 ようやく離合できたあと、すぐにトイレ休憩があった。私達はすぐにトイレに駆け込んだが、気持ち悪いのに全然吐くことが出来ない。こういうときは吐いたほうがよほど楽になるのだが、どんなにがんばっても無理だった。体質かもしれない。翌日も1日中具合が悪かった。雨模様の高千穂だったがそれなりに絶景だった。しかし、高千穂と言えば乗り物酔いとバス離合事件を真っ先に思い出す。

 小学校の頃はほかに自家製ドーナツの油に中って1週間ピー腹になったことはあるが、まったく嘔吐はなかった。

 飛んで高校の頃。友人達と待ち合わせしていたが、電車に遅れそうになって鬼ダッシュしたら、朝食がちょっとだけ戻ってきた。切符を買うべく出していた千円札にチョトついたが、時間がなかったので悪いと思ったがそれで切符を買った。いやな千円札だな。思えば意外と人に迷惑をかけている。当時の駅員さんごめんなさい。

               この場を借りて懺悔いたします。___ヒラニ> orz...

 時は下って、社会人になったある日友人二人と飲みに行った時のこと。
 その頃は自分が大下戸ということを自覚していたので、飲みごとの時もほとんどアルコール類は飲まなかった。しかし、友人と一緒だったので気がゆるんだのかもしれない。飲めなかったら飲んでやるからってんで、よりによってソルティードッグ(当時、丁度「パタリロ!」でネタになっていた)を飲んだ。いや、なめた。やっぱり飲めないので友人に提供したが、帰りに駅でちょっとだけ(以下略。
片づけは友人達がしてくれた。

                    
         さらに情けない話が続く・・・。     ||lil|||li ○| ̄|_

 それからまた2・3年後・・・。

 友人Yの店の2周年記念パーティーに出席した。ライブの出来る店を1軒貸し切りにしての大宴会だった。酒も料理も盛りだくさんでもちろんソフトドリンクも置いてあった。あと各自の前には小さい100~150mlくらいの当時ペンギン缶と呼ばれていたビールが置いてあった。私はこれくらいなら大丈夫と思い(こればっかりや)乾杯の時に飲んでしまった。しかし、1/3だか1/4だか飲んだところでドキドキが始まり、ヤバイと思ったところでまたムカムカと(マジこればっかやな)し始めた。

 「あんた、違うモン飲んだろ?」友人は私に気がついて言った。

 私はトイレ前の小部屋に運ばれ、後は例によってトイレの番人状態。トイレは一つしかなく、それでなくともビールをしこたま飲んだ諸氏が並んでいる。しかし、みんな親切というか、酔っぱらい慣れているというか、私が血相を変えてトイレの前に行くと、快く順番を譲ってくれた。しかし、よくもあんなに大量に出るもんだと感心した。食ったモンは全部出るわ、ライブは聴けないわで、さんざんなパーティーだった・・・。

 終電近くなってやっとどうやら動けるようになって、小部屋を出た。すると、あ~~~らびっくり、店の中は酔っぱらいで屍累々。店を出ると、外も延々轟沈した酔っぱらいがまるでダイインのように延々転がっていた。
 女ながら酒豪の友人はケロッとしており、若干心配しつつ私を見送ってくれた。私は転がっている酔っぱらい連中を踏まないように注意して会場を去った。

 いや~~~~、みんな若かったね。

 その後、もちろん宴会でもいっさい酒類は飲まないことにしている。友人に言わせれば、私はウーロン茶で充分酔っぱらっているらしいが。ひょっとして、ニオイで酔ってる???

 次の4周年記念パーティーは、充分気を付けたことは言うまでもなく、料理にライブに楽しい一時を過ごした。

 後は、風邪をひいて、無理に会社に出たときに、昼食に食べた梅粥が全部でちゃったくらいか(もちろんトイレで)。

 今は友人の店もその会社も無くなっちまったなあ・・・。

 そして、あの極めつけのカレー事件に至るのであった。

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2004年10月 6日 (水)

フグは食いたし・・・

kusafugu   フグの毒に中った時の解毒法は、首まで土に埋めること。

 しかし、これはフグに中った場合は死ぬ確率が高いからさっさと埋めて手間を省こうというブラックジョークらしい。真偽のほどは知らないが、何となく納得をして苦笑してしまう。
 また、フグの別名を「てっぽう」というが、これはフグだけに中る(当たる)と死んでしまうからだ。これほどいわれるフグ毒、テトロドトキシンの強さは、なんと青酸カリの500倍という。因みに最強の毒素はボツリヌス菌の持つボツリヌストキシンで青酸カリの1000倍とも30万倍ともいわれる(倍数の幅が広いのは、菌の型によって違うかららしい)。
 そういえば、祖父の遺言だからといって、大人になってもなかなか私たち姉弟はフグを食べさせてもらえなかった。「フグといえば下関」に住んでいたのに!ひょっとして、祖父はフグに中って死んだ人を知っていたのだろうか?よもや高級食材だからという理由じゃあるまい(否定する自信はないが)。

 昔、学研か小学館の学習雑誌でこんな話を読んだことがある。出典は落語だろう。うろ覚えなので多少違うだろうが、こんな内容だった。※わかりました→落語「ふぐ鍋

 フグを手に入れた侍が仲間と食べようとするが、毒が怖くて勇気がでない。それで河原のところにいた乞○に毒味をさせることにした。○食は喜んでフグを受け取った。侍はやったと内心思い、念を押して乞○と別れた。2時間ほどして様子を見に行くと○食はぴんぴんしている。これは大丈夫だと、侍達は安心してフグ宴会を始めた。しばらくして乞○が侍の家にやってきた。侍はご機嫌で○食に声をかけた。乞○は侍達を見て言った。「旦那達ご無事なようで。ではあたしもこれから食べることにいたしやしょう。」

 そんな猛毒のフグも、養殖ものには毒が無いらしい。どうやら、フグの毒は後天的なもので、テトロドトキシンを生産する海洋細菌の毒素を食物連鎖のうちに体に蓄積させているらしい。まるで、毒姫のようだ。


◇写真は猛毒のクサフグ

【参考サイト】
毒魚ってなんだろう?
http://www2h.biglobe.ne.jp/~kozi/abunai/sankou/top.htmより、フグ毒
(写真はここからいただきました。)

UODAS
http://research.kahaku.go.jp/zoology/uodas/index.htmlより、フグ毒
表下の説明が興味深い。

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